「お伽噺を君に」
第9話








 有利は水の中でもがもがと暴れていた。
 息が出来るのには気付いていたが、《こんなトコで暴れてる場合じゃない》と気ばかりが焦って、どうして良いのか分からない状態が続いていたのだ。

 辺りの様子が分からない訳ではないが、水中に潜って空を眺めているみたいにゆらゆらと揺れて明瞭には伝わらないし、特に音についてはぼわんぼわんと反響して殆ど聞き取れない。

 そんな中で突然の来襲を受けたものだから、一刻も早く外に出なければと焦りに焦ってしまった。

 けれど、有利は魔力を手に入れるどころか水の外に出ることも叶わない。その間に蘆花が串刺しにされ、ヴィクサムが傷つけられ、必殺の一撃を加えたかに見えたコンラートまでが退けられた。

 銀細工に戻ってしまったコンラートは、それでも地面を這って有利に向かってきてくれた。

 誇り高いけれど、誇りに振り回されることのない強い人。
 決して心折れることなく、何としても使命を果たそうとする勇敢な騎士。
 彼はいつだってそうだった。

 有利が中学3年の時、公衆の面前で後輩に人格否定の罵声を浴びせかけた監督を殴ってしまった後、野球部にはいられなくなって途方に暮れていた時だって、彼がいてくれたから有利は自分で草野球チームを立ち上げる事が出来のだ。

 たった一つの形に固執することなく、柔軟に、そして諦めることなく向かっていくことを教えてくれた人。

 誰よりも大好きな、有利の王子様。

『コンラッド…コンラッド…っ!』

 その彼が、絶望的な戦いに向かおうとしているこの時に、有利は何をしているのだろう?

『俺だって、戦いたいよ…!』

 圧倒的な力で相手を叩きのめすのでなくて良い。
 等身大の、精一杯で向かっていきたい。

 そう考えた瞬間、有利の中で何かが弾けた。

 

*  *  * 




 ぱち…っと目を開くと、木目の緩やかな模様が見えた。蘆花の家の天井だ。

「あ…れ?」
「儒子、目覚めたかの」
「蘆花さん…!怪我はもう大丈夫なんですか?」
「ふむ。ま…少々難儀したがな」

 ふぅ…と溜息をつく蘆花はまだ身体の節々が痛いようだったが、死にそうという印象ではなかった。

「渋谷!良かった…君、丸一日も眠ったままだったんだよ?」
「心配したぞ、有利!」
「ゴメンな〜そんな寝てたの?」

 その横でジャガイモの皮を剥いていた勝利と村田は怪我は無さそうだったし、かなりの痛手を受けていた筈のヴィクサムも、布団には横たわっていたが目を開いて、有利に向かって微笑みかけてくれた。引き裂かれてしまったのが心配だった綾珠も、大きさがほぼ半減はしたが存命(?)であり、慕わしげに有利の頬に擦り寄っていた。

 コンラートを探してみると、こちらは有利の枕元に控えていたようで、目覚めたことを祝福するように敬礼していた。

「コンラッド!怪我はない?」
「大丈夫です。ユーリこそ、どこも痛くないですか?」
「うん、俺は全然平気。ただ…何があったのか、ぼうっとしか覚えてないんだよ。あんなんで大丈夫かなぁ?」
「きっと大丈夫ですよ。ユーリとは違っているようで、大事なところがとてもユーリに似た人格でしたし」
「そう?だったら良っか」

 コンラートに太鼓判を押されたことで安堵するが、包帯姿も痛々しい蘆花とヴィクサムのことはまだ心配だった。

「俺、魔力に目覚めたんなら治癒とかやってみようか?」
「よせ」

 布団からもそもそと起きてきて蘆花の傷口に手を当てると、妖狐は眉根を寄せて手を止めさせようとしたし、コンラートも血相を変えて浴衣の裾にしがみつく。

「それでなくとも、初めて強大な魔力を行使したことで疲れ切っておるのだ。今また治癒などしたら、寝床に逆戻りだぞ?」
「そうですよユーリ!それに、治癒なら猊下とショーリがやってくれてますし」
「そーなの!?」

 村田はともかくとして、勝利の方は少々複雑そうな顔をして頷いた。

「ふぅ…。俺としては颯爽と攻撃系の魔力遣いになって、ゆーちゃんに癒して貰いたかったんだがな…。不本意ながら、お前が意識を失って倒れているのを見たら、そっち系の能力が一気に開花したらしい」
「まあ、あの流れで貢献できただけ良いとしましょうよ。何なら僕が衣装も考えてあげますから」
「弟のお友達…気持ちは嬉しいが、断る。俺はゆーちゃんにはミニスカ白衣を着て欲しいが、自分では着たくないんだ…っ!」
「僕だってお兄さんのミニスカなんか見たくないですよ!」

 ぎゃいぎゃいと言い合う二人は、それなりに良いコンビらしい。
  
「そう言えば、あのドSっぽい男はまた来るのかな?治癒も出来ないくらい草臥れてるんなら、すぐに来られるとしんどいな〜。俺、まだどうやって魔力使ったのかも分かんないし…」

 有利が不安そうに零すと、これは蘆花が否定してくれた。

「あいつもそう続けて襲撃してくることは出来まいよ。相当の魔石を消耗したろうし、ゲルト自身相当な痛手を受けておったしの」
「そっか…じゃあ、その間にもーちょっとちゃんと魔力が使えるようになんないといけない訳だ」
「そうだの」

 こっくりと頷く蘆花に、有利は意気を新たにした。



*  *  * 




「コンラッド、俺が魔力使ってる時ってどんなだった?」
「そうですねぇ。何と言いますか、《なんちゃって暴れん坊将軍》という感じでしたね」
「ナニ、その《なんちゃって》ってのは…」 

 お釜で焚いた炊きたて御飯をはぐはぐと頂きながら、有利は頬を膨らませる。コンラートは食事をとることはないが、自分の身の丈よりも大きいシャモジを持って、御飯のお代わりをよそっている。銀細工の騎士姿と見事にアンバランスなのだが、変に可愛いのが不思議だ。何なら白い割烹着もきて欲しい。きっと似合う。

「うーん…でも、確かにそんな感じだったね」
「村田まで〜」

 今日も修行に励む一同は、お昼御飯を食べながらも修験僧のような衣装を着こんでいる。ただ、本物の僧侶のように厳格な食事制限を設けられると言うことはなく、食卓には意外と山海のご馳走が並べられていた。蘆花の使い魔達がせっせと獲物を調達してきたり、はたまた地道に農作業をして材料を得てくれているようだ。厨房妖怪の《おさんドン》も割烹着姿で頑張ってくれている。

「いえいえ、でもそこがまた微笑ましい感じで良かったですよ?ユーリの中に別人格が発生するとなると色々心配だったのですが、意外と違和感もなかったですし」
「なんちゃって将軍で違和感がない俺ってどうなの!?」

 何だかんだで有利の別人格は《上様》と名付けられることになった。有利自身は魔力を行使している間の記憶があまりないのだが、名前がつくとなんとなく親しみが出てくるものである。

 そのせいだろうか?夜になって床に就くと、自然と話題は上様のことに寄っていった。



*  *  * 




「どうやったら上様を必要な時に呼べるのかな?」

 夜半過ぎになってお布団に入ったものの、有利はなかなか寝付けずにいた。コンラートが色々と楽しいお伽噺を語り聞かせてくれたりはしたのだが、どうしてもインパクトの強かった上様の話になってしまう。

「どうでしょうねぇ。やはり追い詰められたりしないと、最初の内は無理なのでしょうかね?」
「えー?でも俺、またコンラッドやみんなが怪我するまで何も出来ないのはヤダなぁ」

 リィィン…
 リィン…

 ケロロ…
 ゴロロ…

 日中喧しく響き渡っていた蝉の声から一転して、夜になると虫と蛙の鳴き声が静寂に響いた。とはいえ、秋に比べるとどこか賑やかな印象がある。そのせいか、少しは落ち込みも小さくて済んだ。

「どうでしょう。上様に向かって呼びかけてみては?」
「呼びかける?」
「ええ、修行を一緒に見せて頂いて思ったのですが、どうやらユーリの力は《従わせる》というよりは、《呼びかける》タイプなのではないかと思うのです。綾珠を従えた時もそうだったでしょう?」
「そうなのかなぁ?」

 言われてみれば、有利の性格的に言っても、圧倒的な力で頭ごなしに従わせることはしたくない。出来れば心を込めて話しかけて、有利のことを分かって貰って上で手伝って欲しいなと思うのだ。

「うん、じゃあそれで頑張ってみようかな?」
「はい。ユーリならきっと出来ますよ」
「えへへ…やっぱ、コンラッドってば最高!」
「そうですか?」

 きゅむっと銀細工の騎士を抱き寄せて頬に当てると、最初はひんやりしていたがすぐに人肌程度の暖かさになる。
 コンラートは照れたように小首を傾げると、ぽりぽりと兜を掻いた。

「そういえば、凄く強い魔力に目覚められたら、石化したあんたの身体を元通りにすることもできるのかな?」
「それはどうでしょうね。何しろ、随分と時間が経過していることですし…」

 コンラートは自分の姿が元通りになるとは、あまり考えていないようだ。

「でも、元の姿に戻ってないと、家族が吃驚するんじゃないかな?」
「きっとそうでしょうね。ですから、俺はそっと見守るだけで良いんです。ボブの話では眞魔国は大変なことになっているようですから、早く行って、俺に出来ることがあれば何でもしてやりたいとは思いますが、この姿を見せてしまうと…母などはきっと泣いてしまうでしょうからね」

 《絶対に戻れるよ》と、力強く言ってやりたい。だが、眞魔国に行けるかどうかすら分からない有利が、簡単にそんなことを言ってしまうのは無責任でしかないだろう。
 有利は喉がつかえるような心地を感じながら、多くを望まない銀細工騎士に強くすりついていった。

『尽くすばっかりで見返りを求めないって、お伽噺の中でなら《なんて高潔な騎士だろう!》って感心するかも知れないけど、コンラッドがそんな役回りにされるのなんかヤダ…!』

 お伽噺ならそれこそ、そんな高潔な人格だからこそ想像以上の幸福に包まれて、最後は《こうして騎士はお姫様と共に、いつまでも幸せに暮らしましたとさ》で締めくくられる筈だ。

 いや、出来ればコンラートの場合は《お姫様》部分を《魔王様》に差し替えて貰えると有り難いのだが、これはお伽噺としては珍妙な結末だろうか?
 
『…そういえば、具現化した時のコンラッドってば凄ぇ男前だもんな…』

 女性関係(?)についてはスザナ・ジュリアのことしか聞いていないが、この人は別の男性と婚約していたそうだし、コンラートの思い出話を聞いていても、惚れていたと言うよりは憧れていたという印象が強い。
 だが、彼女以外にもしかして、忘れられない女性はいなかったのだろうか?
 いなかったとしても、本来の姿に戻ったら奇跡的に帰還した英雄として迎えられるわけだから、女性達が放ってはおかないだろう。

『コンラッドって子ども好きだから、結婚して子ども作るの楽しみにしてたかもしれないよな』

 そうなってもコンラートはきっと有利に忠誠を誓い続けてくれるのだろうけれど、やはり愛する妻や子どものことは、別ベクトルで最高に愛することになるのだろうか?
 ただ、今現在は人形でしかない彼にそれを聞くのは酷というものだろう。仮定の話とはいえ、叶わない公算の方が強いのだから。

『馬鹿なこと考えてないで、魔力を高める努力の方を頑張らなくちゃな』

 無意味な仮定の話を振り払うように、有利はふるるっと頭を揺らした。



*  *  * 




 一方のコンラートはすうすうと健やかな寝息を漏らす有利を見守りながら、そのまろやかな頬を優しく撫でつけていた。
 ただ、いつもこんな時には深い満足感に満たされていた瞳に、一抹の寂しさが混じってしまう。

『贅沢すぎる望みを、俺は抱きかけているのかもしれない』

 《石化したあんたの身体を元通りにすることもできるのかな?》有利に言われるまでもなく、その手の想像は以前から幾度も脳裏を掠めていた。有利に語り聞かせるお伽噺の中では、登場人物は悪い魔女や神様から呪いを掛けられても、大抵の場合は恋人や家族のキス、ないし涙で元の姿にもどり、幸せに暮らしていた。

 だが、コンラートの身の上に起こっていることはお伽噺ではなく現実だ。

『望みすぎてはいけない…』

 分かっている。
 分かっているのに、ふとした瞬間に焦げ付くような執着心を覚えてしまうことがある。

 もしも元に戻れたら、この愛らしい少年をすっぽりと腕の中に抱き込めるなんて、ついつい思ってしまうのだ。

 ことに、ヴィクサム・ベルドゥースの直截な物言いや行動は、コンラートをいたく刺激していた。これまではただ漠然と《愛し子を抱きしめる》といった、ほわほわと羽毛に包まれるような想像しかしていなかったのだが、あの男が明らかに性的な意味で《抱きたい》と言い出した時、コンラートの脳神経(銀細工で作られているのか?)は、焼き切れそうな焦燥感と嫉妬を覚えた。

 最初はコンラートにとって大切な愛し子を汚されるように感じているのかと思ったが、次第にそうではないことを突きつけられていった。

 誰よりもコンラート自身が、有利をそういった意味で独占したいと願っているのだ。

『ゲルトとかいうあの男…あいつがユーリの珠の肌を剥き出しにした時、俺はあいつに対する憎しみだけでなく、背徳的な劣情すら覚えていた』

 あの肌を貪りたいなんて、この童話めいた人形の浮かべて良い望みではない。
 
『悔しい…』

 誰よりも有利の傍にいられる幸福を味わっておきながら、こんな欲望を抱いてしまう自分が恥ずかしい。

『許して下さい、ユーリ…』

 泣きたいけれど、流す涙も持たない銀細工人形は、切ない溜息を漏らしながら主の頬にキスをした。



*  *  *  




 高原の夏は暑さの中にも爽やかさがあって、修行の合間に木陰で休んだりすると、針葉樹の香りを含んだ清涼な風が、頬や首筋を掠めていってなんとも心地よい。
 上様を意図的に呼び出すことはまだできないものの、滝に住む三本爪の龍とは意思疎通を果たせるようになってきたせいもあって、有利はゆったりと心安らかに休憩していた。

「あぁ〜…すっごい気持ちいい」
「おや、ユーリ。そんなにしどけない姿で休んでいては、キスしたくなってしまうよ?」
「ヴィー、そういう妄想を垂れ流しにするのは止めてくれよ〜」

 言われた途端に、白衣の裾野から投げ出していた脚を揃えてしまう。

「すまないね。つい正直な気持ちが溢れてしまった」

 悪びれもせずにくすりと笑うヴィクサムは、発言内容のわりにどろりとした生々しさがない。もしかすると、こういう言い回しも多少は計算してやっているのかもしれない。

「そういえば、傷はもう良いの?」
「ああ、完全に塞がったわけではないが、もうそれほど痛みはしないよ」

 そうは言っても、肩と手を貫通した傷は深々と組織を抉ったはずだ。それでもヴィクサムの表情に痛みを感じさせる気配はない。

『強い人だよな』

 有利にすげなくされても、すぐ横に座ってにこにこと愛想良く笑っているところなど、精神面の強さも大したものだと思う。有利なら、明らかに振られている相手に対してここまで積極的なアプローチは出来ないだろう。

「あ…あのさ、ヴィー。俺は何度言われても、あんたの嫁さんになる気なんか無いからね?」
「やあ、それは淋しいな」
「………あんたって、なんでそんなに打たれ強いの?」
「君に嫌われてはいないと知っているからだよ」
「……」

 確かにそれはそうなのだ。
 渡る風に目を細めるヴィクサムは、何も言わなければ端正な顔立ちのエリートビジネスマンに見える。それでいて、報われなくてもこまめに愛の言葉を捧げてくる彼の存在に、ある意味では有利も馴れてきた。

 言われるとおり嫌っていないし、寧ろ、短時間のうちに好意を抱くようになったのは気もする。

「それに、君がどうであれ…私は君のことが好きだからね」
「ヴィー…」
「自分の気持ちに嘘はつけない。それが、正直なところかな?」

 嫌悪を感じさせない程度に、軽いタッチでタッチアンドウェイを繰り返しておいて、時折真剣な眼差しで《君が好きだよ》と甘く囁きかけられれば、正直なところ変な感じに頬が熱くなったり、胸がドキドキしたりするのは事実だ。



*  *  * 




『普通なら、そろそろ絆されてくれても良い筈なんだけどな…』

 ヴィクサムは真剣な眼差しを有利に注ぎながら、彼の反応を細かにチェックしている。最初は愛の言葉を囁いても辟易したような顔しかしなかった有利だが、時折こうして真剣な顔を向けると、戸惑うように眉根を寄せつつも、ぽぅっと淡紅色に頬を染めたりする。

 最初は強引に《嫁に欲しい》等という切り口で動揺させ、次第にそれが如何に本気であるかを感じさせながら、冗談の合間に真剣さを混ぜていく。その計画はストレートな気質の少年攻略法としては正攻法と言えた。実際問題、良い方向に進んでいるのは確かだと思う。

 だが、何かもう一息足りないのはやはり、銀細工騎士の存在が大きいのではないだろうか?

『あいつがいなければ、おそらくとっくの昔にユーリの心は私のものになっているはずだ』

 男同士であることの戸惑いは続いていたにしても、ヴィクサムのことを《好きかも知れない》とは悩み初めて良い頃だ。そうならないのはひとえに、ヴィクサム以前にコンラートが、《そういう立場》に収まっているからだ。

 誰よりも忠実で、己の存在の全てを賭けて自分を愛してくれている。ヴィクサムこそがそうだと感じさせることで、一気に心を奪おうとしたのだが、正直な話、コンラートほどの深い愛を捧げられている少年に対して、この切り口で攻めて行くには限界があるのかも知れない。

『そろそろ、多少は強引な方法に出た方が良いだろうか?』

 直截な言い方をすれば、《身体から堕とそうか》という発案である。
 こればかりは銀細工騎士のコンラートには真似の出来ない攻め方であろう。

 ヴィクサムも男相手のセックスは経験が無いのだが、変に勉強家なこの男は、日本に渡る前に多方面の資料を取り寄せて、受け手の男がとろとろになれるような手技の研究を熱心に行っていた。ちゃっかりと今回修業先に荷物も持ち込んでいる(蘆花は気付いているようだが、眉根を寄せはしても特に止めたりはしなかった)。

 さて、後はタイミングと攻略方法だ。今も邪魔くさい勝利と村田はどうにかまいてきたものの、しっかりと有利の肩口で膝をついているコンラートからは、射るような視線を送られている。

『この騎士殿を何とか出来ないかな?』

 こいつが傍にいる限り、有利はどれほど欲情に駆られたとしても、リラックスして耽溺し続けることは出来ないだろう。羞恥に身悶えて、徹底的に抵抗してくるだろうし、そんな時に無理な強姦などした日には、二度と笑顔を向けては貰えないはずだ。

 色々と考えてみたヴィクサムは、ふと思いついて問いかけてみた。

「ユーリは滝の龍とすっかり仲良くなったみたいだね」
「うん。今じゃあ背中に乗せてくれたりするんだよ?」
「では、ひとつお願いがあるんだが…」
「なに?」
「実は、うっかり大切な指輪を填めたまま修行に出て、滝壺に落としてしまったようなんだ。龍に頼んで取ってきては貰えないかな?」
「良いよ」

 有利はこくんと頷くと、すぐに立ち上がってくれた。

『よし、これで良い』

 ヴィクサムはにんまりと心の中で微笑んだ。




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