「お伽噺を君に」
第17話










「どういうことだ…これは……」

 フォンヴォルテール卿グウェンダルは17年間で随分と苦労したのか、元々渋みの強かった顔立ちは一層彫りを深くし、旅装も解いていないせいで、砂漠から持ち帰ったらしき砂が動くたびにぱらぱらと落ちかかる。ただ、大理石の床に立っているコンラートからだと、顎ばかりが目立って表情がよく掴めない。

 懐かしさが込みあげてくるが、何しろ偶発的な遭遇を遂げてしまったことと、《そういえば俺、銀細工人形ですね》という不審極まりない姿が申し訳なくて、コンラートはそれ以上声を上げられなくなってしまう。

 ヴォルフラムはと言うと、こちらは愛称を呼ばれたことが腹立たしかったのか、はたまた《コンラートを騙る》奇妙な来訪者を不審に思ったのか、怒りに頬を紅潮させている。

『だが、随分と精悍な顔立ちになった』

 そして横に目を遣ると、兄弟達とは少し変わった雰囲気で目をぱちくりと開き、ついでに口までぱかんと開けているアリアズナ・カナートがいた。ルッテンベルク師団の突撃隊長として強烈な剪断力は持つものの、その分、危険に晒される機会も多かった彼だが奇跡的に生き残っていたらしい。こちらは兄弟に比べると気負い無く向き合えるものだから、ついいつもの調子で挨拶などしてしまう。

「よう、アリアズナ。久しぶりだな」
「久しぶりって、お前〜…なんだってそんなに珍妙な事になってやがるんだ!?…っていうか、お前本当にコンラートなのか!?」
「いやー、色々あってな。ははは、吃驚したか?」
「あり過ぎだろうよ、この野郎っ!」

 こちらを指さしながら、口をパクパクさせているアリアズナとは対照的に、グウェンダルとヴォルフラムは尚も諮問するような鋭い視線を投げかけてくる。半ば以上信じているらしいアリアズナと違って、こちらは《認めるものか》と自分に言い聞かせているようにも見えた。

『兄弟だからこそ、肉親がこんな素っ頓狂な身体になってしまった事を認めたくないのかも知れないな』

 コンラートは幾分冷静さを取り戻すと、銀細工の身体で膝を突き、騎士としての正式な礼をとった。

「お久しぶりです。フォンヴォルテール卿グウェンダル、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム」
「…!」

 グウェンダルの眉がぴくりと跳ね、何かを言おうと下唇が動いたのは分かったが、相変わらず目元がよく見えない。ユーリならポケットの中に隠れていてもどんな顔をしているか丸分かりだというのに、17年間離れていた兄弟ではそうもいかないらしい。

「長きに渡って軍籍を離れておりましたことをお詫び致します。ですが、我が忠誠は今も眞魔国の上にありますこと、改めてお誓い申し上げます」
「貴様が…コンラート、だと?」

 ああ、やはり信じては貰えないのだろうか?バドックやアリアズナが信じてくれたこと自体が希有な事なのだからこれが当たり前なのだろうが、それでも…辛かった。

 そんなコンラートの身体を、後ろからひょいっと掴んだ者がいる。

『ユーリ?』

 その表情は、背後にいてもよく分かる。すぐに怒ったような声がしたからだ。

「近くで見て、お兄さんっ!手に持って、ちゃんと見てっ!!」
「…何のつもりだ?」
「あんたに分かんない筈ないっ!コンラッドのこと、ずっと思っててくれたんなら絶対に分かるはずだっ!!」

 泣くような…怒るような声で、ユーリはグウェンダルに向かってコンラートを押しつけていく。

「魔石を含んだ人形か」

 コンラートの組成を魔力によって感知したのか、グウェンダルの口角が疑わしげに歪む。蒼い瞳もまた、鋭くユーリを睨み付けているようだ。

「お前が操っているのか?」
「操ってて、こんな声が出るもんかっ!聞いたら分かるだろ?コンラッドだよっ!コンラッドの声だって分かるだろ!?」
 
 駄々っ子のように地団駄を踏んでユーリが言い募れば、冷静さを保とうとしていたヴォルフラムも再び抜刀して詰め寄ってくる。

「触れてはなりません、兄上!こいつ、接触型の呪いでも発動させるつもりでは?」
「んなことしてどーすんだよ!俺は、こいつがコンラッドだって分かって欲しいだけだ!」

 ユーリが必死になって声を張り上げてくれるから、コンラートの方は少し冷静になることが出来た。そうだ。一番大事な人がコンラートを信じて、その幸せを祈っていてくれるのだから、焦ったりすることはないのだ。
 そもそも、《少しでも嘆いてくれていれば良い》と祈っていた兄弟が、こんなにも大切にコンラートの石像を保管していてくれて、それが傷つけられることに対して烈火の如き怒りを示してくれたのだ。そのことを感謝こそすれ、すぐに分からないからと哀しんだりするのはお門違いだろう。

「ユーリ、落ち着いて下さい」
「コンラッド。でも…!」
「良いんです。触れなくたって、分かることはあります。俺たちは…兄弟ですから」

 コンラートの朗らかな声に、グウェンダルとヴォルフラムの眉がぴくりと動く。何かを感じそうになって、けれど、必死に押し殺しているようだった。
 信じて裏切られるくらいなら信じたくない。その気持ちは理解出来る。

 それに、ユーリが抱えてくれたことで、兄弟の表情がよく見えるようになったのも心強かった。

「フォンヴォルテール卿…いえ、兄さんはこう見えて可愛い物好きで、アニシナに教えて貰った編みぐるみを、たくさん部屋に置いていますよね?」
「兄上を馬鹿にする気か!」

 ヴォルフラムは頭に血を上らせたようだが、グウェンダルは目を見開いて驚きを示している。

「一度だけ、母上とこの館を訪れた時に迷子になってあなたのお部屋に入ってしまった時、俺は怒られるのを覚悟していました。ですが、兄さんは不機嫌そうな顔はしておられましたが、怒ったりはしませんでした。そして、俺に白い子ぶたを…」

 ぴくん…と、グウェンダルの口角が引きつるのを感じて、反射的にくすりと笑みが湧いてしまう。その笑い方にヴォルフラムもはっとしたように、眼差しの色を変えていた。

「…に、見えましたけど、本当は白い仔猫の編みぐるみを手にとって、俺に下さいましたよね?」
「……官舎に残されていた、コンラートの荷物でも見たのか?」

 何かを感じながらも、尚も抵抗するようにグウェンダルは可能性を口にする。

「いいえ、官舎には置いていきませんでした。あの編みぐるみは出征の時に軍服のポケットに入れていましたから、そのまま石になってます」
「…!」
「御守りに、しようと思ったんです」

 わなわなと唇を戦慄かせながら、グウェンダルは手を握ったり緩めたりを繰り返している。信じそうになる心を、そうすることで律しようというように。

「ヴォルフラムは…ヴォルフは、小さい頃には俺のことを《ちっちゃい兄上》と呼んでくれていた」

 優しく囁きかければすぐにヴォルフラムの目元は紅く染まるけれど、今にも泣き出しそうな顔をしながらも、意固地に認めようとはしなかった。認めてしまったら、彼の中で何かが壊れてしまうとでもいうように。

「…乳母か何かにでも…聞いたのだろう!」

 何と言って説得しようかと思っていると、ふるふると小刻みに震えているユーリの手に気付いた。今はコンラートに任せるべきだと思って、言いたいことを堪えているに違いない。

『そうだ。ユーリにお話をしてあげたように、俺はヴォルフにもたくさんの物語を聞かせてやったっけ』

 目を閉じれば蘇ってくる情景がある。
 豪奢な寝台に敷かれたふかふかのお布団にくるまって、天使みたいに可愛い弟は《お話きかせて!》と、何度もおねだりしてきた。長いお話だと最後までもたずにウトウトしてしまうけれど、《もう眠るかい?》と尋ねたら、目を擦って《やだぁ〜まだきくのぉ〜っ!》と言い張っていた。抵抗出来ずにコトリと瞼が閉じられるまで、コンラートは謳うようにお伽噺を聞かせてやったものだ。

 そう、こんな風に…。

「ちいさな王子様は、名前をヴォルフと言います。蜂蜜よりも明るい金の巻き毛と、青空よりも澄んだ瞳を持つ王子様は、ちっちゃいけれどとても勇気のある男の子です」
「…!」

 懐かしいそのフレーズで始まるのは、コンラートが即興で作ったお伽噺だった。たくさんのお話を語り聞かせてやったら、《ぼくがしゅじんこうのお話、つくって!》とせがまれて、破天荒な冒険話を作ってやったのだ。コンラート自身も半ば眠りながら話していったし、原稿を書いた事なんて無かったから、その無茶苦茶な展開はコンラートとヴォルフラムしか知らない。

 魚人殿の群れを一列に並べてぴょんぴょんと大陸に渡ったり、絵筆をふるって雨空を払い、青空に虹の階段を描いて天空の城に登ったり…。優しい語り口調で紡がれていくお伽噺に、ヴォルフラムは細かに打ち震え、気が付けば紺碧の瞳から大粒の涙を零していた。

「何故…知っているのだ。どんな方法を使ったのだ…!それは…兄上と僕だけが知る秘密のお話だ…!!」

 まだ信じられないのか、あるいは信じたくないのか、ヴォルフラムは懐かしさよりも、暖かな思い出を勝手に引きずり出された事に対して、怒りを強く感じているようだった。
 けれど、コンラートは尚も続ける。信じて貰う為には、ヴォルフラムが少々不快に思おうが、泣かせてしまおうが仕方ない。傷つけること無しには得られないものもあるのだと、今のコンラートは知っていた。

「そうだよ。シーツの上でぴょんぴょん跳ねながら、《ぼくはえいゆうになるんだ!》と誓っていた君の為に、俺が作ったお話だ」
「くぅ…ぅうう……っ!!」
「ヴォルフ…立派になったね。もう立派な英雄だ」
「その声で…僕の名を呼ぶな……っ!!」
「呼ぶよ。だって俺は、ヴォルフのお兄ちゃんなんだもの」

 《フォンビーレフェルト卿》なんで肩書きなど、くそっ喰らえだ。
 金の巻き毛を持つコンラートの天使には、ヴォルフという素敵な愛称があるのだから。

「お前なんかが…っ!」

 ヴォルフラムは大理石の床に膝を突くと、わなわなと打ち震えながら額を床面に擦りつける。

「そんな、ちっぽけな人形なんかが…コンラートのわけがないっ!」
「ゴメンね、ヴォルフ。がっかりさせてしまったのかな?」

 しょんぼりと呟けば、堪えきれなくなったヴォルフラムが、また瞳からどうっと涙を溢れさせた。

「う…ぅう…ぅうう〜っ!」

 きっと心では認めていても、これまでの憧憬や拘りを振り切れきれないのだろう。肩を震わせて床に突っ伏すヴォルフラムに、コンラートはユーリの手から降ろして貰って近寄っていった。さすさすと頭を撫でてやると、一瞬ピクリと肩を震わせたものの、振り払ったりはしなかった。

 そうしていると、コンラートの身体をユーリよりも大きな手が上から包み込んだ。

『これは…グウェン?』

 避けようとすれば出来たのだが、兄の方から伸ばされた手を振り払うことは出来なかった。

『ヴォルフに触れることで、呪いを掛けるんじゃないかと疑われているのだとしたら辛いけど』

 幾分緊張しながらグウェンダルの反応を見ていると、彼はいたわしそうにコンラートの鎧を撫でた。何度も何度も、壊れたレコード針みたいに繰り返される行為は、コンラートの存在を確かめるようであり、彼の心を落ち着けさせる為のようでもあった。

「お前なのか、コンラート…」

 認められた。

 そう理解した途端に、コンラートの胸は狂おしく震えて、全身が暖かい電流にでも触れたかのように、むず痒いような…甘いような心地に浸されてしまう。コンラートは弾むようにして兄の声に応えた。

「…はい!」
「何故、このような事に?」
「眞王陛下のお導きやもしれません」

 一瞬、グウェンダルの喉が上下して、彼の感情が激したのが分かった。わなわなと震えていた唇は何かを口にしかけては止め、躊躇する。だが、高ぶりをとうとう押さえきることが出来なくなったのか、グウェンダルは彼にとっては禁忌であろう言葉を口にした。

「何故…お前ばかりが、このような目に…っ!」

 《眞王の導きであっても赦せない》と、この人は言ってくれるのだろうか?

 涙こそ目に浮かべてはいないが、その深い蒼色の瞳には滴よりも雄弁な哀しみが浮かべられていた。忠誠心が人一倍篤いから、表だって眞王を批判することはできないものの、彼が弟に課したものが、あまりにも重いと思えてならないのだろう。

「哀しまないで下さい、グウェン。おかげで、こうしてあなたに会えた。それだけで俺は…」

 《とても、嬉しいです》しみじみと、噛みしめるように囁きかければ、グウェンダルは奥歯を噛みしめることで嗚咽を隠した。

「それに、俺はとても幸せな17年間を過ごしていたのです!」

 それはもう、こんなに哀しんで貰うと分かっていたらもう少し《俺ばかり幸せで申し訳ないな》と思っていたろうくらいに、充実して幸せな日々だった。

「幸せ…だっただと?」
「はい。常にユーリと一緒でしたからね」
「この、子供のことか?」
「ええ、とても素晴らしい方でしょう?」

 誇らしげに胸を張ると、ユーリは恥ずかしそうに肩を竦めていた。彼は身につけたエプロンの端で、泣き崩れているヴォルフラムの涙を拭っていたようだが、もう抵抗はされずに済んでいるらしい。



*  *  *




 頭の中が、ぐちゃぐちゃになっている。
 この17年間で鍛え、振り捨ててきたはずの《激情》という代物が、再びヴォルフラムを蝕もうとしている。

『兄上までが、どうしてこんなモノをコンラートだとお認めになるのだ!』

 しかも、グウェンダルよりも先にバドックやアリアズナは、銀細工人形をコンラートと認めていたようだった。

『こんな奴がコンラートのわけがないっ!』

 そう思おうとするのに、懐かしい声はヴォルフラムを柔らかい棘で内側から抉っていく。

「グウェン…兄さん、俺は石化した直後に、眞王陛下より託された魂を異世界に運びました。ユーリこそがその魂を受け継いだ運命の子であり、俺が永遠の忠誠を捧げたいと願っている主君なのです」
「まさか…」
「ええ、ユーリこそが新たな魔王陛下。第27代魔王、シブヤ・ユーリ陛下となるべきお方なのです!」

 ヴォルフラムの目元に、鋭い電流のようなものが奔った。

「とうとう尻尾を出したなっ!」

 ドン…っ!

 ヴォルフラムは怒りを込めて罵声を浴びせかけると、涙を拭ってくれていたユーリの身体も荒々しく突き飛ばす。床にぶつかる直前で、ヒョイっとアリアズナが受け止めていたのがまた腹立たしいが、これほど大きな《尻尾》を出されては、この連中もいい加減正邪を見極めることが出来るだろう。

「ヴォルフ…何を?」

 コンラートが訝しげに小首を傾げるが、《可愛い》等と感じる心を瞬殺して、ヴォルフラムは激しく指を突きつけた。

「木訥とした玩具面をするのもいい加減にしろ!新たな魔王陛下だと?母上に対する冒涜だ!許し難い反逆だ!!兄上、これは我々を罠に填める為の悪辣な罠です!さしづめ、シュトッフェル辺りが画策したのです。くそう…っ!よくもこのような手法を選んだものだな!?我々の一番弱いところを抉り取ろうというのか…!コンラートを愛する心を利用して、踏みにじろうというのか…っ!!」

 悲痛な叫びをあげるヴォルフラムだったが、常ならぬ様子のグウェンダルは迎合してはこなかった。それどころか、コンラートの身体をそっと床に降ろすと、改めてユーリの前で居住まいを正し、優雅な所作で恭しく傅いたのである。

「我はフォンヴォルテール卿グウェンダルと申す者哉。我が弟と等しき忠誠を、御身に捧げることを許したまえ」
「…っ!」

 ユーリは驚きにあたふたしたようだが、コンラートの姿を目に留めると、スゥ…っと息を吸い込んで居を正し、凛とした面差しをグウェンダルに向けた。

「ありがたく、受け取ります。どうか、俺を…いえ、眞魔国を共に支えて下さい」
「御意」 

 重々しい言の葉は、決して軽率な勢いで為されたものではない。兄弟としてそれが分かるからこそ、ヴォルフラムは全身の血の気が引くような思いで唇を戦慄かせた。

「兄上…何故!」
「ヴォルフラム、気を落ち着けて眼(まなこ)を開け。お前には見えぬのか?この方の持つ魔力が」
「確かに恐るべき強さの魔力です。希少な双黒でもあります。でも…だからといって、それだけで魔王に相応しいと何故言えるのですか!?ただ魔力が強いだけで、一国を統べることなど到底できないっ!」
「強さだけではない。それに何より…このお方は、ウェラー卿コンラートが命を賭(と)して護り抜いた尊貴なる身だ。それだけでも、我が忠心を捧げるに十分だ」

 見知らぬ他人を見るように、ヴォルフラムは慕わしい筈の兄を見つめた。
 まるで突然魔法に掛けられたみたいに、兄は違う人になってしまったようだ。



*  *  * 


 

『グウェン…っ!』

 末弟が絶望の淵に立たされているのとは対照的に、次男は歓喜の天空に舞い踊っていた。更に天上へと登り詰めるには末弟の打ち拉がれた姿が足枷となってしまうが、それでも、やはり嬉しい。あのフォンヴォルテール卿グウェンダルが《コンラートを認める、故に、ユーリを認める》との意図を明示してくれたのだから。

『ああ…石になってて良かった!』

 妙な言いぐさではあるが、あのグウェンダルがここまで明らかな愛情を示してくれるのは、ひとえにコンラートの酷い運命あってこそだと思う。《不憫な想いをさせた》という負い目があるからこそ、銀細工人形がコンラートだと確信した瞬間から、グウェンダルは何があってもコンラートを擁護すると心に決めてくれたのだ。

 それに、コンラートを受け入れたことで柔軟になったのだろうグウェンダルには、どうやらコンラートにも認識することのできない《ユーリの魔力的資質》というものに気付いたらしい。

「ヴォルフラム。涙を拭いて、その眼に填められた《思いこみ》と言う名の硝子を外すのだ。さすればお前にも感じられるはずだ。この方が、要素を従えているのではなく…要素に、愛されているのだと」
「な…っ!」
「盟約を交わした唯一種の要素ではなく、この世界に存在するありとあらゆる要素の寵愛を受ける存在など、私は眞魔国創世より一人しか知らぬ」
「この女が…畏れ多くも、眞王陛下と同様の力を持つと言われるのですか!?」
「感じるのだ。怒りの矛を収めて…な」
「…できません!」

 怒りが強すぎて、幾ら兄に促されても心を落ち着けることが出来ないようだ。激しやすいビーレフェルト家特有の気質が、理屈にかかわらず、意に染まぬものを意地になって拒絶するのだろう。

 そこに助け船を出してきたのは、意外なことにアリアズナ・カナートであった。

「グウェンダル閣下、こりゃあちょいとヴォルフラム閣下には酷な状況ですよ?」
「何故だ?」
「俺も思いこみが強い方ですから、分かるところもありますし、何より…ヴォルフラム閣下は昔っから《お兄ちゃんっ子》でしたからね。第一印象で《コンラートではない》と思ってしまった以上、今になって認めるのは《大好きな兄上を、初見で見分けることが出来なかった》ってのと同意じゃないですか。ほら、お伽噺なんかで《姿を変えられた恋人や親兄弟を見分ける》って話あるでしょ?それが出来なかったってことは、凄い敗北感を感じちゃうわけじゃないですか」
「…どうしろというのだ」
「チャラにしちゃえば良いんですよ」

 ドス…っ!

 にっこりと微笑んだ真紅の男は、思い切りよくヴォルフラムの後頸部に手刀をかました。

「わーっ!ヴォルフっ!?」

 スコーン…!と白目を剥いて綺麗にオチたヴォルフラムは、そのまま気を失ってアリアズナの腕の中に収まった。

「このまま寝台に寝かせておいて、目が覚めたらこうなさると良いですよ」

 アリアズナの語る《作戦》は相当な子供だましであり、果たして成立するのかどうか甚だ怪しげな代物であった。まさに、一か八かの賭である。





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