第二章 TーB






 山道を降りていく道すがら、有利はやはり足下が覚束なくなってきて鋼の背中に載せられてしまった。

「ごめんね…ギィさんの方が重傷なのに…」
「気にしなさんな。あんたのおかげでこうして生きていられるんだ」

 くしゃりと髪を撫でつけながら、ヨザックは不思議そうな顔をした。
 自分と同じ混血なのだと知らされても、こんなに見事な黒髪に触れて《無礼者》呼ばわりされないことが不思議でならないようだ。
 双黒であればそれだけで、どんな身分に生まれようとも十貴族並みの暮らしを約束されるはずなのに…どうしてこの子はこんなにも親しみやすいのだろうか?

 そのまま撫で続けても有利が拒否を示さず、それどころか心地よさそうに目を細めるのを目にすると…ヨザックはちいさな子どもにでもするように大きな掌で何度も頭を撫でつけた。

 いつもは皮肉げな色を湛えている蒼瞳も、今は純粋なやさしさに溢れて有利へと注がれている。

「そうそう。こいつはもともと、丈夫に出来ているからね。それより…君は一度に魔力を使いすぎているんだ。身体を…大事にしてくれ」
「うん…」

 熱がまた高くなってきたのが苦しいのか、有利は鋼の背にぐったりとしがみついて目を閉じてしまった。余程苦しいのだろう…長い睫が発赤した頬の上で震えていた。

『ここまで無茶をして助けたくなるくらい…この子は、偽物の俺を愛しているのだろうか?』

 それでは偽物とはいえど、その男も心からこの子を愛しているに違いない。

 たとえ最初は邪心を持って臨んだのだとしても、この純粋な眼差しの前でその想いを持ち続けることは難しかろう。しかも…この花弁のような唇から《愛している》と告げられてなお、心揺るがさない者など居るはずがないと思う。

『そいつではなく…俺を、選んでくれるだろうか?』

 世間知らずそうなこの子のことだ、《ウェラー卿》の勇名だとて、偽物が思っているほどには効果を発揮しなかったに違いない。単にその顔か…他の何かが有利の心を捉えたのだとすれば、共通の思い出をもつその男が妬ましくてならない。
 
 出会ったばかりのコンラートに、その思い出を越えることが出来るかどうか…それが、運命を決することになりそうだ。

『ユーリ…君と、新たな絆を結びたい…』

 熱っぽい頬に冷たい手を当てれば、心地よさそうに《うにゅ…》っと目元が緩まる。
 仔猫のように愛くるしい動作を、自分だけのものにしたい…。

 すぅ…
 すぅ……

 手の感触に安心したように、有利はうたた寝を始めたようだ。

「ハガネ、君はウェラー卿コンラートのことをよく知っているのか?」
「あ〜……そりゃーもう……嫌と言うほど、つか…骨身に染みて知ってるよ……」

 鋼は遠くを見やるようにしみじみと語る。毛皮に包まれたその顔は、妙に寒々とした感情を浮かべていた。
 何か悪い思い出でもあるのだろうか…。

「どういう男なんだ?」
「んぁ?どーゆーってなぁ…嫉妬深くて腹黒くて有利を護るためには手段を選ばなくて物凄く容赦ない男だよ」
「本当にそういう男なのかどうかというより……一息にそこまで表現できる君の語彙力に吃驚だよ」
「ありがとうよ」

 歯茎を見せる鋼は、何かを思い出すようにぶるぅ…っと背筋の毛を波立たせるのだった。
 悪口を言うだけ言っておいて、何か不安になったかのようだ…。偽物のコンラートは相当な地獄耳なのか?

「君…何をして、どんな目に遭わされたんだ?」
「う…あんた、見抜くねぇ…」
「何か疚しそうだったからね」

 そう…この狼は、どこか後ろめたそうで…恐ろしい目に遭いながらも、どこかそれを《仕方がない》と納得している節がある。それは、偽物のコンラートに対する罪悪感というよりは……。

「もしかして…ユーリに何かしたのか?」

 心なしか声が冷たく、鋭いものになる。

「うー…、まぁ…な。その…俺の仲間が住んでる霊域が封じられちまったもんで、そこを開けるために有利の霊力を利用しようとして…強姦…しようとしたんだ。しかも、その後俺は霊力を暴走させちまって、危うく有利を殺すとこだった…」


「……………ほぅ…?」


 ゴゥ………っ!


 妙に覚えのある凍風に晒されて、鋼はびるびると髭を震わせる。
 心なしかコンラートの目が底光りしているように見えてならない。

「…あんた、マジでウェラーの旦那の親戚とかじゃねぇのかい?その殺気…生き写しだぜ。眉のトコに傷がないのと髪がちっとばかし長い他は、本当にそっくりだしよ。俺ぁ…もう一人、顔だけはウェラーの旦那に激似の奴を知ってるが、そいつは少し喋りゃあ違うって事に気付く。だがよ?あんたは話せば話すほど共通点が浮かんでくるんだよ」
「そんなに似ているのか…?」

 益々興味が深まっていく。単に顔が似ているだけでなく、仕草や気配まで似せているとは…一体どういう男なのだろうか?

「ああ…特に、その殺気はなぁ…良く似てら」
「殺されかけたからか?」

 その男がコンラートと同じ性質を持っているとすれば、有利を穢そうとした獣を赦すことなど到底出来ないだろう。

「そうさ。そん時は…有利を護ろうとした旦那に肋骨を何本か折られた上に、剣を肺に突き刺されてて死ぬトコだったんだ。あの目は本気だった…。有利が止めてくれなきゃ、間違いなく殺されてたね」
「ユーリが…庇ったのか?」
「そうだ…ああ、そうだよ」

 しみじみと思い返すように、鋼が呟く。
 それは過去の罪状を悔いるようにも…主の優しさに涙を滲ませているようにも見えた。あるいは、両方なのかも知れない。

「有利は…あれだけのことをした俺を赦してくれた上に、霊域に通じる門を開いて俺の仲間を開放してくれた…。俺は…一生を尽くしても返しきれないくらいの恩をこの子に貰ってるんだ」

 忠心を示すように、鋼は強い眼差しで前方を見詰めた。
 そこに敵がいれば、一瞬にして屠ってくれようという決意に満ちているようだ。

「何という子だろう…!」
「ああ…凄い子さ」
   
 自分のことのように誇らしげに、鋼は《ふくく…》っと笑顔を作って胸を反らす。
 そのせいで、危うく有利を落とし掛けて慌てることになったが…。



*  *  *




「お…見えてきたぜ。あれ……が、村か……?」

 ヨザックの声が心なしか上ずっているように感じて、コンラートも木々の向こうに目をこらせば…高台の下に広がる光景に愕然としてしまった。
 今日は驚き続きで、心肺機能が支障を来してしまいそうだ。

「麦畑…あんなに、見事な……!」

 夕日を受けてきらきらと水面のように輝き、波打つ黄金の麦畑…。
 ゆっさりと実った麦穂が穏やかな風に揺られて、ゆさ…ゆら……っと靡いていく風景が、何処までも何処までも広がっている…。

 ウェラー大麦の黒っぽい色とは違う。
 これは…乾燥に弱くて、もう十数年も前に実らなくなった、小麦の穂だ…。
 目の細かな小麦粉は上質な小麦粉を生み出し、ケーキを焼いてもしっとりとした口当たりになる。
 
 こんな小麦を生み出す土地が、まだ眞魔国にあったなんて…っ!

「ああ、綺麗なもんだよなぁ…俺は稲穂が広がる光景ってのは何度も見たことがあるんだが、麦畑ってのも綺麗だよなぁ…。ああ、色提灯が幾つもでてら。こりゃ運が良い!きっと近いうちに収穫祭をやるんだぞ?客にも大盤振る舞いがあるはずだ」
「ここ以外にも、ユーリの領土があるのか?」
「んん〜?当たり前じゃねぇか…」

 鋼は何を当たり前のことを…と言いたげに、胡乱げな眼差しを送る。

『なんてことだ…』

 襲撃者ではなく客が来て、それを大盤振る舞いでもてなすだと…?現在の眞魔国で…いや、世界中でそんな余裕を持つ土地があるなど、信じられない…!
 この素晴らしい麦畑だけでも凄いというのに、更に他の場所にも同じくらいに富んだ町があり、そこもまた有利の領土なのだ。

『やはり、この子は凄まじい力の持ち主なのだ…!』

 聖域に魔族まで住まわせて、複数の村を養うほどの実りをもたらしているのか…!

 震えるような興奮が、コンラートの身をじんじんと浸していた。



*  *  *




『この連中は、随分と物知らずみてぇだなぁ…。眞魔国に住んでる奴で、こんな事ってあんのかな?』

 鋼は村へと通じる坂道を降りながら、先程からの違和感の理由を自分なりに考えてみた。
 どうもこの連中は妙な気がしてならないのだ。

 鋼も地球育ちの妖怪であるため最初はそれほど不思議に思わなかったのだが…それでも何度か眞魔国にも来て、有利に対する国民の反応を見ているので、段々とこの男達の奇妙な点に気づき始めたのだった。



 途中、オレンジ髪の男の傷口が開いてしまったので、コンラートに似た男がシャツを裂いて手当を始めたところで、鋼は背中に載せた有利に日本語で囁きかけた。

「なぁ…有利、あの連中どうもおかしかねぇか?」
「ん…何…がぁ?」

 発熱の為か、うたた寝をしていたせいか…有利の語彙は些か不鮮明で、すぐにでもまた眠りの世界に引き込まれてしまいそうだった。

「確か、こっちの世界じゃあ双黒ってのは珍しいんだよな?」
「うん、だからレオさん達も驚いてたじゃん」
「だがよ?同時に、この国に住んでる奴なら…その珍しい双黒ってのが魔王と大賢者だってことはよく知ってる筈じゃあないのか?あいつら思いっきりタメ口だろ?ありゃあ、お前さんが魔王か大賢者だって事に全然気付いてないぜ?」
「あ…れ?そういえばそーだよね……」

 自分が有名人であるということに未だ慣れない有利は、言われるまでその不自然さに気づきもしなかったらしい。
 《ぅう〜ん…》と暫く頭を捻っていたが、ふと何か思いついたようだった。

「そういえば…前に、ギュンターが視察旅行に出たときに、俺が新しい魔王になったって事知らない人達が居る村に行ったって言ってたよ?でも…そん時にはすぐにギュンターが手を打ってくれて、国の帳簿に登記されてない集落がないようにって色々調べてくれたんだけどなぁ…まだあるんだとしたら、後で聞いとかないといけないよね?」
「そうだな。えらく麦畑に感動してたから、物凄く貧乏な連中なのかも知れないぜ?雑穀類とかしか採れないとかよ」
「ああ…そりゃいけないね!屁ばっか一杯出ちゃうよね……。農業振興部の人達…派遣しないと……」

 少し頭を使ったせいか、また有利は苦しそうな息使いになってしまう。
 
「おぉ…いけねぇや、有利。お喋りは後にしような?胡蝶に頼んで血盟城に知らせをやったから、すぐにウェラーの旦那やギーゼラ嬢が来てくれる筈だ。それまで頑張るんだぞ?

「うん……」

 こっくりと頷いた有利は、また意識を気怠い眠りの中に溶かし込んでいった。



『血盟城じゃあ、さぞかしウェラーの旦那が泡を食ってるだろうなぁ…』

 その慌てぶりを想像するとちょっぴり笑えるが、その怒りが雷撃となって自分に落ちてきやしないかと思えばかなり恐ろしい。

 有利は本来、今日のうちに血盟城の庭に到着しているはずだったのだ。

 四大要素の力を手に入れた有利はかなりの精度で移動地点を設定できるようになっており、要素を使って連絡を入れることも出来るようになっている。だから、血盟城の方ではすっかりそのつもりで準備をしているはずなのに…連絡を入れる力さえ失ってこんな地方に到着してしまい、身元の不審な男達と共にあるとなればウェラー卿コンラートは火になって飛んでくることだろう。

『でもなぁ…しょうがねえじゃねぇか…。そりゃ、俺達だって精一杯踏ん張ったんだけどなぁ…』

 何しろ、血盟城目がけて飛んでいる途中に、空間の狭間の中で重傷者2名を拾うことになるなど誰が想定できたろう?しかも、彼らは異様なほど強い力で飛ばされていたのだ。有利がその力を振り切って、とにもかくにも眞魔国まで飛んでこられたのは殆ど奇蹟と言っていい。

 途中で四大要素の力も乱れてしまい、何とかへばりついてきた鋼と、胡蝶の一部(炎の妖怪である胡蝶は、複数の蝶の集合体なのである)だけが有利を護ることになった。
 水蛇とエルンスト・フォーゲル…そして鋼の仲間である白狼族や残りの胡蝶は、本体が地球にあるから自動的に引き戻されていると思うのだが…こちらの状況が分からない分、半狂乱なのではないだろうか?
 地球にいる村田健の反応も実に恐ろしいところだ。

 ちなみに、鋼も辛うじて眞魔国まで辿り着いた状態なので強い力を使うことは難しそうだ。鋼達は生まれが地球である分、眞魔国において有利の支え無しに存在を安定維持することは難しい。こうして背に有利を乗せて、運んでやるのが精一杯だ。

『こんなに弱ってるんだ…すぐに暖かい布団に入れてやりてぇが…』

 空間を越える事自体がかなりの難事であった上に、有利は既に疲れ切っていた…なのに、その身体に鞭打って死にかけていた男達に治癒の力を施してしまったのだ。

『本当にさ…時々、心配になるぜ。この子は…いつか、その優しさのために命を失うことになるんじゃないのか…ってなぁ……』


 《死なせない…死なせない死なせない死なせない…っ!》


 殆ど朦朧としながら、《死なせない》と譫言のように繰り返して…有利は自分を護るための限界など全く弁えぬように治癒をし続けた。
 そして…一線を越えた身体がばたりと倒れた時には、鋼は自分の心臓がそのまま潰れてしまうのではないかと思った…。

 鋼は急いで安全で居心地の良い巣穴を捜すと、住人…いや、住獣を追い出して有利を寝かせ、二人の男達も引きずって転がしておいたのだった。

『なんともなぁ…こいつらは運が良いぜ……』

 彼らがこうして救われていることには、実に大きな偶然が重なっている。
 
 普段の有利は地球でも眞魔国でもコンラートを護衛にしているため、空間を飛ぶときも二人は常にぴたりと寄り添っている。
 今回も、最初はそうだったのだ。
 週末になると眞魔国に帰るようにしている有利は、コンラートを伴っていつものように眞魔国へと飛んだ。ところが、週明けが提出日になっている課題を自宅に置き忘れていることに気付くと、《一往復するだけだから》と言い含めて、一人で飛んだのである。
 
 よって、血盟城ではコンラートがやきもきしながら有利を待ち続けているはずだ。
 そして…二人を掴んだことで放り出してしまった課題と資料は…ひょっとすると永遠に空間を彷徨うことになるのかも知れない。

 単身空間渡りをすることになった有利は、地球へは順調に飛んだのだが眞魔国へと再び飛んだ時に彼らを拾うことになってしまった。

 しかも、眞魔国についたらついたで、すっかりこの二人を《コンラートとヨザック》だとばかり思っていた鋼は、有利が限界を超えた魔力を使っていることに気が付いてはいても止めることは出来なかった。
 止めて、そして二人を死なせたりしたら…有利がその痛手に耐えきれないことを知っていたからだ。


 もしもコンラートが、いつものように傍にいたら…そんな勘違いは生まれなかったろうし、彼ならここまで力を使わせることはなかったろう。有利が少し苦しげな顔をしただけでも、力づくで止めたに違いない。

 もしもほんの少し、飛ぶタイミングが違っていたら…広大な異空間の中で彼らが接触することはなかったろう。

 もしも彼らが血塗れではなく、鋼がコンラート達ではないことに気付いていたら…有利が限界を越える前に、男達の喉笛を咬み裂いていたことだろう。
 

 もしも、もしも…ああ、言ってしまえば切りがない。

 まあ、有利の消耗が予想よりは軽かったことがせめてもの幸いだ。
 もしかしたら、《もしもあと少し力を使いすぎていたら、有利は死んでいた》という《もしも》であったかも知れないのだ。

『…縁起でもねぇ……』

 ぶるる…っと背筋を震わせて、鋼は背中の温もりに気を寄せた。
 熱を持った身体は確かな生命を感じさせて、鋼の毛皮越しに温もりを伝えてくれる。
 
 生きててくれて、本当に良かった…。

 それがとてもとても掛け替えのないものなのだと改めて感じ入りながら、鋼は《くぅ…》と喉奥を鳴らすのだった。
 
 

*   *   *




『こんなに無防備なのか…』

 コンラートは遠目にも伺えた村の様子に、近寄ってみて改めて驚いた。

 村の境界には簡単な藁の柵があるだけで、堅牢な石造りの壁もなければ殺気走った目つきの衛兵も居らず、来客を歓迎するように植えられた秋桜が緩やかな風に靡きながら淡い香りを放っている。

 ぷぃっぷぃぷぃーっ!

「待て待てーっ!」

 小道の向こうから血色の良い子豚がぷいぷい言いながら道を駆けてくると、その後ろから転がるようにして、ちいさな子ども達がきゃあきゃあと歓声をあげながら追いかけてきた。
 これまたぷくぷくとしたお手々が可愛らしい、栄養状態の良さそうな子だ。

「あ…っ!」

 子ども達は大きな狼と血塗れの男達の姿に吃驚したようだったが、狼の背に乗せられた漆黒の髪を持つ少年に気付くと、ぱぁっと顔を輝かせて大きな声で叫んだ。


「魔王陛下だーっ!」 


「何?」

 コンラートとヨザックは目を見開き、互いに顔を見合わせて呆然としていた。
 今日は一体…何度驚けばいいのだろうか? 

「ホントだ、凄ーい!本当に髪の毛真っ黒だぁ!」
「でも…何か元気ないね?ユーリ陛下…大丈夫?」
「ん…?」

 子ども達に集られてわいわい声を掛けられると、うたた寝していた有利も目を覚ました。

「あ…やっほー」

 開かれたつぶらな瞳に、子ども達は《きゃーっ!》っと歓声を上げる。

「わぁあ!お目々も真っ黒!キレーイ!!」
「ユーリ陛下、お祭りに来たの?一緒に踊ってくれる?」
「お祭り?ああ…ここも収穫祭なんだね?何時するの?」
「明後日だよ!」
「そっかぁ…じゃあ、それまでに熱下げないとね!あとね、このお兄ちゃん達も怪我をしてるんだ。治癒術が使える人か、ゆっくり休める宿屋とかあるかな?出来れば…ツケがきくとこがいいな。俺、あんまり手持ちがないんだよ。すぐに血盟城に飛べると思ってたからさ」
「うん、すぐに捜してくるよ。ここで待ってて」

 たた…っと年長の子どもが駆け出すと、他の子ども達は盛んに話し掛けてきた。

「あ!このお兄ちゃんはコンラート様でしょ?ねえねえ、いつユーリ陛下と結婚式あげるの?」
「ユーリ陛下のご結婚となりゃあ、きっと村中で凄いご馳走が出るだろうな!俺、一度で良いから牛の丸焼きって食べたかったんだよね」
「出る出る!絶対出るよぉ!ねー、コンラート様も早く結婚したいでしょ?牛の丸焼き食べられるんだよ?」
「牛の丸焼きのために結婚する訳じゃないって」

 わいわいきゃっきゃっと衝撃の事実を突きつけてくる子ども達に、コンラートとヨザックは急に傷が疼くのを感じた。
 精神面の衝撃というものは、これほど身体に影響を与えるものか…。
 
「あ…レオさん、ギィさん…顔色がめちゃめちゃ悪いよ!?」

 二人は衝撃を受け止め損ねて、鋼に寄りかかるようにして宿屋にはいることになった。



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