おやゆび陛下−8
〜ちっちゃな陛下のすてきな日常〜
ある日の朝、おやゆびサイズの魔王ユーリ陛下はうとうとと寝台の上で微睡んでおりました。
とてもぽかぽかとした日差しが降り注いできますし、たっぷりと眠った後ですからもう起きたって良いのですが、ユーリはほっぺを枕に擦りつけて眠り続けます。
だって、眞魔国随一の家具職人さんが造ってくれた寝台はとっても綺麗で大きくて、たくさん寝返りを打っても転げ落ちたりしませんし、グウェンダルがちくちくと縫い上げてくれたお布団はふっかりとして大変気持ちがよいのです。
毎日、コンラートがお日様の下に干してくれますしね。
それにそれに…なによりも大きな理由があります。
コッコッコッ…
さあ、今日も耳に馴染んだ靴音が聞こえてきます。
「おはようございます陛下、もう朝ですよ。さっき三番目覚まし鶏も啼きましたよ…」
ああ…なんて佳い声なんでしょう!
胸がふるるってするような素敵な響きです。
ユーリは毎朝こうやって起こして貰いたくて、いつも寝たふりをしてしまうのです。
でも…ちょっと不満なこともあります。
「ん〜…陛下じゃないよ。名前をつけてくれたの、忘れたの?」
目を瞑ったままぷくっとほっぺをふくらませると、そのぷっくらとした部分につん…っと指先が触れてきます。
「すみません、ユーリ…ついくせで」
「えっへへ〜。おはようコンラッド!」
むくりと起き出してきますと、ドレッサーの中に吊られたお洋服をコンラートが出してくれます。ちっちゃなボタンをはずしてパジャマを脱ぎますと、ユーリは黒い紐ぱんつ一丁になりました。眞魔国の高貴な方はみんなこのぱんつを穿くのだそうですけど、ちょっとユーリにとっては困ったこともあるのです。
「ねえねえコンラッド。このぱんつって、もーちょっとゆるくならないかなぁ?」
「何か困ったことがおありですか?」
「おしっこの時は横からはずせるんだけど、そのぅ…」
それ以上は言いにくくてもじもじしてしまいます。
何しろ小さなぱんつで、しかも細い紐なわけですからどうしてもしなりが小さくて、結び目が固くなってしまうのです。糸の玉結びって、ほどけにくいでしょう?
そうすると、一人でぱんつをおろすこともできないのです。
「わ…分かりました」
何やらコンラートの方も照れてしまって、淡く頬が染まります。
* * *
「これで如何ですか?」
「わぁ!これは楽だねえ。ありがとうコンラッド」
グウェンダルにお願いして大急ぎで作ってもらったのは、ちょっとぷくっとしたぱんつでした。
幅広の紐でギャザー寄せをして、おへそのところでリボン結びにしますから、前の紐パンツよりも随分と脱ぎ着がしやすいです。
これで今日はたくさんお勉強したり遊んだりしても、らくちんに過ごせそうですね。
ユーリは魔王服を着こみますと、コンラートの掌の上にちょこんと乗っかります。
* * *
『ああ…なんて可愛いんだろう…』
大きくて剣ダコだらけの掌にちんまりと乗っかった魔王陛下は、そりゃあ可愛らしいものです。しかも、そのちっちゃな魔王陛下はコンラートの胸ポケットにおさまって移動するのです!
何故って、ちっちゃなユーリがぽてぽてと歩いて移動するには血盟城は大きすぎますし、掌に乗っけて移動している間にころんと落ちたりしたら大変でしょう?だから、すっぽりと胸ポケットに収まっておくのが一番良いのです。
『暖かいなぁ…』
丁度心臓の位置に感じるこのぬくもりは、なんてしあわせな感触なのでしょう?
こんなに小さいのに、とても大きな存在として感じられます。
この角度は眺めも楽しめます。
上から覗いていますと可愛いつむじが見えるのも良いですし、話しかけるとくりっと仰向いてお話ししてくれる仕草がまたよろしいです。
コンラートは、こんなに可愛い陛下を独り占めできる幸福に酔いしれておりました。
でも、さす…っと胸ポケット越しにユーリの躰の大きさを確認しますと、少しだけ気になることもあります。
『でも…ユーリはちっとも大きくならないものな。俺の愛情はきっと、まだまだ足りないんだな…』
何しろコンラートは、今までこんなに真っ直ぐに誰かを愛しているってことを示したことがありませんでしたから、きっと何か不十分なところがあるのです。
『もっともっともっともっと…たくさん愛を捧げたいな』
こんな風にまるっとポケットに収まっているユーリも可愛いですが、成長したユーリもきっととても素敵でしょう。ユーリだって折に触れて《早く大きくなりたいな》と口にしますから、コンラートは責任重大なのです。
『頑張って、たくさん愛してあげますね…』
コンラートは想いを伝えるように、また胸ポケット越しにさすさすしました。
* * *
さて、執務室にやってきますとグウェンダルがいつもどおりしかめ面をして待っていました。
「遅いぞコンラート」
「すみません、グウェン」
「ごめんね、グウェン」
ぐ…っと奥歯を噛みしめる動作を、以前はとっても不機嫌なのだと誤解していましたが…今では分かりますよ?
あれは、にこにこと微笑む弟やちっちゃい陛下を前にして、顔が溶け崩れないように努力しているせいなのです。
そんな努力しなくたって良いのにね、とは思うのですが…グウェンダルにはグウェンダルの拘りがあるのでしょう。
コンラートは苦笑しながら卓上にユーリを降ろします。大きな飴色の机の上にはランチプレートサイズの絨毯の上に、ちいさな猫足の机や天鵞絨張りの立派な椅子が置いてありまして、ユーリはそこで魔王陛下のお仕事を習うのです。
「あ、そうだ。グウェン、ぱんつありがとうね。大急ぎで作ってくれたんだよね?お仕事忙しいのにごめんね?」
「む…。穿き心地が良ければそれだけ勉強や執務も捗ることだろう。良いことだ…」
素直でないグウェンダルは、お礼の言葉もちょっと回りくどい言い方で受け止めます。
でも、そろそろ馴れてきたので気にはなりませんよ。これもグウェンダルって人の個性だって思えるようになりましたからね。
「うん、すごく履き心地良いよ?ほら、おなかをしめ付けないし…」
そう言って、ユーリはぱんつの履き心地を教えてあげようとしました。どんなにお腹が楽か、少し見せてあげようと思ったのです。
ですが…いつもみたいにぴったりした紐ぱんつと違って、自分に優しいゆるゆるかぼちゃぱんつはズボンを引き下ろす動きに追従してしまいます。
つる…っと手が滑った拍子に、ズボンをぱんつごと下げてしまいました。
そのせいで、ぷるんと飛び出したぱんつの中身をグウェンダルに晒してしまったのです。
「やーっ!!」
ユーリは恥ずかしいところを丸出しにしてしまった恥ずかしさに、ぱんつを押さえてしゃがみ込んでしまいました。
ぽっぽこと真っ赤になったほっぺは火を噴きそうです。
ああ…グウェンダルもコンラートもきっと呆れたことでしょう!
恥ずかしくて、目尻に涙さえ浮かんできました。
すると、つい…っと指の先でズボンが引き上げられ、居住まいを整えられますと…コンラートの手はまたユーリの躰を包み込んで持ち上げました。ですから、ユーリはすっぽりと大きな掌に隠される形となりました。
きっと、ユーリが恥ずかしいことをしてしまったから隠すのでしょう。
だって…さっきちらっと見えたお顔は怒っているようでした。
魔王陛下になろうって人が、お仕事をする部屋でおちんちんを丸出しにするなんて、きっととてつもなくはしたないことだったのです。
「コンラッド…お、お仕事するお部屋でおちんちんなんか見せてごめんなさい…」
ひっくひっくと泣きじゃくりながら謝ると、ふわ…っと親指側の掌が広げられて、コンラートの形良い唇がキスをしてくれました。
「ぱんつが脱げてしまって、恥ずかしかったね?もう…他の人の前でぱんつを見せたりしてはいけませんよ?」
「うん…うん。もうしないよ?ごめんね、コンラッド…おれ、気を付けるから…きらいにならないで?」
「嫌いになんて、なったりするもんですか」
「ほんとう?良かった…!おれ、もうぜったい人の前でぱんつみせたりしないよ?あ…そしたら、お着替えやお風呂もコンラッドに手伝って貰うの…いけないよね?」
本当は…コンラートに背中を流して貰ったり、ぱふぱふと天花粉をはたいて貰うのが大好きなのですが…きっと、男の子のはだかなんてそんなに人に見せるものではないですよね?
ちょっとしょんぼりしながら言ったら、コンラートはふいふいっと首を振りました。
「いいえ、俺には見せても良いんですよ?」
「そうなの?コンラッド…やじゃない?」
「俺以外の人に見せたりしたら…嫌なだけです」
そう囁く声の、なんて甘くて切なげなことでしょう…。
ユーリは思わずぞくぞくとするような感覚が胸を突き抜けていくのを感じました。
…と、同時に…なんだか身体が《ずん…っ》と大きくなった気がします。
コンラートも気付いたようで、ぱちくりと目が見開かれます。
相変わらず掌サイズではあるのですが、心持ち…そうですね、コンラートの爪の1/3くらい分は大きくなった気がします。
「お…おれ、今…大きくなったね?コンラッド…また俺に新しい愛をくれたの?」
「え?いや…その……」
「わぁあ…これって、どういう感じの愛だったんだろ?何が今までと違うのかな?」
わふわふと興奮して捲し立てるユーリに対して、コンラートの口角は心なしか引きつっています。
ユーリには分かりませんでした。
コンラートがさっき示した愛情が、《独占欲》に基づく嫉妬だった…なんてね。
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※コンラートも恥ずかしいでしょうが、今一番居たたまれないのはグウェンダルかと…。
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