おやゆび陛下シリーズ

手乗り陛下と愉快な眞魔国民−3





 青いそ〜らはぁ〜
 ぽっけえっとさぁ〜
 しあわせつっつむ〜
 ぽっけえっとさぁ〜


 楽しそうに歌いながらお空を飛んでいるのは、ちいさな魔王陛下です。
 勿論、陛下が直接飛んでいるわけではありませんよ?飛猫族の姐さんの背に載せて貰っているのです。

 大空から望む王都はとても素晴らしい眺めです。たくさんの人たちが行き来して賑わっていますし、どんな場所で何が行われているのか一目瞭然ですからね。こうして上空から眺めて感じの良いお店を見つけると、今度はウェラー卿コンラートをお供に連れて…というか、コンラートの鞄の中に入っておでかけをするのです。
 血盟城の中では肩に乗っているんですけど、街の中ではみんなが歓声をあげて寄ってきてしまいますからね。お忍びにしなくてはならないのです。

 すると、今日も素敵なお店が見つかりました。頑固そうな職人がコッコッと蚤をふるい、見事な金属加工をしております。目立たないように降り立ってみますと、それは男性用のバックルや、剣帯留めの装飾金具を作っているお店のようでした。革製品の加工もとても素敵です。

『コンラッドにこういう贈り物をあげたら喜ぶかなぁ?』

 ユーリの胸はわくわくと弾みます。
 いつもは色んな事をして貰ってばかりですけど、ユーリだっていつもコンラートに何かしてあげたいと願っているのです。

 斜めがけにした鞄の中を探りますと、大きな金貨が入っています。一枚あったら足りるでしょうか?

 金貨を両手に抱えてとてとてと駆けていこうとすると、姐さんにぱくりと襟首を銜え上げられてしまいました。

「わーっ!」

 ユーリのちいさな身体は、まるで仔猫みたいにぷらりとぶら下がります。嫌々をして暴れると、姐さんは溜息をつきながら降ろしてくれました。

「何するんだよー」
「ダメだってば。あんたは魔王様だろう?そのまま行ったら大騒ぎになっちまうよ。酷い奴だっていないとは限らない。あんたを浚って一攫千金…なんて輩もいるかもしれないからね。あたしゃコンラートの旦那に重々あんたのことを頼まれているんだ、頼むから無茶をおしでないよ」
「む〜…」

 姐さんの言い分は分かりますが、ユーリだって自分でお買い物をしたいです。コンラートと一緒の時に何かを買ってあげたいなんて言うと、恐縮して貰ってくれないか、もっと高価なお返しを貰うことになりますからね。

「じゃあ、おれは一体いつコンラッドへの贈り物を買ったら良いんだよぅ…」
「別の魔族の護衛をつけてくりゃあ良いじゃないか」
「あ、そっか!」

 ぽんっと手を打つと、ユーリは早速誰に頼もうか考えました。



*  *  * 




「コンラッド、今日はヨザックと一緒にお買い物に行っても良い?」
「ヨザですか?どうしてまた…」
「気分てんけんだよ」
「気分転換?」
「うん、まあそんなもん」

 こっくりと頷きますと、少しコンラートは黙ってしまいました。

『どうしたのかな?』

 不思議に思って顔を上げますと、いつも通りのお顔でした。

「では、すぐに手配しましょう。俺も後からついて参ります」
「えと…コンラッドは来ちゃダメ」
「え…?」

 ぴくん…っとコンラートの表情が強張るのが、今度こそ感じられました。一体どうしたのか、コンラートのお顔は泣きそうにさえ見えました。

「コンラッド、どうしたの?お腹痛い?」
「いいえ…何でもありません。ただ…どうして、俺はユーリとお出かけをしてはいけないのでしょうか?」
「ええと…秘密なの」
「どうしても?」
「うん。コンラッドには言えないの」
「そう…」

 どうしましょう…。コンラートに内緒で贈り物を買いたいのに、その本人にこんな顔をさせて良いのでしょうか?もしかして…何か気分を害したのでしょうか?

 ドキドキします。
 はらはらします。

 コンラートをじっと見つめていたら、寂しそうに微笑んだ彼が、ふ…っと視線をずらした瞬間、ばちーんっと胸を撃たれたように感じました。

 痛い痛い痛い。
 とっても胸が痛いです。

「うぅ…っ…ふ…」
「ユーリ…!?」
 
 ぽろぽろと涙を零してしまったユーリに、コンラートは慌ててしまいます。
 ああ…何て事でしょう?コンラートに喜んで欲しくて精一杯考えたことですのに、哀しませてしまった上に心配を掛けてしまうなんて…。

 どうしてこんなに上手くいかないのでしょう?

「コンラッド…好き…だい好きだよ…。かなしませたかったんじゃ…ないよぉおおぉ〜…」

 ふぇぁああぁん…と、しゃくり上げながら泣いていたらコンラートが両手でそっと包み込んでくれました。

「ユーリ…訳を聞かせてくれる?」
「ぅん…うぅん…」

 こくっこくっと頷くたびに、ぽろりんぽろんと涙が零れます。その滴を唇で吸い取りながら(ちょっと吸引力が強くてほっぺたごと持って行かれそうでしたが…)、コンラートは優しく囁きかけました。

「ね…落ち着いて?俺のことを好きでいてくれるんなら、哀しんだりはしないよ?」
「ほんとう?」
「ああ、本当だよ」

 力強い答えを聞いた瞬間、ぽぅん…っ!とユーリの身体が弾んだように感じました。

「わぁ…っ!」
「おや、また少し大きくなりましたね?」

 大好きなのに報われない哀しみと、誤解が解けた嬉しさのせいでしょうか?ユーリはコンラートの両手に余るくらいの大きさになっていました。肩には乗っかると言うよりも、座った方が安定が良いことでしょう。

「そうだ。あのね、コンラッド。今日はコンラッドを仲間はずれにしたかったんじゃあないんだよ?その…コンラッドに、内緒で贈り物をしたかっただけなんだ」
「そうなんだ…。俺のことが嫌になったんじゃないかなんて、心配してゴメンね?」
「ううん。おれの方こそ、しんぱいさせてゴメンね?あのさ…コンラッド、もらってくれる?俺が買った贈り物」
「ええ…喜んで」
「あっ!高いお返しとかはしちゃダメだよ?」
「ううん…それは難しいですねぇ」
「どうして?」
「だって大好きな人から贈り物を貰うのに、返さないなんて事が出来ますか?」 
「うーん…」

 それは確かにそうです。

「それに、俺は無理をして高価なものを買っているわけではないんです。商店に並ぶ素敵な品物を見た時に、ユーリの喜ぶ顔が目に浮かぶから…それを実際の目にも楽しませてあげたくて買うんですよ?言ってみれば、自分の為の買い物と一緒です」
「そういえばそうだねぇ」

 大好きな人の笑顔が見たくて贈り物を買う…。それは、ごくごく当たり前のことなのかも知れません。

「ね…二人でお買い物に行きませんか?」
「うんっ!」

 こっくりと頷いたユーリがコンラートの鞄にはいると、少し狭苦しく感じられましたが、とても楽しいお買い物になりました。

『だい好きな人がびっくりしながら喜ぶのも楽しいけど、こうしていっしょに買うのも楽しいなぁ…』

 すれ違いで少し成長したユーリ陛下、次はどんな感情に目覚めて成長するのでしょうね?  
   

 




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