「お伽噺を君に」 ヴォルテール領主館の客室に泊めて貰えることが決まったユーリは、《あれ?そういえばメイドとして働く話は…》と蒸し返したのだが、《冗談じゃない!》と派手に却下された。まだ魔王や王太子としては扱われないにしても、後日《魔王をメイドとしてこき使っていた》などと言われては外聞が悪いらしい。 なので、ユーリとしては居心地が悪いのだが、当面は《異世界からやってきた賓客》として扱われることになった。ただ、グウェンダルの庇護下に入ることが決まった以上双黒を隠す必要はなくなったので、そこについては安心して過ごせるようになった。 「ふぅ…」 客室でゆっくりと風呂に漬かり、湯上がりのスッキリとした身体を豪奢なソファに沈めていると、入室を求める声が聞こえてきた。どうやら、ヴォルフラムであるらしい。 「どーぞ」 「…っ!」 構える気もなく扉を開けて迎えると、ヴォルフラムは何故かぎょっとしたように身を引いた。 「失礼しました!もうお休みとは思わず…」 「良いよ良いよ。お風呂に入っただけで、まだ寝る気じゃ無かったし」 「しかし…そのように魅惑的なお姿で男を迎えるなど!それは確かに、まだ未成熟なお身体で貧乳…いえ、可憐な微乳ではあるかと思いますが!!匂い立つような色香がそのぅ…」 「はあ?」 まさかとは思うが…ひょっとして、まだ勘違いを続けているのだろうか? 「えーと。あの…ヴォルフラム?俺、男なんだけど」 「…は?」 しーん…。 二人の間に、何とも言えない沈黙が広がった。 * * * 双黒の《美少女》は、《美少年》であった。 そうと知れば一気に《庶民派》と分かってしまうユーリに、ヴォルフラムはいきなり遠慮など吹き飛ばしてしまう。 「ユーリ!お前、何故あんなややこしい格好をしていたんだ!」 「いや〜…暇だから、あんたの兄ちゃんが帰ってくるまでメイドさんのお仕事でもしようかと…」 「容儀が軽すぎる!それでも魔王候補かっ!!」 「しょうがないじゃんっ!」 ぷんっと唇を尖らせるユーリはしかし、少年だと分かってすらも瑞々しい魅力を湛えていた。気安くヴォルフラムに席を勧めると、自分もどっかりとソファに座るのだが、バスローブの裾野からちらりと見える内腿の白さが、ヴォルフラムの瞳を灼いた。襟元から覗くすっきりとしたラインの鎖骨や、眞魔国では見かけたことのない肌理細かな象牙色の肌も、しっとりした瑞々しさを湛えている。 『落ち着け、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム!相手は魔王候補で、絶大な魔力の持ち主とはいえ、相当な山出しの儒子だぞ!?』 ここはひとつ、気高い貴族としての作法を教えてやるべきであり、粗野な動作の中に見惚れるような艶を見いだしてときめいている場合ではない。 「裾を合わせろ!淫らな所作をするんじゃないっ!!」 「もー、煩いなぁ。お袋かお前は」 「僕の母は、僕が止めて差し上げなくてはならないくらい露出の激しい方だ」 「反面教師ってやつか…」 よく分からない語彙を用いるユーリは、時折異世界の言葉が混じるらしい。コンラートが17年のあいだ馴染んできた文化というものに、ヴォルフラムは少なからず興味を抱いていた。 そう、微妙な心情を含ませつつもユーリを訪ねたのは、コンラートについて色々と知りたかったからだ。 「ユーリ、異世界とやらでの暮らしぶりを教えてはくれないか?」 「いいけど、そんなに吃驚するようなトコじゃないぜ?特に日本は凄く平和だったし、俺は普通の幼稚園児で小学生で中学生で高校生だったからな。超平凡だよ?」 「良いから話せ!お前にとっては平凡でも、僕にとってそうかどうかは分からないだろう?」 「分かったよ。じゃあ、ヴォルフも代わりに小さい時のこと教えてくれよ?コンラッドがどんな子どもだったかとかさ」 気が付くと、コンラートが呼んでいたのに釣られたのか愛称で呼んでいたが、敢えて訂正はさせなかった。こんなにも気軽に話しかけてくる友人というのは今までいなかったのだが、不思議と抵抗感は無かった。 寧ろ、そんな親しみを込めた呼び方をされると、胸に暖かいものが滲んでくるし。 「兄…いや、あいつは僕が物心ついた時には既に子どもという感じではなかったがな」 「あれ〜?《コンラート兄上》とか呼んでやらないの?」 流石に《ちっちゃい兄上》とまで呼ぶとは思わなかったのか。 「…それは、元の姿に戻った時までお預けだ!あのままではやはり、兄上などと呼ぶ感じではないし、それに…何だか以前よりも性格が軽やかになり過ぎている気がするし」 「軽いか〜。つか、今までどんなだったのかな?俺もコンラッドが話してくれる昔話とか聞くと、凄い過酷で…なんか、今のコンラッドからは想像がつかないもんな」 「ふむ」 二人は互いに質問し合う形で互いの世界について話し合った。とはいえ、その《世界》の主軸にあったのはやはり《ウェラー卿コンラート》であり、それぞれの語るエピソードに驚きを覚えていた。 「へえ〜、コンラッドってやっぱモテモテだったの?」 「ああ。何しろ老若男女にそつのない対応をする男だったからな。だが、あまり長持ちしたことはない」 「えー?何でだろ!だってコンラッドって凄ぇ優しいし面倒見が良いし、一緒にいてめちゃめちゃ楽しいし、飽きないしっ!俺が女の子だったら絶対ずーっと一緒にいたいって思うぜ?」 「だからこそ…ではないのかな?」 「何ソレ。どゆこと?」 身を乗り出して聞いてくるユーリは、やはり目に毒な存在である。 『だから、脚を広げるなというのにっ!』 澄んだ透明感のある肌は健康的な血色を湛えているから、ついつい手が伸びそうになってしまう。いやらしい意味を伴わなくても、毛並みの良い猫を目にした時みたいに、感触を試したくなるのだ。 「聞きたければ脚を閉じろ!そんなにふしだらな仕草をしていたら、幾ら男とはいえその美貌だ。誰に襲われても文句は言えないぞ?」 「えー?そんなにマニアックな趣味のヒトがいるの?」 「そんな美貌をしているくせに、何をとんちきなことをいっているんだ」 「いや、だから百歩譲って双黒が希少だから眞魔国では美形カテゴリーに入るんだとしても、俺…男だよ?」 「何を言っている。同性同士の性愛などごく一般的に見られるだろうに」 「えーーーっ!?」 吃驚仰天しているユーリは、どうやらコンラートから純粋培養的な知識しかあえられていないらしい。まだ16歳だと言うから気持ちは分からないではないが、これほどの美貌を持ちながらそんなに危うげな常識しか持ち合わせないとなると、色々心配だ。 『僕が色々教えて、護ってやらねばならないな』 ふぅ…っと溜息をつきつつも、ちょっと口元がにやけてしまう。長兄や次兄はやたらとヴォルフラムを猫っ可愛がりするが、その気持ちがちょっと分かるような気がする。危なっかしいだけに、放っておけないのだ。 「いいか、ユーリ。よーく覚えておけよ?」 ちょっと偉そうに腕を組んで教えを垂れると、ユーリはふんふんと頷きながらちんまりと膝を寄せた。何とも可愛らしいその仕草に、ヴォルフラムは口元がまた笑ってしまいそうなのを何とか堪える。 「こちらの世界では繁殖の為には男女の結婚が奨励されるが、性に関しては人間世界よりもおおらかな所がある。快楽を目的とした性風俗も盛んだから、身分が高い者でも性的な悪戯によって格下の者に翻弄されてしまうことも多々あるのだ。これからは宴などに参加する機会も増えると思うが、心して構えて、隙を見せてはならないぞ?基本的に、僕やグウェンダル兄上の傍にいた方が良い。ああ…それに、媚薬の開発も盛んだから、知らない奴から渡された杯には重々注意した方が良い」 「そっかー。色々と大変なんだな」 こくこくと頷くユーリは、少し不安そうな表情になってしまう。 「あのさ…じゃあ、コンラッドも大変だったのかな?混血だって事で苦労もしたっていうし…」 「うむ…そうだな。色々と噂は聞く」 コンラートは一体何処までこの子に話をしているのだろう? 『この純朴そうな様子からすると、全てを話しているとはとても思えないな…』 ヴォルフラム自身、コンラートの身に起きた全てを把握しているわけではない。噂に聞いたところでは、士官学校や軍では幾度も輪姦されかけて、その度に大喧嘩をして何人か病院送りにしたと聞いている。もしかして、その内の数回は抵抗しきれずにいやらしいことをされたのでは…なんて考えたら、何だか泣きそうになってきた。 「………………む、無理矢理…複数の男に、乱暴されたりしたのだろうか!?」 「やめてーっ!想像させないでーっ!!」 《ぎゃーっ!》と悶絶しているユーリと一緒になって、怖い想像をしてしまう。 「それこそ、顎をこじ開けて媚薬を無理矢理飲まされて、乱れきったところを嘲笑されながらとか、手足を縄で拘束された上に、剣で服を淫らに切り裂かれて無理矢理とか、よってたかって全身なめ回されてとか…」 この辺の知識は、巷に出回っている下らない雑誌の影響だ。しょうもないと思いつつも、ツェツィーリエのお茶会に付き合わされると、有閑マダムどもが嬉々としてそんな話題を振ってくるのである。 「やだやだやだ!そんなのやだよーっ!!」 自分の想像で怖くなってじわりと涙を滲ませたら、ユーリも釣られて涙目になってしまう。ただ、泣きそうになるのを唇を噛んでグッと堪えると、ユーリはふるふると睫を震わせながら宣言した。 「でも…俺、コンラッドの過去に何があっても、軽蔑したりしないよ!?だって、コンラッドは全部乗り越えてあんなに朗らかに生きてるんだもん!どんな酷い目に遭ったって、コンラッド自身は穢れたりしないよ!」 「そうか…そうだな」 この子は、見た目よりもずっと強いのではないだろうか?ヴォルフラムは初めてそう感じると、強張ったユーリの手を取った。不思議なところに胼胝(タコ)のあるその手は、丁度ヴォルフラムと同じくらいの大きさなのだが、指は少し短めで、切りつめた爪はころんと丸くて可愛らしい。 「コンラートは、強い男だ。どれほど傷つけられても立ち上がり、恨みではなく希望によって生きている。僕は…そう思う」 「うんうん。そーだよな?」 そっと寄り添う美しい少年達は、すっかり盛り上がって独特の気分に浸っていた。 翌日、コンラートを見る目が《俺(僕)たちはどんなお前でも受け止めるゼ★》という変な侠気に満ちていたせいで、不審を抱かせてしまったのは言うまでもない。 * * * 「よう、コンラート。お前さん、下手こいて輪姦(まわ)された事とかあるのか?」 「殺されたいのか?アリアズナ」 朗らかに声を掛けてきたと思ったら第一声がそれか。 コンラートは旧友に向けて爪楊枝サイズの剣を向けた。 周囲には《何言ってるんですかあんた!?》と、態度や口で示しているルッテンベルク師団の仲間達がいる。《死の道》を越えて17年間生き延びた仲間は流石に両手の指で数えられるほどであったが、その後もグウェンダルの庇護の元、かなりの頭数の混血が技量をあげて師団に参入していた。 彼らは伝説の存在であるウェラー卿コンラートを畏怖していたから、ざっくばらんな酒の席でも一定の敬意を込めて銀細工人形に向き合っていたのだが、やはり旧友の中でもグリエ・ヨザックと並んで態度の大きなアリアズナには、遠慮というものがない。 「言っておくが、こんな剣でも眼球のひとつくらいは簡単にえぐれるぞ?」 「おー、怖い怖い」 とても恐れ入っているようには見えないアリアズナは、景気よく喉を鳴らして麦酒を飲み下すと、上唇についた髭のような泡を一拭きして、屈託無く説明してくれた。 どうやら、日中に神妙な顔をしたユーリとヴォルフラムに声を掛けられて、そういった過去があるのかどうか尋ねられたらしい。彼らは一様に唇を真一文字に引き結んで、《彼の過去に何があっても、俺たちは受け止める!》という態度であったらしいが、一体なんだってそんなことを気に掛けたのだろうか?子どもの自由すぎる発想というのはよくわからない。 道理で、昨日今日と二人が変に生暖かい眼差しを送ったり、昨夜ヴォルフラムが何か言いたげにしていると思った。 「確かに危ない目に遭いそうにはなったが、何とか回避してきたぞ?」 「そうだよなぁ?俺もそうだとは思ったんだけどさ、冗談で《俺が知らないうちに、一回くらいはやられててもおかしくないよな。あいつは昔から色っぽかったし、反抗的な態度がそそるとか言う連中も多かったし》って言ったら、ぶわ…って泣き出しちゃってさー。双黒の君は《コンラッドが可哀想だ!》ってボロボロ泣くわ、ヴォルフラム閣下は《どこのどいつがやったか突き止めて、鱠斬りにしてくれるわ!》なんて暴れるもんで、なんか悪いコトしたなって思ってさ」 「本当に悪いな、お前」 ビキリとこめかみに浮かぶものを感じながら(実際には血管など走行していないのだが)、コンラートは素早くアリアズナの腕から肩へ掛けて駆け上がると、スパーンっといい音を立てて、剣で頭を叩いた。 「痛ぇっ!」 「痛いようにぶったんだ。それでも飽きたらんっ!おい、ベッカー。こいつをこっぴどくとっちめておいてくれ。ああ…そうだ、この飲み屋のお代は全部こいつ持ちにしろ」 「えーーーっ!?」 殴られるよりも酷い報復を受けたアリアズナは悲痛な叫びを上げていたが、構わずコンラートは駆け出していく。領主館からここまではアリアズナのポケットに入っていたのだが、今宵はユーリのことが気になって、とても朝方まで呑んでなどいられない。 「悪いが、俺は館に戻る。お前達は自由に呑んでてくれ。アリアズナの金で」 「ええ!?」 「そんな…コンラート閣下!」 とたた!っと飲み屋の床を駆けて、入店してくる客と入れ違いに出て行くと、背後で《ぎゃーっ!》という叫びが聞こえたような気がした。多分、コンラートと思い出に浸りながら呑む機会を奪われた連中が、アリアズナに報復しているに違いない。 まったくもって自業自得だから、助けてやる気などまるで無い。 * * * 『コンラッド…本当に、強姦されたりしたのかな?』 考えないようにしていたのに、ふとした瞬間に思い出すと目元が潤んでしまう。そうであってもコンラートはコンラートなのだから、決して汚れているなんて思わないのだが、それでも涙が出そうになるのは、きっと自分の中にある《汚い部分》を直視せざるを得ないからだ。 コンラートが肉体を持っていた頃に、恋人や不埒な略奪者によって結ばれた性的繋がりは、ユーリには決して得ることのできないものだ。略奪者を憎いと思うその反面、微かに《羨ましい》と思ってしまう自分は、決して《穢れない子ども》等ではないと思う。 『俺は、浅ましい気持ちを持ってる』 この世界にやってくるに際して、具現化したコンラートに抱きしめられた時から、薄々感じてはいたことだった。ユーリは今や、コンラートを性的な対象としても愛してしまっている。銀細工の木訥とした姿の背後に、逞しい肉体を持った男としてのコンラートを見ている。 『ゴメンね…コンラッド』 昨夜見た夢も酷かった。ユーリは危機に晒される若きコンラートを救いだして《ありがとう、ユーリ》と感謝の言葉と共に熱烈なキスを受けると、そのまま腕に抱き込まれて、お子様には絶対言えないような行為に励んでしまったのだ。 『生々しかったなぁ…』 しかも、ユーリの希望を反映した夢だというのに、どうして抱くのではなく抱かれる夢だったのか(←一番突っ込みたいのはそこなのか)いつの間に自分はそんな乙女的な恋心を抱くようになったのかと自問自答してしまう。 『でもでも…コンラッドの腕って、逞しくって大きくって…抱きたいってのより、すっぽり包み込まれたいなーって感じなんだよぉおお〜っ!!』 ごろごろと悶絶していたら、コンコンとえらく下の方でノックの音がする。 「…っ!?」 がばっと寝台から起きあがって扉に駆け寄り開けてみれば、やはり小さな騎士がユーリを見上げていた。 「夜分遅くにすみません。失礼しても良いですか?」 「そりゃあ良いけど…。でも、今夜はルッテンベルクの人たちと飲み会じゃなかったっけ?」 「そうなのですが、少々事情がありまして」 「まさか…喧嘩とかしたの?ううん、コンラッドならそんなことないよね?あ…もしかして、何か居心地が悪かったとか?」 「いえ、違うんですよ。その…アリアズナが妙な事を言っていたので気になったんです。あなたとヴォルフが、俺の噂をしていたと聞きましたので」 「あ…っ!」 では、コンラートは自分が強姦された過去があるかも知れないという噂の為に、楽しいはずのひとときを切り上げてきたのだろうか? 「ゴメンな?俺たちが変な心配して、アリアズナさんに相談したりしたから気にしちゃったんだね?」 「言っておきますが、俺は決して自分の意志に反したセックスなんかしてませんからね!?」 懸命に訴えかけてくるコンラートは、きっと名付け子に情けない噂など立てられたくなかったのだろう。言葉の調子から考えて、コンラートにしてはあまりにもストレートな抗弁に、多分本当の事なのだろうと察して肩の力が抜けた。 「そうなんだ。良かったぁ〜」 「ふう。納得していただけて幸いです」 「ん、じゃあ誤解が解けたところで、みんなのところに戻る?」 「戻る場所はあなたのところだけですよ?」 「…コンラッド……」 何気ない言葉にまで敏感に反応してくれるコンラートに、ユーリは切なくなって銀細工の身体を抱え上げた。愛おしいユーリの騎士は、どこまでもユーリを第一に考えてくれるのだ。 「あいつらとはまた何時でも飲めます。それより、慣れない環境で二晩も続けてあなたを一人にさせてしまったことの方が心配ですよ。今宵は朝までご一緒させて頂けますか?」 「うん。嬉しい…」 そうなのだ。これまでは一日中べったりと一緒にいたコンラートと、夜の間離れているのは予想以上に心細かった。それが余計に《ユーリの知らない過去》と結びついて、不安感を煽っていたのかも知れない。 しかし、安心すると今度は下世話な興味も湧いてきた。 「ところで、コンラッドは自分の意志でなら男とセックスしたことある?」 「…なんだってそんなところに興味が向いてしまったんですか?」 「んー…。アリアズナさんが、コンラッドは昔《夜の帝王》っ呼ばれてたとか言うから気になってさ」 コンラートは小さく舌打ちすると、何か物騒なことを呟いていた気がしたが、すぐにユーリを説得するように真摯な姿勢を見せた。 「誤解しないで下さい、ユーリ。俺は別に女性や男性を興味本位で取っ替え引っ替えしていたわけではないんです!」 「うん、それは聞いた。向こうから言い寄って来て、気が向いたら相手をしたんだけど、特に引き留めたりはしなかったから、みんな《私じゃなくても良いのね?》って泣きながら別れを告げてたとかなんとか」 「いや、だから…それはそのっ!若気のいたりというやつですっ!!」 「そうなの?本気で恋した人とかはいなかったの?」 「…いませんよ」 何で一拍あいたのだろう?むぅ…っと頬を膨らませていたら、ふと横目で見た自分の顔に呆れてしまう。 『うわ…凄ぇ、嫉妬深い顔してるな…俺』 昔のことだというのに、どうしてこんなに怒っているのかと言えば、それは間違いなく嫉妬なのだ。自分の中にある汚さを隠してコンラートばかり責めているなんて、酷い欺瞞では無かろうか? 「…ゴメン、コンラッド。昔のことなのに、勝手に想像して心配したり、腹立てたりしてさ。俺…多分、ジョーチョ不安定なんだ」 「環境が激変したんですから、仕方のないことですよ」 「そうなのかな?」 「ええ、たっぷり眠ればきっといつものユーリに戻れますよ」 「うん…。じゃあ、俺の安定の為に一緒に眠ってくれる?」 「良いですとも。なんなら、お伽噺でもしましょうか?」 「お願いしようかな。久しぶりに」 ユーリはコンラートを胸に抱きしめると、硬いその感触に瞼を伏せた。 ああ…この小さな騎士だって大切なコンラートだ。本来の肉体を伴わずとも、愛おしい唯一人のコンラートだ。 なのに、具現化したあの腕を思い出してしまうユーリは、切ない思いに睫を震わせるしかなかった。 |