「お伽噺を君に」
第4話








 渋谷勝馬はくらりと目眩を感じた。
 脳が最も酸素を必要としている事態の筈なのだが、一過性に思考が飽和状態になってしまう。

 まず、視覚的に大きな変化があった。

 今の今まで、可愛いけれどもごく平均的容貌に感じられていた自分の息子が、突然絶世の美少年に変わってしまったのである。造作は一切変わっていないというのに、何故こんなにも感じ方が違ってしまったのだろうか?まるで度の合っていなかった眼鏡が、突然精度の良いものに変えられたみたいだ。

 それに、有利にくっついている銀細工騎士は、貰った時には間違いなくごく普通の人形だった筈だ。元来は装飾品として作られているのだから、それほど可動性があるわけでもないはずなのに、今は生き生きと動いて明確な声を発している。有利の方は既に慣れっこになっているようだから、随分前から知っていたのであろう。

 そして聴覚面においては、先程あまりにも大きな一石が投じられたせいで、波紋が広がるどころか、飛沫を頭からざんぶりと掛けられたような心地だ。

「拉致監禁に…調教だって?なんだい、その安っぽいAVみたいな設定は…」
「ありふれた性風俗メディアの設定も、現実として身内に起こればこの上ない悲劇ですよ、御父君」

 ヴィクサムの冷静な指摘がざらりと脳裏を撫でていく。何とも不愉快な心地だ。

「あんたに言われなくっても分かるさ、そんなことは!」
「だが、現実としてまだ受け入れてはいない。そうでしょう?」

 《情報を握る者》の強みを前面に押し出して、ヴィクサムは意味深に嗤う。彼ならば様々な事柄を弁えていて、有利を守れるのだと言わんばかりに。

「まずは聞かせて貰おうか?一体、どこのどいつがそんな馬鹿なことを考えているのかをなっ!」

 返答は焦らされることなく、意外なほどあっさりと口にされた。

「《クリスタル・ナハト》の名をご存じですかな?」
「…っ!」
「親父、知ってるの?」

 勝馬が顔色を変えたことに有利も気付いて、不安そうな表情を浮かべている。《何でもないよ》と言ってやりたいのは山々だが、勝馬は普段通りの顔に戻ることが出来ずにいた。

 《クリスタル・ナハト》…ドイツ語で《水晶の夜》を意味する表現は、一見すると詩的で美しいが、その実、欲しい物の為ならばそれが存在する場所・人・物を粉々に砕くことも辞さない強引なやり口からついた渾名だ。別名《宵闇の破壊者》とも呼ばれる彼らは、かつては魔族として勝馬達の一族と同根の祖を持っていた連中だ。

 それが袂を分かつ要因となったのが、約百年前に生じた魔王就任問題に関わる軋轢であった。彼らの奉じるゲルト・アガザという男は人間社会での軍事的な成功を尊び、東欧のある地域で独立国の支配者として立とうとした。しかし、当時主体となっていた一族は俗世の栄達を望みすぎる魔王をよしとせず、これまで通り隠然とした影響力を保つ為に別の男を魔王と定めた。

 魔族全体の協力を得られなかったせいか、結局ゲルトは独立国家建設には失敗したが、その軍資金を今度は経済に向けて、各国のマフィアなどと結びついて闇黒社会の構成因子となっていった。

『何でも、大層な魔力を持つというゲルトは、今でも若さを保ちながら《クリスタル・ナハト》の首領を続けてるって噂だが…』

 そいつが有利を狙っているというのか?

「しかし、そいつらは有利を手に入れてどうするつもりなんだ?」
「可能であれば、生きたままユーリの魔力を利用しようとするでしょうね。もしもそれが不可能ならば、殺して魔石化しようと考えている…そんなところでしょう」
「な…っ!」

 魔石というのはその名の通り魔力を封じた石のことで、その成り立ちには二通りある。一つは自然の要素が何らかの条件によって結晶化したもの。もう一つは、強い魔力を持った魔族が死に、魂ごと凝固してしまうものである。普通、魔力は魂に刻まれて次代に継がれていくのだが、現世に強い執着を覚えた魂はそのような形で世に残ろうとするらしい。まさか…それを人為的に作り出そうとする者がいるなどとは、考えてみたこともなかった。

「ボブはその事を知っているのか?」
「さあ?いつまでも世代交代せずに魔王を張る男だ。知らないなんて事はないと思うけれど、御父君にはまだ知らせがないので?」
「…嫌みかい?渦中の男の子の父親として恥ずかしい限りだが、あんたに聞かされるまで全く知らなかったよ」
「嫌みと受け取られては残念ですね。私としては、御父君にはなるべく好いていて貰いたい。これからは名実共に身内となるのですから」
「あらあら、私の意向は関係ないのかしら?」

 勝馬を焦点と据えていたヴィクサムは、傍らから唇を尖らせた美子に指摘されて、珍しく素の顔で苦笑した。

「ああ…これは申し訳ないです、マダム。あなたにもユーリの御母堂として尽きせぬ感謝と愛を捧げたいと思っておりますよ」
「あらやだ調子の良い方ね!私が人間だから後回しにしたんでしょ?」

 どうやら痛いところを突かれたらしく、ヴィクサムは困ったように肩を竦める。

「そういうつもりでは無かったのですが…」
「どういうつもりでも、こういうつもりでも、あなたったら色々と後回しにし過ぎなのよ。こういう事って、まずは本人がどう思うかでしょ?」
「え、ええ…それは…」

 意外とフェミニストなのか、ヴィクサムは美子の勢いにたじたじだ。

「私はいつだってどこだってゆーちゃんの味方よ?男の子でも年の差があっても、愛があるならお嫁にだって行かせるわ。だけど、愛がないのなら絶対に駄目。栗きんとんがどんな連中であっても、身を護る為だけに嫁に行かせるなんてことは絶対に認めないわ」
「しかしマダム、あの連中は想いや気合いだけでどうにかなる手合いではないのですよ?」
「そんなことはないわ!全てはまず、気持ちあってこそよっ!」

 そう言うと、美子は少し怯えたように小さくなっていた息子を、力の割に細い腕で抱きしめた。

「まずはゆーちゃんがどうしたいかだからね?私達はゆーちゃんの意志に反して、何かを押しつけたりするような横暴家族じゃないんだから!気をどーんとしっかり持って、脚を踏ん張って考えてみよう?」
「お袋…」
 
 血の気を失っていた有利の頬に血の気が差すと、まるで寒さに震えていた可憐な蕾が、明るい曙光を浴びて咲き始めたような艶やかさが漂う。
 ふわ…っと広がる芳しいような笑顔に、実の両親である美子や勝馬までがうっとりと見惚れていたのだから、他は言うまでもない。

「…っ…!か、…わ、いぃ…」

 身悶えながら口元を覆っているヴィクサムはどうやら直撃を受けたらしい。掌で隠さなければ、鼻の下が伸びきっているのがバレバレになるのだろう。

 彼がのたうち回っているのを良いことに、美味しいところを持っていったのは銀細工人形のコンラートだった。

「ユーリ、どうかご安心を。如何なる敵が群れなし来ようとも、このウェラー卿コンラートが身を尽くして御守り致します」
「あてにしてるよ、コンラッド!」

 掌に包み込んできゅうっと頬を押し当てる姿の何と愛らしいことだろう?金属で出来ているはずの人形ですら、溶け崩れそうな顔をしている。(ような気がする)
我が息子ながら、破壊力満点の容姿になったものだ。

『勝利の奴が帰ってきたら、さぞかし煩いだろうな〜』

 そんな場合では無いのかも知れないが、《クリスタル・ナハト》以前に、自分のウチの家族の方が問題になりそうだ。大学生の勝利は昔から冷徹で優秀な男だったのだが、どういうわけだか弟の有利には異常に拘りを持っている。猫っ可愛がりというのとはまた違うのだが、どうやらあの年頃の男には珍しいくらいに弟が可愛いらしい。

 なんて言っていたら、玄関の方でドタバタとそれらしき物音が響いてくる。

「おい、なんだあの派手な車。親父の知り合いか?駐禁でパクられやしないか?」
「あー、運転手付きだから上手くやるだろ」

 ゼミ帰りの勝利は部屋の中に入ってくると、妙な外国人を気に掛ける前に、案の定自分の弟に目を剥いていた。

「ん…んんんん!?」
「どーしたんだよ勝利。んな、まじまじと見て…」
「やっぱり…有利なの、か…?お…お前、どうしたんだ?元々可愛い可愛いとは思っていたが…今のお前はまるで、レアものフィギュアが急に実体化して、《大きくなったらお兄ちゃんと結婚すゆの》とはにかみながら言ってる感じだぞっ!?」
「ナニ、その妄想…」
「眉根を寄せるその表情さえもが100万ボルトぉっ!」

 雷撃に打たれたように身悶えしている勝利に、先程まで同じように悶絶していたヴィクサムが軽く引いている。自分の姿を客観的に見る思いであるらしい。

「ゆ、ゆーちゃん…っ!ちょっとスク水着てみないか?いや、いきなりそこはハードルが高いか。じゃあ、白いセーラー服をぉぉ…っ!」
「気色悪いこと言うなよ勝利っ!」

 肩と肩を掴んだまま拮抗している渋谷家兄弟に、拉致監禁の危機が迫っているという緊迫感はなかった。



*  *  * 




「ハア?なんだよ親父。またそんなネタ引きずってたのか?」

 渋谷家名物(?)二日目の熟したカレーをもぐもぐ食べながら、勝利は呆れたように一連の話を聞いた。父方の家系が魔族とやらの流れを汲んでいるというのは、勝利が16歳の時にも同様の打ち明け話をされた。その時には《それで?》と尋ねたところ、《ま、だから何だって事もないけどな》なんてへろりとした返事がやってきたものだから、特に気に入ることもなく受け流したのである。

 ところが、次男の代になると流石にネタが細かくなっているらしい。
 
「確かに有利が2割り増し可愛く見えるのは珍妙な現象だが、だからって血みどろの取り合い合戦が起こるって程じゃないだろ?」

 そう言って視線を有利に向けると、丁度ぱくりと大きなスプーンを銜えていた有利に、へにょりと口角と目尻が下がってしまう。言った端から言うのも何だが、確かにこの可愛さは我が弟ながらどうかと思う。

「勝利、口からカレー出ちゃうぜ?」
「そういう有利こそ、口元にカレーついてるぞ?」
「え、どこ?」
「しようのない奴だな」

 にやにやと脂下がった表情で指を弟の口元に持っていこうとすると、その前に馴れ馴れしい外国人、ヴィクサム・ベルドゥースがハンカチを胸元から採りだして拭こうとする。

「おい、あんた。うちの弟に馴れ馴れしく…」

 勝利は最後まで指摘することが出来なかった。
 その前に、有利のポケットに収まっていた銀細工人形が木綿のハンカチを採りだして、ぴょんぴょんと有利の肩に乗ってから、器用に口元を拭ったのである。

「あ、コンラッドありがと」
「どうしたしまして。ふふ…ご家族にも認めて貰ったおかげで、堂々とユーリのお世話が出来るようになったのは有り難いですね。こんなことなら、もっと早くカミングアウトすれば良かったです」
「そーだよな。まさかあんなに調べても分かんなかった眞魔国の情報が、自分ちで取得可能だったなんて信じらんないよなぁ」

 カコ…っと顎が外れそうになる勝利に対して、勝馬や美子、ヴィクサムはそれほど驚いている風ではない。ただ、その存在にすっかり馴れているのかというと、そういう訳でも無さそうだった。どうやら、より優先順位の高い事柄で大騒ぎをしている間に、なし崩しに夕食タイムに突入してしまったらしい。

「あのなぁ、有利。その人形…どういう奴なんだ?」

 今更のように勝馬に聞かれると、有利は何から説明すればいいのか分からないようで少し迷っていたが、もそもそとポケットに戻ろうとする銀細工人形を取り出すと、ハンカチを畳んでその上に座らせた。簡易的な座布団に座らせたつもりなのだろうか?

「えーと、そこは一つコンラッドのお話を聞いてよ」
「ユーリに聞かせていたお伽噺でよろしいですか?」
「うん。あれが一番眞魔国の状況が分かりやすいと思うし」
「それでは、お恥ずかしながら一席設けさせて頂きます」

 講談が始まりそうなノリで、咳払いをした銀細工人形が語り始めた。
 《昔々あるところに…》から始まる、典型的なお伽噺である。



*  *  * 




「まあ、ご苦労なさったのねぇ!」
「いえいえ、ユーリの可愛らしさを16年…いえ、胎児であった頃から換算しますと17年に渡って堪能できたことを考えると、ある意味素晴らしい体験でしたよ」

 もらい泣きしてしまった美子が涙を拭きながら声を掛けると、コンラートは甲冑をかちゃかちゃ言わせながら軽やかに否定した。実際、とっても素敵に充実した年月だったのである。

 ただ、こんなにも暖かく渋谷家に受け入れられるのなら、もっと以前にカミングアウトすれば良かったな、とも思う。

「もっと早く、勇気を出してご家族の皆さんにお会いしていれば良かったですね。あれほど調べても糸口の掴めなかった魔族や眞魔国の情報が、シブヤ家にあったとは…。灯台もと暗しとはこのことです」

 それは勝馬の方でも同じ感慨を持っていたらしい。

「そりゃあ悪いことしたなぁ。俺たちこそ16歳になってからと言わず、もっと早く有利にも魔族の事やらなんやら話ときゃ良かったな」
「いえいえ、お気遣い無く。こちらこそ、長きにわたって家賃も入れずに申し訳ありません」
「いやいや、有利をずっと護ってくれてたことを考えれば、こっちが給料を払わなきゃならないくらいだよ」

 すっかり馴染みまくっている美子や勝馬をよそに、勝利の方はさきほどからおかんむりだ。どうやら、有利を一番身近で見守っていた《お兄ちゃん》の役割を取られたような心地であるらしい。

「なーにが護ってただ。こんなちんけな大きさしてよー。お前こそ有利のポケットを使って今まで散々周遊していたんだから、運賃を寄越せよ」

 勝利は殊更大きな溜息をつくと、食後の珈琲をかき混ぜていたスプーンで、ぺこぽんとコンラートの頭を叩こうとする。しかし、コンラートとしては有利の前でそんな辱めに遭うわけにはいかない。スプーンを素早くかわすと、跳躍伝導のような勢いで勝利の腕を駆け上がり、ぴしりと鼻っ面を剣で叩いた。

「ご安心下さい。峰打ちです」

 いつも有利に磨いて貰っているフルフェイスを輝かせ、コンラートは《ふっ》とばかりに決めポーズを決める。

「な、何がご安心だっ!十分痛かったぞこの野郎っ!!」
「こらっ!勝利の方が悪いんだろ?コンラッドに酷いこと言いやがってっ!」

 有利に庇われたコンラートは、その手の影で《べー》っとでも言いたげに両手を振った。
別に勝利が嫌いなわけではないが、何となくからかいたくなる人なのである。

「こんのぉ〜クソ生意気な人形め!貸せ、有利。ちょっと根性入れてやる」
「根性なら、勝利よりコンラッドの方が一杯持ってるもん!」

 好き放題言い合っている兄弟だが、本当はお互い結構想いあっているのは傍で見ているとよく分かる。だからこそ、実はコンラートの方が勝利に嫉妬しているのかもしない。

『俺だったら、怖くてこんな風に兄弟をからかったりは出来ない』

 威風堂々たる兄、フォンヴォルテール卿グウェンダル。
 誇り高き弟、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム。

 今は一体どうしているのだろうか?
 眞魔国の為に命を擲った兄弟を、少しは認めてくれているだろうか?
 
 少しは…喪ったことを嘆いていてくれるだろうか?

 遠く離れた故郷を想って、コンラートはすりすりと有利の掌に甘えた。

「コンラッド、どうかしたの?」
「いえ、何でもないんです。ただ…ユーリとショーリは仲が良いなと思って、少し羨ましくなりました」
「何言ってんだよ。いつも喧嘩ばっかりだぜ?」
「どこかで分かり合っているからこそ、思いっ切り喧嘩が出来るのでしょう?」
「ん〜、まあ、そういうトコもあるかな?」

 コンラートの物言いに勝利も少々毒気を抜かれたのか、何やら明後日の方向を向いてえふんえふんと咳払いをしている。柄にもなく照れたのだろうか?
 一方の有利は何かを感じたのか、掌の上にコンラートを乗せると、同じ目線で優しく囁きかけた。

「あのさ、コンラッド。絶対に眞魔国への行き方、ボブって人にも相談して調べような?そんで、必ずコンラッドの兄弟に会おう。きっと、無事で良かったって泣いて喜ぶよ?」
「そう…でしょうか?」
「絶対そう。あんたみたいな良い奴のこと、血の繋がった兄弟が認めてないはずないっ!」

 きゅうっと頬に押しつけて有利が保証してくれると、コンラートの胸に暖かい潮が満ちていく。遠い地の兄弟がどう思っているのかは分からないけれど、この地で共にあってくれる主が、こんなにも自分を思っていてくれることが、涙が出るほどに嬉しかった。

 すると暫く蚊帳の外に置かれていたヴィクサムが、複雑そうな表情を見せて溜息をつく。

「ふ…む。何とも麗しい主従愛だね。ユーリの愛を得る為には、騎士殿の信頼を得る必要もありそうだ」
「もー、あんた何だって俺の愛なんて欲しいの?普通にしてたら凄いモテそうなのに」

 有利が唇を尖らせると、ふくりとした下唇が絶妙な形状を呈して、困ったように寄せられた眉根までが愛らしいものだから、ヴィクサムの目尻のてろりと垂れ下がってしまう。

「おや、嬉しいな。私の容姿は認めてくれているわけだ。これは期待大だね」
「客観的な話だよ。俺はいつか、気が強くて芯も強い、でも可愛い女の子と結婚するの!だから、あんたはそーゆーのナシでお知り合いになりたいんだけど…ダメ?」
「…っ!」

 元々威力のあった有利の上目遣いが、強化版となってヴィクサムに炸裂すると、望ましい返答ではなかったはずなのに、またしても口元を掌で覆って悶絶している。

「ねー、マジで頼むよヴィーさん。あんたは魔族のコトとか、俺を狙ってるような連中のことにも詳しいんだろ?心配なのは心配だからさ、色々と教えて欲しいのは山々なんだよー。でも、それと引き換えに嫁さんに…とか言われると、やっぱ男子高校生としては引いちゃうよ?」
「私としても、イロイロと教えてあげたいのは山々なんだがね」

 《お前が教えたいのはエロエロの方だろう》と、コンラートは軽くイラっときそうになるが、敢えて突っ込むのを堪える。ヴィクサムが予想以上の勢いで有利に惚れ込んでいるのは確かだから、引き替え条件無しに協力を得られるのであれば、多少の色仕掛け(?)は必要だろう。

「ふっ、仕方ないな。何しろ君と私は今日初めてあったばかりだ。少しずつ分かり合っていく中で愛を育み…」

 緩いウェーブを描く前髪を気障ったらしく掻き上げていたヴィクサムの声が、唐突に静止する。つい先程までにやにやと脂下がっていた雰囲気が消え去ると、鋭利なナイフにも似た、隙のない表情が現れる。
 
 ヴィクサムは有無を言わさぬ勢いで左腕を伸ばし、有利の身体を抱え込んだ。一方の右腕は上着の裾を払い、仕込んでいた暗器を取りだして握り込む。すると刃渡りの短いナイフに魔力が流れ込み、光り輝くライトセイバーのような長剣に変じた。

「来るぞ…っ!」

 鋭い声音と、凄まじい破壊音が渋谷家に響くのとはほぼ同時であった。


 ドゴォオオン……っ!!

 
 その夜…渋谷家の平和と家屋(ローン返済まで後12年と5ヶ月)は、唐突に砕かれることとなった。




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