「お伽噺を君に」
第18話









「ん…」

 夏にしては涼やかな風が渡ってくる。確か自分は砂漠で《禁忌の箱》の調査を続けてたはずなのに…と、ヴォルフラムは不思議に思った。顔を揺らすと頬に心地よいシーツや滑らかな巻き毛が触れて、砂まみれだった身体もすっかり綺麗になっているのだと知れる。

 ゆっくりと瞼を上げていけば、そこには椅子に座って心配そうな顔をしたグウェンダルがいた。どうやらここは兄の館の、客用寝室であるらしい。

「気が付いたか」
「兄上…僕は一体?」
「過酷な旅だったからな。ヴォルテール領に入る手前で、過労が祟って倒れたのだ」
「そう…でしたか?」

 思い出そうとするが、どうも記憶が曖昧だ。

「お恥ずかしいです。まさか、倒れた記憶まで無くしてしまうなんて」
「いや、致し方ないことだ。どうやら気付かぬうちに感染症に罹患していて、高熱も出ていたようだったしな。旅の終盤まで持ちこたえただけでも立派なものだ。うむ、軍人しての責務は全うしていたぞ?」

 一体今日の兄はどうしたというのだろう?何時になくヴォルフラムに甘いような気がする。それに、ヴォルフラムは本当に風邪で倒れたのだろうか?何か物凄く色々とあったような気がするのだが。
 すると、不意にグウェンダルが重々しい口調で尋ねてきた。

「…ヴォルフラム、一つ…お前に尋ねたい事がある」
「なんでしょう?」

 寝台に横たわっていた身体を起こして、僅かなりと居住まいを正していたら、大真面目な顔をしたグウェンダルがズズイ…っと銀色の人形を差し出してきた。

「今から心を無にして、この人形を見るのだ。そこにお前は、何を見る?」
「…っ!」

 謎かけのような問いと差し出された銀細工人形に、ヴォルフラムは激しく記憶を刺激された。

 メイド姿の美しい少女に斬りかかろうとした自分。
 突然動き出した不思議な人形。
 それがコンラートだと、はっきり認めて見せた長兄。

 これは夢で見た映像なのだろうか?こんなにもリアルに思い出されるというのに。
 泣き崩れる自分の喉から、叫びすぎて血の味がしたことも。人形が口にする声が、甘やかなウェラー卿コンラートのものだったことも。

『ああ…そうだ』

 優しい兄の、声だった。
 思い出せば胸が締め付けられるくらいに、伸びやかな暖かい声だった。

 しかし今、グウェンダルの手の中にある人形はピクリともせず、とても声など発するような雰囲気ではなかった。本当に、何の変哲もない《唯の人形》に見える。
 それが淋しくて、ヴォルフラムは少々乱暴な手つきで人形を奪い取ると、ブンブンと振ったり腕や脚を引っ張ったりしてみる。それでも人形はぎこちない摩擦音を響かせるだけで、動く気配はなかった。

「そんな…これは、コンラートでは……」
「なんと!お前には分かるのか、ヴォルフラム!」
「は?」

 妙に芝居がかったような声で大袈裟に両腕を翳したグウェンダルと同調するよう、先程までピクリともしなかった人形が、突然命が吹き込まれたかのように四肢を躍動させた。

「ヴォルフ…!」
「な…な、コンラート!?」

 動かない事に焦っていたせいか、ヴォルフラムは夢の中であれほど意固地になっていたのが嘘みたいに、あっさりとコンラートの存在を受け入れた。

「ありがとう、ヴォルフ…っ!俺だと気付いてくれたんだね?」
「ええ?え〜…っ?」

 夢の中での遣り取りのせいで素直に頷けないのだが、感涙せんばかりの勢いでコンラートと思しき銀細工人形が《ひし!》と抱きついてくるから、無碍にも出来なくてそっと胸元に寄せてやる。見上げてきた人形は、本当に嬉しそうだった。人形の構成物は先程から全く変わったようにないのに(顔を完全に包まれた形の兜を被っているし)、どうしてこんなにも表情豊かに感じるのだろうか?

「うむ、ヴォルフラム。なかなか見事な心眼だな」
「えええぇ〜?」

 何故だろう。褒められているのに異様に居心地が悪いのは。

「何だその声は。私が賞賛したのだから、素直に受け止めろ」
「は…はいっ!」

 鋭く言われた方が返事はし易い。ヴォルフラムはコンラートを抱えたまま寝台から飛び出すと、居住まいを正して敬礼した。

「お褒めの言葉、有り難く頂戴します!」
「うむ、それでよし」

 そこに、コンコンと軽やかな音が響いてくる。入室を願う声に恭しくグウェンダルとコンラートが返事をすると、ぴょこんと顔を覗かせたのは驚くほど美しい双黒であった。その姿にも、ぴりりと脳神経が刺激される。こんな美貌を事前に思い描けるほど、ヴォルフラムの想像力は豊かであったろうか?

「あー、目が覚めたんだ!良かった〜」
「え…ええと…」
「初めまして、俺はユーリって言います。こっちの世界のことはまだよく知らないんですけど、これから学んでいきますんでよろしくね?」

 にっこりと微笑んだ面の、なんと麗しいことだろう?身に纏う衣服は少し身体に合わないようだが、それでも優美な曲線を描く濃紺の長衣は彼に似合っていて、裾野から覗く繻子(しゅす)の靴も何とも可愛らしい。

『いや、美しいだけではない。この魔力は…』

 夢の中ではコンラートの愛を一身に受けている双黒が出てきて、やはり魔力の強さには瞠目したものの、色んな感情が逆巻いてとても冷静な観察など出来なかった。軍人としてあってはならないことだと分かっていても、どうにも出来なかったのだ。

 だが今、先入観無しに真っ直ぐ見つめた双黒には、ヴォルフラムと盟約を交わした火の要素が思慕の念を送っているのが分かる。本来は水の要素との親和性が強いようだが、反発することさえある火にここまで受け入れられるとは…ついぞ見たことのない性質の魔力持ちである。

 ふわりと窓から飛び込んできた悪戯な風の要素もまた、愉しそうにくるくると双黒の周りとを駆けて、頬へと擦り寄ってくる。心地よさそうに目を細めている双黒がどこまでその存在に気付いているのかは分からないが、要素の祝福を浴びてその美貌は一層艶(あで)やかさを増す。

『これは…この方は、魔族の頂点に立つべきお方だ』

 知らずヴォルフラムは膝を折り、臣下の礼をとっていた。

「双黒の君、どうか我が忠誠をお受け下さい」
「ありがとう。ありがたく頂きます!」
「では…」

 ヴォルフラムは彼にしては皮肉げな表情を浮かべると、何処か悪戯っぽい眼差しでユーリの前に起立した。

「早速、僕に罰をお与え下さい」
「え?」
「無様にも泣き崩れて現状を受け入れられなかったばかりか、双黒の君に対して許し難い無礼を働きましたことに対して、厳罰をお与え下さいませ」
「えーっ!?」

 ユーリがあたふたし始めると、《やっぱり》という顔をしてグウェンダルとコンラートが目線を交わす。

「あちゃあ…やっぱり駄目でしたか?」

 扉の向こうで様子を伺っていたらしいアリアズナが頭を掻きながら現れると、ヴォルフラムは《ふんっ!》と鼻を鳴らしてみせた。

「当たり前だ!寝起きばなならともかく、覚醒しきった状態でいつまでも寝とぼけてなどいられるか!」
「いや〜ま、そうかなーとは思ったんですがね?ちょいと頭を冷やすのには良かったでしょ?」
「まあ…な」

 それは確かであったので、ヴォルフラムとしては苦笑するしかない。あの状態で意固地になったまま膠着状態が続いていたら、果たしてどうなったろうか?かつてと同じ過ちを繰り返していた可能性が大きいのではないか。

『またコンラートを傷つけ続けていたのだろうか?』

 相変わらずな自分に慄然としてしまうが、それでも、少しは成長したところも見せたい。一度過ちを認めたら、凛然として対処出来るくらいの力は身に付いているはずだ。

「すまなかった、コンラート」
「ヴォルフ…」

 どうしてだろう?素直になって見てみると、こんな小さな人形だというのにコンラート以外の何者でもないと分かる。思いこみという障壁さえなければ自分にもちゃんと分かるのだと知って、安堵の息を漏らした。

 その様子に、傍らで見つめていたユーリも涙ぐみながら微笑んでいる。

「良かったね、コンラッド。本当に良かった…」
「全てあなたのおかげです、ユーリ」
「いやいやいや。あんたの親馬鹿アイズはどんだけなの?俺は状況を混乱させてただけだろ?感謝するならあの紅い人とか、お兄さんだろーよ」
「いいえ、やっぱりあなたのおかげですよ。あなたという人がいなければ、俺はこうしてこの場にいることも出来ませんでした。何かの拍子にこの世界に戻ることが出来ていたにしても、安い自尊心のせいで我が身を恥じ、兄弟の前に姿を現すことなど出来なかったでしょう」
「コンラッド…」
「あなたがいて下さったから、俺は勇気を奮い起こすことができたんですよ」

 ユーリは瞳をきらきらと輝かせてコンラートを見つめているし、コンラートもユーリと抱き合って喜びたいのか、ヴォルフラムの手の中でもがもがと身を捩っている。それが少しだけ癪に障って、ヴォルフラムは意地悪を言ってみた。

「コンラート。お前、兄弟で再会を喜び合いたくはないのか?」
「勿論だとも、ヴォルフ。ただ、その前にちょこっとユーリの感触を味わいたいだけだよ」
「……本当にお前、コンラートか?微妙に発言がオッサン臭い気がするんだが…」

 今更疑っているわけではない。ただ、軽く今まで抱いていた幻想が揺らぎそうな気配は感じる。

「まあ、17年も経てば多少はオッサン臭くなってもしょうがないだろ?お年頃なんだし」
「どういう年頃だ!大体、兄上はちっともオッサン臭くなんかなってないぞ!?」
「そりゃあ、グウェンは《永遠のお花畑》を胸に秘めた方だもの。オッサンになんかならないよ」

 コンラートがそう言った途端に、グウェンダルの眉間に深々と皺が刻まれた。《永遠のお花畑》とは通常、純粋な乙女を指す筈だから、そんな表現をされて気恥ずかしいのだろうか?



*  *  * 




 《永遠のお花畑》という表現は男性に向けて使われた場合には、《童貞》という意味を持つこともある。コンラートがそういう意味で使っているのか、はたまた、編みぐるみやお菓子作りが大好きな乙女気質を指しているのかは不明だ。

 ちなみに、グウェンダルが本当に童貞であるかどうかは秘密である。初めての相手が誰であるかも。

「コンラート。お前…本当に伸び伸びと17年間過ごしていたようだな」

 わざと威迫を込めて睥睨すれば、コンラートは目に見えて恐縮した。

「ああ…や。グウェン…怒った?」

 冷や汗を垂らして(いるように見える)コンラートに、グウェンダルは逆鱗を収めて、くすりと苦笑して見せた。

「馬鹿者、安心しているのだ。そんな軽口がきけると言うことは、強がりではなく本当に楽しんでいられたのだろう?」
「ええ、そうなんですよグウェン!」

 燻らすような笑みを浮かべれば、コンラートは嬉しそうに顔を上げた。この無機質な形(なり)だというのに、この豊かな表現力はどうだろう?かつて魔族の肉体を有していた時よりも雄弁に、コンラートが語りかけてくるのが分かる。

 あるいは、グウェンダルがより《分かろう》としているのかも知れないけれど。

「では、夜通しゆっくりと聞かせて貰おう。私達には、語り合うことが何よりも必要なのかもしれん。その中で、お前が17年で変わったのか、はたまた私達兄弟が見てきたことが…見ているつもりであったことが、大いなる誤解に基づいていたのかも知れぬと分かるだろう」
「がっかりさせてしまうかも知れませんよ?」
「そうかも知れん。だが、それ以上のものを私達は知るだろう」

 グウェンダルはそう言うと、ヴォルフラムの手からコンラートの仮の姿を受け取り、愛おしげに微笑みかけた。丈高い威丈夫がちいさな人形に語りかける姿は、なんとも童話めいて見えることだろう。

 だが、今更自分たちがどのように見えるかなどに頓着すべきではない。きっと、バドックやアリアズナよりもコンラートがコンラートであることに気付くのが遅かったのは、そこなのだと思う。直接触れ合って、真(まこと)のコンラートを知らないまま幻想だけを膨らませていたことが障壁になったのだ。

「存在しない偶像よりも、ありのままのお前を知ることの方が意義深い」
「兄さん…」

 ひたひたと、満ちてくる想いがある。
 暖かくて、ちょっとしょっぱさも含むこの気持ちは、初めて触れた夏の海にも似ていた。その水底に豊かな恵みを孕むであろう存在から、グウェンダルは多くのことを知りたいと思う。

「コンラート、今宵は私と過ごすのだぞ?そして、17年の間に何があったのか語り聞かせてくれ」

 ヴォルフラムとユーリ、それにアリアズナも羨ましそうに唇を尖らせているが、再会して最初の夜くらいは長兄に譲ってくれたって良いだろう。ずっとずっと…17年間、コンラートを想って苦しみ続けてきたのだし、たまには兄としての特権を発動させたって良いはずだ。

「はい、兄さん」

 あまり調子よくコンラートが約束するものだから、少し苛めたくて声を厳しくしてみた。

「包み隠さず、全て吐けよ?」

 案の定、コンラートがひくりと引きつったのが分かる。

「ええと…グウェンが《聞かなければ良かった》と思いそうなエピソードもあるのですが…」
「構わん」

 こうして、グウェンダルは今宵のコンラート権を得ることになった。そうなると、次の確約を取っておきたくなるのが心情であろう。ヴォルフラムは真剣な顔をしてコンラートに詰め寄っていった。

「おい、コンラート!明日の晩は僕と過ごすんだろうな!?」
「ヴォルフが夜起きていられたらね」
「…っ!む、昔と一緒にするなっ!!」

 幼い頃には寝しなにお伽噺を読んで遣ったと言うが、何度も結末を聞くことなく眠りに就いてしまったのだろう。今でも野営ならともかくとして、きちんとした寝台にねかせるとほんの僅か目を離した隙に寝入ってしまうから、末弟が《夜に語り合う》というのは、単に《一緒に寝る》だけの行為になりそうだ。それはそれで意義はあるが、取りあえず相互理解には結びつくまい。

「そういえばヴォルフ、少しは寝相が良くなったのかい?お前ときたら寝台の端から端まで勢い良く転がっていくわ、一番眠りの深い時間帯に腹目がけて踵落としをしてくるわ、俺が起きようとしても四肢をがんじ絡めにして眠り続けるわ、困った寝相だったろう?」
「う…煩いっ!!四の五の言わずに約束しろっ!!」
「ああ、分かったよ。約束だ、ヴォルフ」

 くすくすと笑うコンラートに、つんつんと指先を押し当ててくるのはアリアズナだ。

「おーい。後回しで良いし、独占したいとは言わないけどさ、《死の道》の生き残りのことも忘れないでくれよ?みんな纏めて酒盛りしよーぜ」
「忘れるもんか。アリアズナ…苦労をかけたな?」
「へへ…」

 労いの言葉が面映ゆいのか、アリアズナはくすぐったそうに頬を指先で掻くと、くるりと踵を返して部屋を出て行こうとした。

「じゃあ、日にちは後で調整させてもらおう。俺は後に残してきた連中にちょいと詫びて…」

 言いかけたものの、アリアズナはもう一度こちらに向き直って少し真面目な顔をしてグウェンダルを見やった。

「グウェンダル閣下。コンラートのことは、どこまでの範囲に広めていいもんですかね?それに、お二人が忠誠を誓っちまった《次代の魔王陛下》のことも」
「コンラートに関しては、ヴォルテール領内では特に問題はない。だが、双黒の君については注意を要する。まずは情報を得るべきだろう。それまでは、迂闊にそのようなことを口にするな」
「眞王廟からの通達が無い以上、正式に打ち出すのは謀反とも取られかねないってことですか?」
「そうだ」

 アリアズナとしては、分かっていて敢えて《次代の魔王陛下》という呼称を使ったのだろう。グウェンダルとヴォルフラムは共にユーリへと忠誠を誓っており、それは次代の魔王に対する忠誠であるのは確かだが、決してユーリに対して《陛下》という尊称は用いていない。ユーリにその資格があるという確信があっても、眞王の正式な指名なしに魔王を担ぐことは、眞魔国を混乱に陥れることに繋がるからだ。

「こうなると、グリエが捕まったのは痛いな」
「奴のことですから、シュピッツヴェーグ軍内部から眞王廟に関する情報を引き出してくるくらいの芸当はしそうですけどね」
「期待はしたいが、それは仮定でしかなかろう」

 確かに眞王廟からの通達が、シュトッフェルによって故意に握りつぶされている可能性もある。眞王廟を探りに行くのとは別に、シュピッツヴェーグの内部事情についても情報が欲しかった。

 グウェンダルはとろけた兄の顔から指揮官のそれに一時戻ると、漸く館に辿りついた探索隊の兵士達や、異変を聞きつけて集まってきた諜報員達に必要な指示を出した。



*  *  *  


 

「ふぅ…」
「お疲れ様でした、グウェン」

 濃灰色の長髪を掻き上げて自室の椅子に腰掛けると、軍服の内ポケットに入れていたコンラートがひょこりと顔を出す。《俺も一緒に行って良いですか?》と問いかけてきたのは、《お兄ちゃんと一緒が良いの♪》等という可愛らしい理由ではなく、政略・軍略に必要な情報を得たかったからだとは分かっている。
 それでも、こうして温もりを分かち合うくらいに触れ合っていることは、くすぐったいような喜びを与えてくれた。

『ユーリのおかげだろうか?』

 コンラートは昔から、そつなく人と付き合うのは得意でも、心の内を開けっぴろげに晒すことのない男だったのに、今ではこんなにも鮮やかに感情を示してくれる。それはきっと、ちいさな人形の身体でユーリと常に寄り添っていたからではないだろうか?そうすることで初めて、彼は自分の存在を他人に委ねることの心地よさを知ったのだ。

 なお、グウェンダルとヴォルフラムはユーリに対して一定の敬意を払いつつも、眞王廟の状況が掴めるまでは魔王としての《陛下》や、王太子としての《殿下》と言った尊称は用いないことにした。最初は《様》を付けると言っていたのだが、当のユーリが《勘弁してくれ》と頼み込んだ為、畏れ多くも呼び捨てという状況になっている。

 とはいえ、ユーリは絶大な魔力以外は《可愛い子》にしか見えないので、暫く呼び捨てにしていると、すぐその距離感にも馴れてきた。

「大したことはない。指示を出しただけだからな。報告を待つまでの間、ゆっくりお前と話も出来よう」
「嬉しいな。色々とお話ししたいことがあるんです」
「そうか。私の方もあるぞ?まず、お前はユーリを愛しているのか?」

 ズバンと直球で攻めていくと、コンラートが珍しく言葉に詰まったのが分かる。それが何よりも雄弁に、彼の気持ちを表しているようだった。

「グウェン…あなたはそんなに意地悪な人でしたっけ?」
「そうだ。お前が知らなかっただけだ」
「そうですか…」

 苦笑するような声音は、少し疲れているようにも思えた。ユーリとの17年間を愉しみながらも、ある面では焦れるような切なさを抱えていたのだろう。

「…愛していますよ、とても。何しろ大切な魔王陛下ですし、個人的に愛しい名付け子でもあります」
「それは、肉体を必要とする愛か?」
「…っ!」

 直截な問いに対して、コンラートが即答することは出来なかった。グウェンダルもまた、すぐに返事が来ることは期待していない。寧ろ朗らかに返事をしてこない分、コンラートが心を明かしているのだとも思う。

「コンラート、私はお前の本来の肉体を諦めない」
「グウェン…」
「こうして奇跡のようにお前という存在を取り戻したのだ。どのような手を使ってでも、再びお前を元の姿に戻してやろう」

 それは約束であり、不退転の誓いでもあった。必要ならばこの身が持てる魔力の限りを尽くしても良い。この不遇な弟に、本当の幸せを与えてやりたかった。

「だから諦めるな、コンラート。この姿で《幸せ》と言える前向きな姿勢は認めるが、お前はもっと欲を持っても良いのだ」
「………」

 コンラートは何を言うことも出来ずに俯き、グウェンダルにされるがまま、兜のてっぺんを撫でられていた。

『諦めるな、コンラート。あの子も…ユーリもまた、お前を愛している。必ずあの子を恋人として本来の腕に抱く日が来る』

 その為ならば、グウェンダルに出来ることは何でもしてやろう。そう想いながら、グウェンダルはつらつらと互いの思い出を語り合った。
 
 まだまだ頑なな部分を残す二人は、どちらかというと眞魔国の状況や、地球に於ける魔族の動向、ことに、コンラート達と一緒にこちらの世界にやってきただろうゲルトについての話題を多く取り上げたが、時折、不意に暖かな眼差しを交わすことがあった。

 特に、グウェンダルがコンラートの像を大切に扱い、時には晩酌の相手にしていたことを告げると、今までからかわれたりしたお返しのように、コンラートも軽口をきいた。

 《馬鹿め》《兄さんこそ》等とくすぐったいような会話を交わしながら、二人は長い夜を過ごした。
 グウェンダルにとっては、おそらく今まで過ごした中で最も楽しい夜であったろう。







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