おやゆび陛下シリーズ
手乗り陛下と愉快な眞魔国民−1

『まぁ〜可愛い!いつまでもこのくらい小さいままでいてくれたら良いわねぇ!』
これは褒め言葉です。
『ちょっと見ない間に大きくなって…!ふふ、立派になったわねぇ』
これも褒め言葉です。
赤ちゃんはとても可愛らしいですから、いつまでもそのあどけなさを見つめていたいというのは本心でしょうし、立派に成長した姿に目を細めるのもまた嬉しいことです。
なので、もう規格的に《おやゆび》という冠名がそぐわなくなってしまったユーリ陛下に対しても、見守る人々は複雑な心境を抱いてしまうのでした。
「もう…この屋敷には住めないな…」
《ふぅ…》と吐息を漏らすのは眞魔国宰相でした。
眞魔国随一の家具職人が作り上げたドールハウスは大変見事な出来で、調度品だって芸術性と機能性の両面を兼ね備えた見事な品でした。
でも、そこに住まうユーリのぷりんとしたお尻が填らない椅子など意味がありませんし、ユーリ陛下が元気よくコロンと寝返りを打った途端に、すぐ転がり落ちてしまうような寝台では可哀想です。
それに、ユーリはこの先どんどん大きくなっていく筈なのです(最終的には成人男性と同じ大きさになるらしいですからね)。中途半端に大きい物を作っても無駄にしてしまうかも知れません。
「ねえグウェン、無駄になっちゃうからそんなに気合い入れてつくらなくっても良いよ。なんだったら、あり合わせのカゴに綿を詰めて、布で覆った寝台だっておれは良いよ?」
「拾ってきた仔猫の寝所ではないのだぞ?魔王陛下の居室…一国の王のおわす場所だ。そう言うわけにはいかん」
ユーリはひらひらと手を振って言いますが、グウェンダルは眉根に深い皺を寄せて溜息をつきます。
目の前のユーリは、今現在片手にちょこんと乗れるくらいのサイズです。グウェンダルやコンラートが両手で包むと以前はすっぽり包み込まれていたのですが、今はぴょこりと首が出てしまいます。
顔立ちは相変わらずあどけないし、お腹はちょっとぽっこりした幼児体型ですが、頭身は一つ分くらい大きくなって五頭身になっています。腕や脚も、ちょっぴり伸びているのではないでしょうか?
こうなると、服装の問題だって大変です。
今は丁度良いサイズの服がありませんので、タオルドレスを着てうさぎ型のふわふわクッションの上に乗っています。魔王陛下としてちょっとこれはどうなのかな…と、ユーリだって思います。
殆どの仕事は宰相であるグウェンダルがやってくれますが、正式な式典の際にはちゃんと魔王陛下らしく漆黒の装いに身を包まなくてはならないのです。宝石をちりばめた王冠や王杓だって、こないだ作ってもらったばかりなんですよ?
『グウェンや他の臣下の人たちも、おれがいつどのくらい大きくなるか分からないから、困ってるよね…?』
そう考えると、どうしてもユーリはしょんぼりしてしまうのでした。
「ゴメンね…グウェン。急に大きくなったりするから、服を作るの大変だよね?愛…いっぺんにたくさんもらえたら、もっと大きくなれるのかな?コンラッド…大人のヒトにあげるような愛を、今すぐにおれにくれない?」
問題発言を放ちながら、コンラートの方へとトテトテ歩いて行くユーリに、グウェンダルは表情を変えました。
それは困っているようでもありましたし、慈しむようでもありました。
「待て…いや、お待ち下さい…ユーリ陛下っ!」
「グウェン…」
ちょっと泣きそうな顔をしていたユーリのほっぺに、グウェンの武人らしいがっしりとした指が触れます。
臣下の動作としてはちょっと失礼かも知れませんが、いとおしさが込みあげてのことですから仕方のないことです。
「申し訳ありません。陛下にご心痛を与えたこと、まことに不徳の致すところです」
「……そんなにむつかしい言葉つかったらヤダ」
「…………左様ですか。では、失礼して…」
ぷくんとヒヨコさんのように唇を尖らせるユーリに、グウェンダルはこほんと咳払いをします。
「私は…自分が用意した屋敷や王冠の出来映えに拘泥するあまり、最も大切なことを忘れていたようだ。子どもというものは、大きくなるのが立派な仕事なのだ。服がすぐに着られなくなったり、寝台に収まり切らなくなるのは健康な証…。大きくなることを恥じたり、《一度に大きくならなければ》と心を痛める必要など、まるでないのだよ」
「…ほんと?でも…大きくなる度に困るのは困るだろう?」
「構わないと言っている」
そうは言われても、やはり気になります。
ユーリは自分のために用意されたちいさな家具達が、とても深い愛情と時間と労力を注ぎ込んで作られた物であることを知っています。
だって、一番最初にユーリが座った時の椅子と来たら、自分の身体の一部みたいにぴったりとはまり込みましたし、寝台は話に聞くお母さんのお腹の中みたいにすっぽりと包み込んでくれました。
そんな素敵な家具が、ユーリが大きくなる度に新調されるなんてとても大きな出費ですし、なにより…ちょっとの間しか使えないなんてとても勿体ないことです。
『どうしよう…どうしよう?』
ユーリがもう座れなくなった椅子を撫でつけますと、突然…淡い光に包まれました。
「……っ!?」
「な…なんだ!?」
光り始めたのは椅子でしたが、そのうち他の家具にもそれは波及を始めました。
寝台、浴槽、テーブル…そして、王たることを証明する王冠や王杓までもがキラキラと美しい光を放ったかと思うと、もっと驚くべき事が起こったのです。
しゅるるる…
……ぽんっ!
光がぱぁん…っと散った瞬間、弾むみたいな感覚を残して家具や道具達が大きくなったのです!それは丁度、今のユーリの大きさにぴったりのものでした。
「わぁ…すごい、すごい…っ!なんで?どーしてかな、コンラッド!?」
「な…何故でしょう?」
コンラートにも事情は分からないようで、面食らったように目をぱちくりと開いています。
「これは…要素の働きなのか?ユーリの為に、家具が成長したのか…!」
「そうなの?」
ユーリが大きくなった椅子にほっぺを押し当てて目を瞑りますと、《わぁ…!》と歓声を上げました。
「ほんとだ…っ!《あなたのために、おおきくなります》って言ってるよーっ!」
ユーリは感動しきって《わぁ…わぁっ!》と声を上げ、ぴょんぴょん跳ねながら家具の全てに頬を押し当て、お礼を言って回りました。
「さて…それでは、残る問題は一つだな」
「え?でも…もう全部の家具が大きくなってくれたし、グウェンが縫ってくれた洋服まで全部大きいよ?」
クローゼットの中から漆黒の魔王服を取りだし、早速着てみてぴったりであることを確認すると、ユーリは不思議そうに小首を傾げます。
「ひとつだけ、お前に合わせて大きくなっていないものがあるだろう?」
グウェンダルが指し示した先にあったのは…コンラートの胸ポケットでした。
* * *
くすくすくす
ちいさく侍女達が笑っています。
でも、それはちっとも嫌な意味の笑いではありません。
とっても暖かくて、楽しそうな笑いです。
ですから、笑われているコンラートとユーリも、ちっとも嫌な気持ちはしないのでした。
「ユーリ、座り心地は如何ですか?」
「うん、とっても良いよ!」
大きくなったけどやっぱりちっちゃな魔王陛下は、大好きな寵臣コンラートの肩に乗っかっています。
どうやって乗っかってるかって?
それは…軍服の肩部分に、直接椅子を固定しているんです!
落っこちたりしないように、しっかりと革製のベルトで固定もしていますよ。
「さあ、お散歩に行きましょう」
にこにこ顔の王と臣下の姿に、道行く人々はみんな楽しそうな笑顔になりましたとさ。
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