「お伽噺を君に」
第21話
『我々が…鍵、だと?』
《動揺させる為の手法》だという疑いと同時に、グウェンダルには確かに《その可能性もある》のだという迷いがある。
何故なら、ヴォルテール、ビーレフェルト、ウェラーの三家は、伝承によれば眞王と共に鍵を封じた家系であるからだ。
『だが、ユーリは異世界の…』
否定しようとして思いついた事柄が、逆にグウェンダルの思いつきを強化することとなって背筋が震える。
『まさか…っ!』
《禁忌の箱》を封じた家系の内、残る一つはウィンコット家だ。
コンラートは何と言っていた?彼が眞王に委ねられた使命は《魂を異世界に運ぶこと》ではなったか。
魂。それは、一体誰の物であったのか?
異世界に特別な使命を託して送らなければならないほど強い魂。おそらくは、元々強い魔力を秘めていただろう人物の魂。
それはあの当時、丁度亡くなった彼女のものではないのか。
彼女の名が、雷撃のようにグウェンダルの脳髄を貫いた。
『フォンウィンコット卿…スザナ・ジュリア…っ!!』
コンラートが姉とも師匠とも慕った女性ジュリアの魂が、ユーリには封入されているというのか。
「コンラート…お前が託された魂とは、スザナ・ジュリアのものなのか!?」
コンラートは咄嗟には返事をすることが出来なかったが、そうであるからこそ、グウェンダルは真実であることに気付かざるを得なかった。
『なんという、むごい運命(さだめ)なのだ…っ!
ジュリアの魂を託された時、コンラートは一体どのような気持ちでいのだろうか。敬愛していた女性の魂が、意図的に別の身体に移される。そんな酷い使命に従ったというのに、コンラートは肉体まで奪われたというのか!
「フォンヴォルテール卿、さぞかし腹に据えかねたのではないか?お前は随分と弟を買っているようだしな。だがそう思う心もまた、眞王の掌中にあるのさ。お前が弟達やユーリを愛すれば愛するほど、鍵としての機能は強くなる。四つの箱が銘々に活動するのではなく、連動して力を発揮する為には、お前達が互いを思っている必要があるのさ」
「眞王陛下がそのようなことをして、一体何を為さるというのだ!」
「決まってる。自分の完全なる復活さ」
《こんな事も分からないのか》と蔑むように、ゲルトは如何にも意地悪げに鼻で嗤ってみせる。
「眞王は《禁忌の箱》を四人の臣下と共に封じはしたものの、滅ぼしはしなかった。何故だと思う?」
「眞王陛下とはいえ、完全無欠の存在ではない。創主との戦いに疲弊しきっていた眞王陛下は、封じるのが精一杯でらしたのだ」
優等生然としたグウェンダルの発言に、ゲルトは腹を抱えてゲラゲラと笑った。
「あはは、随分と良く調教されているものだな。眞魔国の魔族とはみんな、そのように単純に眞王を崇めきっているのか?だとすれば、俺が統治するのもさぞかし容易かろうよ」
「貴様のような王を頂くつもりはない!」
「お前に《つもり》がなくとも、なるさ。眞王の残した遺産は、そっくりそのまま俺が頂く。眞王がかつて、己の力が限界に来た時に発動させるべく仕組んだ遺産をな」
《ふ…》っと薄笑いを浮かべたゲルトは思いっ切り派手に腕をふるうと、まさしく《悪役》という風情で哄笑した。
「お前達4つの鍵によって《禁忌の箱》を使いこなし、莫大な法力を操って世界を支配してくれる!眞王さえも成し遂げることのできなかった、世界征服をな…っ!」
この時、グウェンダルとヴォルフラムは大真面目に衝撃を受けていた。
純朴な彼らにとって、《世界征服》という偉業は不可能事であると同時に、光輝燦たるものにも思われた。このため、ゲルトの発言は憎々しいながらも、武人として眩しいほどの覇気を持っていると思わざるを得なかったのである。
ところがどっこい、この場にはちっとも《世界征服》などという言葉に恐れ入ったりはしない面子がいた。
そう、《この俺様が世界征服やってやらるぁ!》等と息巻いた特撮系悪役キャラが、成功した試しがないことを知っているウェラー卿コンラートである。
キラ…っ!
銀色の待ち針みたいな剣が、その身に帯びた鎧と共に陽光を浴びて瞬いたかと思うと、ゲルトの右眼球にグサリと突き刺さる。そっと破砕された壁を登っていたコンラートは、ゲルトが思いっ切り調子に乗って悦に入った瞬間を狙い、正確にその目を抉ったのである。
「をごぉお…っ!?」
ゲルトの調子外れな絶叫が辺りに木霊した。するとグウェンダル達も呪縛を解かれたかのように、はっと我に返る。
* * *
コンラートはグウェンダルがゲルトの注意を受け続けているのを良いことに、どんな物言いにも動揺することなく、こっそりコツコツと崩れた壁を登り続けた。
彼はこれまで、どんな侮辱にも逆境にも敢然と立ち向かってきた。だからこそ、知っていることがある。運命は、どれほど力在る者が悪辣な流れを作り出そうとしたのだとしても、必ず変えることが出来るのだと。
たとえ眞王が己の欲望の為だけに、コンラート達兄弟やユーリの出生を操ったからといって、それがどうしたと言うのだろう?コンラート達が唯々諾々とそれに従ってやる義理はない。
「喰らえ…っ!」
「が…っは、調子に乗るなよっ!?」
右眼球に刺さったまま抜けない剣を諦めて、コンラートはゲルトに鼻面を掴むと、遠心力を付けて思いっ切り左目へと蹴りをお見舞いする。
「ぎゃぁああ……っ!」
「今だ!グウェン、ヴォルフ、攻撃を…っ!」
「引き受けたっ!!」
顔を押さえて絶叫するゲルト目がけて、グウェンダルの作り出した土の龍と、ヴォルフラムの作り出した炎の猛虎が襲いかかる。コンラートがタイミングを見計らって離脱した直後に、二つの力は猛烈な勢いでゲルトを劈いた。
「ぐはぁ…っ!」
「やった!」
典型的な苦悶の声をあげたゲルトにヴォルフラムは小躍りするが、コンラートは強い語調で戒めた。
「油断するなっ!ボス戦がこんなに簡単に終わるはずがないっ!必ず、《一度やられたふうに見えたんだけど、三段変形で持久戦》と相場が決まっている!」
その相場は大抵のRPGゲームで見受けられる。
三段変形までするかどうかは分からないものの、やはりゲルトもまたそう簡単にはやられなかった。地球産魔族のくせに百年も生きているだけのことはある。
「きっさまぁあ…っ!!」
ゲルトは両目から血の涙を流しながら激高すると、ラ○ウ様もかくやという憤怒の表情で魔力を練り固めた。
『これは…っ!』
地球ですら絶大な魔力を誇ったゲルトは、要素の濃い眞魔国では更に大きな力を発揮出来るようになったのだろうか?両手の間で練られていく光球には、魔力を持たないコンラートにすらそうと分かるほどに、恐ろしいほどの力が籠もっているようだった。
『くそ…計算外だ!』
心臓を一突きしても生きていたゲルトに、実体化せずにとどめを刺す為には視力と集中力を奪い、グウェンダルやヴォルフラムの強い魔力を叩きつけるしかないと思っていたのだが、どうやらゲルトの力はコンラートの兄弟達をも上回るらしい。
コココココ……
まるで波動砲よろしく色彩を変え、振動するような音が次第に間隔を狭めていく中、絶望的な濃度にまで達した光球が、愛しい兄弟達目がけて撃ち込まれた。
「グウェン、ヴォルフ…っ!」
コンラートは剣さえも失ってしまった身体で、光球の軌道を遮るように駆けていく。何が出来ると信じたわけではない。ただ、何もしないでいることだけは出来ずに、身体が自然に動いてしまったのだ。
銀細工の身体に残された最後の魔石の力を使い尽くすように、コンラートは圧倒的な光球に…体当たり、した。
その瞬間、コンラートの脳裏には焦りと衝撃があった。
パン…っ!と不吉な音が胸の中で響く。
これは、魔石が割れた音なのだろうか?《いつか尽きる》と予告されていた時が今、よりにもよってこのタイミングで訪れたのだろうか?たらりと心理的な汗が、背筋を伝ったような気がした。
『しまった、この状況…死亡フラグ立ってるっ!?』
ドゴォオオン……っ!!
炸裂するような音は、コンラートが激突した空中ではなく床面で鳴り響いた。だがしかし、その軌道はゲルトの意図したラインから逸していた。グウェンダルとヴォルフラムの直前に大きな裂け目を穿ったものの、彼らの肉体には疵一つ無い。
ただ、心の疵はその範疇ではない。
「こ…」
「コンラートぉおお……っ!!」
絶叫する兄弟達の前に、不可能を可能にした見返りとして、動きを失った銀細工人形が転がっていた。いや…いまや、その身体を《銀細工》と称することは難しいだろう。煤を浴びたように爛れた黒さを帯びた身体は、ところどころが灼熱に焦がされたように変形している。そして何よりも恐ろしいのは、ぐったりと床面に転がっている手足がそれぞれあらぬ方向にねじくれていて、生気が全く伺われないことだ。
「嫌だ…っ!コンラート、コンラート…っ!」
「目を覚ませ、コンラート…っ!」
駆け寄った兄弟が幾ら揺さぶり、呼びかけても何ら反応は見られない。ヴォルフラムの前で《人形のふり》をしていた時とは明らかに違う。
これは命を持たない、ただの金属塊に過ぎない。
「ぅわ…ぁぁぁあぁああああああぁぁあああ……っ!!」
調子外れなヴォルフラムの絶叫と滂沱の涙に刺激されたように、ふぅ…っと息をついてユーリが目覚めた。戦闘から外れたところに衛生兵によって待避されていたその身体は、癒しの術を受けて意識が戻る程度には回復していたのである。
「コン…ラッ……?」
ぽやんと開かれた瞼の下から、ぼうっとした様子の黒瞳が現れ、そして…絶望に染め上げられた。
* * *
意地でも負けるもんかと思った。
石化の呪いと対峙した時、自分を脅かしている痛みの本体こそが、コンラートを17年間も苦しめてきた法力なのだと気付いた。そして、分かった以上は決して逃がすものかと意を決した。
苦しみの中で一歩も引かなかったユーリは、戦いに勝ったはずだった。
なのにどうして、ユーリの銀細工騎士は真っ黒な姿で力を失っているのだろう?
コンラートの生身の肉体は意識を戻すことなく、真っ青な顔色で転がっているのだろう?
「ど…して……?」
ふらりと立ち上がったものの、すぐに膝が崩れて衛生兵に抱き留められる。
「まだ動いてはなりません!」
「魔力を消耗しすぎて、命が危ういところだったのですよ!?」
「でも…コンラッド、が……」
泣きそうな顔をして衛生兵を見上げたら、純朴そうな若い兵はどうっと熱い涙を迸らせて、鼻を啜りながらもユーリに叫んだ。
「どうか、今は御自分のお身体の事のみお考え下さいっ!!」
《失礼します!》一際恰幅の良い衛生兵がユーリを肩に担ぐと、残る二人の衛生兵は別の方角を向いて構える。首を無理に逸らしてその方向を見やれば、なんとそこにはゲルト・アガザがいた。疲れ切って、両目からだらだらと血を流した姿は凄惨そのものだが、未だ意気盛んなゲルトは再び意識を集中させ、見る間に目を回復させてしまった。剣が突き刺さったままの右目こそ潰れたままだが、蹴られただけの左目は再び視力を回復しているようだ。
「おのれ…おのれぇえ…っ!仕組まれた《鍵》の分際で、クソ生意気なことをしやがるっ!」
ああ、そうか。きっと、ユーリの騎士は勇敢に戦ったのだ。右目に刺さったままの、爪楊枝のようなちいさな剣が、全てを物語っていた。
本当の身体に戻れなかったことに衝撃を受けただろうに、ユーリが意識を失っている間に傷つけられないように、身体を張って護ってくれたのだ。
その身体に埋め込まれた魔石が、限界を迎えるその時まで。
「あ…ぁ、ゃ……っ」
ふるふると頭を振るっても、現実は全く変わらない。視界が幾らぼやけたとしても、厳然として銀細工の人形は生気を失い、辛うじて生きているらしい生身のコンラートは血の気を失って虚脱している。
「嫌…だ、やだぁあああ…っ!コンラッドぉお…っ!!」
「ユーリ様、どうかお気を保ち下さいっ!今は無事に逃げることだけを…っ!!」
強引にユーリを運ぼうとする衛生兵だったが、子どもみたいに無茶苦茶な抵抗をされては、癒しの術で疲弊しきった身体は耐えられない。苦鳴をあげて膝をついた瞬間に、ユーリを逃がしてしまった。
「コンラッド…っ!」
素早く走りたいのに、ぐらつく脚はちっとも言うことを聞かなくて、もたもたと縺れたまま倒れ込むようにして膝を突く。ユーリに負けず劣らず呆然としているグウェンダルとヴォルフラムが銀細工人形を抱えたまま傍に来てくれるが、彼らは一様に幽鬼のような顔色になっていて、まるで全員が地獄に彷徨い込んだみたいな有様だった。
むしり取るようにして銀細工人形を奪い取ると、それはあまりにも無機質な《物体》と化して、ユーリの皮膚感覚を痛烈に刺激する。ここにいるのはもう、ユーリの知っている騎士ではないのだと。
これはもう、亡骸なのだと。
「どうして…コンラッド、どうして…っ!」
真珠色のドレスや化粧を施した顔が汚れるのも構わず、煤だらけの人形を抱きしめ、涙に濡れた頬に寄せるけれども、かつてコンラートだった《もの》は微動だにしない。ユーリはかたかたと小刻みに震えながら、呆然として人形を握り締めた。
「嫌…いや、イヤ…いやだよおおおぉぉ…っ!!」
ユーリの声が調子外れな悲鳴となり、漆黒の瞳は焦点が合わなくなってくる。あの天真爛漫な少年がここまで壊れてしまったことを、その場にいた誰もが痛ましく思う。彼ら自身も、いっそ狂ってしまいたいくらいだ。
「すまない、ユーリ…我らが不甲斐ないばかりに…っ!」
グウェンダルはそのまま首を掻ききって死にたいという顔をしていたが、彼らはコンラートの異変を十分に嘆く暇さえ与えられず、ドォンと扉の開く音を聞いた。
「失礼しますっ!」
殺到してきたのは領主館の衛兵だけではなく、何故か領境警備を務めているヴォルテール軍の者も見受けられた。彼らは入ってきた時から顔色を失っていたのだが、尋常でない室内の様子を伺うと、また更に動揺を深めていた。
「領境警備兵が何故ここにいる!?報告があるのならば迅速に伝えよ!!」
グウェンダルが鋭い声で問いかけると、漸く我に交った警備兵は背筋を伸ばして報告した。およそ、このような状況で聞くには酷すぎる内容で。
「は…っ!ただ今、ヴォルテール領周辺をシュピッツヴェーグ軍が取り囲んでおりますっ!」
「連中は、何を要求している?」
「はっ!奴らはヴォルテール領に双黒が現れたことを故意にグウェンダル閣下が秘匿され、国家転覆の計を練っているとの疑いを口にしております。大人しく双黒を執政シュトッフェルに寄越せば不問とするが、あくまで渡さぬとなれば討伐軍によって強行突破すると…!」
「気でも狂ったか、シュトッフェルめっ!」
疑い自体は、ユーリの噂が流れれば当然起きてくるものだとは思っていた。だが、ユーリを《次期魔王》とするような扱いは厳に控えているのだから、十貴族会議も経ずにこのような強攻策に出ることは、寧ろシュトッフェル自身の失脚に繋がりかねない。
『何か、あの男をここまで追い詰めた因子があるのではないか』
無理を承知で強攻策を採らねばならないほど切迫した《何か》。それは、このまま双黒をヴォルテール領に置いていれば、彼が確実に失脚するという、相当に確度の高い《何か》であった筈だ。
たとえば、ユーリが眞王のお墨付きを貰った次期魔王だと、シュトッフェルが何処かのルートから知ってしまったとか。そのような噂を流す者と言えば…。
「…っ!ゲルト、貴様…っ!シュトッフェルを逸らせたなっ!?」
「ふっ…はははっ!!そうさ、俺は王都のすぐ近くに落ちたからな。あの男が眞魔国の権力を握っていると聞いて、すぐに出向いたのさ。そして、自分の権力を保ちたいなら俺に協力するよう、助言してやったわけだ」
「まさか…奴は貴様を王として仰ぐと誓ったのか!?」
もう何度目になるか分からない唾棄すべき行為に、グウェンダルは彼と近い血が流れていることを呪った。
「俺の魔力を見せてやったら、口だけはそんなことを言っていたな。だがまあ、あいつが俺を仰ぐ気など無いことは分かっている」
「ならば、何故!?」
「無能な男だからさ。俺が統治するとしてもあのような摂政は御免だ。よって、お前と噛み合わせて疲れ果てたところを討伐する気でいる」
なるほど、狐と狸の化かし合いというわけだ。とはいえ、あの狸は権力維持に関してだけ言えば、そう無能な男ではなかったはずだ。特に、逆らってはならない敵を相手にするほど馬鹿ではない。
「しかしシュトッフェルとて、眞王陛下の選択に逆らえば我が身がどうなるかくらい知っているだろうに!」
「うふふ…あはは…っ!馬っ鹿だなぁ〜。まだあんな奴を頼りにしているのか?あんな、《禁忌の箱》から溢れ出した創主の力に取り込まれて、意志を失った奴をなぁ。情報量から言えば、やはりあの男の方が一枚上手だぞ?何しろ、奴はもう十数年前もから眞王の状態がどうなっているのか知っていたのだからな。その上で、十貴族会議にも掛けずに《勅令》を捏造していたのだから、大したものさ」
確かにあの男ならやりかねない。だが、どうしてゲルトはそこまで知っているのだ?シュトッフェルは宮廷術や誤魔化しには長けた男だ。それゆえに、幾ら強い魔力を持っているとは言え、ゲルトがこの短期間の内にシュトッフェルの秘密に迫れるとは思えなかった。
いや、それ以前にゲルトは何故眞王の状態まで知っているのだ?
様々な疑問が湧いてきて、逆に無口になってしまったグウェンダルに向けて、ゲルトは掌の中の光球を益々膨らませながら、口元をにやつかせていた。
「お前はよほど綺麗な人生を歩んできたと見える。ふふ…お前の調べ方ではいつまで経っても真実になど繋がりはすまいだろうよ。純粋培養の巫女を堕落させるくらい、俺やシュトッフェルのような男にとっては、実に簡単なことなのにな」
「貴様…っ!清らかな巫女に、尋問をしたというのか!?」
「尋問?無粋な言い方だな。ちょっとお願いしただけさ。あの子は実に気持ちよく教えてくれたぞ?《こんなの初めて!》なんて可愛く嬌声を上げながら…な」
「下劣な…っ!」
「はは!では、お前は清らかなまま死ぬが良い…っ!」
コォオオオオ……っ!!
ゲルトの両手から繰り出された光球が、再びグウェンダルに向かって襲いかかる。グウェンダルだけではなく、ヴォルフラムも横から魔力壁を展開するものの、凄まじい威力を持つ光球は確実に壁を浸食していく。ビキビキと音を立てて、触手めいた紫色の光が魔力壁を侵し、破壊していく様は、呪わしいゲルトの存在そのもののようだった。
「くそぉ…っ!」
《最早これまでか…っ!》覚悟を決めざるを得なくなってきたグウェンダルだったが、咄嗟に振り返った先に、銀細工人形を抱えたまま呆然としているユーリを見つけてしまった。一時的に周囲の状況に無関心になっているのか、ぽんやりと人形を抱えたままその場から動く気配もない。
『あの子だけは、傷つけてはならん…っ!』
魔王としてどのような力を持っているのかは分からない。魔力は強くとも、統治能力があるかどうかはやってみなくては分からない。だが、そんな資格がどうだこうだという以前に、あの子は何を置いても護るべき存在だ。
ウェラー卿コンラートが、全てを賭けて護ろうとした子なのだから。
「うぉおおお……っ!!」
獅子吼をあげたグウェンダルは魔力壁を意図的に解除すると、矢のような勢いでゲルトに接近していき、己の身に残された魔力の全てを愛剣に注ぎ込むと、裂帛の勢いでゲルトに斬りかかる。
「自棄になったか!」
「貴様だけは殺す!我が命と引き替えにしてでも…っ!!」
「お前程度では、俺の命の代価としては軽すぎるわ…!」
哄笑するゲルトの口が、何故か次の瞬間ぱかりと開いた。
呆気にとられたようなその表情が何を意味しているのか考える暇もないまま、グウェンダルはゲルトに向かって跳躍する。
その動きにぴたりと同調するようにして、跳んだ者がいた。完璧な協調を見せるしなやかな体躯には、覚えがある。
これは…この肉体は。
この、剣戟の軌跡は…っ!!
グウェンダルの心は、こんな状況だというのに歓喜の輝きを放っていた。
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