「王子様といっしょ」−1










 その日、渋谷勝利は楽しい夜を過ごすはずだった。仕込みも根回しも事前リサーチも完璧。自分の能力の高さと愛情の深さに目眩までしそうだった。後者については決して周囲に知らせるつもりはなかったけれども。

『ふっふっふっ…我が弟よ。歓喜の涙に噎び泣きながら、思うさま大好きなお兄ちゃんに抱きつくが良いっ!』

 両腕をあらぬ空間に差し出し、ぎゅぅうっと抱き寄せて身をくねらせる姿は相当不気味なのだが、今の勝利に客観視すべき第三者視点は存在しない。妄想はピンク色の羽を広げてもをもわと拡大するばかりだ。

 《ちっ、しょうがないな。ゆーちゃんはいつまでも甘えんぼさんだなぁ》なんてニヒルな表情で苦笑しつつ、華奢な体躯の弟を思いっ切り抱きしめてやろう。普段は口喧嘩の絶えない兄弟関係ながら、何しろ今日は弟のお誕生日なのだから《ちょっと(?)くらい素直に愛情を示しても良いだろう》なんて、勝利は頷いている。

 実のところ、普段の喧嘩の殆どは勝利の方が有利を構い倒してキレられてしまうという展開だったわけだが、その辺は都合良く忘れておく。
 余計なことは思い出さないのも、良い人生を送る上で大切なスキルだ。

 半ばスキップするようにして帰路を急ぐ勝利の手には、かなり奮発して探し出したお宝が抱えられている。ラッピングされた箱の中身は、有利が神の如く崇拝している名プレイヤーが現役時代、実際に使用していたキャッチンググローブ。勿論本人のサイン入りで、鑑定書もきっちり封入されている。バイトの繋がりで偶然存在を知り、持ち主を口説き落として(それを欲しがっている弟が如何に可愛く、そのプレイヤーの熱烈ファンであるかも力説して)、言い値の3割引で手に入れたのが今日の昼。

『ふー…危ないところだったぜ』

 別に渡すのは何時で良いようなものだが、クールが売り(自己評価)の兄としては、今日が有利の誕生日であったことにも気付かない振りをして、《じゃあ丁度良い。これやるよ》と、さり気なさを装ってポンっと、それはもう無造作に渡したいのである。

 きょとんとした顔をして包みを開いた時、有利がどんな顔をするか…。ああ、今から想像するだけでゾクゾクする。おつむの出来は悪くとも、感情表現が豊かなのは良いことだ。きっとお日様みたいな笑顔を浮かべて、ぴょんぴょんと可愛らしくジャンプするに違いない。

 くすくすくす…

 通行人が不気味そうに顔を顰めるのにも気づかず、勝利は小走りに家路を急いだ。



*  *  * 




「あ、お邪魔しています」
「……………は?」

 自宅の居間で、勝利はぱちくりと目を見開いたまま身を強張らせていた。
 見知らぬ男がいる。それだけならまだ良いが、よりにもよって見知らぬ男は、ソファに横たわった自分の弟に寄り添い、額に手を当てている。時折囁きかけるように声を掛けたり、頬を撫でつける仕草は異常に親密度が高い。

「ユーリのお兄さんですか?はじめまして、俺はコンラート・ウェラーと申します」

 男の肌は、大理石のようにすべやかで透明感がある。その皮下に流れる筋は引き締まって、動作の機敏さからみてもかなり鍛えられているようだ。
 にっこりと微笑む表情には品があり、明らかに外国人と知れる容貌のわりに、口にする日本語は極めて流暢だ。それだけなら勝利だって好感を持って迎えていたかも知れない。

 だがしかし、駄菓子仮死(←混乱)。
 コンラートと名乗った男に、説明しがたい警戒心を抱いてしまったのは何故なのか。弟と違って理性と論理を命題として生きているはずの勝利をして、本能的な警戒心が首筋の毛を逆立てさせる。

「ん…」

 ざわめいた空気を感じ取ったように、うとうとと軽い眠りの中にあったらしい弟が目を開いた。そして、とろんとした眼差しをコンラートに向け、次いできょんとしたまま勝利を見て、またコンラートに視線を戻したところでハタと気付いた。

「こ…コンラッド!ごめ…あれからずっと撫でてくれてたの!?」
「うん、ユーリが《冷たくて気持ちいい》って言ってくれたからね」

 そういって、さすさすとコンラートの手がユーリの額を撫で、そのままくしゃりと頭髪を梳いていく。優雅なラインを描く長い指が、汗を掻いてそのまま乾いてしまったらしい髪の間を、軽くパリパリ言わせながら流れていく。コンラートの琥珀色をした瞳は満足そうに細められ、一方の手で有利の前髪を掻き上げたまま、もう一方の手を額に押し当てる。

「ん…気持ちいぃ〜…」
 
 ほうっと息をつく弟に、妙にドキリとさせられた。一体どうしたというのだろう?元々愛嬌があるとは思っていたが、今の表情はそれだけではなかった。仄かに香るようなその気配は、世間一般では《色気》と呼ばれるものではなかったか?

『ゆーちゃんに色気だと!?…あり得ん…っ!』

 ぶんぶんと首を振りすぎて脳貧血を起こしかけ、勝利は静かにへたりこむ。しかし、そんな渋谷家長男のことなどほったらかしで、目の前には何とも脇腹の痒い情景が繰り広げられていた。

「ユーリはどこもかしこもあったかいね」

 有利の耳元で(何故わざわざその位置で…っ!)甘く囁けば、有利は慌てたように目を見開く。

「あ…あ!そういえば帰り道、熱かったろ?こんな灼熱地獄の日におんぶなんかさせてゴメンな!?」
「俺は暖かい方が気持ちいいから、丁度良かったよ」
「んな訳あるかよ。冬ならともかく、夏場に子供体温の男抱えて気持ちいいとかあるわけないじゃん!」

 無理があるコンラートの言い分に、有利は唇を尖らせてくぐもった声を漏らす。拗ねたようなその顔はやたらと子供っぽく、頬が染まった様とも相まって凶悪なほど可愛い。呆然と見守っていた勝利は《クキィ…!》と声にならない苦鳴を上げた。

『オ・マ・エ…どーゆー顔を見せとんじゃ、おどりゃーっ!』

 思わずどこの方言だか自分でも分からないような突っ込みを入れつつ、勝利は大切なプレゼントの包みを握り締める。潤んだ上目遣いでちょっと拗ねたように喋るなんてオマエそれ、対お兄ちゃん専用の反応ではなかったのかと叫びたい気持ちで一杯だ。
 でも、なんだかタイミングが掴めなくて突っ込めない。下手に突っ込んだら全身火傷を被りそうな恐怖感もある。

「そうかな?じゃあ、触れているのがユーリだと思うから、あんなに気持ちよかったのかな?」
「え…?」
「ぐぇ…?」

 婉然と微笑みながら、やけに甘い響きを乗せて大気を振るわせた台詞。
 その意味を理解した途端、有利はフシュァアア…っ!と湯気がたつほどに頬を真っ赤に染め、やけに手の込んだ前菜を運んできた美子は狂喜乱舞し、勝利は踏み潰されたカエルみたいな声をあげた。

「て…き、…さ…っ!」
「どうかしましたか?お兄さん」

 勝利の放つ怒気にも全く怯む風はなく。と、いうか、完全にスルーする形でコンラートはへらりと笑っている。こんな時ばかりは、自分が北斗○拳だの覇気だのを習得していないことに言いしれない悔しさを覚えてしまう。
 ああ、この男を一刻も早く極秘裏に始末してしまいたい!

「お前にお兄さん呼ばわれされる覚えはねぇっ!なんなんだなんなんだなんなんだ…っ!お、お前…どこの国から来たタラシだっ!」
「あ、ドイツです」
「これはこれは遠路はるばる…じゃねえっ!このドイッチェランタラシめ…っ!とっとと本国に帰れっ!」
「勝利ーっ!?」

 絶叫をあげる勝利に有利は血相を変え、そのまま掴みかかろうとするような動きを見せたのだけど、くらりと目眩がしたようですぐに頽れてしまう。それをまたちゃっかりとコンラートが、危なげなく抱き留めた。
 勝利だって素早く手を伸ばしたはずなのに、いつのまにか有利の身体はコンラートの胸にすっぽりと抱き込まれるような形になっている。

「危ないよ、ユーリ。まだ急に動いたりしてはいけない」
「あ…ゴメン、コンラッド」

 まだ目眩が続いているらしく、焦点が危うげな眼差しでコンラートを見上げているのだが、これがまた潜められた眉根とも相まって、かつて見たこともないほどの色香を漂わせている。
 そんな有利を抱き込むコンラートもまた、心配そうに指の背で頬を撫でつけ、つるりと返した指の腹で唇を辿ったりするものだから、そこだけ一般的日本家屋から浮き出てしまったみたいにムーディーだ。薄紫のスポットライトとか当たっているのではないかと、思わず視線を彷徨わせてしまう。

「まだクラクラするかい?少しドリンクを飲んでおいた方が良いかな?」 
「ん、ありがと」

 飲み物のことを口にしたのはコンラートだったのだが、いつのまにか有利の手が届くところに飲料水を持ってきていたのは村田健だった。普段は勝利の警戒心を一身に背負っている腹黒そうな友人なのだが、どうしたものか今日はやけに大人しい。単にコンラートのインパクトが強すぎるせいもあるかも知れないが。

「渋谷、これ飲んどきなよ。美子さん特製のスポーツドリンク」
「あらぁ、健ちゃんってば奥ゆかしいんだから〜。ゆーちゃんの体調鑑みて、濃度調整してくれたのは健ちゃんでしょ?」

 すかさず美子が合いの手を入れると、はにかむように村田は頭を掻く。

「いやぁ…。マネージャーとしては当然のことです」
「うふふ。健ちゃんたら有能なマネージャーさんね!ゆーちゃんったら王子様をお婿さんにして、有能眼鏡君をお嫁さんにするなんて、ほんっと甲斐性があるわぁ〜!」

 げごふっ!

 危うく精神的に吐血しそうになった勝利が口をぱくぱくさせているうちに、すっかり卓上にはご馳走が並び(美子の性格的なものか、やや統一性には欠けるが)、宴会の準備は万端となった。

 未だ動揺収まらぬまま、勝利は美子に引っ張られるようにして着席した。

 

*  *  * 




「え〜、それではゆーちゃんの17歳のお誕生日と、コンラート君の…ええと?」

 勝利に遅れること5分程度で帰宅した父勝馬は、長男より遙かに柔軟性の高い男だった。コンラートの存在にあっさりと馴染むと、彼が同席していることなど予定通りですよと言わんばかりのナチュラルさで乾杯の音頭を取った。

『くぅう〜…親父まで、なんだってこうサラッと不審な男を受け入れてんだよっ!』

 勝利は和やかムードの家族達に苛立ち、前菜のサラダをぐしゃぐしゃとフォークでかき混ぜていた。しかし、一家の主として《息子はやらん!》と言うべき勝馬は、親しげにコンラートへと問いかけている。

「そういえば君は幾つになるんだっけ?」
「二十歳です、お父さん」
「二十歳?」

 勝利とは違って、勝馬の方は《お父さん》と呼ばれても特に抵抗感はないらしい。寧ろ、年齢の方が気に掛かったようだ。

「おぉお〜っ!?そりゃまた大事な節目だね!そんな大事な日に、ご家族じゃなくて俺たちと一緒に居ちゃっていいのかい?」
「ええ、本望ですよ。大切な日を大切な人と一緒に過ごせるなんて最高です」

 にっこりと微笑む視線の先には、渋谷有利君。(17歳なりたて)
 絡み合う視線に、かぁああ〜…っとまろやかな頬が染まっていく。

「ん…んん?」

 これには流石の勝馬も小首を傾げ、じんわりと変な汗をかいている。心なしか口角が引きつっているような気もする。

「ええーと…。コンラート君?」
「はい?」

 コンラートの方は実に屈託のない表情を見せて、爽やかな微笑みを絶やさない。見守っている有利の方がきょどきょどして、挙動不審に見えた。

「大切な人ってのは、そのぅ…うちのゆーちゃんってこと?」
「ええ、勿論」
「ふぅん…そっかー、そうなのぅ〜。そりゃまたゆーちゃんも凄い友達見つけちゃったもんだねぇ。ははは…家族より大切な友達になったんだねぇ。大親友ってこと?」
「ああ、いえ。実は恋人として認めて頂きたいのですよ。お父さん」

 コンラートの発言には、語尾にハートマークがついていた。
 そのハートマークが、波動砲のように勝馬と勝利を貫く。

「はぁあああ…っ!?」
「おい、ユーリっ!どういうことだこれはぁあっ!!」
 
 勝馬はとにかく驚愕、勝利はひたすら激怒してじたばたと手足を動かしていたのだが、有利は頬を染めつつも照れくさそうに微笑んでいる。

「えへへ…。いやー、恥ずかしいんだけどさ。俺たち…そのぅ…恋人ってことになってんだ。ヨロシクね?」

 ケロッとしたような有利の反応に、勝利はなおも食いついていく。

「おまっ!おままっ!!わ、分かってんのかっ!?こいつと恋人って…ナニすることになるのか分かってて言ってんのか?」
「そりゃあ…俺だって分かってるよ!二人きりの時にはキ…キスとかしたり?」

 もじもじと言いにくそうにしていた有利だったが、《キスまでだな!?》と勝利に確かめられたのが、《お子ちゃま》と言われているようで悔しかったのだろう。ちょっと挑むようにして声を張った。

「キスだけじゃねーよ!恋人だもん、そりゃあやることだってトクベツなんだぜ?その…一晩中、抱き合って寝たりすんだよな…っ!!」

 かぁあっと首筋や耳まで真っ赤にした有利は照れくさそうにバリバリと頭を掻いていたのだが、勝利とコンラートは《あれ?》という顔をして小首を傾げる。《抱き合って寝る》という言葉と、彼らが想定していた行為との間に微妙なズレを感じたのである。
 ただ、今この場で有利が何処までの行為を《男同士の恋人》がすると認識しているのか確かめるには、表現に困ってしまう。こう見えて勝利はオクユカシイ男なのだ。あまり赤裸々で下品な言葉遣いなどできない。

「渋谷、勝利さん達が聞きたがってんのは、
君の肛門にウェラーさんのチ○ポを挿入させる覚悟があるのかってことさ」

 そう、こんな赤裸々な言葉など…。

「へぇえ゛ぁあ゛っ!?」

 有利に負けず劣らず可愛らしい顔立ちをした少年の口から、あまりにもえげつない台詞が飛び出したことに勝利は度肝を抜かれた。しかし、恋のときめきにポワついていた有利に現実を突きつけるという意味では、大きな意義を持っていたらしい。有利は大粒の瞳をこれ以上ないほど見開いて、あんぐりと口を開いてしまった。
 驚きすぎたのか、声を忘れてぱくぱくとしている有利に対して、コンラートが慌てたように両手を振った。

「ちょ…っ!落ち着いてユーリ!俺は…
すぐには…そういうことを強要するつもりはっ!」

 一部、コンラートの発言には聞き取りにくい部分があったが、混乱中の有利にそんな不明瞭な音声が届くはずもない。

「そ、そうだよね?あー、吃驚したっ!もぉっ!村田ぁ…お前、無茶苦茶な嘘ついてビビらすなよ。趣味悪いぜ。そういうのって、相当マニアックなアレだろ?SMとかそーゆープレイの一環だよな?」

 安心したようにほうっと息をつく有利に、コンラートは困惑したように口角を引きつらせている。コンラートの方には、まず間違いなく有利の認識以上のことはしたいと思っていたに違いない。

『させるかぁっ!!』

 つけいる隙はここしかない。勝利は意を決したように立ち上がると、鬼の首を取ったような勢いで有利に人差し指を突きつけた。

「そうだ、ゆーちゃんっ!純粋で品位ある恋人とは触れるだけのキスとハグだけで満足できるもんだ!」
「えっ!?で、でも俺…ベロちゅーはもうやっちゃったぜ!?」
「はぁあっ!?こ、このホモ野郎っ!うちの可憐なゆーちゃんにナニしてくれてんだっ!!」

 勝利はコンラートの襟首を掴むとがくがくと揺さぶるが、コンラートはコンラートでそれどころではない。



*  *  * 




『ゆ…ユーリ…そういう認識ってっ!』

 確か、それなりの雰囲気で《抱く》《抱かれる》という会話が自分たちの間にはなかっただろうか?ストレートな性嗜好を持つ彼が思いのほか大胆に、友人である村田に対しても自分たちの関係を明示していた時に、おかしいと思うべきだったのかもしれない。彼の中にある《恋人同士の抱き合い》とコンラートの想定の間には、どうやら深くて長い川が流れているらしい。

「ユーリ、そのぅ…。前に抱く方とか抱かれる方とかいう話で、ユーリが抱かれる方だって思われても平気とか何とか言ってなかったっけ?」
「別に平気なわけじゃないよ。ただ、厳然としてリーチの差はあるわけじゃん?」

 そう言って両手を広げた有利は、少し悔しそうに抱きしめるようなポーズをとった。それは、もしかしなくても…。

『ピュア…ピュアっ子がここにいるっっ!!』

 別の観点から行くと《アホの子》と言えなくもないが、敢えてこちらの言い回しになったのは恋心のせいだろう。
 
『そうか…ユーリの中では、よりリーチの長い方が包み込むような形になるから、俺が《抱く方》でユーリが《抱かれる方》という認識なのか…』

 男らしい体格に憧れているという有利からすれば、それはちょっと悔しいことで、でも、しょうがないで済まされる程度のことなのだろう。
 《なんて可愛いんだ》と微笑めば良いのか、《ファンタジスタ純情ボーイ》と感心して良いのか、《先は長いな遠いーな》と泣けばいいのかよく分からない心境だ。

『でもまあ…仕方ないのかな』

 苦笑しながら溜息をつき、コンラートはやんわりと勝利の手を外させた。

「お兄さん、ちょっと落ち着いて貰えますか?」
「これが落ち着いていられるかーっ!」
「ユーリは本当に純粋培養で素直に、健やかに育ったようですね。全てご両親とお兄さんのおかげかと思います」
「う…」

 素直に出られると勝手が違うのか、勝利は困惑したように歯がみしている。

「俺としても、そういう純粋無垢なユーリだからこそ心惹かれたわけです」
「だったら…!」
「神に誓ってお約束します。ユーリの意向に反した行為は決してしないと」

 そう言うと、コンラートは大仰な程のポーズを決めて、胸に手を置くと恭しく頭を垂れる。正直なところ別に神など信じてはいないのだが、一応約束を守るつもりはある。何しろ、対象はあの有利なのだから。
 その上で、コンラートは噛んで含めるようにゆっくりと、勝利に対して言葉を連ねた。

「俺たちの関係の全ては、皆さんのおかげでこんなにも
健全に、清純に、穢れなくったユーリに委ねます」
「…っ!」

 一つ一つの形容詞に重みを持たせ、《これでご安心頂けますね?》と瞳で語りながら微笑むコンラートに、勝利としては二の句が継げないようだ。

「く…う、その…っ」

 絶句している長男を尻目に、母親の方はすっかり信頼モードに入っていた。

「そうねぇ〜。ゆーちゃんの貞操観念ってかなり頑なだしね。コンラートさんも紳士みたいだから、お任せして良いんじゃない?ウマちゃん」
「あー…うん、そりゃまあゆーちゃん自身のことだし、親がなんか言うことでもないんだけどさぁ」
「いやいやいや、言うトコだろぉおお…っ!?」

 ぎょっとして父親へと食ってかかる対象を変えた勝馬だったが、開放された襟元をきゅきゅっと直しつつ、コンラートはさらりとした語調で重複攻(口)撃を仕掛けた。

「あれ?まさかとは思いますけど…お兄さん、実の弟を信頼出来ないなんてコトないですよね?」
「んぬっ!?」

 我ながら卑怯な理論展開だと自覚はしているが、ここはもうしょうがない。こっちだってかなりの衝撃を受けているところなのだし、このまま済し崩しに有利との関係をシャットアウトされては堪ったものではない。有利が何処まで男同士の深淵(?)を知って、そこに身を投じてくれるかは不明だが、可能性は残しておきたかった。
 有利さえ承認してくれれば、いつか
色んなアレやコレやも出来るのだと。(←王子様、意外とプラトニック不可能)

「そんな訳あるか!俺ほどゆーちゃんを信頼しているお兄ちゃんは世界に類を見ないぞっ!」
「では、これで安心ですね」
「ふへ…ほ?」

 売り言葉に買い言葉で光速の切り返しをしてしまった勝利は、事態の流れに動揺すると慌てて言い直そうとしたのだが、それは叶わなかった。

「勝利…」
 
 頬を染めたカワイコちゃんこと《ゆーちゃん》が、ちょっと感動したような顔をして見上げているのに気付くと、兄としては何を言うことも出来ない。

「えへへ…勝利ってば、普段は変なことばっかり言ってるけど、やっぱ…にーちゃんなんだよなぁ」

 照れまくって《へにゃ》っと相好を崩す弟に、今更《いや、信用なんか出来るか!》なんて言える者がいるはずもない。勝利は実に複雑そうな顔はしていたが、結局《ふんっ!》とそっぽを向いたまま座り込むと、後はやけっぱちでご馳走の数々を口に突っ込み続けていた。

 食事の後にケーキが出され、文句を言いながらもバースデーソングをきっちり歌った有利が蝋燭を吹き消すと、家族からのプレゼントを貰って有利はご満悦だった。特に勝利から無造作に渡されたプレゼントを開けてみると、尊敬する野球選手のプレミアムグッズであったらしく、有利は狂喜して飛び跳ねた。その様子に勝利も満足だったのか、先程まで強張っていた頬もほんわりと緩んで、堪えきれない喜色が唇を笑ませていた。

『本当に愛されて育った子なんだよなぁ…』

 勝利を丸め込む為に《全てはユーリに任せます》と言ったコンラートだったが、今更ながらに、その言葉をおざなりにするわけにはいかないなと自覚する。

『大切にしたい』

 来る者は拒まず、去る者は追わずで飄々と身体の関係だけを続けていたロクデナシの王子様だったが、困難そうなお相手を前にしても、琥珀色の瞳は幸せそうに細められている。
 愛する有利の為ならば、その過程もまた楽しんでいけるだろうと思うのだ。


 ロクデナシ王子様が天然素材のお姫様を相手に、予想以上の苦労を強いられるのはまた後のお話。 






 

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