おやゆび陛下番外編−4
〜ちっちゃな陛下のすてきな日常〜
※おやゆび陛下が本当におやゆびサイズだった頃のお話。
「春がくるよ」
「ねえコンラッド、なんだか空気の感じが違うと思わない?」
ちっちゃな魔王陛下は血盟城の外に出て、まだ雪の残る野山に出たのですけど、前に来た時と何だか感じが違っていました。不思議そうに訊ねると、忠実な護衛のウェラー卿コンラートはやさしく教えてくれました。
「ええ、きっと春が来るのですよ」
おやゆびくらいの大きさをしたちいさな魔王陛下は、夏に蒼いお花の中から生まれました。ですから、豊かな実りをもたらす秋や、お鼻のてっぺんがツンツンするほど冷たい冬は知っていても、まだ春って季節を知りません。ですから、雪と氷に閉ざされていた世界が、ゆっくりと解けていくのを不思議そうに眺めていました。
針葉樹の森で空を見上げると、まだどんよりと曇っていますけれど、鼻の奥に入ってくる匂いや、肌に当たる風が魔王陛下の知らない何かを伝えてきます。
「へぇえ、春。おれも聞いたことはあるよ?春ってお花がいっぱい咲くんでしょう?グウェンが色んなお花の図鑑をみせてくれたよ。とっても綺麗な絵がのってた」
「ああ、グウェンの図鑑なら名うての絵師が描いているでしょうから、特別綺麗でしょうね」
「えへへ、早く本当の花が見たいな!どんななのかな?」
コンラートはとっても優しいひとです。ですから、陛下がわくわくと胸を弾ませている様子を見ると、革ブーツを穿いた脚で雪の中に入っていって、何かを捜しました。
「どうしたの?コンラッド」
「図鑑に出てくるような艶やかなお花ではないのですが、俺が好きな花がうまくすればこの辺に…」
コンラートはふくりと雪を押し上げている出っ張りに気付くと、慎重な手つきで雪を掻きました。すると、そこには薄緑色の葉に囲まれてはいますが、確かに花と見受けられるものが見受けられました。うっすらと青みを帯びた花弁は、まだ冷たい雪の中で春を目指して大きくなっていくところなのでしょうか?
「わあ、お花だ!」
「抜いて差し上げましょうか?血盟城のお部屋に持って帰りますか?」
「うーん…」
魔王陛下は少し考えて、やっぱりふるるっと首を振りました。
「ううん。このまま降ろして?こんな雪を押しのけて咲く花だもの。きっと、ここが好きで、ここで咲きたいっていってるんだと思う」
「そうですね。そうかもしれませんね」
睫を伏せて、コンラートが頷きます。その様子はどこか、《ユーリはそう言うだろうな》と思っていたみたいでした。
少し溶け始めた雪は冷たかったけど、花の傍でくんくんと匂いを嗅いでみると、なんともすっきりとした香りがしました。
「良い匂い…なんだか、コンラッドみたいな匂いだね」
「そうですか?」
コンラートは何だか照れくさそうです。
「本格的な春になれば、もっと背が伸びて華も大きく開きますから、また来ましょうね」
「うん!楽しみだねぇ」
ユーリは最後に、花に《また会おうね》と約束するようにキスをしました。
でも、このお花があんまりコンラートみたいな匂いがするものですから、まるでコンラートにキスしているみたいに感じて、ほっぺがぽぅっと淡紅色に染まってしまいました。
その様子を見て、コンラートは《ユーリこそ、春のお花みたいだ》と思いましたとさ。
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