「お伽噺を君に」
第3話









「あれ?なんだろ、あの車」

 渋谷家の前に大きな乗用車が停まっているのだが、取りあえず《見慣れない車》なのは間違いない。それは有利たちに見覚えがないだけではなく、この界隈の平均的な車とは格を異にする車種であった。

 艶やかな黒塗りの高級外車には、近くに寄ってみると矍鑠たる髭の老人が運転席に座っていた。老人はきっちりとした制服を身につけており、声を掛けてみると、癖はあるが丁寧な日本語で応えてくれた。

「シブヤ・ユーリ様、ご機嫌麗しゅう。どうぞご自宅にお戻りになって、我が主とご歓談下さい」
「主?」
「我が主、ヴィクサム・ベルドゥース様でございます」
「親父…いえ、父のお知り合いですか?」
「いえいえ、我が主はユーリ様を伴侶として迎えしたいとお望みなのですよ」
「………はんぎょ?」

 泳ぎは得意でも不得意でもない。
 少なくとも、半魚人になれるレベルではないと思う。

 老運転手が言いたいのもそこではないらしく、困ったように肩を竦めて丁寧に言い直した。つまり、有利のレベルに合わせてくれたわけである。

「いえいえいえいえ、伴侶、すなわち、奥方として迎えたいということですよ」
「はーっっ!?」

 やっとのことで意味は分かったものの、おかげでより深い問題に突き当たってしまった。



*  *  * 




「一体何をお考えで?」
「先程申し上げたとおりですよ。お宅の御令息を我が妻としてベルドゥース家にお迎えしたいのです」

 《だからそこを深く掘り下げて聞きたいんじゃないか》と思うのだが、こういった手合いには一般庶民の常識は通じないのだろうか?渋谷勝馬は溜息を掌で隠したものの、深く眉間に刻まれた皺まではどうにもできなかった。
 
 ベルドゥース家と言えば名の知れたイギリスの大富豪だ。その本家嫡男ヴィクサムに会うのはこれが初めてのことだが、ベルドゥース家には勝馬の銀行も深く関わっている。だからこそ、まだ仕事の途中であったにも関わらず、顔色を変えた頭取から《すぐに自宅に戻れ》と命じられたのである。アポなしで訪れた非常識な男を出迎えろと言うのだ。

「アポイントメントも無しに訪れたことは、私としても申し訳なく思っておりますよ」

 全くもって申し訳なさそうではない上に、丁度思い浮かべたタイミングで不満を言い当てられたことに、勝馬は意識して表情を消した。

『やりにくいな』

 先程からちょくちょくとこんな事がある。勝馬の知る《ある男》とも共通点を感じるこの男が、唯の人間でないのは確かだった。

 流暢な日本語を口にする彼は、上流階級の身分にそぐう能力の持ち主であり、他にも主要な5カ国語程度は堪能に操れると聞いている。言語だけではなく商人としての能力も、元々所有していた莫大な財産を、更に増大させていると専らの噂だ。

 実年齢は30代後半だが、鍛えられた体躯と若々しい容姿は、更に若いと言っても通るかも知れない。小麦色に灼けた肌に端正な容貌、緩く撫でつけた軽いウェーブの金髪に紳士的な立ち居振る舞い。ウィットに富んだ会話術と耳馴染みの良い声音は、高貴な女性達を虜にしているはずだが、それが唐突に有利を《娶りたい》などと言ってきた理由に、勝馬は薄々感づいてはいた。

「だが、私としても色々と焦っておりましてね。一刻も早く御令息の心を掴みたいのですよ」
「それは、息子が16歳を迎えることと関わりがあるのですか?」
「おや、ご存じでしたか?」

 気品のある長い指で銀縁眼鏡を引き上げ、ヴィクサムはやや厚めの唇で微笑む。

「てっきり、ご家族は何もご存じないものと思っておりましたよ」
「…あなたは随分とご存じのようだ」

 ヴィクサムが臭わせていることのうち勝馬に察しがついているのは、有利が異世界の魔王となるべく選ばれた魂を受け継いでいる…の、ではないか?という点だけだ。

 何故疑問系かというと、そこには事情がある。
 確信を得られるような手続きを踏んでいないからだ。

 有利が生まれてくるまでは確かに勝馬のもとに、そのような依頼が来ていた。《君の二人目の子どもを、異世界の魔王として迎えたい》そう切り出してきたのは、勝馬が勤めている銀行を含めた、大規模な企業体の主、通称《ボブ》だ。
 この企業体の根幹を為しているのが、4000年の昔に異世界からやってきた双黒の大賢者とその部下達からなる魔族であることを知るのは、今ではごく少数となっている。人間との混血が進むことで、純血を維持することは不可能になっていたからだ。

 こうして、魔族の血はすっかり薄らいでいるかに見えた。殆どの者が魔力を持たず、自分が魔族の血を引いているなどとは全く知らない者も多いだろう。
 しかし、隔世遺伝だとか突然変異だかで、唐突に色濃い魔力を持つ者が生まれることもあった。細々とではあっても、この世界の魔族が《母国》との交信を断たずにやってこられたのは、そういった魔力持ちのおかげである。

 ごく僅かな魔力持ちは、一族の中でも高い希少性を持ち、自ずと大きな発言権を持つにいたる。その中でも魔力やその他の人格・能力等を総合して、地球の魔族達を統治するべく定められているのが魔王である。現在の魔王はボブで、先代との血縁関係は全くない。魔力が遺伝することが少ない為、魔王は世襲制ではなく、長老勢の話し合いで決められる。

 だから地球の魔王というのは、必ずしも絶対的な権力を持つというわけではない。本人の資質や性向にもよるが、とりあえずボブという男は理由も言わずに命令を押しつけるような男ではなかった。勝馬に《息子を魔王に》と勧めてきた時にも、選択の余地はあったのだ。

 勝馬が決断をしたのは、別段息子に異世界での就職内定をさせてやりたかったわけではないが、なかなか希望したからと言ってなれるものではない職業なので、成長した息子が良いと言えばやらせてやろうかなというくらいだった。

 ところが、それから待てど暮らせど異世界から魂を運んでくるはずの使者は来なかった。しかも、その頃から急に異世界との交信が難しくなり、最も強い魔力を持つボブであっても、殆ど意味のある交信をすることができなくなったのである。

 そうこうする間に有利は無事に生まれたが、その魂が魔王となるべく誰かに封入されたものなのか、自然に任せて宿ったものなのかは分からずじまいだった。

 ただ、ボブは生まれた有利を一度だけ見て、こう言っていた。

『この子の中に異世界の魂があるかどうかは分からない。ただ、これはとても美しい魂だよ。見事な正円を描く滑らかな球体…。これは、以前の持ち主が何の悔いもなく生ききった証だ。どのような運命が待っているにせよ、この子はきっと健やかに育つだろう』

 色の濃いサングラス越しではあっが、彼が優しげな眼差しを注いでいるのは分かった。

『あれから何の兆しも無かったから、有利にはまだ何も話していないが…。勝利と同じように、16歳になればウチの家系が魔族ってものの流れを汲んでいることだけは教えてやろうと思ってたんだがな』

 おそらく、勝利と同じように《何ソレ》と軽くあしらわれるとばかり思っていたのだが、ヴィクサムの登場で、何やらきな臭い雰囲気を感じ始めていた。

 ヴィクサム・ベルドゥース。この男もまた、魔族なのである。しかも、彼は当代魔王ボブに勝るとも劣らぬ魔力を持っているらしい。これまでも有力な長老を何人か輩出してきたベルドゥース家では、老齢に差し掛かったボブに代わって、ヴィクサムを魔王に選出したいとの意向を示しているが、今のところボブに衰えが見られないことから、本格的な流れにはなっていない。

 その彼が有利を欲しているのは、何らか魔族の中での権勢を望んでいるのか、あるいは、有利自身に大きな力があると思っているかだ。

『しかしなんだってまた、よりにもよって《嫁に》なんて話になるんだ?』

 そこは美子も聞きたいのか、膝に置いたお盆に乗り上げるようにして聞いてきた。

「ヴィクサムさん。どうしてうちのゆーちゃんをお嫁さんに欲しいとお思いなの?ゆーちゃんは確かにとっても可愛いでけれど、男の子だってご存じです?」
「ええ存じておりますとも、マダム。私は少なくとも、魔族のネットワークに連なる者のプロフィールは一通り把握しておりますから」

 それはまた随分と勉強熱心な男である。魔王となるべく、下準備は万端ということか。

「確かに、私の嗜好からしても妙齢の女性であればより嬉しかったのですけどね、それで100歳の老婆であるというよりは、16歳の少年であったのはまだしてもありがたいです。肉体の契約を結ぶのに支障はありませんよ」
「契約ですって?」
「肉体だけでよいのなら他に方法もあるのですが、精神の契約も交わして頂かなくては、全てを私のものにするわけにはいきませんのでね。そこで、婚姻という形を希望しているのです。まずは夏休みの間だけでも私とゆっくりヴァカンスを楽しんで貰って、ゆっくりと愛を育みたいですね」
「いやいやいや…あ、愛を育むって…。それは、うちの息子とナニしてソレしたいということで!?」
「色々させていただいた上で、身も心も私に捧げて欲しいというお願いですよ」

 にっこりと微笑むヴィクサムの眼鏡の奥で、情熱的な焔が燃えていた。この男は、多くを手に入れたいと願う野心家であるのは間違いない。何らかの目的の為に、彼はどうしても有利の心と体が欲しいのだ。
 一見すると突飛としか言いようのない、《息子さんをお嫁に》という願いも、渋谷家にとってそうせざるを得ないような《条件》を確保しているのかも知れない。

 そこに、どたばたと慌ただしい足音が駆けてきた。

「ちょちょちょ…!親父、何か変な人が来てるって…」
「《変な人》…ね。早く《恋しい人》に昇格したいな。ユーリ君」
「へ?」

 居間のソファに腰掛けていたヴィクサムがすっくと立ち上がると、180pはあろうかという均整の取れた体躯が、有利を見下ろすように位置取ることになる。

「ふむ…。なるほど、私の魔力が切れ切れに探知し始めたのも頷けるな。元々は随分と強力なシールドが張られているようだ」
「はぁ?何言ってんのあんた。ちょ…!なんでほっぺたとか触るの?」
「ヴィーと呼んでくれないかな?私もユーリと呼びたい」

 大きな両手ですっぽりと有利の頬を包み込むヴィクサムは、にっこりと微笑んで有利に口づけようとした。やや厚めだが形良く男らしい唇が、そっと角度を付けて有利のふっくりとした唇を狙う。

「ユーリ…眞魔国語で7月を意味する言葉だね。単純だけど、良い響きだ」

 ヴィクサムの言葉に有利が硬直すると、何か虫のようなものが二人の間を過ぎた。



*  *  * 


   

 びしりと銀細工の剣で高い鼻梁に打ち掛かると、余裕ある態度で臨んでいた長身外国人も、不意を突かれたように目を白黒させた。

「な…っ!?」
「コンラッド!ありがとーっ!危うくファーストキスを知らない兄ちゃんに持って行かれるところだったよーっ!!」

 腰を抜かしかけていた有利が駆け寄ってくると、コンラートは急いで有利の手の中に戻る。今更ながら人形のふりをしては見たのだが…やはり通るはずもなかった。

「有利、その人形…今、勝手に動かなかったか!?そいつ、昔ボブに貰った結婚祝いの人形だよな?」
「いやいやいや親父、目の錯覚だよ!」

 有利がぶんぶんと首を振るが、外国人も何処か凄みのある笑みを見せてコンラートの仮初めの肉体に触れようとする。有利は嫌がって手を振り払おうとしたが、その手の上から包み込むようにしてまじまじと観察してくる。随分と強引な男だ。

「ボブがくれたって?なるほど、強い魔力が込められているのかな?ああ、本当だ。胸に純度の高い魔石が埋め込まれている」

 コンラートは内心、ぎょっとして外国人を見上げた。あれほど調べても片鱗も見つけることの出来なかった魔族や眞魔国に関わる会話を、何故この外国人はしているのか。しかも、この銀細工人形と関わりのあるボブとやらは、勝馬と知り合いだというのだ。灯台もと暗しとはこのことだ。

 コンラートは覚悟を決めて口を開いた。

「君は魔族について何か知っているのか?」
「…っ!これは、驚いたな。自発的な会話ができるのか?」
「俺の名はウェラー卿コンラート。ユーリの忠実なる僕(しもべ)だ」
「ほう、騎士殿。私の名はヴィクサム・ベルドゥース。君のご主人を妻として迎えたい男だよ。是非、引き続き我が妻を護って頂きたいな」

 びしりと、二人の間で蒼い焔が上がった。

「無礼な!我が主は貴様のような者など足下にも及ばぬ高貴なお方だ!貴様のようなどこの馬の骨とも知れぬ者に何故嫁がねばならぬ!」

 激高するコンラートに、有利はまた別の観点から問題を投げかけた。

「コンラッド、それ以前に俺は男だしっ!」
「色々と突っ込みどころが多くて、困りますね!」

 突っ込まれ放題のヴィクサムはしかし、へこたれたりはしなかった。寧ろ、コンラートの言いざまに楽しげな笑みを浮かべる。

「高貴…ね。なるほど、唯の魂では無いと思ったが…。このシールドの厳重さと良い、やはり本物なのだね?生粋の魔族の中で練られた極上の魂が、ユーリの中にはあるわけだ」
「…っ!貴様…一体どこまで知っているのだ!?」
「知りたいかい?だが、その前に私も好奇心を満足させておきたいのでね。まずはユーリを試させてくれ。シールドを外したこの子の魅力が、如何ほどであるのかね…」

 そう言うなりヴィクサムの掌が有利の額に押し当てられ、何らかの力を行使した。ここまでの会話から言って、有利の身に危険が及ぶことではない筈なのでコンラートは手出しを控えていたのだが、男の大きな手が有利の顔一杯に押し当てられているのが不快で堪らなかった。

『ユーリに触れるなんて…!』

 腹立ちでどうにかなりそうなコンラートの前で、ヴィクサムの手が漸く離れていく。すると、これまで余裕を見せていた男の顔に初めて動揺が広がった。

「これは…予想以上だな」

 男の瞳に浮かんでいたのは、明らかな賛嘆の色。
 ごくりと鳴る喉は、生理的な反応の高ぶりを意味している。

 この男が目の前の有利に、それこそ魂を奪われるほど見惚れているのは間違いなかった。



*  *  * 




 ヴィクサム・ベルドゥースは驚愕に目を見開いていた。
 それほどに、ヴィクサムの魔力によってシールドを解かれた渋谷有利は、驚くほどに愛らしかったのだ。

 薄膜を隔てたようにぼんやりとしていた輪郭が突如として清明な曲線を描き、艶やかな肌や生気に溢れた瞳が生き生きと輝き出す。可憐な容姿は勿論のこと、澄んだ蒼い魂の色が感じ取れた。今まで見たこともない強い輝きを持つ、崇高な命。これは元々魂が持っていた力に、有利自身の人格が反映されて放たれる魅力だ。
 
 ごく一握りの者だけが持つ強烈なカリスマが、そこにあった。
 これこそが、ヴィクサムが得たいと願っている資質なのである。

 ヴィクサムは幼い頃から出来は良いが、それゆえに、個人の持つ能力限界というものも弁えていた。特にヴィクサムは朗らかにしていても、どこか人を警戒させる何かがあるため、優秀な人材ほど一線を引いて付き合おうとする。ヴィクサム自身がそうなのだから人を非難できる立場にはないのだが、この資質は大きな規模で物事を動かそうとする時には、えてして足枷となることがある。

『私の傀儡として、人々の心を惹きつける人材はいないか』

 ヴィクサムに身も心も捧げて尚、更に多くの人々を惹きつける人材を欲していたところ、彼は魔族の間に伝わる噂話を耳にしていた。異世界から極めて純度の高い魂が、地球に運ばれているのだと。だが、ボブにそれとなく探りを入れても教えては貰えなかった。
 
 独力で調べてみると、丁度噂に合致する年代に村田健という少年がいたのだが、こちらは強い魂であるのは間違いないものの、なんというか…色々と練れすぎて、とてもじゃないが《無条件に人を惹きつける》という印象ではなかった。更に言えば、村田の家系は一応魔族の流れを汲んではいるものの、すでに係累としての繋がりは他の魔族と結んでおらず、魔王となる魂を委ねられそうな家格とは言い難かった。

 《もしかして、本当に唯の噂だったのだろうか?》そう諦め掛けた今年のこと、日本に張っていた情報網に有利の噂が引っかかった。急に魂の存在が強く感じ取れるようになったというのだ。

 資料を取り寄せたヴィクサムには、ある予感が過ぎった。
 もうじき16歳を迎えるという渋谷有利に接触するのなら今しかない。ひとつの節目であるその年が、おそらくは眞魔国からのアプローチを受ける時期だと踏んでいた。

 それに、もう暫くすれば他の者達も有利の可能性に気付き始めるはずだ。
 《極上の魂》を求めて、魔族の強力なネットワークをもってしても苦戦の予想される、《あの勢力》が動き始めるはずである。 

『それにしても…眞王がシールドを掛けておくわけだ。幼い頃からこのような輝きを放っていたら、ユーリを巡って血みどろの争奪戦が行われていたに違いない』

 おそらくは、眞王としてはシールドを厳重に張ったまま眞魔国へと連れ戻すつもりでいたに違いない。だが、ボブですら音信の取れなくなったこの状況から考えて、眞王には何らか不測の事態が起こっているのだ。

『この好機を生かさぬ手はない』

 この極上の魂を持つ少年を、むざむざ手の届かぬ眞魔国になどやるわけにはいかない。この子はヴィクサムが手にしてこそ一層の輝きを放つはずだ。

「ユーリ…至宝の輝きを持つ君よ。どうか我が妻として、ベルドゥース家に入ってくれないか」
「嫌だよ〜。えと、ヴィクさんむさんだっけ?」
「ヴィーと呼んで?」
「じゃあ、ヴィーさん」
「呼び捨てにしておくれ、ハニー」
「俺はハニーフラッシュとか放たないよぉ〜」

 よく分からないことを、えぐえぐと半泣きで言っているのも可愛い。思わず撫で転がして、滑らかな頬に浴びせかけるほどキスの雨を降らしてやりたくなるではないか。

『拙いな…。男の子だから、幾ら美しくともそこまで溺れはしないと踏んでいたのに、これはよほど気を引き締めて掛からないとな』

 ヴィクサムはにっこりと微笑むと、有利の腰に腕を回して屋外へと運ぼうとする。

「まあ、何はともあれ私のことを知っておくれ?まずはゆっくりとドライブでもしながら、お互いの過去・現在・未来についてじっくりと話し合おう」

ぷすっ!

 えらく研がれた銀色の爪楊枝(剣)が、勢い良くヴィクサムの手の甲を突き刺してきた。貫通するほどではないが、流石にぷくりと血が出てくる。

「…随分な扱いだね、騎士殿」
「図々しい男だな。語り合うのならば御父君のおられる居間でもできよう」
「ご家族がいる場では聞きにくいことだってあるじゃないか。好きな体位とか」
「俺はプロレスは別に…」

 純朴な反応に思わず目尻が下がってしまう。この分だと処女であることは勿論のこと、チェリーでもあるのかもしれない。今時の高校生にしては珍しく、性的な開発が遅れているのだろうか?

『ふふふ…食指が動くな』

 何も知らない純粋な身体に、全てを教え込んでヴィクサムの色に染めてあげたいところだ。
 しかし、今度は夢想に踊る手の甲をぐりぐりと剣の先で抉られてしまう。

「ああ、ハイハイ。なんとしつこい騎士殿だ!」
「我が主にみだりに触れるな!」

 《淫らに触れるのは良いのか》と聞いたら、今度こそカンカンに怒って手を貫通されそうなので、一応止めておいた。
 しかし、性格的にただ引き下がるというのは面白くない。

「それでは御父君同席のもとで話を進めさせて貰おう。だがね、騎士殿。少しは私という男のことも認めて欲しいな。私は、私なりにユーリ君の人権を認めた上で身も心も捧げて欲しいと願っているんだよ?」

 《どこがだ!》と尚も言い立てようとするコンラートに、ヴィクサムは凄みのある眼差しを叩きつけた。

「ユーリを拉致監禁して、徹底的な調教を加えようとしている連中がいる。その事を、君は理解した方が良いな。果たして、君にそのような輩から主を守れるだけの、物理的な力があるかどうかも含めて…ね」

 渋谷家の居間に、先程までとは色合いを異にする緊張感が走った。




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