「王子様といっしょ」−2
むっと息苦しくなるような大気が前方から吹きつけ、じりじりと照りつける太陽が天から降り注ぐ。そこに熱されたアスファルトや車体からの輻射熱までが加わるものだから、コンラートは軽く口元を覆ってしまった。日本の湿度について知識は持っていたものの、体験してみるまでこんなにしんどいものだとは思わなかった。温度だけで言えば小さい頃に父と旅をした中東辺りの方が高いのかも知れないが、ここに湿度が加わるとこんなにも不快なものか。歩いていると、ぬくよかなゼリーの中を進んでいるような抵抗感がある。
軽くぐったりして溜息をついていたコンラートだったが、不意に横合いから駆け込んできたシルエットに、突然気分がしゃっきりする。短パンにTシャツ、ビーサンという正しい《夏休みの子ども》チョイスで渋谷家の玄関から飛び出してきたのは、この家の次男、渋谷有利である。煩い長男はサークル活動で不在なので、抵抗勢力はいない。
「コンラッド、お待たせ!うっわ、格好イイ車借りてきたね〜」
「そう?嬉しいな」
にっこりと微笑む表情には、熱さに辟易しているなんて気配は微塵もない。我ながら、素敵な外面の良さである。
それも仕方のないことで、本日は記念すべき初デートなのだ。格好のひとつもつけなくては恋人としての沽券に関わる。
「どうぞお入り下さい」
優雅な所作で助手席を開くと、有利は少し照れたようにもじもじとしていたが、強すぎない程度に冷房を掛けた車内からふわりと冷気が漂ってくると、それに誘われるように飛び込んでいく。普段は冷房を好まない有利だが、家から出てすぐに噎せ返るような大気に囲まれれば、流石に冷気が愛しいらしい。
「ふわ…。涼しい〜」
冷房の設定温度はゆるいが、座席の傍に小型の扇風機を設置しているので、美観はともかくとして涼やかさは格別だ。有利は嬉しそうに笑うと、扇風機に向かって《あ〜》と声を出した。
「ナニしてるの?」
「あ…ちょっと振動を愉しんでマシタ」
子どもっぽい仕草を恥ずかしいと思ったのか、有利は途端に頬を上気させて、慌てたようにシートベルトを掛け始める。無邪気な仕草が可愛かったのでもっと見ていたかったコンラートとしては、ちょっと失敗してしまった。それでなくとも有利は年上の彼氏(嬉し恥ずかしい呼称である)に対して大人っぽく振舞いたいと願っているようだから、言葉や態度には気を付けなくてはなるまい。
コンラートはこれまで、土管のように《来る者拒まず去る者追わずのダダ流し派》だったのだが、有利には舐め転がすように構ったり、可愛がることを望んでいる。
しかしそれが有利自身にとっては時折、プライドを傷つけることにもなるのだと最近知り始めている。
* * *
「ねぇあれ見て〜、めっさ格好イイ!」
「モデルさんかな?」
「腹筋バキバキ〜っ!それでいてしなやかな印象もあるのね」
「動きが滑らかだから?」
真夏の強い陽射しがぎらぎらと輝く市民プールで、女性達はさわさわと囁き合い、男性陣は羨望の眼差しを向ける。一方、客の主体を占める子ども達は更に大胆で、わらわらと寄ってきてはぺたぺたとコンラートのお腹を触ったりしていた。
「コンラッド…モテモテだね」
「はは」
人懐っこい子ども達をいなしながら、コンラートは苦笑する。有利も同じような表情はしていたのだが、こちらは少し複雑な心境を抱えている。
『やっぱモテるよな〜』
比較的丈の長いボクサータイプの水泳パンツを穿いて、白いパーカーを無造作に羽織ったコンラート。はみパンの心配がない分、脚が短く見えがちなスタイルだというのに、コンラートの脚はすらりと長く見える。同じような格好をした有利が傍にいると、こちらは余計ちまちまとして見えるようだ。先程更衣室の鏡を見ていたら、まさにそんな感じだった。
『だって格好イイもん』
広い肩幅に厚い胸板は、実に均整がとれているので《ムキムキ》という感じではない。腹筋が鍛えられているせいか腰の辺りがきゅっと括れていて、長い脚や腕が無駄なく動く様子から、俊敏そうな印象が強い。別に特殊任務に就いているわけでもないのに、どうしてこう隙がないのだろう?
甘い王子様然とした容姿に精悍な肉体が加わるのだから、それは衆目を集めても仕方ない。
『ダメダメ、こんな不機嫌なツラ見せてちゃダメだって!』
ふるふると頭を振って鬱屈とした気分を振り払う。プールに誘ったのは自分なのだし、こんな勝手な嫉妬、コンラートには何の責任もない。
『嫉妬…そーだよな、コレ、明らかに嫉妬だよな?』
改めて自覚すると、ほとほと自分に呆れてしまう。野球にせよ勉強にせよ、あまり人並み以上に出来る事なんてない、不器用な有利ではあるが、こんな風に嫉妬してしまうなんて生まれて初めてのことだ。
『幾らコンラッドが羨ましくても、嫉妬とか拙いだろ』
けれど、少し《アレ?》とも思う。もやもやしたこの感じは間違いなく嫉妬だと思うのだが、それがコンラートに向けられているのかというと、ちょっと違う気がする。
『なんか変な感じ』
よく分からないまま、背にじりじりと照りつける太陽を感じて、目の前に煌めく水面が恋しくなる。こんなトコまで来てうだうだしているくらいなら、とっとと水に潜った方が良いに決まってる。
「コンラッド、準備体操して泳ごうよ!」
「ああ」
ちゃきちゃきとラジオ体操もどきをしていると、コンラートもよく似た動きをしているのだが、動作の一つ一つが理に叶っていて美しいと感じた。さり気なく横目で見ながら動きを真似してみると、小さな声で《腱と筋腹の張りを意識してみて》と囁かれた。理屈としては、体操する際に対象となる筋・腱を意識した方が良いとは知っていたが、コンラートの動きを見ていると、理屈ではなく体感でそれが会得出来る。
『すげ〜。これから、俺もこういう感じに体操してみよ!』
有利自身は意識していないが、尊敬すべき対象に素直に倣うことができるのは、この少年の美徳であろう。
* * *
プールサイドにコンラートの手が達すると、少し遅れて達した有利がざぱんと水面に顔を出す。どちらから言うともなく、これがしつこく続いた泳ぎ合いの、ひとまずの終点となった。
「コンラッド、凄ぇ速い〜っ!」
「泳ぎはわりと得意なんだ」
ドーバー海峡を泳いで渡ったこともあるのは、自分から言うと自慢げに聞こえそうなので内緒にしておく。けれど、体格が随分違うのにプールを何度も往復して、1q近い距離を泳げた有利の方が大したものだと思う。ぜいぜいと息を切らせながらも、まだ余力はありそうだ。
「ユーリの持久力も凄いと思うよ。その華奢な身体で…」
「………」
しまった。
言った瞬間に沈黙が降りて、ぷくっと有利の頬が膨らむのが分かった。
しかしここで《ごめん》等と言って謝った日には、それこそ気まずかろう。
「一休みしない?久々に張り切りすぎて、少し疲れちゃった」
「うん」
殊更に笑顔を浮かべて有利が頷くのは、多分にこちらの心情を慮ってのことだろう。人の心には聡い子だから、コンラートが自分の発言にひやりとしたのを察したに違いない。
「あ〜、何か飲まれるんですかぁ〜?」
「良かったらご一緒しません〜?」
鼻に掛かった甘い声が斜め後ろからして来たかと思うと、あっという間に回り込んでくる。花弁のように鮮やかな水着をひらひらさせた、2人の女の子だった。大学生くらいだろうか?日本人としては豊満な体つきと、若々しい小麦色の肌を見せつける様は自信に満ちていた。自分たちから声を掛けて失敗したことなどないのだろう。
だが、その自尊心をわざわざ守ってやる義理もない。
「いえ、気儘にやりたいので結構です」
にっこりと微笑みながら柔らかな語調で言ったせいか、最初は意味が通りにくかったようだ。女の子達はにこにこ顔を維持したまま、《ん?》という風に小首を傾げ、コンラートが手を振って道を逸れようとしたところでやっと断られたと理解したらしい。
「え?…ちょ、ちょ…っ!」
「やーん、あたし達好みじゃないデスかぁ〜?」
半泣きの瞳を上目遣いにして、絡みつくような甘え声を立てる女の子達だったが、その瞳の奥にちらつくのは雌虎の強さだ。羊の皮を被った猛禽類は、虎視眈々とコンラート達を狙っている。この手の女性は世界共通なのだろうか?大和撫子は全滅したとの噂は真実なのか?
「ゴメンね?」
コンラートは悪戯っぽく笑うと、詫びるように片手を上げたのだが、プールサイドの野獣は怯まない。土俵際の競り合いは見事なほどだ。
「じゃあ〜、帰る時にメル番教えてくれたら許したげるぅ〜」
「…いや、あのね?」
何故そんな個人情報を流出させなくてはならないのか。いっそのこと《俺、ホモだから女のヒト駄目なんだ》なんて、限りなく真実に近いネタで相手を引かせようかと思ったが、思わぬ所から救いの手が差し伸べられた。
「うっわ、久しぶりぃ〜っ!ゲルツヴァルトの王子様だわっ!」
「マジ?この人がそうなのっ!?」
きゃわきゃわと黄色い歓声を上げながら突入してきたのは、胸・尻のボリュームでは雌虎たちに劣るものの、若さとガッツでは負けていない女子高校生の集団だ。10人くらいの集団の中で、よく見ると2、3人が有利と共に短期留学していたメンバーだと知れる。彼女たちはコンラートと有利を取り囲むと、《あっち行きましょう〜》とわいわい言い立てながら、勢い良く目的の方角に引きずっていく。
一難去ってまた一難かとも思われたが、《ちっ》と舌打ちしながら雌虎達が立ち去ったのを見ると、各自ジュースだけ買った後にはコンラート達を開放してくれた。女の子達の大半は惜しそうな、好奇心を収めかねるような顔をしていたのだが、リーダー格の女の子が押さえ込んでしまった。そういえば、この子は大型犬に有利が襲われ掛けていた時…というか、その後展開された告白劇の時、傍にいたかも知れない。有利も気付いたようで《瀬川先輩》と呼びかけていたから、間違いないだろう。
瀬川は長い髪を綺麗に結い上げた、大人っぽい子だ。派手な顔立ちではないが、ほっそりとしたスタイルがモデルのようだ。大学生になって化粧でもすれば、かなり佳い女になるだろう。
「じゃ、後は《親友同士》、仲良く愉しんで下さい」
殊更《親友》という部分にアクセントを置いて、周囲に知らしめるように告げる瀬川は、興味本位で自分たちのことを触れ回るタイプではないようだ。
「ありがとう」
礼の言葉には、ついつい色々な意味を含ませてしまう。
「いえいえ、お気になさらず」
瀬川の微笑みは、先程の雌虎より年下とは思えないくらいに大人びて見えた。どうやら、これからの学校生活で彼女に頭が上がらなくなりそうだ。
『気を付けないとな。つい腹立ち紛れにホモ発言なんかしそうになったけど、それで困るのはユーリだ』
有利は村田に《そんなの気にしない》と言って、コンラートとの関係を肯定していたけれど、それは多分に、彼が生々しい《お付き合い》の実情を知らないからだ。いや、別に有利が言うような形だけで付き合うカップルもいるにはいるだろうが、コンラートは自分で言うのも何だが、こと有利に関しては節操がないくらいに情欲を覚えてしまう。
ぶっちゃけ、ヤリたい。(←ぶっちゃけ過ぎ)
こうして水着一丁になられた日には、ちんまりとした胸の尖りだとか、くっきりとした鎖骨を甘噛みしたいだとか、両手の中にすっぽりと収まりそうな双丘を揉みまくりたいとか、そこをぱくりと開いたところにあるだろうアレをソレしてコレしたい、と、真剣に考えてしまう。とてものこと、キスやハグだけで我慢出来るとは思えない。(←ある意味正直)
たとえコンラート自身が鉄の自制心を発揮して我慢出来ていたとしても、世間様はそうは見てくれないのだろうから、二人の関係はそう公言しない方が良いだろう。少なくとも、有利が未成年の間は。
* * *
「瀬川〜、もーちょっと王子様と交流してくれたって良いじゃんっ!」
「そうそう!」
「先行投資よ」
ジュースのストローをガジガジと噛みしめながら、友人の槇野や勝田が惜しそうに言うと、瀬川は微笑を浮かべた。一歩間違えば冷たい印象になりがちなのだが、どこか楽しそうにきらめく瞳が、愛嬌を滲ませて友人達を惹きつける。
「王子様、2学期からうちの学校に在籍するんだもの。ガツガツしなくても大丈夫」
「マジ!?」
「間違いないわ。職員室で手続きをしているのを確認したから」
生徒会長である瀬川は教員の信頼も厚く、職員室や校長室への出入りの頻繁だ。そこで思わぬ情報を取り入れても、澄ました顔をして無反応を装っているから、教員達の方から結構教えてくれる。今回の情報も、別に機密というわけではないし。
「これから幾らでも交流はできるわ。だからこそ、今日は遠慮しておいて。渋谷君と二人きりでデー…いえ、遊びに来ているんだもの、気を利かせて恩を売った方が良いでしょう?」
「うっわ、出た。瀬川会長のドヤ顔!!」
《痺れる〜っ!》なんて言いながら、友人達はゲラゲラと腹を抱えて笑っている。微笑の時には良いのだが、瀬川がドヤ顔を見せると大抵こういう反応が返ってくる。茅で切ったような一重瞼に鋭い眼差しをしているせいか、あくどいヤクザ顔になってしまうらしい。女子としてそれは如何なものか。
「文化祭の目玉として依頼を掛けても、そう嫌がったりしないんじゃない?」
「瀬川会長の最後の花道を飾ってくれるかなー?」
生徒会の任期は2学期末までだが、決算総会が12月にあるものの、イベント的には11月の文化祭が最後となる。特に舞台の部では、演劇部・軽音楽部・オケ部と並んで、生徒会企画なるものが生徒達の注目の的となるのだ。ここで印象深い演目を提示出来るかどうかが、その生徒会の最終評価となる。
『王子様を取り込めば、渋谷君の反応も良くなると思うのよね』
前々から感じの良い子だなとは思っていたのだが、帰国してからの渋谷有利からは薄く掛かっていた霞が取り払われ、鮮やかな存在感を示すようになった。そう感じているのは瀬川だけのことではないようで、至る所で彼の話題を聞く。
彼がコンラート・ウェラーと恋仲になったことは知っていたが、そのせいで女っぽくなったからだとは思わない。少し華奢ではあってもちゃんと男の子には見えるのだが、何というのか…ふとした瞬間に見せる艶が、有利を印象深い存在にしていた。
『ああいうのを、色気があるって言うのかしら?』
コンラートと離れている時間が、彼をより輝かせたのだろうか?切なげに眇められた眼差しや、《ほぅ…》と漏れる吐息がやけに綺麗だと評判だ。副会長を務める緒方賢治も(本人は否定しているが)、時折見惚れるような視線を送っている。真面目で一本気な彼は本当にいい男なのだが、王子様相手では勝ち目は無かろう。
有利を気に入っている瀬川としては、コンラートとの仲をあけすけに論(あげつら)ったり、貶(おとし)めたりする気は毛頭無い。だが、人々の注目を集める存在というものは、高校生活の華として一定の役割を果たす義務があると信じている。100年近い人生の中で、忘れられない瞬間を記憶に留める存在として、あれ以上の逸材は居ないと思うのだ。少なくとも、今年本校に在籍する面子の中では。
哀れな緒方達にひとときのドリームを見せてやるためにも、有利には華となる義務と責任があるし、乙女達の記憶に美しい記憶を残すために、やはりコンラートは華と輝くべきだろう。と、思う。あくまで生徒会長の立場的な判断だが。
『二人まとめて、舞台上で輝いてもらうわ』
ニヤリと笑う瀬川の顔が銀色の壁材に映り込むと、我ながら見事な悪党面だった。
* * *
『良かった…。女の子達に囲まれた時にはどうしようかって思ったよ』
コンラートはきちんと断っているというのに、妙に押しの強い女子大生にはグイグイ攻め込んで来た時には、胸の奥にじりつくような火が揺らめいて、ふるふると肩が震えてしまったくらいだ。随分と図々しい女性だったと思う。豊満な肉体に自信を持っているせいだろう、馴れ馴れしくコンラートに絡みつき、胸を押しつけるようにしていた。
あの時、コンラートが断ったいなかったら、有利は情けないくらいに喚き散らして、とんでもないことを口走っていたかも知れない。
『この人は俺のだぞっ!』
心の中では必死になって叫んでいた。村田の助言を思い出してすんでの所で止めたけれど、嫉妬に狂って何をしでかすか分からない自分が、あの時確かにいた。
『そっか…。俺の嫉妬って…コンラッドに向いてる訳じゃないんだ』
その対象は、声を大にしてコンラートの所有を主張出来る、《彼女》たる自分に向けられていたのだ。もしも有利が可憐な美少女や、豊満な美女であれば自信を持って主張できるのにと、悔しくて堪らなかった。
それでいて《逞しくなりたい》と願う気持ちも強いのは、どう頑張ったって女の子にはなれないから、せめて男として魅力的になりたいと願っているのだろう。男なのにナヨナヨしていたのでは、不気味なオカマちゃんになってしまうだろうし。
同じ学校の女子に囲まれた時にもワッショイワッショイ御輿のように移動させられて、危うく集団行動をする羽目になるかと思った時もかなり焦った。これから学校生活を共にする面子の中に、コンラートと良い雰囲気になる女の子が出たりしたらどうしようかと思ったのだ。
けれど、こちらはコンラートを拘束する気は無かったようで、すぐに立ち去ってくれた。
『あれってやっぱり、気を利かせてくれたんだよね?』
生徒会長の瀬川頼子は校内では有名な存在で、成績優秀なのは勿論のこと、企画力や行動力が素晴らしいとの評判だ。短期留学の際に一緒だった縁もあって、たまに生徒会の行事を手伝わされることがあるが、人を気持ちよく働かせるのが上手い人だと思う。剛胆でありながら細やかな気配りも出来る逸材。多分、ああいうのが会社に入っても即戦力として動ける人なのだろう。
『俺も見習いたいな』
有利とて、小さいながらも草野球チームの運営者であり、キャプテンだ。社会人も含むメンバーに楽しく、けれど真剣に取り組んで貰うためには、有利の力量が問われる。
「もう一泳ぎしようか?」
「うん!」
とはいえ、今は恋人と一緒のひとときを楽しみたい。瀬川の気遣いを無駄にしないためにも、拗ねたりしてないで素直にコンラートと過ごそう。
* * *
「はぁ〜…泳いだ泳いだ!」
夕刻になると陽射しが翳ってきて、流石に濡れた身体に吹き付けてくる風を冷たいと感じる。そろそろ潮時だろうか。
「たくさん泳いじゃったね。クタクタだ」
大きく伸びを打って更衣室を指し示すと、有利も丁度帰る気になっていたのか、異論は無さそうだった。ただ、コンラートの発言をすんなりとは受け入れない。
「んなこと言って、まだ余力ありそうじゃん?コンラッドってどうしてそんなに体力あるの?」
「やせ我慢が得意なんだよ。なにしろ、無茶な父親に連れ回されて野山を駆けめぐっていたからね〜。弱音を吐いたりするとどんな目に遭わされるか分からなかったんだよ」
「どんな?」
「綱でグルグル巻きにされて、水に漬け込まれたりとか」
「それ、虐待…」
「いや、本当に危なくなったら引き揚げてはくれるんだけどね?《いざというとき、大事な人を護れるようになるためには極限状態でも身体が動くように躾ておこうね》なんて、イイ笑顔で言われると…息子としては拒否出来ないというか」
「そ…そんなスパルタ方式のお父さんだったんだ」
たらりと冷や汗を掻きながらも、父親の行動を否定することはない。コンラート自身が受け止めているせいもあるだろうが。
「コンラッドみたいに逞しくなれるんだったら、俺も頑張りたいな!」
「…ユーリはユーリらしく、身体に合った方法で逞しくなった方が良いと思うな。トレーニング内容を詳しく教えてくれたら、メニューを組み立ててみようか?あと、ミコさんに食事面でのアドバイスも出来ると思うし」
にっこりと微笑みながらも、有利がむきむきマッチョタイプにはならないタイプのメニュー構成を考えているコンラートは、ちょっぴり裏切り者だろうか?まあ、ナニをどうやっても有利の体格からゴリラ体型にはならないと思うが。
「やった!凄ぇ嬉しいっ!!」
この日一番の佳い笑顔を浮かべる有利に、彼のコンプレックスを再認識する。コンラートを恋人と認識しているのとは別の部分で、彼は雄々しくありたいと願っているのだろうか。
『ん…?そういえば……』
リーチの問題から、自然に自分を《抱かれる側》と認識した有利だが、実際にはどんな行為をコンラートが望んでいるか分からないからこそとも言える。正確な認識をした時、果たして彼は行為自体を受け入れてくれるのだろうか?受け入れてくれたとしても、もしかして抱く側を希望するのでは?
『………その時、リーチで負けないように鍛え続けていないと…拙いな』
いや、究極的にはコンラートが抱かれる側に回っても良いのは良いのだが、やはりこの可愛らしい有利を転がしながら、思うさま愛してあげたい。
「ユーリ、良かったら俺もトレーニング付き合って良いかな?まず手始めに、明日から走り込みしようか?」
「望むところだよ〜っ!」
早朝デートを楽しみつつ、後で有利よりも多いメニューをこなす気満々なコンラートは、ちょっぴり姑息な恋人だった。
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