おやゆび陛下−3
〜ちっちゃな陛下のすてきな日常〜






「こ…この可愛い…い、いや…小柄な子どもが、次期魔王陛下だと…?」
「ええ、その魔王陛下の為に服を作って欲しいんです。お願いできますか?」
「ウェラー卿…」

 何を言って良いのか言葉に困る様子で、コンラートのお兄さんであるフォンヴォルテール卿グウェンダルは頭を抱えました。
 ガルガン卿をお供にしてグウェンダルの元を訪れたコンラートは、窓辺に飾ってあった人形用の椅子を借りると、テーブルの上に載せてユーリを座らせました。
 
 金髪おじさんとのやりとりも一通り聞くと、グウェンダルは複雑そうではありましたが、やっぱり笑みを浮かべて酒を持ってこさせました。

「とりあえず…祝杯を挙げるべきだろうな、ウェラー卿」
「ねえ…どうして兄弟なのに、卿とか呼ぶの?」

 色んな人の会話を聞いている内に、ユーリは《ナントカ卿》という呼び方はその人の名前そのものではないのだと気付きました。だって、コンラートはさっき忠誠を誓ったガルガン卿のことはバーレイと呼んでいるのに、お兄さんを《ナントカ卿》なんて呼ぶのは変じゃないでしょうか?

 仲が悪いのなら分かりますが、二人はとっても相手のことを思っている様子なのです。

「ええと…ずっとこう呼んでいたので、今更変えるというのは…」
「ああ、別にこれで困ってはいないしな」

 そう言いながらも、二人は何だかもじもじしています。
 口で言うほど《困ってない》ようには見えません。

「おれって魔王様で、この国でいちばんえらいんだよね?」
「そ…そうだよ?」

 コンラートは少々ぎくりとしたようでした。
 多分、ユーリが次に何を言い出すか察したのでしょう。

「じゃあ、命令!二人は今日から、名前で呼び合うこと!」
「ユーリ…」
「ほらほら、早くー」
「う…う……」

 コンラートは心なしか頬を染めて眉を寄せると、恥じらいながら…《グウェン》…と呼びました。
 多分、幼い頃にはそう呼んだことがあるのかも知れませんね?
 《何だ、コンラート》…と、グウェンダルも硬い声で言いましたが、やっぱり口元は緩む手前みたいに見えます。

「よしよし、なかよし」

 こくこくと頷くと、ユーリはご機嫌で焼き菓子に齧り付きました。
 ユーリのお腹よりも大きな焼き菓子をかりかりと囓る姿は大変愛らしく、栗鼠か仔ねずみのようです。
 
「おれも、グウェンって呼んでも良い?」
「ああ…構わん。いや…構いませんよ、陛下」
「陛下は俺の名前じゃないよ。コンラッドがくれた名前があるんだ。ユーリっていうの」
「名前をくれた…?」
「ええ、ユーリはグウェンがくれた蒼い華の中から産まれたんです。眞魔国の言葉をある程度理解して喋ることも出来るんですが…どうしてだか、名前や今までの記憶はないのだそうです。グウェン…何かご存じですか?」

 《グウェン》と柔らかい発音で呼ばれ、《頼りにしています》と言いたげに見あげられますと、グウェンダルは満更でもなさそうに微笑みかけて…慌てて口元を引き締めました。

「おそらく、ここで推論を交わすよりは眞王廟に直接問い合わせた方が良かろう。何しろ、巫女ウルリーケが次期魔王陛下にとユーリを指名したのだからな」
「そうですね…。会ったこともないユーリを指名したところと良い、何か深い事情を知っておられるのかもしれません…」

 コンラートの表情が少し曇りました。

「どうしたの?コンラッド」
「いえ…事情によったら、ユーリは俺と引き離されるのではないかと思って…」
「なーに言ってんだよ!コンラッドは俺に剣のちかいを立ててくれたんだろ?いてくれなくちゃ困るよ」

 口元に焼き菓子の屑をつけたまま、ユーリは拳を振り上げました。 
 
「そうですとも、弱気はいけませぬよコンラート様」

 バーレイも重々しく頷きました。彼はもうコンラートのことをウェラー卿とは呼びませんが、《俺は配下ですから》と言い張って名前に《様》をつけて呼びます。

 彼はシュピッツヴェーグ家に属する家門の出ですが、もともとガルガン家はあまり格の高いところではありませんので、これまでそれほど顧みられる存在ではありませんでした。
 先だっての戦争で大きな功績を上げたことで一躍注目を浴びることにはなったものの、バーレイ自身は剣の腕を買われてシュトッフェルの護衛のような仕事をあてがわれたことが不満でしょうがなかったらしく、コンラートの配下になったことを心から喜んでいるようでした。

『給金などなくとも、いつまでもお仕えします』

 と、人好きのする良い笑顔で言ってくれました。

「花から生まれるだなんてそんな不思議なお生まれであるからには、コンラート様とユーリ様には、きっと運命的な繋がりがあるに違いありません。きっと、ウルリーケ様もお二人を引き離すような真似はなさらないでしょう」

 バーレイはグウェンダルよりも更に年嵩の人ですから、その落ち着いた声音には若いコンラートを落ち着けさせる力がありました。

「そうだな…」

《うん…うん》と、自分に言い聞かせるように頷くと、コンラートはにっこりと微笑みました。

「ユーリ…俺はあなたの臣下で、剣を捧げた騎士でもあります。その誓いが果たされるよう身命を尽くすことが、まずは俺の使命ですね」
「そーだよ。いつでも俺にポケットを貸してくれなきゃ困るよ」

 《きゅふ!》…とユーリは笑うと、抱っこのおねだりをするように両腕を広げてコンラートに向けました。
 両手で掬い上げるようにしてポケットに運びますと、すとんとそこに収まってからにこにこ笑います。

「うん、あんたのここが一番収まりが良い!」
「嬉しいな」

 にこにこと微笑み合う可愛らしい主従の姿に、グウェンダルとバーレイはにやにやとこみあげてくる変な笑顔を隠すのに苦労したそうですよ。

 ちょっと、真っ当な大人の男の顔としては問題のある表情になりますからね。




 さてさて、今日はここのところでこんころりんのめっ。
 続きは次回のお楽しみ。   




* 長男次男のニヤニヤするような仲良しぶりが大好きです。 *



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