50万打&2周年お礼企画第一弾

「ゲルツヴァルトの王子様」−1 








「コンラッド、またあんたを巡って喧嘩があったらしいじゃないか。普段は品の良いアリティア女史がフリードの奴に平手打ちをお見舞いしたってんで、騒ぎになってるぜ?」
「勝手にやってるんだから、俺の知った事じゃないさ。それに、その二人については俺は手出しをしたことはないよ?」

 如何にも人の良さそうな容貌を冬の陽射しに照らしながら、コンラート・ウェラーは綺麗に微笑んで見せた。それは、発言内容の凶悪さと素晴らしい好対照を成している。

 屋外から窓越しに話し掛けてくるヨザックには視線すら送らず、マイペースに手元の書籍(ちらりとヨザックが覗き見たが、全く意味の分からない文章が細々と書き連ねてある)を読み耽っている。

 コンラート・ウェラーは当年とって19歳になる。
 青年と呼ぶにも少年と呼ぶにも、幾らか躊躇を覚える年代である。

 彼はギムナジウム最終学年に所属するので(日本の小学校にあたるグルントシューレは4年制であり、その上に9年制のギムナジウムがあるので、13年の教育を受けていることになる)、今年《アビトューア》を受けることになっている。

 《アビトゥーア》は大学受験に関わる試験なのだが、日本で言う大学入試とは性格がまったく異なる。
 これはギムナジウムを終了した後に受ける国家試験で、大学に行くことができる資格(高校卒業資格とは別の資格)である。資格なので、一度合格さえすれば、一生使える。
 
 だから、アビトゥーアを取ったらすぐ大学へ行かなければならないという訳でもなく、アビトゥーアを取った後に何年も放浪の旅に出ても、就職しても良い。
 その後に「学びたい」、と思った時には何才でも大学に入学することができるわけだ。

 実際問題として、コンラート自身はこの《放浪の旅》への誘惑を強く感じているのだとヨザックは知っている。
 だが…彼がその道を選択することはないだろう。

 彼は学費・生活費を出してくれた母方の親族…シュッピッツヴェーグ家には一定程度の恩義は感じており、彼らが望む学歴だけは最低限クリアすべきだと考えているらしい。
 シュピッツヴェーグ家の当主であるシュトッフェルは、この学園都市《ゲルツヴァルト》の理事なのだ。 
 彼の体面を保つなど馬鹿馬鹿しい限りなのだが、払われた金の代価分くらいは忠義を尽くすべきだ…と、コンラートは考えているらしい。
 
 《ゲルツヴァルト》はドイツ有数の学園都市であり、キンダーガルデン(幼稚部)からグルントシューレ(小学部)、ギムナジウム、商科学校、総合大学、大学院、附属の研究施設・図書館・総合病院までさまざまな施設が充実しており、コンラートは少年時代に冒険家の父を亡くして以降、ずっとここの学生寮で生活している。

 ちなみに、グリエ・ヨザックはコンラートの父存命中に旅の途上で知り合ったのだが、この学園都市に警備員として雇われてから半年前に再会した。
 ヨザックは小中高一貫校のようなシュタイナー学校に通っていたのだが、こちらは12年制なので昨年卒業したのである。学生時代に格闘技で鳴らしていたことや、知人のツテもあってここに就職できた。

 幼い頃、コンラートに対して《勘の良い奴だ》という印象は持っていたのだが、やはり彼は頭の方も良かったらしい。ドイツのギムナジウムでは19歳でアビトゥーアを受験出来る者は半数程度と言われているのだが(毎年5〜10%が原級留置…つまり、落第するのである)、コンラートは今更がっついて勉強するまでもなく、余裕で合格できるとみられている。

 ではスポーツ関連ではどうかと言えば、嫌みなくらいに出来すぎ君な彼はフェンシングの腕前も一流で、本人がその気になれば国の強化選手として世界大会に出場していたろうと言われている。

 だったら周囲からの嫉妬も凄まじいだろう…と、おもいきや、妬む勢力など霞んでしまうくらいに彼の信奉者は多い。

『だからこそ、心配っちゃ心配なのさ』

 優れた能力の他に、妙な艶と誘因力を持って生まれた魅惑のコンラート・ウェラーは、幼い頃からやたらとモテた。
 それを悪いとは言わないが…強すぎる魅力というのは、えてして本人にとっては迷惑なだけの代物だろう。

『それにさぁ…こいつ自身が特定の個人に興味持たなさすぎるのも気になるんだよな』 

 風のような性質を持つ父に連れられて、世界中を旅してきたコンラートは朗らかで開けっぴろげな子どもだった。ヨザックと知り合った10歳頃などは、犬コロみたいな印象があったくらいだ。

 おかしいと思うことには徹底的に噛みつき、楽しいと思えば心から笑い、人の心の動きにも情感を込めて同調していたものだった。

 ところが、父が急死してから母方に引き取られた際にその親族連中に色々と嫌な思いをさせられたり、この学園都市に入ってから迷惑なまでの愛情を押しつけられたりして、色々と面倒になったらしい。

 そのせいなのか本来の性質が開花してしまったのかは分からないが、彼はさほど思い入れがない相手でも乞われれば夜を共にし、しかもその相手にさしたる興味も持たないという典型的なプレイボーイになってしまっていた。

 ただ、ヨザックが《じゃあ、俺と寝るか?》と誘ったら、《いま付き合っている奴と別れたらな》とは言っていたので、一度に重複して付き合うことはないらしい。
 後日、再度聞いてみたら《今度は他の奴と付き合ってる》と言って断られた。
 どうやら、一度目と二度目のお誘いの間に3人は相手が変わっていたらしい。

 そんな連中と一緒に扱われるのも癪で、あれからお申し込みはしていないヨザックだった。

『今のこいつは、土管みてぇだよなぁ…』

 向けられる感情を跳ね返しはしないが、コンラート自身は何も感じることなく通過させてしまう。
 昔の豊かな感情表現を知るだけに、ヨザックとしては幾らかやきもきしてしまうのだ。

「ところでヨザ、こんなところで油売ってていいのか?お前の仕事は、俺の話し相手というわけではなかったと思うが?」
「へいへい」

 相変わらずこちらには視線を向けないまま、コンラートは急に強くなった陽射しに目をしばたかせる。長い睫が光に透けて、蜂蜜色の光彩を纏うのがえらく綺麗だ。
 窓から差し込む樹木影が緑がかった陰影を白い肌に投げかけるのを、名残惜しげに見詰めてからヨザックは背を向けた。

 ふと、周囲の気配に苦笑が浮かぶ。

 寮の窓辺から見える《ゲルツヴァルトの王子様》に熱い眼差しを送っている者は数多く、馴れ馴れしい警備員が何をしているのかと懸念したいた者もいたのだろう。ヨザックが窓から反転した途端に、何気ない風を装って視線が動いた。

『ふん…。涙ぐましいほどの愛情だねぇ…』

 苦笑が、野性的な唇を掠めた。
 
 コンラートの心が、誰か一人のものになるようなことがあれば彼らはどうやって心の痛みに耐えるのだろうか?
 きっと彼らにとっては、いつまでもコンラートが《誰のものでもあり、誰のものでもない》という状況が続くことの方が願わしいのだろう。

『さもしいねぇ…』

 そうは思いつつも、自分ではコンラートの心を狂おしいほどに独占することは出来ないと知っているヨザックとしては、やっぱり自分も勝手な願いを抱いてしまうのだ。

 いつか、ヨザックにとって《嫌じゃない奴》が、コンラートの思い人になりますように…と。



*  *  *




「完璧、迷子だな…」

 渋谷有利は途方に暮れていた。

 16歳で迷子になる時点で如何なものかと思うが、これが都市のような規模を誇るとはいえ、一応は学校と呼ばれる場所で途方に暮れてしまったのでは、どう言い訳しても情けない。

 私服か、如何にも頭の良さそうなブレザー制服の中で、一人上下学ラン姿というのもかなり恥ずかしい。
 日本では平均的な出で立ちも、ドイツでは悪目立ちである。

 大体、なんだって自分が交換留学生なんてご大層なものになって、ドイツ有数の学園都市《ゲルツヴァルト》に来ているのか未だに理解できない。
 別に有利は勉強が得意という方ではなく(寧ろ、平均よりちょっと下回るくらいだ)、当然ドイツ語が堪能なわけでもない。
 それが何故ここにいるかと言えば、何故だか生徒間推薦で決定したのである。

 有利の通う高校と学園都市附属ギムナジウムは兄弟校であり、5年に一度、互いの学校から16〜17歳の生徒を数名送り合う。この時の指標としては学力よりも、コミュニケーション能力が重視されるらしい。投票で有利が選ばれてしまったのは、どうやらその辺に妙な期待をされたのだろう。

 多くの生徒の推薦を集めたことは、《人望がある》との証明にもなるから有利とて嬉しくなかったわけではない。

 ただ、ドイツ語どころか英語すら怪しい身としては、一週間程度の期間内に一体どうやって交流して良いか分からないのも事実だ。
 《あんな語学力で何が出来るんだよ》…自薦していたのに投票結果で敗れた生徒が、こそりと毒づいていた言葉も今の状況を考えれば尤もだと思う。

 それでも、引率の棚田先生は往路の飛行機内でこう言ってくれた。

『渋谷、お前は机に座ってやる勉強の方は課題アリだが、友達をつくる力については先生も期待しているよ。《上手いことやってやろう》なんて考えなくて良いから、お前らしく頑張れ』

 そういわれるとちょっと肩の力が抜けて、《頑張ろうかな?》という気持ちになったのだが…。

『先生、俺…いきなり挫折してます』

 空港から長距離バスで《ゲルツヴァルト》入りした後、自由時間を貰って敷地内を歩き回っていたらすっかり迷ってしまった。身につけていた貴重品の中には携帯電話もあったのだが、こいつがまた充電切れを起こしている。ドイツでも使える充電器は持ってきたのだが、さてはて…どこで電源を借りられるだろう? 

『先生、心配してるよなぁ?』

 同行者2名の生徒も、一応は心配しているだろう。
 有利と違って成績優秀な二人は、きっとこんな間抜けなことはしていないだろうし。

 しょんぼりしながら歩いていたら、なにやらおろおろしている女の子を見かけた。

『…?』

 よく見ると泣きそうな顔をして、手にした荷物で下半身を隠している。
 どうやらスカートに何か不具合が生じたらしく(裂けてしまったか、汚れてしまったか)、動くに動けないらしい。まだ幼い顔立ちの少女は顔を真っ赤に染めていたが、周囲に声を掛けやすそうな知り合いはいないようだ。

『どうしよう…』

 変に話しかけたりすれば、物事によっては返って迷惑に感じられてしまうかも知れない。 そもそも、有利だって迷子の身で困り果てているのだ。人を助けている場合でも無かろうし、助けたいと思っていることが伝わるかどうかも分からない。

 けど…。

 《お前らしく頑張れ》

 棚田先生の緩やかな低音が脳裏に蘇る。

「う〜…当たって砕けろだ!」  

 有利が驚かせないようにゆっくり近付いていくと、少女は余計に恥ずかしそうにスカートを隠し、すすす…と身を離していく。
 ちらりと見えたスカートにぎょっとした。血で汚れているのだ。

 怪我という感じではないから、生理血なのだろう。

『これまたデリケートな問題にっ!』

 有利は首まで真っ赤に染めてしまうが、それでも鞄の中から安物の上着を取り出すと汚れが隠れるように少女の腰に掛け、そのまま駆けだした。

 余計なことだったのかも知れないが、それでも無いよりはマシ…。
 …と、思いたい。

 ドン…っ!

 慌てていたせいだろうか?
 勢いよく長身の人物にぶつかってしまい、弾き返されそうになったところを腕で止められる。

「えと…あ、えんしゅーでぃー…ぐっ…えぇと…」

 《Entschuldigung》という謝罪の言葉が思い出せずに困っていたら、向こうから綺麗な発音で返された。凛とした響きのある、一度聞いたら忘れられないような美声だ。

 見あげてみると…。

『わぁ…っ!』
 
 ドイツに来てから整った顔立ちの青年は何人か見かけたが、有利がぶつかった人物は特段に綺麗な人だった。
 派手ではないのだが、どこか匂い立つような魅力を感じさせる青年だ。すらりとした長身を更に際だたせる小顔には琥珀色をした瞳があり、銀色のきらきらとした光彩が陽を弾いている。

 思わず見惚れてしまいそうな美青年だが、そのまま凭れていては失礼だろう。
 慌てて身を離そうとしたのだが…。

「ぁ…っ」

 失礼ついでに、有利の胸につけられた校章バッチが青年のセーターに引っかかってしまった。

「えんしゅーでぃー…ぐっぐ!えんしゅーでぃー…」

 泣きそうになりながらバッチを外そうとすると、長い指がゆっくりと有利の手に掛けられて、《気にしないで?》というようにくすくすと笑われた。  

「君…日本人?」

 伸びの良い低音が奏でたのは、なんと日本語であった。

「え!?」
「すぐに謝るから…そうかなって」
「うんうんうんっ!俺、日本人ですっ!ごめんなさいっ!ぶつかっちゃって…。それに、バッチ引っかけちゃってごめんなさいっ!」
「ふふ…もう良いよ、そんなに謝らなくても伝わったよ。ぼんやりしていたのは俺も同じだからね…」

 何て優しい人なのだろうか!
 こんなソフィスケートされた男性なら、さっきの子も上手に助けてくれるかも知れない。

「あの…ごめんなさいついでにお願いしても良いですか?あっちで女の子が困ってるみたいで…」
「ああ、あちらはもう大丈夫じゃないかな?」

 言われて少女の方を見やれば、友人らしき女の子達がやってきて、ちょっとからかいながらも面倒を見てくれている。当事者の女の子も照れくさそうではあるが、流石に友人に囲まれて安心したのか笑みが零れている。
 すぐに友人から大判のハンカチを借りてスカートを隠すと、有利の貸した服を確認して…申し訳なさそうな顔になった。

 血が付いてしまったことを詫びている風な少女は友人達とこちらにやってきて、青年と何事か言葉を交わしていた。
 この青年はやはりドイツ人の間でも綺麗に見えるのか、少女達は緊張しながらも声を弾ませていた。もしかすると、有名人なのだろうか?

「クリーニングして返したいそうなんだけど、連絡先を教えてあげて良いかな?」
「えと…そ、それがですね……」

 有利はかぁあ…っと頬を上気させると、実は自分が迷子であること、何処に向かって良いのかも分からないことを伝えた。

 青年は事情を聞くと吃驚したように目を見開き、そして…弾けるように楽しげな笑い声を上げたのだった。

『そんなに笑わなくたって…』

 有利はぷくぅ…っと頬を膨らませて不本意そうな顔を作ったのだが、これがまた青年のツボに填ったらしく、何がおかしいのか実に楽しそうに笑ってくれる。
 その笑顔があんまり綺麗なものだから…有利もついつい、怒り顔を保てなくて微笑んでしまった。

『もう…美形って得だよな』

 そんなことを思いつつも、美形の笑顔を見られるのはやっぱり楽しい。
 にこぉ…っと微笑んだら、青年の方もにこにこしながら頭を撫でてくれた。

「俺はコンラート…コンラート・ウェラーというんだ。君の名前を聞かせてくれる?」
「俺は、渋谷有利って言います」
「ユーリ?良い名前だね。夏の日差しみたいな君にぴったりだ」
「………」

 爽やかな笑顔を浮かべてさらりと言うコンラートに、有利は口をへの字に枉げてしまった。

「…どうかしたの?」
「あの…あなた、《たらし》って言われません?」
「たらし…?そういう単語の意味までは知らないなぁ…。どういう意味?」
「ええと…褒め言葉がうますぎて、女の子をきゃーきゃー言わせちゃうような人のことです」

 実のところ、正確な言葉の意味としては《騙す》といった負の意味もあるのだが、有利はそこの所は知らずに、自分の持つイメージで《たらし》を語った。

 すると、《ぷーっ!》…と、またしても勢いよくコンラートが噴きだす。

 その様子に少女達はきょとんとしているようだ。何がそんなに面白いのか分からないからなのか、はたまた、普段の青年がそういうキャラでは無いからなのかは不分明なところである。

「たらし…たらしね!覚えておくよっ!短いのにとっても端的な言葉だ。やはり日本語は素晴らしいね」

 笑いすぎて眦に涙まで浮かべている…。
 多分、意味合いとしてはそれに類することをいつも言われているに違いない。

「あ…べ、別に馬鹿にした訳じゃないんです。ただ…あんまりサラッとキザなことを言われ…いやいやっ!俺にはステキすぎる表現をされたから…っ!」
「そうかな?でも…本当にぴったりだと思うけどな。夏の日に透ける緑の葉みたいな…蒼く澄んだ風みたいに綺麗な名前だ」

 だから、そういうことを真顔で言えるのが曲者だというのだ。

「ぁう〜…や、やっぱりコンラッ…えと、コンラー…あれ?」

 ちょっぴり舌っ足らずなせいもあって、上手く名を呼ぶことも出来ない。
 ますます顔が真っ赤に染まってしまう。

「言いやすかったら、コンラッドでも良いよ?」
「うん、じゃあ…」

 お言葉に甘えてそうさせて頂く。

「コンラッドさんは、やっぱりたらしだ」

 こっくりと頷いて断言すると、またしてもコンラートは腹を抱えて笑い出してしまったのだった…。
 


*   *   *




 えらく可愛い子に会った。

 今まで見たことがないようなタイプだ。

『仔犬みたいだったなぁ…』

 掌に乗せて、ころころりんと転がしたいような可愛さだった。
 
 すぐに真っ赤になって恥ずかしがるのに結構口は悪くて、ひよこのクチバシみたいに唇を突き出して拗ねた顔に、なんとも言えない愛嬌がある。

『笑顔も良かったな』

 何年ぶりかにツボにはまってしまったらしく、笑い転げるコンラートに最初は仏頂面を浮かべていた有利も、しばらくすると釣られたみたいに笑い出した。

 ぱぁ…っと周りが明るくなるような笑顔だった。

 それに、彼は口をへの字に枉げていたけれど…やはり7月を意味する《ユーリ》という名は彼にぴったりだと思う。

 気が付くと有利のことを思い出してにやにやしてしまうコンラートは、ふと壁鏡を見やって苦笑した。こんな時は一人部屋であることに強く感謝したい。今の思い出し笑いなんて見られたら、きっと変に思われることだろう。

『また、会えるかな?』

 交換留学生である有利は僅か一週間程度しかドイツにはいないというが、どうやら寮の大部屋にレンタルベッドを入れて泊まるらしいので、挨拶くらいは出来るのではないだろうか?

 誰かに会うことをこんなに心待ちにしているなんて随分と久しぶりなのだということに、コンラートはまだ気付いていなかった。

『楽しみだ…』

 つい、図書館から日本語会話教材など借りてきてしまった。
 父と世界中を飛び回っている間に、言語的センスのあるコンラートは複数の言葉を覚えて日常会話程度は交わせるようになったのだが、正確に習得したわけではない。
 有利とまた会話するかもしれない…その機会の為に、ちゃんと学習してみたくなったのだ。

 わくわくとした胸の弾みを覚えながら、その夜は遅くまで学習を進めた。






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