おやゆび陛下−9
〜ちっちゃな陛下のすてきな日常〜
「よ、た〜いちょ!」
「ヨザ…っ!戻っていたのか?」
ぽかぽかと暖かい血盟城の中庭でお散歩しておりましたら、コンラートに向かって親しげに声を掛けてきた人がおりました。
『わあ、蜜柑みたい』
朝ご飯に出てきたデザートの柑橘類を思わせる鮮やかな頭髪に、少し垂れ気味の蒼い瞳…そして、何より印象深いのは見事な筋肉でした。袖無しのシャツから覗く腕も、服の上からも明確に分かる立派な胸筋の盛り上がりを示しています。
ちいさな魔王陛下のユーリにとって、立派な大人の身体というのは憧れの対象でしたから、コンラートの胸から身を乗り出すようにして《ヨザ》と呼ばれた人を眺めました。
「はじめまして、俺ユーリって言います。あなたはコンラッドの友達?すてきな筋肉だね!」
「ひょ…。こりゃあ〜まあお可愛らしい…。お目にかかれて光栄です、陛下。俺の名はグリエ・ヨザックと申します。友達なんて高尚なもんじゃありませんがね、まあこの隊長とは腐れ縁ってやつで繋がった仲ですよ」
「隊長?」
「戦争やってるあいだ、俺の上官だったんですよ」
「そう…ヨザもコンラッドも戦争に行ったんだね?」
ユーリがやってくる前、眞魔国はよその国ととても大きな戦争をしていたのだそうです。ギュンターやコンラートが教えてくれたことだけでも、なんて恐ろしいことだろうと思いましたが、きっと実際に戦争を体験した人たちにとってはねもっとずっと…とてつもない苦しみだったに違いありません。
「いっぱい怪我をしたりしたの?もう…どこも痛くない?」
「お気遣いありがとうございます。ま…どこも今は痛いとこなんざありませんよ。痛いのは…仲間を失ったことくらいですかね」
それは、《ことくらい》なんて言葉では言い尽くせない苦しみではないでしょうか?
仲間が死んでしまうなんて、とっても恐ろしくて寂しいことに違いありません。
『コンラッドも…死んじゃうとこだったのかな?』
そう考えた途端、ぞぅ…っと背筋が震えて顔色が真っ青になってしまいました。
胸がきゅうきゅうと締め上げられて苦しいものですから、ユーリはちっちゃな両手で口元を覆って俯きました。
「う…ぅう…ううう……」
「どうしたんです?ユーリ」
ユーリがぽろぽろと涙を零し始めましたので、コンラートはすっかり慌てて胸ポケットの上からユーリの身体をさすりました。
それでもユーリの泣きじゃっくりは止まりません。
《ふぇ…》《ぅく…っ》という声に合わせて、ふるっふるっと肩が震えました。
「こ…コンラッドが死んじゃってたら…って思ったら、とっても悲しくてこわい気持ちになったの。戦争はいやだ…やだよぅ…」
「ユーリ…大丈夫ですよ。ほら…俺はこんなに元気でしょう?こいつ…ヨザが、危ない時に助けてくれたんです」
「ほんとう?」
「いや…まぁ、そんなこともありましたかね。ただ、俺も隊長に救われてますからおあいこですよ」
涙に濡れた漆黒の瞳を向けられますと、ヨザックは何とも面映ゆそうな顔をして照れております。
「ありがとうね、ヨザ。ほんとにほんとうにありがとう!ヨザががんばってくれたから、おれはコンラッドに会えたんだね?」
「いやいや…参ったな」
ヨザックはばりばりと頭を掻くと、コンラートの耳元にそっと囁きました。
「調子が狂うぜ…全く。あんたがちっちゃな陛下に夢中だって聞いて、からかうつもりで来たんだがな…」
「夢中になるのも無理はないと理解したのか?」
「まぁ…ね」
くすくすと悪戯っぽく笑うと、ヨザックはつくんと涙に濡れたユーリの頬を撫でました。
「玉体に触れる無礼をお許しください。へへ…どうにもこのふっくらしたほっぺを撫でたくていけねぇや」
「いっぱいさわって良いよ?だって、コンラッドの友達だもんね!あ…そうだ。今日からはおれの友達にもなってくれる?」
「そりゃあ光栄ですね」
ヨザックがそう言って笑った途端、ぽん…っ!と身体が大きくなったような気がしました。
「わぁ…。おれ、今おっきくなったね?」
「ええ。これは…《友愛》を感じて大きくなられたのでしょうか?」
きゃっきゃと声を上げて喜ぶユーリとは対照的に、ちょっぴりコンラートは不満そうです。
『《愛》と名のつくものは全て俺があげたかったのに…』
ということらしいです。
でもね?コンラートは気付いていないから、こんなことで文句を言うのですよ?
だって考えてご覧なさい。ユーリがどうしてヨザックに深い友情を感じたかってことをね。
要するに…
『おれのコンラッドを助けてくれた、大事な友達』
…ってことで、ユーリはヨザックに深い感謝と友愛を感じたのですよ。
結局この二人は、お互いが一番大事ってことですね。
ああ、暑い暑い!
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