おやゆび陛下−5
〜ちっちゃな陛下のすてきな日常〜
眞王廟に行きますと、ここは男子禁制とのことなのですが特別に許可を貰って巫女さんに会うことが出来ました。
向こうもユーリ達を待っていたようで、とっても恭しく迎えてくれたのですが…まだ年若い巫女達は遠くの柱の影からきゃあきゃあと黄色い声を交わしています。
『まあ…なんて可愛らしい!』
『胸ポケットにちょこんとお入りになられて…凛々しいウェラー卿との対比がまた格別に愛らしく感じられますわね!』
「あなた達、少々騒がしすぎますよ。魔王陛下も機嫌を損ねておられるご様子です」
「おれは別に、そんなこと…」
とは言いつつも、あんまり可愛い可愛い言われるものですから、ユーリの下顎には《ふんぬ》と皺が寄っているのは確かです。
それは、まるで百年くらいお酒に漬け込んだ果実みたいな皺でありました。
「では、参りましょう」
どきん…っ
コンラートの胸の鼓動が強くなったように感じます。
見あげてみると普段通りの顔をしているのですが…ユーリはコンラートの胸ポケットに収まっていますから、彼がドキドキすると全部伝わってしまうのです。
『きっと、おれたちが別々に暮らすよう言われるのが怖いんだ』
《おれも怖い…》ユーリは胸ポケットの中に頭まですっぽり入り込みますと、引っ張り出されないようにぎゅうぅ…っと軍服の硬い布地を掴みました。
『何て言われても、おれは絶対にコンラッドから離れないぞ?』
離ればなれにされて知らない人に…それも、宮廷ナントカやら帝王ウントカを教える四角四面な人なんかに渡されたら、ユーリは寂しくて萎れてしまうことでしょう。
そうなるくらいなら全力で逃げ出して、こっそり屋根裏や床下にお家を造ってしまいましょう。
鼠やモグラがちょっと怖いですが、頑張って戦って見せます。
きっと、グウェンが戸締まりをしっかりできるお家を造ってくれるでしょうし、まち針の剣だって作ってくれる筈ですからね。
『がんばるぞ…!』
強く決意を固めるユーリを、胸ポケットの上からそっとコンラートが撫でてくれました。
* * *
「こちらからお呼びすべき所を、迅速に訪問下さり誠にありがたく思います」
「いえ…」
恭しく頭を垂れるウルリーケに、コンラートは複雑な心境になりました。
次に何を言われるか、ユーリが考えていたとおりとても怖かったのです。
幾ら英雄と言われる人だって、神様みたいな人から命令されたら拒否しにくいですからね。
『だが…内容によっては、俺は眞魔国を捨てて大罪人になるかも知れない…』
《一生会ってはいけない》なんて無茶でなければ我慢しようと思いますが、その万が一が本当になったら…ユーリを連れて逃げ出したいのです。
そこまでコンラートは思い詰めていました。
ですが、ウルリーケが発した言葉は全く予想外のことでした。
「ウェラー卿、折り入ってお願いがあります。どうか、ユーリ陛下を舐め転がすようにして可愛がって頂きたいのです」
「…………は?」
瞬間、コンラートの目は点になりました。
あまりにも都合の良すぎる展開に、幻聴ではないかと耳を疑ったのです。
「ユーリ陛下は我々眞王廟側の不手際で、魂に傷を負ってしまったのです。それを癒すためには、無条件の愛…それも、ユーリ陛下自身が選んだ人物から多彩な愛…重厚で誠実で、それでいて情熱的な強い愛を惜しみなく注がれることが必要なのです。それが十分に与えられた時、ユーリ陛下は完全な肉体を得て大きく成長されるでしょう。ですが…もしも不用意に傷つけられたり、とても寂しい想いをさせられると、魂は砕けて二度と戻らなくなるのです」
「何ですって…!」
ウルリーケは切々と、ユーリの魂に関わる事情を明かしてくれました。
ユーリの前の魂の持ち主が亡くなったのは、荒々しい戦場の直中でした。
しかも、そこは要素による祝福が極めて乏しい人間の土地だったのです。
憎悪と血の泥濘に埋め尽くされた土壌は悪しき力の温床になりやすく、その戦場も汚染されていました。
ですから戦場から魂を回収しようとしたときに、護りきれず傷を付けられてしまったのです。
しかも、悪しき力から逃れようと暴れた魂は、ウルリーケ達巫女の目からも隠されてしまいました。
それでも魂は何とか生き抜こうとして、自分の中に刻まれた色んな情報を引き出し、朧な記憶の中にある道筋を辿って眞魔国に辿り着いたのです。
動物の帰巣本能みたいですね。
ユーリが部分的に眞魔国の知識を持っていたのは、この時に引き出された記憶によるものでしょう。
文字通り死にものぐるいで引きずり出したものだから、あんなに穴ポコだらけなのです。
ですが、ユーリの魂は傷付けられてもへこたれたりはしませんでした。
必死で癒されようとして探して探して…とうとう、愛が一杯詰まった場所に辿り着いたのです。
そこがグウェンダルのお花畑の…蒼い蕾の中でした。
コンラートはこの時初めて、あれが自分への愛を詰めこんだ華なのだと教えられました。
あの華は…コンラートのお母さんが、息子の身を案じて作った特別な華…《大地立つコンラート》だったのです。
しかもそれを育(はぐく)んだのは、コンラートを心配し続けていた兄のグウェンダルでした。
ふくふくとした愛をたっぷり詰め込んだその場所は、魂を一つの生命体として生み出すだけの力を持っていました。
もっともっとたくさんの愛を貰って、成熟した一人前の魔族になろうとしてユーリは産まれてきたのです。
コンラートの愛が、きっとユーリをそうしてくれることでしょう。
少なくとも、ウルリーケはそう信じています。
コンラートは何としてもその信頼に応えようと思いました。
だって、とっても良いお話ですからね。
良すぎて、ほっぺを抓って本当の事なんだと確認したいくらいです。
「そのお話、謹んでお受けします…!ウェラー卿コンラート…この心と肉体の全てをかけてユーリ陛下を愛し慈しむことを誓います…っ!」
「ありがとう…ありがとう、ウェラー卿。きっとあなたならできます。傷ついていた小さな魂が、あなたのおかげでこんなに愛らしい姿を得たのですもの…!」
ウルリーケとコンラートはしっかと手を握り、お互いの立場からユーリを護ることを誓い合いました。
まあ…なんと嬉しいことでしょう!
もしかしたら離ればなれになるのではないか…そんな風に心配していたのがおかしなくらいです。
ユーリも胸ポケット中でぽぃんぽんと弾みました。
「やったぁ!コンラッドが俺にいっぱい愛をくれるんだね?それが満杯になったら、俺はおっきくなれるんだね?」
「ええ、そうですとも。そうしたら、ユーリ陛下はとても大きな魔力を使うことが出来ます。この世界を変えるほどの大きな力…それこそが、我々眞王廟の大いなる夢…創主を完全に打ち倒すことに繋がるのです」
「そんな使命を持つ方なのですね…」
コンラートはぶるりと胴が震えるのを感じました。
そんな英雄的な王に、この愛くるしい魔王陛下はならなくてはならないのです。
ですが、それは荷が重いのと同時に、臣下としては何とも尽くし甲斐のある話ではありませんか。
「ユーリ陛下…ああ、俺の大切な英雄陛下…!どうか、ずっとお側で仕えさせてください」
「うんうん、おれこそよろしくね?コンラッドの愛がないと、おれは砕けて無くなっちゃうんだもんね?」
「そんなことにはさせませんとも…!必ずや、たっぷりと愛を注いでお守り致します」
「うん!」
改めて主従の誓いを交わした二人を見守りながら、ウルリーケは思いました。
『期待していますよ、ウェラー卿…。あなたは、きっとユーリ陛下にたくさんの愛を注いでくれる…』
主従愛、父性愛、友愛、保護愛…更には、もっと切なくて胸がいっぱいになるような愛も全て要るのですが、それは…今は内緒にしておきましょう。
運命が導けば、必ず得られるはずですからね。
* おやゆび陛下、設定の方があと一話で整理がつきます。 *
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