おやゆび陛下−4
〜ちっちゃな陛下のすてきな日常〜
グウェンダルは血盟城近くの敷地にフォンヴォルテール家伝来のお屋敷を構えています。
ユーリ達が訪れたのもこのお屋敷でした。
ですから、ここで居住まいを整えたらまず眞王廟に向かいますけど、そこで色んな事を聞いたら、今度は血盟城に挨拶に行く予定です。
急に新しい魔王陛下が決まったのですから、きっとお城の人たちも混乱しているでしょうからね。
「おれはこんな風にちみっちゃいから、なるべくちゃんとした人に見えるような服が良いなぁ…」
「分かっている」
グウェンダルはそう言いますが、ユーリの瞳はちょっぴり疑わしげでした。
だって、先程あげられた第一候補、第二候補の服はいずれもリボンやアップリケを沢山あしらったファンシーなものだったからです。
リボンが似合う女の子は可愛いですが、リボンが似合う王様はやっぱり何だか変な感じがします。
魔王様なら尚更です。
コンラートが用意してくれたハンカチのお洋服はとっても楽ですが、これもてるてる坊主みたいですから王様らしくはないですよね。
『らしいとか、らしくないとか…そういうのは、おれ…分かるんだよな。でも…魔王様の仕事って全然分かんない…』
ユーリはグウェンダルの手元がちくちくと針を操作するのを眺めながら、お膝を抱えて考えました。
ハンカチのお洋服は少し丈が短いですから、恥ずかしいところが丸見えにならないように(パンツはまだ無いのです)、コンラートが別のハンカチをくれたので膝に掛けています。
「ユーリ陛下、どうかしたんですか?」
「陛下って言うなよ」
ぷぅ…っとユーリが頬を膨らませますと、コンラートが申し訳なさそうに言い直します。
「すみません、ユーリ」
「うん、やっぱりそれが良い」
ユーリは満足そうに頷きましたが、それでもすぐに表情は翳ってしまいます。
「本当に、どうかしたんですか?」
元気いっぱいのユーリに慣れ始めていたコンラートは、ふさぎ込んでいる姿にとっても心配そうです。
「うん…あのさ、おれが知ってることって、てんでばらばらな気がするんだ。こういうので、魔王様ってやっていけるのかな?魔王様って、どういうことができたら良いんだろ?」
「きっと、今からそれを学んで行くべきなのだと思いますよ」
「勉強したら、できるかなぁ?」
「ええ、きっと出来ますよ?」
コンラートが無意識に指を伸ばして黒髪に触れますと、すりり…っとユーリは頬ずりしました。
心細さを解消する術は、ユーリにとってコンラートに触れることみたいです。
『恥ずかしいなあ…』
きゅうっとコンラートの人差し指を抱きしめていると、ふくふくとした元気が湧いてくるのですが…離れると途端に心細くなってしまいます。
先程コンラートがトイレに行っている間なんか、寂しくて寂しくて泣きそうになったくらいです。
『こんなんで、本当にやっていけるのかな?』
しょんぼりと肩を落とすユーリをなんとか励ましたくて、コンラートは両手で包み込むようにしてちっちゃな身体を掬い上げますと、ちゅ…ちゅっと降り注ぐようにキスをしました。
コンラートの唇に対してユーリはとってもちっちゃいのですが、それでも、キスはとっても気持ちいいです。
だって、コンラートの唇は滑らかで形が良くて…ドキドキするくらい素敵なんです。
それに、キス一つにつき身体一つ分くらいの元気がぽこんぽんぽんと湧いてくるようでした。
数え切れないくらい沢山のキスを貰う頃には、ユーリは元気でぱんぱんになったくらいです。
「信じてます。ユーリは大丈夫だと、俺はいつだって信じてます」
「うん…っ!」
根拠などなんにもないのだとしても、コンラートがそう信じてくれるのなら、ユーリはせいいっぱい頑張ってみようと思いました。
「おい、出来たぞ」
そうこうする内に、グウェンダルが衣装を完成させてくれたようです。
ですが、真っ黒な衣装一式の中によく分からないものがあって、ユーリは首を捻りました。
「このリボンみたいなのは何?」
「それは下着だ」
ユーリの表情がへにょりと歪みます。
「ヒモみたい…」
「高貴な者はこういう下着を着るのだ」
「う〜…こう、かな…?」
唇を尖らせてはいましたが、《ちゃんとした服》をお願いしたのはユーリの方です。
《高貴な者》が身につけると言われれば拒否は出来ません。
ユーリはハンカチドレスの下にどうにかパンツを穿きますと、ぺろんとハンカチをめくってグウェンダルとコンラートに見せました。
「おかしくない?」
「…………っ!!」
どうして口元を両手で覆っているのでしょう?
こころなしか頬も薔薇色に染まっています。
「…やっぱ、おかしい?」
「い…いや、立派なものだ。だが、元々下着というのはそんな風にして人に見せるものではない。早く他の服を着なさい…いや、着てください」
グウェンダルは動揺のあまり、魔王陛下に意見具申すべきなのか、世間知らずな子どもに教育をつけるべきなのか迷う風でした。
「んーと、これとこれと…」
真っ黒ですべすべとした布地で作られたのは、かっちりとしたスーツみたいでした。
ぽちぽちっと金色の釦をとめると、立派な魔王様のできあがりです。
「ふむ、なかなか似合うではないか」
「わあ…良いねぇ。これは立派な衣装だ!ありがとうグウェン」
要望通りにちゃんと作ってくれたことが嬉しくて、ユーリは机の上でぴょんびょんと跳ねて喜びました。
すると…グウェンダルはにまにまと緩みそうな唇を血が出るほど噛みながら(そんなに我慢しなくても…)、別の衣装もススス…っと勧めてくれました。
「これは、部屋着として着ると良い」
「……うん」
それは、さっき拒否した第一候補と第二候補の服でした。
まあ…部屋着として着る分には良いでしょう。
「眞王廟を訪問している間にいりようなものを作っておこう」
「ありがとう!」
グウェンダルは器用にスケッチ画を書いて、ユーリのためのお家を造るつもりなのだと教えてくれました。
冬を雪に閉ざされる地方では、子どものために大きなドールハウスを作るでしょう?あれの血盟城版を作ってくれるみたいです。ちゃんと天蓋付き寝台もあって、お風呂もあるんです。
考えるだけでわくわくしますね。
ユーリはお家の完成を楽しみにしながら、意気揚々と眞王廟に向かいました。
* 今日は「あ゛ーっ!」と言いたくなるくらい久し振りに忙しかったのですが、おやゆび陛下を書くと楽になりました。ヤクに近いモノが…。 *
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