「お伽噺を君に」
第13話









 イルバンド・バドックにとって、ウェラー卿コンラートは恩人であり英雄であり、忘れることなど到底不可能と思われる憧憬の対象であった。
 幼い頃、シマロンの魔族隔離地域で死にかけていたバドックはコンラートとその父ダンヒーリーに救い出され、ウェラー領に連れてこられた身の上であったし、長じてからもコンラートの指揮下で戦ってきた。

 比喩ではなく、文字通り《死戦》となったアルノルド、そして法力兵器を廃棄する為の戦いにもバドックは参戦していた。

『そうだ、俺の目の前で…コンラート閣下は雄々しく戦われ、そして…無惨にも石化してしまわれたのだ』

 だから、本来であれば銀細工の怪しげな人形が《俺はコンラートだ》等と名乗ったところで、怒って当たり前だったはずである。
 しかし、何故だかそうは出来なかった。

 ひとつには、銀細工の身体にはなってもコンラートの放つ声と雰囲気が、懐かしい昔のままであったことが大きいだろう。伸びやかで澄んだ低音は、戦場では勇猛さで兵士達の心を鼓舞し、休息の折には柔らかく心を癒してくれた。また、彼が纏う独特の雰囲気もまた、この人形は持っていたのである。

 若いレイダースは直接コンラートを知らない世代だったので、バドックが《詰め所の食堂にお連れする》と言った時にはかなり険しい表情で反対した。ウェラー領の混血がヴォルテール領で仕事を持っていられるのはフォンヴォルテール卿グウェンダルの配慮であるから、少しでも怪しげなものを領内に入れたくはなかったのだろう。

 しかし今、警戒心から仏頂面をしていたレイダースは目をまん丸にして、頬を紅潮させてユーリと名乗った子どもに見惚れていた。
 無理もない。バドックにしたところで、きっと鏡を見れば似たような表情になっていることだろうし、食堂にいた衛兵達、妻のベルダですら見たこともないような驚愕の表情をかべて、腰をぬかさんばかりになっている。

『なんという…美貌なんだ!』

 視界にとどめているだけで至福の心地になる美しさなんてものが、この世に存在したとは…!
 純血貴族の面々は勿論目を見張るほどに美しいが、どこか取り澄ましたような雰囲気が漂っていて、バドックは賛嘆はしても好きにはなれなかった。しかし、ユーリの持つ美しさは、そのようなものとは一線を画している。

 純血貴族の美しさが人工的に栽培された温室の華だとすれば、ユーリはまるで、野原に初めて咲い白薔薇のようだ。甘やかな香りも清々しく、見る者の心を打ち震えるような感動で包み込む。
 《よくぞ咲いてくれた》と、このような存在が自然に存在していることに、深い感謝の念さえ抱くのだ。

 大きくつぶらな漆黒の瞳は生気に満ちてきらきらと輝き、長い睫に包まれているし、眞魔国人ではあまり見かけないちんまりとした鼻は、小動物のように《きゅっ》とした可憐さだ。ふくりとした下唇が印象的な唇は、陽気な人柄を顕すように柔らかく微笑んでいる。瑞々しい肢体は律動的に動き、その都度抱きしめたくなるような愛嬌を醸し出していた。

 ただ、人々が声もなく見惚れているものだから、次第に不安そうに眉根を寄せてしまった。そんな表情までが何とも可愛らしい。これほどの美貌だというのに、賛嘆の眼差しに囲まれた経験には乏しいのだろうか?一体どのような環境で育ったのだろう。

「こ…れは、御無礼仕(つかまつ)りました…!」

 衛兵達は一斉に立ち上がり、見事に揃った所作で敬礼を決める。双黒と言えば、どのような身分に生まれたとしても大貴族並みの生活を保障される希少な存在だ。たまたまユーリは一欠片の傲慢さも持ち合わせてはいないようだが、そうでなければ座ったまま無言で迎えるなど、考えられないくらいの無礼であった。衛兵達は半狂乱になって儀を正そうとする。

「ユーリ様、どうぞお席について下さい…。ああ、しかし木の椅子ってっ!!おかみさん、もっと良い椅子はないのかい?せめてクッションはっ!?」
「黒パンなんてけちなものを喰わせている場合じゃないだろ!?どこかに白パンはないか!葡萄酒は…菓子は!?」

 しかし、ユーリの方は衛兵達の動作に吃驚仰天してしまって、わたわたと両手を振って制止をかける。

「ちょちょちょ…!お、お気遣いなくっ!黒パン好きです!歯ごたえ良いしっ!!椅子とかも硬い方が脊柱には良いって言うかっ!!」

 ユーリは言うが早いか、宛われていた木の椅子に頓着することなくぽすんと座り、ベルダが注いでくれたスープをこくりと飲むと、多少引きつりながらもにっこりと微笑んだ。

「すっごい美味しいです!」

 鼻の下を伸ばした衛兵達は暫くの間うっとりとユーリに見惚れていたが、こくこくとスープを飲み下していく様子に、今度は《お代わりを!》《私の分までどうぞ食べて下さいまし!》と大騒ぎになってしまう。
 
 

*  *  * 




『ひゃあ〜…』

 わたわたと転げ回るようにして《パンだ》《葡萄酒だ》と騒ぎまくる衛兵達に、ユーリは吃驚して目を見張った。双黒が眞魔国では希少な存在なのだとは聞いていたが、こんなに珍重されるとは思わなかった。
 せいぜい、動物園で《レッサーパンダ可愛い》と言われる程度の扱いかなと思っていたのである。

『俺自身の価値って訳じゃないんだから、調子に乗らないように気を付けないとな』

 双黒だと言うだけで大切にされるのが当たり前だと思うようになったら、ユーリの中で大事な何かが駄目になってしまいそうだ。大切にされたらその都度、きちんと感謝とお礼が出来るようにならなくてはなるまい。

「ほんと、気にしないでください。急に押しかけてきて、御飯分けて貰えるだけでも凄く有り難いんです。俺…お金全然持ってないし。あのぅ…それで聞きたいんですけど、どこか俺でも働ける場所ってありますか?」
「ははは…働くぅっ!?」

 ユーリが上目づかいになって、顎の下で両手を合わせると、レイダースと呼ばれていた青年は素っ頓狂な声を上げて、顎を外さんばかりに驚愕している。双黒が働くのは、よほどおかしな事なのだろうか?

「ユーリ様、あなたは一体どこからおいでになったのですか?」
「俺は地球って呼ばれる世界から来たんです。親父が魔族で、お袋は人間なんですけど、極々普通の家庭で育ってるんで、皆さんもあんまり気を使わないで下さいね?」
「母親が人間…。こ、混血ということですか!?こんなにも美しい、双黒でらっしゃるのにっ!!」
「いやー、俺んち…というか、俺が住んでる島は殆どこういう色の目と髪の連中ばっかりなんです。だから、ちっとも珍しくないって環境で育ったんですよ。そんなわけで、あんまり特別扱いされたりするのは悪いんで、ほんと、気にしないで下さい」

 《気にするな》とは言われても、なかなかそうも行かないらしい。
 ユーリだって、大好きな野球選手が急に渋谷家にやってきて、《あ、おかまいなく》と言って煮詰まった味噌汁や冷え切った御飯など食べ始めたら、《何か美味しいもの買ってきます!》と大騒ぎするだろう。
 きっと、眞魔国に於ける双黒とはそういう存在なのだ。

「スープとパン、凄く美味しいです。俺の大好きな味」
「そりゃあ嬉しいですわ。さあさ、たんと食べて下さいね?」

 ベルダは相好を崩してお代わりを注いでくれるから、それは有り難く食べさせて貰った。あんまり食べるとみんなの取り分が減るのだろうが、これは後でバイトでもしてお礼をさせて貰おう。

「確かにその黒パンは、硬いけど美味しいでしょう?なんせ、ウェラー大麦で作ったパンですからね。病気に強くて、枯れた土地でも育つ素晴らしい大麦なんですよ。噛めば噛むほど滋味が溢れてきて栄養価も高いし、あたしも大好きです」
「コンラッドの名前がついてるの?」

 ベルダの言葉に反射的に問えば、彼女や衛兵達の瞳がぱちくりと開く。

「まあ…コンラッドとお呼びになるのですか?双黒の方でしたらそりゃあ、多少砕けた言い方でも良いのでしょうけど、ウェラー卿コンラート閣下のことをそのように呼ぶのは、親しいお友達だけですから、少し考えられた方が…。その大麦だって、飢饉が来ても民が飢えないようにとコンラート様が広めて下さったものですし…」

 人の良さそうな女性が急に表情を顰めてそんなことを言うと、周囲の衛兵達も少し複雑そうな顔をする。双黒を崇めてはいても、やはり彼らの中で更に上位にあるのは、喪われた(と、思われている)英雄なのだ。
 引かれてしまったのは申し訳ないけれど、それでも、ユーリは言いしれない喜びを感じて目元を潤ませた。

『コンラッド、あんたのことはみんな忘れてなんかいない。17年の時を越えても、あんたの存在はみんなの心に刻まれているんだ』

 愛おしげにポケットの中身を撫でると、人差し指をぎゅうっと握られる。英雄視されている人物がこんなちいさな姿になっているなんて知ったら、みんな驚くだろう。そして同時に、もしかしたら嘆くかも知れない。

 胸の中に刻まれた英雄がこんな姿になっていると知れば、それは祝福と言うよりも呪いを受けたと感じるのが普通だろう。そう思ってバドックを見やると、彼も《しぃ》という風に唇に人差し指を当てていた。まだ、黙っていた方が良いという意味に違いない。

「あ…あ、申し訳ありません。あたしったら…きつい言葉など掛けてしまって。どうかご機嫌を直して下さいな?」

 有利の瞳が潤んでいることを、傷ついたと勘違いしたのか、ベルダは血相を変えてぺこぺこと頭を下げた。

「いいえ、違うんです。なんか…嬉しくて。俺はちっちゃいころからあの人のことをお伽噺として語り聞かせて貰ったんです。その時、コンラッドっていう名前で聞いてたから、そういう呼び方で定着してしまっただけで、決して軽んじたりしている訳じゃないんです。寧ろ、凄く…凄く、憧れてて、大好きな人なんです」
「まあ…そうなのですか?あら…でも、ちっちゃい頃って…」
「あ、俺…実は昨日16歳になったばっかりなんです」
「えっ!?」

 ベルタや周囲の兵士達が、また素っ頓狂な声を上げて目をまん丸にした。よほど驚くべき事なのだろう。

 そういえば、眞魔国では16歳で成人するわりには100歳を越えるまでは子ども扱いされるのだった。それで考えると、80歳でアルノルドの激戦を乗り越えたコンラートは、人間で言う高校生くらいの時に死線をくぐり抜けてきたことになるのだろうか?どうもこの辺の感覚の機微はよく分からない。

「混血にしたって、随分と育ちが早いんですのね」
「あー、はい。まあ…そんなもんです」

 高校一年生にしては小柄な方だと思うのだが、育ちが良いと言われるのはちょっと嬉しい。あくまで魔族比だが。

「それにしても、あたしったら誤解してしまって本当にゴメンなさいね?コンラート閣下は、あたしにとっても主人にとっても、掛け替えのない方でしたからねぇ…」

 しんみりと囁くベルダにもう一度《気にしないで下さい》と繰り返してから、ユーリは手早く食事を済ませた。
 その後で、約束通り足の手当をして貰った。物凄く恐縮した衛兵の人が、何故か真っ赤になりながら治療をしてくれたのだが、混血の彼は当然治癒の力は持たないので、化膿したりするようなら、街の純血魔族のお医者さんの所に行くことにした。ただ、もう少し回復すればユーリも治癒の力は使えるので、それまで待っても良いのかも知れない。

 人心地ついたところで、ベルダは寝床の準備をしてくれた。申し訳ないことに、3つある二人部屋の内、一つを借り切って寝かせて貰うことになった。残り二つの部屋に6人で寝るとなると、幾ら夏場のこととはいえ布団が足りなくなったり、そもそも寝台が狭くて困ると思うのだが、みんな快く部屋を貸してくれた。

「でも…衛兵のお仕事で疲れてるのに、俺のせいで寝苦しくなったりしたら申し訳ないです。なんだったら俺はソファに寝ますし」
「いやいやいや…麗しい双黒の君をソファに寝かせるなんて!」
「だったら、比較的体格の小さい人と一緒の寝台に寝るとか」
「いやいやいやいやっ!!畏れ多くて一晩中気が気じゃなくなりそうなので!」

 《余計に休まりません!》と、衛兵達はぶぶぶんっと手を振って、頬を引きつらせていた。確かに熟睡出来ない方が問題かと、お言葉に甘えることにした。

「それじゃあ、こちらで少しお話させてください」

 バドックに導かれて向かった部屋は、ちいさな書斎だった。詰め所兼バドックの自宅でもあるこの建物の中で、数少ない個人的な空のようだ。

 バドックはクッションを重ねたソファにユーリを座らせると、レイダースにも簡素な椅子を勧め、自分も揺り椅子に腰掛けて、ふう…っと息を吐く。重大事について話し合う前に、心を落ち着けさせようとしているのかも知れない。



*  *  * 





『忘れられてはいないのか』

 混血の中では当たり前かも知れないが、それでも熱い口調でコンラートのことを口にするベルダや衛兵達に、コンラートの胸は熱く震えた。それに、混血の兵士が領土内の街境とはいえ、ヴォルテール軍に編入されて働いていることも衝撃だった。

「コンラッド、こっちに座る?」
「ええ、お願いします」

 ユーリが卓上にタオルを畳んだものを置いてくれると、コンラートはそこにちょこんと正座してバドック達に向き合った。彼らはまだ複雑そうな表情を崩すことは出来ないようだが、コンラートの声を聞いたりすると、バドックの方は懐かしそうに瞳を潤ませている。

「バドック、久しいな」

 コンラートが懐かしそうに呼びかけると、バドックは感極まったように口元を押さえて嗚咽を漏らした。こんなとんでもない姿であってもコンラートだと信じて貰えたのは意外だったが、やはり声が全く同じであるのが良かったのだろう。

 街境を警備する彼を見た時には随分と驚いた。法力兵器を破壊する為の戦いでも同行していた彼は、よほどコンラートと縁の強い人物であったのだろう。もしも遭遇した衛兵が彼では無かったら…ことに、コンラートとの縁が皆無の人物であったら、双黒とはいえ怪しい身上のユーリは複雑な立場に置かれたはずだから、コンラート達は随分と幸運だったと言える。

「すみません…閣下、どうも…年のせいか、涙腺が緩くて困ります」

 バドックは皺くれた眦を無骨な手で拭うと、泣き顔を見られるのが恥ずかしいのか、困ったように両手で顔を覆う。元々情に篤い男ではあったが、こうして死んだ者と思っていた上官に出会えたことが、感情を震わせて堪らないらしい。丸めた肩は小刻みに震え、暫くは声を出すことも出来なかった。

「いや、そんな風に迎えてくれて本当に嬉しいよ。すっかり過去の存在になっていたらどうしようかと思っていたんだ。何しろ、異世界に行っていた17年の間、こちらの情報は全く得られなかったんでね」
「異世界…では、ユーリ様と17年間ご一緒だったのですか?」
「ああ、そうだ。俺は法力兵器を破壊する為の作戦中に、眞王陛下より賜った魂を携えていた。それは次代の魔王陛下となられる人物に封入する為の魂だったんだが、石化した俺の心は、その魂と共に異世界に運ばれて、銀細工の人形の中に入り込んでしまったんだ」

 バドックの瞳が大きく開大される。コンラートは小脇から取りだした玻璃瓶を掴んだ姿で石化しているから、その中に魂が封じられていたことを察したのだろうか?
 脇で座っていたレイダースも椅子を跳ねとばさんばかりにして立ち上がる。

「で、では…まさか、ユーリ様が次代の魔王陛下であらせられるのですか…!?」
「そうだ」

 こくりと頷くと、レイダースも、足の悪いバドックまでが畏まって平伏しようとするから、ユーリが慌てて止めた。

「や、ちょっと待って!今現在の俺は魔王でもなんでもないしっ!寧ろお世話になってばっかですしっ!!」

 コンラートもバドック達に落ち着くよう促した。

「すまないが、ユーリに対しては失礼に当たらない程度に、ごく普通の対応をしてくれないか?既に出自を知っている以上、普通の子どもとして扱うことは出来ないだろうから《家柄の良い子》という程度で良い」
「しかし、コンラート閣下が魂を携えておられたのですから、この方は間違いなく魔王陛下で在らせられるのでしょう?」
「だが、眞王廟からは次代の魔王指名は通達されていないのだろう?」

 これはバドック達の反応から察した推論である。ユーリがどういう風貌であるかはともかくとして《次代の魔王が異世界から来る》という話が流れているのであれば、バドック達の反応は少し違ったものになっていたはずだ。だが、どうやら彼らは、《次代の魔王》なんてものの存在自体を知らない様子だった。

「は…はい。そうです。俺たちのような下々の者が知らないだけかも知れませんが…」
「身分は関係ない。魔王選定は国の重要事だから、これまでは決まればすぐに眞魔国中に周知されていた筈だ。それが無いと言うことは、眞王廟の状況を事前に把握しておく必要がある」
「それは一体…どういう事なのでしょう?」
「現在の眞王廟は、機能していないのではないだろうか?」
「な…っ!」
「新たな魔王の指名が伝わらず、魂を委ねた俺に対しても17年間全く連絡がないというのは、やはり異常な事態と考えざるを得ない」

 聞きようによっては、4000年に渡って君臨してきた眞王の権威を貶めるような言い回しになってしまうから、バドックもレイダースも少々戸惑い気味だ。彼らにとって眞王は神のような存在であり、それが機能しなくなっているかも知れないという疑いは、天地がひっくり返るくらいに信じがたいのだろう。

「眞王廟から魔王としての指名がない以上、幾ら双黒とはいえど、ユーリが単身血盟城に赴いて、新しい魔王を名乗るなど無意味なことだ。シュトッフェルは一笑に付して、門前払いをするか、あるいは、双黒である故に悪用しようと考える可能性もある。特に、後者の可能性を考えると、シュトッフェルのみならず、ユーリは権威を求める貴族にとってはまたとない標的となってしまうだろう」
「では、これからどのように行動されるおつもりですか?」
「まずは眞王廟と渡りを付けたい。もしも完全に機能していないとなればその事実を明らかにして、十貴族の内、フォンシュピッツヴェーグ家とは敵対関係にある家系を頼るしかないだろうな」

 シュトッフェルが絡めばどうしたってコンラートに有益な対応をしてくれるとは思えない。バドックの表情から見ても、シュトッフェルが17年の間に劇的な変化を遂げた可能性は希薄なようだ。

「でしたら、まずはグウェンダル閣下を頼られるべきです!」

 バドックは強い口調でコンラートに勧めてきた。彼ら混血を軍人として雇用している事から、強い恩義を感じているのだろうか?

「眞王廟と連絡を取るにしても、まずはグウェンダル閣下を通じてからの方がよろしいかと思われます。眞王廟にコンラート閣下やユーリ様が警護も無しに直接赴かれるのは危険です」
「眞王廟近辺の警備が厳しいのか?」
「ええ、過剰とも言える程の警備兵が配置されています。これまでも不思議ではあったのですが、コンラート閣下のお話を伺って合点がいきました。シュトッフェルは自分の了承を得ず眞王廟に向かう者を留め立てしたい意図があったのでしょう。こうなると、白鳩便を使うにしても、その文書がそのまま眞王廟に届く保証はありません」

 バドックが言うことにも一理ある。こちらにやってくるまでは《ユーリが魔王になる》という事実を眞王廟が幾らか流してくれていないかと期待していたのだが、それが全くない以上、眞王廟の真意を測ること自体が難事になってしまう。そうなると、やはり十貴族有力者の協力は必須だ。

「そうだな。だが問題は、フォンヴォルテール卿が俺の話を信用してくれるかどうかだ。バドック、君がこんなにもあっさり信じてくれた事にも、俺は正直なところ驚いているんだ。俺しか知り得ないような秘密を二つ三つ並べなくてはならないと覚悟していたんだぞ?」
「分かりますとも、閣下。そのお声と雰囲気は、ちいさな銀細工となられても、些かも変わることはありません…!」

 感慨深い口調で、噛みしめるようにバドックが言ってくれると、不覚にも涙が出そうになる。生身の姿であれば、きっと溢れ出てきたことだろう。

「フォンヴォルテール卿に…この姿、晒してみるか」
「それが良いよコンラッド」

 まだ少し迷いながらも呟くと、ユーリも強く同意してくれた。

「やっぱさ、お兄さんは絶対コンラッドのことを思っててくれたんだよ!だって、こうして昔の仲間の人たちを衛兵として雇ってくれてるくらいだもん!」

 コンラート亡き後、残されたウェラー卿の人々がどのように暮らしているかは確かに気がかりだった。特に、手足や視力を失った兵士は農作業などが出来なくなることが多いから、どうやって生計を立てているのかと心配していた。

「そうですとも。グウェンダル閣下は立派な方です。そして、とても情の深い方でもあります。コンラート閣下の石像がシマロンに破壊されることなく、完全な姿でヴォルテール領主館に保管されているのも、あの方のおかげなのですよ」
「…っ!ここにあるのか!?」

 驚くコンラートに、バドックは順を追って説明してくれた。コンラートが石化してしまった後、この国に何が起きたのかを。




→次へ