おやゆび陛下シリーズ

手乗り陛下と愉快な眞魔国民−4





 《魔王》と言えば、人間の世界では金銀財宝に囲まれて、独りぼっちで絶海の孤島や断崖絶壁上のお城に住んでいるって事になっているのだそうです。自分を護る為の怪獣達はいても、話し相手は一人もいないというのが定説なんですって。お部屋も真っ暗で、人魂くらいしか明かりがないそうですよ。目が悪くなっちゃいますね。

 でも、眞魔国の魔王陛下は違います。金銀財宝は宝物庫にあるかも知れませんが、あまり目にすることはありませんし、大好きなウェラー卿コンラートを初めとする臣下達に囲まれております。明かりだって沢山の蝋燭をつけてくれるから、時々勿体なくて《ふーっ》と消したりするくらいです。

 そんな魔王陛下ですが、ある日こんな事を言い出しました。

「ねえコンラッド、おれもお金が欲しいな」
「眞魔国のお金は全て陛下のものですよ?欲しいものがあればどうぞ仰って下さい」

 滅多に自分から何かを欲しいと言ったりしないユーリですから、コンラートは驚きながらも身を乗り出して尋ねました。ユーリが欲しいと言えば、世界の果てに実る金の林檎だってもぎ取ってきそうな勢いです。

 ですが、ユーリはふるるっと首を振るとおねだりを続けます。

「そーじゃなくて、お金そのものが欲しいの。ほら、チンチンっていい音が鳴る、綺麗な丸いやつ。立てたらころころって転がせるやつだよ?」
「ああ、硬貨のことですか」

 そういえば二人でお忍びのお買い物に言った時、コンラートがお財布の中から硬貨を出すのを、ユーリはポケットの中から興味深そうに眺めていたような気がします。

「いいですよ。じゃあ、折角ですから全部の種類を集めましょうね」

 そうは言ったものの、急に頼まれましたのでコンラートのお財布の中には2種類しか硬貨がありませんでした。

「ちょっと他の連中に頼んできましょうか」

 財務省に行けば幾らでも出してくれそうな気がしましたが、折角なので血盟城の中をお散歩がてら集めて行くことにしました。



*  *  * 




「グウェン、ちょっと硬貨を何枚か貰えないかな」
「硬貨だと?一体どうしたというのだ」

 執務室でお仕事をしていたグウェンダルは、事情を聞くとお財布からぴかぴかの金貨と銀貨をくれました。

「どうぞお収め下さい、陛下」
「ありがとう〜っ!」

 なにしろとってもぴかぴかで、眞王陛下の横顔と獅子の紋章が刻まれた硬貨でしたので、ユーリは両手に掴んでぴょんぴょんと飛び跳ねました。

「喜んで頂けて、光栄至極」
「とっても嬉しいっ!ありがとうね。あ…そういえば、お礼をしないといけないな」
「何を仰る。お小さいからと言って、自由になる金銭を全くお渡ししていなかったこと自体、配慮が足りませんでした。御自分で買い物をされるには制限があるでしょうが、陛下の個人資産は額面をお伝えするだけではなく、実際手にとれるように配慮致しましょう」
「えー?そんなにいらないよ。一種類ずつあれば良いんだよ」

 ついでに、ユーリは《おーぎょーな口をきかないで?》とお願いしました。あんまりグウェンダルに臣下っぽい口を利かれると、お尻がむずむずするのです。
 別にギョウ虫がいるわけではありませんよ?心理的なモノです。

「だが…」
「こいつが、きらきらぴかぴかしてキレイだから欲しいだけだもん。それに、たくさんもいらないよ?いっとうきれいなのが一枚ずつあれば良いんだ。だって、もっとあっても持ちきれないもん」

 そう言うと、ユーリは《は〜》っと息を吹きかけて、きゅっきゅっと袖口で磨きました。
 艶々と光る金属に、ユーリは大満足な様子です。

「えへへ〜キレイキレイっ!」
「ふむ…。そういうことなら、記念硬貨を数種類発行してはどうだろうか」
「記念硬貨?何か特別なの?」
「ああ、魔王就任の式典と同時に限定で発行する、その時だけの硬貨だ。ユーリ陛下のお姿をレリーフにしよう」
「そういうことが出来るんなら、おれ…自分のより、コンラッドとかグウェンのやつが欲しいなあ…」
「……は?」

 きらきらきら…。
 ユーリは磨きたての金貨よりもぴかぴかとしたお目々でグウェンダル達を眺めます。

「し、しかし…臣下の入った硬貨など前例が…」
「じゃあ、今回が初めてだね?わぁ…すごいなあっ!その硬貨、とっても欲しいやっ!!」

 ちっちゃくて可愛らしい魔王陛下に、そんな風におねだりされて断れる者がいるでしょうか?少なくとも、グウェンダルとコンラートには不可能でした。多分、ギュンター達だって不可能でしょう。


 こうして、前代未聞の記念硬貨…ちっちゃな魔王陛下のお姿を表面、臣下達が裏面に入った不思議な硬貨が出来上がったのでした。
 それは他に例のないもので、民にもそれはそれは大人気でした。

『ああ、うちの魔王陛下はなんて可愛らしいんだろう?それに、こんな風に臣下と一緒の硬貨に収まりたいといわれるくらいに仲良しなんだもの。眞魔国は安泰だねぇ…』

 硬貨を眺めるみんなのお顔は、素敵にぴかぴかしておりましたとさ。



おしまい



あとがき

 あー……。前回の硬貨のお話、実は自分でも「一人でお買い物に行けないのに、何で陛下お金持ってるのかしら…」とは思ったんですよ。でも、硬貨を両手に抱えて《とてちてた〜》と駆けていく陛下、ネコたんに銜えられる陛下は可愛かろうな…と思い、書いてしまったわけですね。

 言い訳も考えてないことはなかったんですが、大したお話でもないというか、どこで落として良いのか分からないようなネタだったので、「誰も突っ込まなかったらスルーしよう…」と思っておりました。

 …ら、やっぱり突っ込まれてしまったので書きました。

 そんなわけで、ユーリ陛下は常時一種類ずつ硬貨を持っております。ちなみに、硬貨を入れる斜めがけ鞄は上の方が巾着になってます。蝦蟇口財布でも似合うと思うんですけどね〜。