「お伽噺を君に」
第24話










 眞王が《さらば!》と言い残して姿をかき消しても、その場に残された人々の興奮は醒めることはなかったが、それでも次の行動に移らねばならない。

 シュピッツヴェーグ軍は眞王の命令に従って自領に戻るしかなく、上位の士官については村田が目覚めて指示を出すまでは領主館に迎えられるようになった。とはいえ、これは侵攻して双黒を奪取する気満々であった彼らからすれば、敗北の上の軟禁に等しい状況であったろう。
 彼らの扱いについては、ひとまずグウェンダル達に任せておくことにした。

 ルッテンベルク師団の面々は真実の姿を取り戻した師団長を熱狂的に迎えたが、《今夜は飲み明かそうぜ!》等といった誘いは、気を利かせた連中が肘鉄や拳骨で封じてしまった。《気を利かせろよ!》と囁き交わしている面々の顔には生暖かい優しさがあって、どうやら彼らがコンラートとユーリの告白劇を、どこからか耳に入れているのだと分かった。

 後で知ったことだが、どうやら状況を覗き見ていた衛兵が随分とお喋りであったらしく、その時の模様をあっという間に近在に広めてしまったらしい。おかげさまで、コンラートはすっかり《次期魔王陛下の内縁の夫》という扱いであるようだ。



*  *  * 




 ユーリは領主館にはいると、完全に熟睡してしまった村田を寝間着に着替えさせ、そのままユーリが使っていた貴賓室に寝かせておいた。傍にいてあげたい気持ちもあったのだが、《余計に休まらなくなるかも》という気がしたので、結局侍女に任せて別室に入ってしまった。

 新しい部屋は気持ち大きめで、特に印象的なのが寝台の大きさであった。こういうのをキングサイズというのだろうか?特別大きな寝台が設置された部屋に通された理由に、ユーリは周囲に置かれた生活用品が二セットずつ置かれていることで理解した。時代劇で言えば《襖を開けたら二組の布団が敷かれていて、百目蝋燭が灯されていた》みたいな状況だろうか?

 どうやら、ユーリとコンラートはこの部屋で一緒に暮らして良いらしい。
 いや、ただ《暮らす》だけではない何かも、共有して良いと言うことだろうか?

 特に説明した覚えはないのだが、いつの間にか侍女達は《分かっておりますとも♪》と言いたげに生暖かな眼差しを送り《後は若い二人にお任せして》等と、今時仲人さんでもいうかどうか怪しげな一言を残して楚々と立ち去ってしまった。

 ぱたむ。

 扉が閉じられると、広々とした貴賓室に残された二人は、今まで感じたことのない緊張感に包まれながら紅茶を啜った。

『何か…凄いバタバタしてて、別のことに気を取られてる間は平気だったんだけど、こーして落ち着いちゃうと何か気になるよぉ〜』

 夕刻を迎えた貴賓室には柑橘色の綺麗な夕日が差し込み、人物や風景を柔らかな描線に変えていく。その中に佇むコンラートは、身につけていた甲冑や硬い軍服を脱ぐと《ふぅ》と小さく息を吐いて椅子の背に凭れる。そんな感触さえ懐かしいのか、嬉しそうに瞳が細められる。

 そんな一つ一つの動作さえもが気になって、視線で追ってしまうのが分かった。銀細工人形だった頃にも幾度か具現化したことはあったのだが、その時にはどこかぼんやりとした輪郭であったものが、今では鮮明に美しいラインを描いているのだから、長い間憧れつづけていた身としては当然の反応だと思う。

『うん、だって俺たち今は…こ、ここっ…こっこっこっ…恋人同士なわけだしっ!!』

 弾む胸(腹)へと熱い紅茶を注ぎ込みながら、ユーリはじぃっとコンラートを愛で続けていた。今鏡を見たら、目にはピンクのハートが浮かんで見えるのではないだろうか?

『ああ、もぅ〜なんでこー、格好良いのかなっ!?』

 見ているだけで無性にドキドキする。
 彼の造作は、グウェンダルやヴォルフラムのように他を圧するような完璧な美貌ではない。なのに、どうしてこうも人を惹きつける艶を帯びているだろう?媚びるような色合いは一切ないのに、凛々しいその横顔には独特の誘因力があった。

『こ…この人が、俺のこと…《ずっと好きだった》なんて言ってくれるんだぜ?』

 ずっとって、一体いつからだろう?それこそ、生まれる前から見守ってくれていた人なのに、よくもまあユーリに恋愛感情など持ってくれたものである。

『あぁああ…っ!そうだよっ!恥ずかしい過去の失敗だって全部知られてるんだぞ!?』

 2歳の時におむつが外れたのが嬉しくって、真新しいパンツを穿いてはしゃいでいたら、ジャングルジムで遊んでいた時にうっかりお漏らしをしてしまったとか、初めて洋式トイレを使った時に深く腰掛けすぎて、お尻が填ってしまって抜けなくなったとか…色々と、恥ずかしすぎる記憶まで共有しているのだ。



*  *  * 




『ああ…元の身体って素晴らしい』

 コンラートは五感の全てでユーリを堪能出来ることに感動しきっていた。今までもそれなりに感覚めいたものは存在したのだが、視覚についてはいつもかなり低い位置から見上げるしかなく、全体像を掴むのが難しかったし、嗅覚や触覚についても、何か器具のようなものを介在させて間接的に感じているような違和感が常にあった。
 全身が甲冑で出来ていた銀細工の肉体は、何かに触れるたびに《カチン》と機械的な音を立て、その事になれるまで時間が掛かったものであった。

 もう最近では気にならなくなっていたと思ったのだが、こうして本当の肉体を取り戻すと、全ての感覚が新鮮に受け止められて、ちょっとしたことでも泣きたくなるくらいに嬉しくなった。

『なんと言っても、この角度から見るユーリは最高に可愛い…っ!』

 油断するとにやけきってしまいそうな顔をギリギリのラインで食い止めながら、コンラートはじっくりとユーリの姿を愛で続ける。他者との比較で《きっと華奢》と推測していた身体はやはりその通りで、椅子に座っていてもつむじが見えるくらいコンラートよりも小さい。さりとて虚弱という訳では決して無く、瑞々しい肢体は伸びやかである。初めて抱きしめた時には、その素晴らしい弾力としなやかさに至福の悦楽を感じそうになったくらいだ。(←ユーリ限定で快感閾値が派手に低い)

 ちら…
 ちらちら…

『ユーリも俺を気にしてくれているな?』

 疲れていると分かっているから、一服したら早めにお風呂に入れて、部屋で夕食を採らせてからしっかり眠らせてあげなくてはならないだろう。なので、自制心を働かせるべく、コンラートは今すぐ抱きしめたい(もっと言うと、直截な意味で抱きたい)のを何とかかんとか我慢して、視覚情報だけで愉しもうとしていた。

『ああ…何て可愛いんだろう!早く元気になってくれないだろうか?』

 こうして見つめていると、幼少期から見守ってきた記憶も様々に蘇ってくる。あどけない乳児だった頃、銀細工の身体を気に入ってくれて、全身をべろべろと舐めてくれたこともあった。

『…今の状況で想像すると、それだけでイってしまいそうだな』

 今のサイズのユーリがコンラートの肉体を隈無く舐め尽くしてくれたりしたら、きっと夢心地というか、そのまま昇天してしまいそうだ。

 

*  *  *  




 百面相をしているユーリをコンラートはどう思っているものか、嬉しそうにじっと見つめていた。どうやら、ユーリがこっそり見ている間、コンラートも角度を変えてユーリの事を見つめていたらしい。

「…どうしたの?」
「いえ、この角度から見るユーリは新鮮だなって」

 なんて嬉しそうな顔をして笑うのだろうか?琥珀色の瞳は夕陽を浴びてますます暖かな色合いを呈し、銀色の光彩がちかちかと星のように瞬いている。それがあんまり綺麗だったものだから、ユーリは恥ずかしさも忘れてとてとてとコンラートに近寄ると、太腿に両手を乗せて、まじまじと瞳を覗き込んだ。

「凄い。綺麗な目ぇしてるんだね、コンラッド」
「ユーリの瞳はもっとずっと綺麗ですよ?」
「魔族の美意識ではそーかもしんないけど、やっぱあんたのが綺麗だよ?」
「嬉しいな」

 くすくすとはにかむような笑みを漏らすと、コンラートはごく自然な動作で唇を触れさせた。



*  *  * 




 至近距離から見つめてくるユーリ。
 そんなものを目の前にして、大人な態度で居続けるには、コンラートの禁欲生活は長すぎた。焦がれ続けた愛くるしい顔が目の前にアップで迫ってくる上に、ちょこんとお膝に乗らんばかりの立ち位置にいるのである。芳しい香りさえもが鼻腔を燻らせる状態に耐えきれず、コンラートは己の唇をユーリのそれへと重ねていった。

 その瞬間のコンラートの心境は、《やってしまった!》である。
 
 それでも何とか自制心を発揮して、バードキスだけに止めようとしているのに、少し不満げに唇を尖らせたユーリは、あろうことか、自分から唇を寄せてきた。
 ここまでされて止められる恋人がいる筈ないではないか。コンラートは諦めたように苦笑すると、キスの角度を変えて、繋がりを深めていった。

  

*  *  *  




 チョン、と小鳥が啄むようなキスは心地よいけれど、ちょっと物足りない。気が付いたら、ユーリはキスによって地獄を見た記憶などどこかに飛んでしまったみたいに、自分から唇を寄せて、不器用に重ねてみた。

 ぷに。

 真正面から押しつけたせいか、鼻の頭がぶつかってしまう。ゆっくりやったから痛いと言うことはないのだが、これでは上手く噛み合わない。不思議に思っていたら、コンラートがユーリの頬へと手を掛けて、少し角度をつけてから唇を重ねてくれた。

「ん…」
「ユーリ、唇…開いて?」
「ぅ…ん」

 言われるままに唇を開くと、コンラートはふくりとしたユーリの下唇を甘噛みして、更に口が大きく開いた瞬間にするりと舌を差し込んできた。

『ぅわ…っ!で、ディープキスだぁああ〜っ!!』

 脳髄が沸騰しそうになるのを感じながら、ユーリは丁寧に咥内を舌でまさぐられていく。イメージの中にあったキスというものが、如何に幼稚で軽い触れ合いに過ぎなかったかを思い知らされるように、コンラートのキスは深く、官能的と評したいくらいに濃厚なものであった。

「ん…んん……」

 気が付けばユーリは椅子に座ったコンラートに凭れ掛かるようにしており、彼の腕に両肩を支えられていなければ、きっと膝を突いていたことだろう。

『頭…クラクラする』

 酸欠なのだろうか?でも、時折角度が変わる時に息をつく時間をくれるから、必ずしもそういうわけではないと思う。酸素が足りないと言うよりも、何か別の濃密な気体が身体中に沁みて行くみたいだ。
 瞳に、指先に、髪の毛の先まで、そして…。

『俺の息子さんが青少年の主張を…っ!!』

 気が付けば、立派に衣服を押し上げている存在に、ユーリは先程までとは違った意味の目眩を感じる。怒濤の勢いで告白劇を経ていたせいで今まで実感は無かったのだが、ユーリは《そういう意味》でもちゃんとコンラートを愛しているらしい。

『コンラッドは…どうなんだろ?』

 この時、ユーリの脳はコンラートから発せられる甘い気体に侵されていたとしか言いようがない。言っておくが(言うのも情けないが)あらゆる意味で《処女》であるユーリが、この時淫靡な意味でそんなことをやらかしたわけはないのである。だがしかし、結果的にユーリの手はそろりとコンラートの股間をまさぐり、自分以上に切羽詰まっているそこに驚愕したのであった。

 ただ、この行為はどう言い繕っても《誘っている》という意味にしか取れないだろう。
(今以外の状況でやったら、完璧な痴漢行為だが)。

「…っ!」

 絡む互いの舌がびくんっと跳ね、熱せられたヤカンでも触ったみたいに屈曲反射を起こしかけたユーリの手は、コンラートのそれによってがっしりと捕らえられてしまった。

「嬉しいです、ユーリ。あなたがそんなに積極的になってくれるなんて!今日は初めてだから、セーブして掛からないと行けないなと思っていたんですが、どうやら杞憂だったようですね」
「え…えぇっ!?」
「それでは遠慮無く、頂きます」
「えーっ!?」

 慌てふためくユーリの身体はふわりと抱き上げられ、コンラートの膝に乗せられる。なんだか子ども扱いされているようで、文句を言おうと後ろを振り返ったら、咎めの言葉を封じられるように唇を重ねられてしまった。





【ご注意】



 お久しぶりです!更新がなさすぎて、そろそろ画面を覆ってしまう広告文を載せられてしまいそうな別缶に、漸く新作を並べられそうですっ!!

 この後の展開を要約すると、「滾る思いをぶつけ合った二人は、朝まで何回もイチャイチャラブラブしていましたとさ。でも、体力的にユーリがしんどかろうと思って、最後まではいきませんでしたよ」てなことです。

 特に目新しさは無いですが、「20話以上も銀細工の身体で不遇を託っていたコンラッドが、途中までであってもユーリとエッチする瞬間を眼に焼き付けたい」という方や、「取りあえず、途中で話が抜けるのは気持ち悪い」という方は別缶にお越し下さい。

 特に読まなくても支障ない方や、「気にはなるけど未成年だしね」という方は 第25話 に飛んで下さい。