「お伽噺を君に」
第20話










 翌日の朝、大きな丸テーブルで朝食を摂っていたグウェンダルは、ふとあることを思い出してユーリに尋ねてみた。このくそ真面目な男にしては珍しく、少しからかうような口調で。

「そういえば、ユーリは何故コンラートの石像に口吻ようとしていたのだ?」

 ぶふ…っ!と、勢い良くユーリがスープを吹くと、《汚いぞ!》と躾に厳しいヴォルフラムが叫ぶ。ただ、そうは言いつつも面倒見の良いところも発揮して、噎せる背中を撫でさすってもいた。数日の間に随分と仲良しになったものである。

 ユーリが暫くげほげほと咳き込んでいる間、テーブルの上に席を設けられていたコンラートもまた、変にもじもじしていた。こちらはその話題を蒸し返されたことで、なしくずしになっていたキスを再び得られるのではないかと期待しているのだろう。

「えと…それは、そのぅ…。ほら、アリアズナさんも言ってたろ?お伽噺なんかでよくある、キスしたら呪いが解けるってのを期待したんだよ。あん時は女の子の服を着てたから、少しは効果があるかと思ってさ」
「《解呪のキス》…か。確かに、愛する者からの清らかな口吻は呪いを解くという言い伝えがあるな」

 グウェンダルが重々しく頷くと、基本的に真面目な気質の末弟も《はっ》として身を起こした。

「では、ユーリのキスでコンラートは元の姿に戻るかも知れないのですね!?」
「いやいやいや、単なる思いつきだから!」

 ユーリは真っ赤になって言うが、グウェンダルは更に重厚な声で駄目押しをしてくる。

「だが、やってみる価値はあるのではないかな?何しろユーリは凄まじい魔力の持ち主だ。私が万全の自信を持っていた障壁もあっさりと解いてしまったくらいだからな」
「よし、実験だユーリっ!」

 勢い込んで腕を突き上げたヴォルフラムは、大真面目な顔をしてユーリに尋ねてきた。

「おお、そうだ。ユーリ、お前は正しく処女だろうな?処女でなくば、少々効果が薄いかも知れない」
「処女とか言う以前に、女じゃないもんっ!!」

 顔を真っ赤にしてユーリが叫ぶと、その反応でグウェンダルもヴォルフラムも満足そうに頷いた。

「うむ。この様子だと間違いなく《清らかなる乙女》だな。前も後ろも清廉に違いない」

 そうであれば呪いを解く資格があるというのであれば、グウェンダルやヴォルフラムは《処女》ではなかったのだろうか?《前と後ろ》どちらが清らかでないのか、知りたいような知りたくないような…複雑な気分である。

「ひょっとして、口吻すらも初めてかも知れませんよ?」
「ふむ、それではコンラートが初めての男になるわけだな」

 頷き合う兄弟に、ユーリはふるふると肩を震わせながら拳を握り締めた。

「勝手なこと言うなよっ!」
「では、誰かと口吻を交わしたことはあるのか?」
「ええと…」

 抗弁は試みたものの、真実でないことに関しては咄嗟の反応が遅いユーリのこと、ますます《正しく乙女である》ことを証明しながら目を泳がせる。すると、胸を反らせて兄弟は頷いた。

「ふっ、完璧だな!僕の推察通りだ」
「折角だから、状況も整えておくべきではないかな?メイド服よりは、姫君然としたドレスの方が良いかも知れん」
「そうですね!早速調達して参ります!!」

 この兄弟、思いつくと結構動きが速い。ヴォルフラムは瞳を輝かせ、ユーリが止める間もなく駆け出すと、追いすがって扉を開けた時には後ろ姿さえ見えなくなっていた。お兄ちゃんを救う為ならば、例え火の中、水の中という勢いである。

「よし、早速準備をするぞ!」

 グウェンダルも妙に生き生きとした様子で席を立つから、ユーリとしては《あんまり期待しないでぇ!》と叫びたくなる。上手く行けば勿論嬉しいが、失敗した時の、この思いこみの強そうな兄弟の落ち込みが怖い。

「コンラッド…どうしよう?」
「まー、あまり気負いすぎずに、ラク〜に肩の力を抜いてやってみて下さい」
「ええええぇぇぇ〜?」

 あの二人を前にしては、なかなか《気楽に》とか行かなそうだ。



*  *  * 




「どうです、兄上っ!完璧な姫君でしょう?」

 誇らしげにヴォルフラムが扉を開けると、その後からしずしず…というか、すごすごと言った感で、ドレス姿の美女が入ってくる。その姿を目に留めた途端、周囲の空気がふわりと華やぎ、芳しい香りが鼻腔を悦ばせるような…全身の血液が浄化されるような心地よさが感じられた。

 コンラートの石像を安置した部屋は、普段はがらんとした雰囲気なのだが、今だけは春の訪れを迎えた野原のように華やかな気配を漂わせている。

「うううう…。どこがだよぉ〜…」

 半泣きで入ってきたユーリとは対照的にグウェンダルとコンラートは息を呑んでその姿に見惚れていた。念のため配備された《癒しの手》を持つ衛生兵達(もしも本当に呪いが解けた場合、コンラートは瀕死の状態であろうと推察されるからだ)も、一様に瞳を輝かせて《ほぅ…》と息をついた。それほどに、真珠色のドレスを身につけたユーリは麗しい姫君そのものだったのである。

 メイド服や男装(?)ですら可愛らしいのに、ドレープを長く取ったふわふわのドレスを着て、同色の髪飾りを右の側頭部につけると、漆黒の瞳と髪が映えて《宵闇に輝く月姫》といった出で立ちになる。完璧主義のヴォルフラムが顔のむだ毛にも丁寧に剃刀を掛け、ユーリの顔立ちがそのまま生かされるように薄化粧を施したものだから、普段のあどけない様子とはまた違った、大人の色香さえ漂ってくる。

「ユーリ…なんて綺麗なんだろう!絵物語に出てくるどんな姫君よりも美しいですよっ!!」

 コンラートがすっかりはしゃいだ様子で小さな身体を弾ませていると、ユーリはぺたんと膝を突いて、ぷくっと頬を膨らませる。

「これで少しでも効果が上がれば良いんだけどね〜。ちょっとでも姫様らしくしようと思って、胸に詰め物までされてるんだぜ?」

 ぺろんと谷間の詰め物を露わにするのは止めて頂きたい。無粋なパッドの存在はともかく、淡く隆起した胸にぷくりと小さな桜粒の垣間見える様が、何とも言えず魅惑的に過ぎる。

「大変艶やかですが、頼むから俺以外に見せるのは止めて下さいね?」
「でも、ヴォルフが着付けてくれたんだから、あいつはしょうがないだろう?」
「百歩譲ってよしとしましょう」
「心配性だなー。確かにこっちの世界って男同士もアリみたいだけど、ヴォルフとグウェンは大丈夫だろ?」

 ユーリは最初のうち、威風堂々たるグウェンダルに愛称を使うのは気が引ける様子だったようだが、何かとコンラートの思い出話を語っていく内に親しみが増したらしく、今ではごく普通にグウェンと呼んでいる。
 多分、コンラートの兄弟ということで《親戚のお兄さん》的な安心感を抱いているようだし、確かに安心な人ではあるのだが…それとこれとは別問題である。
 
「信頼出来る相手だからと言って、何でもかんでも見せてしまうのは問題でしょう?ユーリは俺が、おちんちんが痒いからといってショーリに《ちんちん痒いーの》なんて確認を頼んだりしたら、複雑な気分になりませんか?」
「よく分かりました。二度としません」

 こっくりと頷くユーリに、コンラートは安堵の息を吐いた。魅惑的で危なっかしいこの人に、危機感というものを植え付けるのはなかなかの難事である。素直に人を信じられるように純粋培養してしまったコンラートにも、責任の一端はあるのだけど。

「じゃあ…やるよ?」
「はいっ!」

 緊張した面持ちでコンラートの石像に向き合うユーリを、その場にいた全員が固唾を呑んで見守った。



*  *  * 




『き…緊張するなぁ〜…』

 どっくん…。 
 どっくん……。

 胸の鼓動が煩いほど響く中、ユーリはそっと石像の頬に手を添えた。銀細工よりもざらざらとして冷たい感触だが、苦悶に歪む端正な面差しはユーリが焦がれ続けているコンラートのものだった。相変わらずピリリとした痛みが指先に起こるのは、《法力》のせいらしい。この力の源はよく分かっていないが、グウェンダルが言うには要素の力を歪める作用を持っているそうだ。ただ、グウェンダルがコンラートの石像についた血痕を拭ったり、その後も磨き続けていた中では、ユーリほど極端な《不吉さ》を感じたことはないという。

 ユーリが痛みを感じるのは、無理矢理縛り付けられた要素の苦しみを直に感じてしまうからではないかとのことだった。あの意味、魔力が強いからこそ感じられる痛みなのではないかと。あるいは、完全な処女であるユーリに呪いを解く資格があるからこそ、呪いの方でも必死になって抵抗を示すのかも知れない。

『俺のキスで、本当に元の姿に戻ってくれるのかな?』

 不安と期待の合間で鬩ぎ合うユーリの唇は、今は濡れた珊瑚色に染まってふっくりとした膨らみを湛えている。それが無機質な石の唇へと沿わされる様は、端(はた)から見ていると童話の挿絵めいて美しい。

 しかし、二つの唇がそっと触れ合ったその瞬間、《ドクンッ!》と心臓を鷲掴みにされるような痛みがユーリを襲った。

「……っ!?」

 痛いっ!
 痛い痛い痛い…っ!!

「ユーリ…ユーリっ!?」

 間近で叫んでいるだろうコンラートの声もどこかぼやけて聞こえるくらい、戦慄く唇から全身へと広がっていく痛みは、今まで感じたこともないくらい激しいものであった。けれど、まるで身体が電流で痺れてしまったみたいに自由がきかず、コンラートの頬に触れた指も動かすことが出来ない。

 唇からぞっとするような憎悪と恐怖が流れ込んでくるのが分かる。
 これが、法力のおぞましい力なのだろうか?

 それはまさに、《死の口吻》とでも表現したくなるような代物であった。



*  *  * 



 
「グウェン、ヴォルフっ!ユーリを俺の身体から離してくれっ!様子がおかしいっ!!」
「分かっているっ!」

 顔色を変えたグウェンダルがユーリの身体を羽交い締めにして離そうとするが、その腕は不自然な角度で弾かれる。まるでユーリとコンラート像の周囲に電流の膜でも出来たみたいに、触れることも出来なくなっているのだ。癒しの手を持つ者達が束になって掛かっていっても、結果は同じであった。

『なんて事だ!』

 コンラートとしては上手く行けば勿論嬉しいが、《多分無理だろうな》と思いながら半ば冗談のような気持ちで勧めた実験だというのに、まさかこんな深刻な事態に陥るとは思わなかった。

 《本来の肉体を取り戻して、ユーリに恋人として愛を語りたい》…グウェンダルに言われるまでもなく、それはコンラートがここ数年切望している願いであった。無茶な祈りとは知りつつも、気が付けば夢想していた自分を、この時ほど憎いと思ったことはない。

『馬鹿だ俺は!石化などという忌まわしい呪いを掛けられた身に、どうして大切なユーリを接触させよと思ったんだ!!』

 やはり強い魔力を持つはずのグウェンダルが触れても無事だったと言うから、無意識の内に接触による危険など無いと思いこんでいたのか。

「ユーリ、ユーリ…っ!呪いを拒絶するんだ!意識をしっかり持って、跳ね返そうとしてみるんだっ!」
「ん…んん、ん〜っ!」

 ぼろぼろと涙を零しながらも、ユーリの瞳にはまだ意志の色が強く輝いている。最初の内こそ苦痛のみを示していた眼差しも、今は挑むような気迫を込めており、へばりついたように離れなくなっていた手も、より密着させるようにしていく。

「ユーリ!?一体何を…っ!」

 ユーリは石像から離れるどころか、深く交わるように唇を密着させ、雄々しく眉を寄せて意識を集中させていく。すると、不意に石像の色が変化を始めた。

「な…!」

 一同は数秒の間、身動きもとれずにその場に立ちつくしていた。
 ユーリと触れ合っていたコンラートの唇が、柔らかい色を浮かべたかと思うと、ゆっくりと浸透していくようにして、鼻、顎、瞼、首筋と、刻々と色彩が変わっていくのである。荒涼とした灰色一色だった身体が、衣服が、鮮やかな《生きた色》へと変わっていく。

「コンラートが…」
「元に、戻っていく…?」

 だとすれば、銀細工のコンラートはどうなるのだ?

『俺の意識はあちらに移動するのか?』

 しかし、未だ銀細工の身体に捕らわれたままのコンラートは、石化した時そのままに大きな負傷を帯びている肉体に戻る気配もない。本来の肉体はすっかり柔らかさと張りを取り戻してはいるものの、開大されたままだった琥珀色の瞳が一瞬だけ見えただけで、すぐに降りてきた瞼によって閉ざされてしまう。

「ん…」

 ユーリの方も限界を迎えたらしい。コンラートの肉体が髪の毛の先から爪先まで本来の色を取り戻したと見るや、身体を支える力も失って頽れてしまった。

「ユーリ…っ!」

 絶叫して駆け寄る兄弟は見事な連係プレーを見せて二人の身体を支えた。グウェンダルは重装備のコンラートを軽々と抱え、ヴォルフラムは華奢な体躯のユーリにタックルを掛けるようにして抱き留める。
 ただ、コンラートはというと、駆け寄っても足下から心配そうに見上げることしかできなかった。折角ユーリが身体を張って呪いを跳ね返してくれたというのに、一体どうしてこの仮の姿を手放すことが出来ないのだろうか?あまりにも長い間宿っていた為に、不可逆的な癒合を遂げてしまったのだろうか?

 だが、今はそんな心配よりも目の前のユーリであった。真っ青な顔色をして早く浅い呼吸を繰り返しているユーリは、魔力の使いすぎでショック状態に陥っているらしい。揺さぶっても名を呼んでも、意識が回復する様子もない。それほどに、石化の呪いは強いものであったのだろう。

「衛生兵っ!」
「はっ!直ちにっ!!」

 強い魔力を持つ衛生兵が三人がかりでユーリの手を掴み、呼びかけながら魔力を注いでいく。その間に、コンラートの生命徴候を確認したグウェンダルとヴォルフラムはこちらの治癒にも努めた。どうやら、心が戻らずとも身体自体は鼓動と息とを維持しているらしい。
 しかし、コンラートには《それどころではない》という感覚がある。

「グウェン、ヴォルフっ!俺のことなんか良いから、ユーリを助けてくれっ!」

 だが、二人から打ち返されるような勢いで怒鳴られてしまう。

「馬鹿者!これでお前が確実な死を遂げたら、ユーリがどう思うか考えろっ!」

 確かに一理はある。万が一本体が《真の意味での死》を遂げた場合、銀細工に辛うじて留まっている精神もまた、無事でいられるという保証はないのだ。寧ろ、魂と融合して今度こそ天国だか地獄だかに召される可能性が高い。
 そうなれば、ユーリは自分を責めて責めて、絶望によってそれこそ回復出来なくなってしまうかも知れない。

「く…っ!」

 コンラートは己の無力を噛みしめながら、わなわなと打ち震えることしかできない。

 そして、こういう困った状況の時に限って現れるのが敵というものである。


 ドゴォン…っ!


 突然の破砕音が人々の耳を劈き、濛々と立ち込める粉塵が喉を刺激する。

「な…なんだっ!?」

 このような場面では誰もが口にする定番の台詞が、誰の口からともなく溢れ出す。と、同時に、次は《誰がやったのか》という点が気になるところだろう。犯行者を探して彷徨う視線の先に、その時…驚くべき人物が姿を現した。

「ゲルト…っ!」

 そう、そこにいたのはゲルト・アガザ。巨大な魔力を持つ《クリスタル・ナハト》の首領は、ほくそ笑みながら破砕された壁の上でこちらを睥睨していた。



*  *  * 




『この男が、ゲルトなのか!?』

 コンラートの呼ばわりからいってそうなのだろう。漆黒の衣装という、眞魔国では歴代の魔王にしか赦されない貴色を纏って、ゲルトは可笑しそうにニヤついている。

『それにしても、何という魔力だ…っ!』

 いや、これは本当に魔力と呼んで良い代物なのだろうか?寧ろ、限りなく法力に近いのではないだろうか?要素に呼びかけ、契約の履行を《依頼》する魔力とは異なり、ゲルトの纏う力は要素を拘束するという、極めて法力に近い性質を帯びている。圧倒的な力はユーリのそれとは大きく異なっていて、傍にいるだけで圧倒されるような、息苦しいような感覚を覚えてしまう。

 《何事ですか!?》と、異変を察知した兵士達が扉を開けて入ろうとしているが、魔力によるものなのか、あるいは破砕の衝撃で建物が歪んだのか、援軍は頑丈な扉を開けられずに難渋している。とはいえ彼らがやってきたとしても、ゲルトを相手にして援軍たり得るかどうかは怪しいところであった。

「あはは…っ!傑作だな。折角だからユーリが魔力を使い果たすのを待っていたら、そんな滑稽な場面に出くわすとはな。ウェラー卿よ、貴様は相変わらずそのちんくしゃな身体に留まっているのか?愛おしい者が身を尽くして魔力を出し切ったというのに、身体と心がバラバラなままじゃないか」
「…っ!」

 コンラートは何を言うことも出来ず、咽奥に込みあげてくる怒りに耐えながら、腰に提げた剣を抜いてゲルトに対峙している。巨大な力を持つゲルトに向き合うには、小さな待ち針のような剣はあまりに心許なく、ちっぽけに見えた。

『くそ…っ!』

 大きすぎる敵に向かって、それでも諦めることなく向き合っていくその姿に、グウェンダルは過去のコンラートを重複させる。
 《混血である》という唯それだけのことで、有能さ、忠誠心といったものを無視され、過重な責務を担わなければならなかったウェラー卿コンラート。彼はこのような姿になってさえ、侮蔑と戦い続けねばならないのか。目が眩むほどの怒りに打ち震えながら、グウェンダルは肺活量の限りを尽くして怒声を上げた。

「貴様…っ!口を慎め、我が弟は貴様如きに愚弄されるような騎士ではないっ!」
「ほーう?お前がウェラー卿の兄か」
「僕を無視するんじゃないっ!」

 グウェンダルとヴォルフラムは自らの身体で壁を作るようにして、コンラートとユーリを背後に庇った。《指一本触れさせてなるものか》という気概が、その瞳から溢れてくる。

 しかしゲルトの方は恐れを為すどころか、興味深げにじろじろとコンラート達の様子を眺めると、不意に《可笑しくてならない》という風に唇の端をあげ、くっくっと咽奥でいやらしげに嗤った。

「なるほど…はは、なるほどなぁ!流石は魔族の祖、眞王のやることはひと味違う。これほど手の込んだ仕掛けを己の民に為すとはな。やはり王たる者は倫理観など持たない方が良いと見える」

 眞王の名を汚すような物言いに、カッときやすいヴォルフラムは眉を跳ね上げさせて怒鳴りつけた。

「何を言っている!貴様、畏れ多くも眞王陛下を悪し様にいうとはどういう了見だ!」
「貶してなどいない。寧ろ、褒めているのさ。大いなる目的の為には、手段を選ばぬお方だとな」
「何を…っ!」
「ああ、やはり気付いていないのか。お前達に仕掛けられた《鍵》に」
「な…っ!?」

 ぎくりとヴォルフラムの肩が跳ねると、グウェンダルは無言で弟へと腕を回し、鋭い声で窘める。

「反応をそのまま返すのではない。動揺しすぎると、付け込まれるぞ?」
「は…はいっ」

 とはいえ、ゲルトの言語による《爆撃》はまだまだ続く。自重を促したグウェンダル自身が絶句してしまうほどに。

「お前達三兄弟は、《禁忌の箱》の鍵となるべく現魔王の腹に種付けされたのだ。そして、そこに転がっているユーリもまた、双黒の身に莫大な魔力を保持した鍵とすべく仕込まれた存在なのだ!」

 愕然とするグウェンダル達の前で、ゲルトは高らかに哄笑した。夏の陽射しが注ぎ込む領主館の一室は、そこだけが異空間に迷い込んでしまったかのような、歪んだ空気に満たされていた。




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