第二章 UーB






 夕日が柑橘色の彩りを大空から投げかけると、紅葉した山々が一層あでやかな錦を織りなす。
 
 ぽぅ…
 ぽぅ……

 綺麗な紙で作られた灯籠や、色硝子を填め込んだ洋燈が軒先に掲げられ、家々の窓や扉には趣向を凝らしたリースが飾られる。木の実や果実を配したリースは灯火を受け、艶々と宝石のように煌めいていた。

 祭りが過ぎれば貰えるに違いないそれへと、気の早い子ども達がちらちらと視線を送っていたが…結局木の実をくすねたりすることはなく、みんな晴れ着に身を包んで元気に駆け出すのだ。
 掌には握りしめた小銭が存在感を示しており、これで何を買おうかと心弾ませていることだろう。

『ウェラー領でも…昔はよく見られた光景だ……』

 駆けていく子ども達を優しく見守りながら、レオは痛みを伴う回想に浸る。
 ぷくぷくと栄養状態の良さそうな子ども達の姿と、痩せて顔色の悪い子ども達の姿が…どうしても脳裏で重ねられるのだ。

「レオ…どうしたの?」
「いや、何でもないよ。楽しそうだな…と思っただけ」

 少し距離を置いて鋼がつけているが、まだ有利が本調子でないせいかヒト型を取れない彼は物陰に姿を潜ませており、ギィは深酒が祟ってか傷が痛み出したらしく寝室で撃沈している。
 
 必然的に、レオと有利が寄り添いながら町に出ることになった。

『頼むから、面倒事に巻き込まれないでくれ』

 鋼に平身低頭懇願されてしまったため、有利はレオから離れないように歩くことを義務づけられたのだ。
 後でコンラートに怒られるかどうかよりも、有利の安全性を優先したらしい。

「……そう?」

 どうやら有利は信じ切れなかったらしい。
 不審げに唇を突き出すと、むにー…っと眉根を寄せる。

『妙なところで勘が良いんだよな…』

 レオの恋心にはこれっぽっちも気が付かないくせに、どうして自責の念にはあっさり気付いてしまうのだろうか?
 受容器の精度が、感情によって異なるのかも知れない。

「あのさ…俺が住んでる日本って国には、時代劇とか特撮…正義の英雄モノとかのお話に、《定番の展開》ってヤツがあるんだ」
「…ふぅん?」

 唐突な切り口にレオが戸惑っていると、有利もそれを察したのか少し早口になってしまう。

「ええと…それがね?悪者が人質を取ったときに、正義の味方に言うんだよ《この娘がどうなっても良いのか!この娘が死ねば、お前の責任だ!》とか言うの。そんで、俺はちっちゃい頃からそういうのを見るたびに大騒ぎして怒ってたんだ」
「どうして?」
「だってさ、その娘さんを傷つけようとしてんのは悪者なわけだろ?なのに、どうしてその魔の手から護りきれなかったら正義の味方のせいなんだよ!自分の悪事まで正義の味方に押しつけんな!正義の味方は正義の味方で、《そうなのかな?》みたいな顔すんな!って思っちゃうんだよ」
「……そう…」

 何となく…レオには分かってきた。有利が何を言いたいのか…。

「だから…あのさ?あんたは確かにジュリアさんの魂を運ばなくて、俺はそっちの世界で魔王にはなんなかったかも知れない。だけど、あんたが禁忌の箱を開けた訳じゃないだろ?やったのはシマロンの連中じゃん!だから、少なくとも…その事についてはあんたが気に病むことはないんだよ!だって、今の眞魔国が無茶苦茶になってるのって、大半は禁忌の箱のせいだろ?」
「それは…そう、だね……」

 当然と言えば当然の見解なのだが…言われるまでレオは気付きもしなかった。
 なるほど…確かに、新たな魔王が生まれなかったことはともかくとして、禁忌の箱開放にレオは全く関わっていない。
 だとすれば、少なくとも世界中の飢餓についてだけはレオには責任が無いと考えられる。

 それで一概に責任を逃れたと安堵することはできないにしても、確実に重荷が軽くなったのを感じる。

「あとさ、鋼さんは禁忌の箱が四つとも開いたときのこと…直接には知らないんだよ。だから、単に俺が魔剣で創主を倒したっていう結果を知ってるだけなんだ。本当は…俺……」

 有利は頭に被った葡萄茶色のショールを深く引き寄せると、レオから表情を隠すように俯いた。

「俺の方こそ…世界を滅ぼした諸悪の根元…恐怖の大王として記憶されててもおかしくないんだよ?だって俺…一度、創主に乗っ取られて沢山の人を傷つけたんだから…」
「でも、最終的には倒せたんだろう?」
「うん…その、《最終的には》ってヤツだよ。確かに俺は良い結果を残せたかもしんない。でも、それは殆どが《運が良かった》って事なんだよ。俺のやる事ってさ、もしかしたら…ちょっと何かがずれてたら、とんでもないことになったかも知れない事ばっかりなんだ」
「あくまで、可能性の話だ。君が気に病む事じゃない」

 いつの間にか慰める側に回っていたレオへと、有利が閃くような笑顔を投げかけた。

「うん…多分、その可能性の数ほど歴史があるんじゃないかな?そういうの…平行世界とか、パラレルワールドって言うんだって、村田が言ってた。あ…村田ってのは俺の友達で、双黒の大賢者とかいう大層な奴なんだ。凄く頼りになる賢い奴なんで、俺が元気になったら地球から呼んでレオにも会って貰うね?きっと良い知恵を貸してくれると思うんだ」
「ああ…」

『双黒の大賢者…そんな者までがこの子の陣営にはいるのか…』

 グウェンダルを宰相とし、ギュンターを王佐に据え、最高の軍師たる大賢者を擁する。
 …恐るべき布陣である。
 
「んで、その平行世界っていうのは《もしも》の集合体なんだって。もしもあの時こうしてたら…もしも、あの時あんな事を言わなかったら…その《もしも》の数だけよく似てるけど、ちょっと違う世界があるんだって。だから、きっと俺が魔王になってたとしても、上手く行かなかった未来はあるだろうし、運ばなくても上手くいった歴史もあるんだと思う。だから…レオは自分が直接関わったことについて以上に、《運が悪かった》事まで背負うことない…って、思うんだ。さっき、あんただって俺に可能性の事で気に病むことないって言ってくれたろ?ああ…なんか話がグルグルしてるな…俺が言いたいこと、分かる?」

 もしももしもと連呼したせいか…何とかしてレオを励まそうと言葉を尽くしたせいか、有利は自分の言葉でこんがらがってしまったらしい。

「分かると…思うよ」

 《自分を責めないで?》…その想いはしっかりとレオに伝わってくる。

「それに…あんたみたいに責任感のある人が、この国の神様的な存在の眞王に言われて魂を運ばなかったんだもん…。きっと、何か理由があるんだろ?」
「どうだろう…確かに、あの時にはその方法しか俺には選べなかった。俺に魂を託したジュリアの真意が分からず、眞王や言賜巫女を信用することも出来なかった…。俺には、ジュリアを狂おしく思うアーダルベルトの方が、俺よりも魂を持つことに相応しいと思えたんだ」
「……ちょっと待って?アーダルベルトが、どうしてジュリアさんの魂のことを知ってたの?」

 ぴくりと有利が反応を示し、レオを見上げてくる。
 その差違が、何か大きなものに繋がっているような気がするらしい。

「…こちらでは…違うのか?」
「うーん…俺もその辺のこと詳しくコンラッドに聞いたこと無かったんだけど、少なくとも、アーダルベルトが俺の魂のリサイクル元を知ったのは、俺が眞魔国に来てから当分経ってからだよ?だから、魂を運ぶ現場には絶対来てないと思う。もしも来てたら…コンラッドだって運んでくれたかどうかかなり怪しいと思う……なんなら、アーダルベルトを呼ぶから会ってみる?血盟城に来るように連絡してみるよ」
「そう…なのか……」

 もしかすると…レオの一瞬の決断だけがこの世界を分けた差違ではないのかもしれない。
 魂を運んだ後の展開以上に、運ぶ前の差違には特に注目すべきだろう。

『血盟城で…全てが分かるのか?』

 史家としても名高いギュンターがこの国の中枢で王佐にまで登り詰めているのなら、詳細かつ…ねじ枉げられていない正確な歴史が記録されているはずだ。しかも、有利は双黒の大賢者と懇意だという。彼ならば眞王廟の巫女達を動かし、秘められた記録をも引き出せるはずだ。
 彼らの記録とレオの記憶を重ね合わせれば、差違の存在と…それを覆すためには何が必要であるかも分かってくるだろう。

 それに、既にこの村に向かってこちらの世界のコンラートが接近しつつあると聞く。
 自分自身であれば一層、差違は顕著なものとして確認することが出来るだろう。

『真実を知りたい…!』

 レオの心は逸る。
 真実を知ることで、故郷を救う糸口を見つけたい。

「レオ…ちょっと元気になった?」
「ああ…なったとも。ありがとう…全部、君のおかげだ」
「えへへ、やったぁ!」

 にぱりと微笑む少年…今は、愛くるしい少女にしか見えない有利についつい手が伸びてしまう。
 鬘越しにもちんまりとした頭部に手を載せると、もう習慣になりかけている動作で撫で撫でしてしまうのだ。

『ああ…この子に、何度も救われているな…俺は』

 華の精霊のように愛らしい有利を、最初目にしたときは唯その容貌に惹かれていたように思う。
 だが、今は…彼という存在自体が愛おしい。

 彼をこのような形に育んだ世界のことを、もっと知りたい…。
 知ることは、有利が言うところの《もしも》の感情を高めることにもなるだろうが、それでもやはり知りたいのだ。

『君がこの世界の《コンラッド》よりも、俺を選んでくれたら…どんなに幸せだろう?』

 そう期待するだけで甘い苦しみが押し寄せてくるが、諦めたくはなかった。

 彼が望まぬ限り、騙して連れて行くことは出来ない。
 けれど…もしも、もしも彼がそう望んでくれたなら…。

 連れて行きたい。
 この、愛おしい人を……。

 想いを込めて、レオの腕が伸びる……。

「あ、見てみて!踊りが始まったよ!」

 くるりと有利が身を翻せば、伸ばされたレオの腕がスカ…ッと見事に空を掻く。

「…………」

 草葉の陰から見守っている鋼の、ニヤつく顔が見えるようだ…。

「おお〜、結構規模が大きいよ!?」

 少し行ったところにかなりの大きさを持つ広場があり、中心部には高い櫓(やぐら)のようなものが設置されている。その周囲も、夜店や灯籠で一際賑やかな雰囲気だ。
 素人楽団が各自持ち寄ったらしい不揃いな楽器を奏で、色とりどりの衣装を纏った娘や青年達が踊りに興じ始めている。
 子ども達は握りしめた小銭と夜店の種類を確認しながら、何を選ぶべきかで真剣に悩んでいた。

「う…そういえば俺…男パートしか踊れないや」

 勢い込んで駆けだしたものの、ぴたりと有利の足が止まってしまう。

「俺が娘パートを踊ろうか?」
「良いの?」
「ああ、多分…踊れると思う。ルッテンベルク師団の奴に特訓を頼まれて、靴擦れができるまで付き合わされたことがあるから」

 懐かしい…。
 あれは何時のことだったろうか?ルッテンベルク師団がやっと純血魔族の中でも名声を浴びるようになってきて、爵位を持つレオだけでなく、旅団長や大隊長クラスの士官にも宴の招待状が送られるようになった頃だ。

 伊達男として知られていた《赤斧》アリアズナは酒場娘との田舎踊りなら慣れたものだったが、正式な舞踏などしたことがなく、目当ての貴族娘と懇ろになるために目を血走らせていたのである。

 ちなみに、それだけの苦労をして手に入れた娘にはすぐ飽きてしまって、一夜を共にしたら別れてしまったらしい…。
 《俺の苦労を返せ》と、拳骨をくれてやったものだ。

「へぇー、そうなんだ。んじゃ…お嬢さん、俺と踊って下さいますか?」
「ええ、喜んで」

 娘姿なのに気取って手を差し出す有利へと優雅に会釈を返すと、レオは滑るような足取りで有利のリードに従った。
 
 ……が、一踊りもしないうちに有利は憮然とした表情になってしまう。

「うう…そういえば忘れてたよ…。ダンスって、パートの問題より身長差の方が影響力大きいんだよね……」

 男パートを踊っているはずの有利は、すっぽりとレオの腕に抱き込まれてしまい、どこからどう見ても女の子役であった。

「気にしない気にしない…あ、曲調が替わったよ」

 涙目の有利を励まそうと思ったのだが…ゆったりとした曲調のダンスは男女が寄り添って踊るチークのようなもので、有利はまた過去を思い出してしまうのだった。

「うー…何か、初めてコンラッドと踊ったの思い出すなぁ…」
「この曲だった?」
「ううん、ちょっと違うけど…でも、どうやって踊って良いのか分かんない俺に、《寄り添ってれば大丈夫ですよ》って言ってくれて…そうだ、その前の踊りの時も、やっぱりあんたみたいに娘パートを踊ってくれたっけ…」

 《コンラッド》のことを思い出すと自然と笑顔になってしまうらしい有利は、曲に身体を合わせながらにっこりと微笑んでいた。
 
「……会いたい?君の《コンラッド》に…」
「うん…会いたい。会いたいなぁ…。あ、レオはちょっと複雑かも知れないけどね、こっちのコンラッドもやっぱり良い奴だよ?」
「そうだと良いな。自分が嫌な奴だと、落ち込んでしまいそうだから」

 嫌なその男に有利が惚れているのだと思えば腹立たしかろう。
 ただ、あまりに佳い男であればそれはそれで妬んでしまいそうだが…。

「君は…こちらのコンラッドと、いつ恋仲になったんだい?」
「え…急に恋バナ!?はぅ〜…こ、コンラッドにそっくりな顔で言われるとめちゃめちゃ緊張するんですケド!」
「…駄目?」
「いやいやいや…だから!耳元で囁かないでレオっ!俺、あんたの声とかに激しく弱いからっ!」
「教えてくれないと、耳朶を噛んじゃうよ?」

 凄みのある甘い声で囁くレオに、有利はびくびくと肩を震わせてしまう。

「何て恐ろしい攻撃デスかそれは…」 
 
 胡乱な眼差しになりながら、有利はぽそぽそと説明し始めた。

「うー…こ、恋仲になったってのは…実は、かなり訳ありの時だったんだよね。俺、創主をどうにかこうにか倒せたのは良いんだけど、その直後に地球に強制送還されたんだ」
「強制送還…何故だ?君は魔王なんだろう?」

 レオの言葉に…一瞬、有利の表情が冷えた。

「……多分、眞王は俺に統治能力なんて求めてなかったんだよ。それが望みなら、地球にいる間にもうちょっと俺に魔王教育とかさせてた筈だもん。眞王が俺に求めたのは、魔王として統治し続ける事じゃなくて…創主を倒す最強の武器として《使う》ことだったんだ」
「《使う》…だって?」
「うん…俺に期待されてたのは、眞王が計算して、代々強い魔力持ちの中に宿るようにしてきた魂を練って練って…最高に純度の高まったそれを宿した魔力持ちとして、魔剣モルギフを携えて戦うことだったんだ。多分…創主に半分以上癒合してた眞王は、自分が滅ぶことも覚悟してたと思う。そんで、同時に俺が武器としての機能を果たせば…その戦いの中で死ぬだろうと思ってたんじゃないかな?だから、その為に…」

 有利はまだ何か言おうとしたが、余程衝撃を及ぼすような内容なのだろうか?言い淀んで別の話を振ろうとした。

「何か、話逸れちゃったね…コンラッドとの馴れ初めだったよね?」
「いや…良かったら、話してくれないか?」
「ん…これは、多分俺の口から聞くよりも、眞王から聞かない?俺も一度あの人を問いつめて、小一時間説教喰らわしてやりたいし」

 有利も眞王には腹に据えかねていることが色々とあるらしい…。奥歯を噛みしめて空を睨む顔は、愛らしい容姿に反してなかなかの攻撃性を見せていた。

「…………………説教出来るのかい?こちらの眞王には…」
「うん、取りあえず今は魔力的には俺の方が上だしね!それにあの人、隠居生活に入ってからは多少空気読むようになってきたし。村田には相変わらず究極のKYって言われてるけど」
「……そうなのか?」

 驚くことばかりだ、この国は…。

「まあ…とにかく、俺が創主を倒した勢いで眞王もかなり力を削がれたんだ。なんせ意識を乗っ取られかけるくらい癒合してたからね?そんで、俺を眞魔国に居続けさせる力がなくなっちゃった…。だから、俺は本来身体が所属してた地球に引き戻されたんだ。それから…ずっとコンラッドには会えなかった」

 有利の声が詰まり、目元が険しく眇められる。
 会えないその間…どれ程の寂しさがこの子を苛んだのだろう…。

「だけど、コンラッドは5年掛けて旅をして…世界中から魔石を集めてくれて、アニシナさんの道具を使ったり、隠居生活に入ったものの退屈しきってた眞王の力を借りて、地球に来てくれたんだ」
「……アニシナの道具を使ったのか?」

 自らアニシナの道具に身を委ねるとは…こちらのコンラートの度胸はなかなかのようだ。

「うん…凄かったらしいよ?確か…《時空の彼方に飛んでっちゃえっ!でも行き先は風だけが知っている〜》とか何とかいうロケットに詰め込まれて、俺が住んでるのとは真逆の秘境に落とされたらしくてさ、まずそこから脱出するのに一ヶ月かかったって言ってた」
「それはまた…」
「うん、でもコンラッドは《落とされたのがまだ地球で良かった》って言ってたよ」
「そんなに賭博性が高いのか……」

 それでも…《コンラッド》は行ったのだ。
 一か八かの可能性に賭けてでも、二度と会えないことが確定するよりは、異空間を漂う恐怖を乗り越えて僅かな希望を掴もうとしたのか。

「そんでさ…俺のトコに、来てくれた……」

 レオの胸に額を当てた有利は…また声を詰まらせてしまう。
 
「来てくれたんだ…。嬉しかった…すんごい…嬉しかった……っ!」
「……」

 震える肩を抱き寄せて、レオは有利の背を撫でつける。

「その時…好きになったの?」
「ううん…その後…もっとずっとしてからだよ。意識したのは…でも、今思うと…やっぱり俺にとってあいつは特別だったんだと思う。だって…あんな風に誰かのことだけを想ったこと…無かったもん……」
「そう…」

 有利の想いは深く…強い。
 この想いを、レオは越えていくことが出来るのだろうか?

 そっと…有利には気づかれないように唇を頭頂部へと落としてから、ゆっくりとその身体を離していった。
 曲調は、再び賑やかなものへと変わっていた。

「もう一曲踊る?それとも…なにか夜店を冷やかして回る?」
「食べ物が良い!」

 泣きかけていたのが恥ずかしいのか、目元を擦っていた有利がにぱりと微笑めば、やっぱりレオの心は跳ねるのだった。

『好きだよ…君が、大好きだ……』

 子どもみたいに笑ってはしゃいで…けど、一番辛い思いを大空のように包み込んでくれる君が、大好きだ。

 
『思いが通じるかどうかよりも、君を好きになったことが…それだけでとても幸せなことなのだと思えるんだ…』

 少年のように純粋な気持ちにはにかむレオは、串焼き屋へと早足に突き進む有利を追いかけて…そして、気付いた。



 人混みの切れ目から垣間見えた道の先に…自分とあまりにも相似した男が、琥珀色の瞳を見開いて自分と有利とを見詰めていることに…。





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