檻の中に犇(ひし)めく少年少女達は種々様々なバリエーションをもつ、それぞれに美しい容姿の者達だった。耳が獣のように伸びた子、頭部に美しい琥珀色の角を生やした子…ただ、ひとつ共通なのは一様に可憐な衣装を身に纏い、怪しいまでの美しさを湛えていること。

 

 そして……目を覆いたくなるほど陰惨な、性の生け贄とされていることであった。

 

 檻から伸びる襞状の触手に肌を舐(ねぶ)られ、雄蕊のような隆起に孔という孔を蹂躙され、花茎や蜜壷から白濁や粘液を飛び散らせながら…悲鳴と嬌声をあげ続けている。

「ぁあ…く…ゃああああ……っ!」

「はぁん…も……あぐぁ…………っ!!…ぐひ…っ」

 苦痛と快感が綯い交ぜになった表情で少年少女達は腰を振るい続けている。

 最早その瞳には理性の色はなく、肉体刺激に揺さぶられるまま翻弄されているのだった。

 

「美しいだろう?これが我の自慢の籠…我の目についた可憐な子ども達を心地よくさせてやり、我の力と変えるのだ…」

「こんな…こんな……っ!」

 有利の喉奥で、悲鳴が怒りに変わる。

 肉欲に拉(ひし)がれる贄の中に…チャスカ王によく似た少年を見つけたのだ。

「あれは…ミェレルって子じゃないのか!?この国の王子なんだろう…っ!?それがどうして…あの王はこのことを…」

 有利の疑問に、迦陵頻伽は冷然と答える。

「知っているさ」

「そ…んな……」

「そもそも、我と契約を交わしたのはあの王だ。貧乏ったれで繊弱なこの民に、栄誉在る暮らしをさせるためにはどんな見返りでも贈る…と言ってな。後は、呪術者の連中も知っておる。だから、あの連中だけは我が籠のことを《檻》と呼んでおるのさ。…全く、情緒のないことだ。このように美しく高貴な子ども達が肉欲に耽る様を愛でられる籠など、いかな世界を捜してもこれだけだというのに…。くく…この触手に繋がる者は、老いることも死ぬこともない…我が飽きるまでずっと、この檻の中で佳い啼き声を聞かせ続けてくれるのだ。浄土に住む迦陵頻伽とは、我の名というよりは…この籠の中に住まう肉奴隷どもにこそ相応しい名だな…。妙なる音色で歌っておるわ!」

 くく…と、さも面白そうに迦陵頻伽は喉をふるわせる。

「王子も当然知っていて然るべきだったが…王め、一言も王子に真実は言うておらなんだらしい。王子は籠の中で貫かれる瞬間までこのことを知らず、父を信じておったようだな。この儀式には意味があって、恐れずに堂々と立ち向かえば光輝溢れる待遇が待っていると信じ、尻を出せと言えば恥じらいながらも触手の前に晒して見せたよ…。くく…桜色の美しい蕾であったわ…今では血濡れて、腐臭がしておるがの」

 ミェレル王子はどんな思いで…恥辱を受けたのだろう? 

  尊敬する父が、籠がどういうものなのか知った上で自分を差し出し…蹂躙されていることを知っていても救いに来ないと知ったとき…。

 愛しい婚約者から引き離され、それでも父を信じて役目を受けたという王子。

 この行為には、きっと深遠な意味があるのだと信じていた王子……。

 彼のことを思うと、胸が拉がれる思いがする。

「《父様…父様》と救いを求めて泣く王子に、チャスカ王は背を向けたのさ。何しろ、この籠は我の力の源だ。我の力によって結界を張り、他種族に攻められることなく平和を謳歌しているこの國にとって…一年の一度の…それも、時折しか自分の国民には降りかかることのない災厄など、実に小さな犠牲でしかないからな。だから、余所から《乙女》を連れてこいと言えばあの王は喜んで連れてくるのさ。そして、《可哀相に》と、実に紳士的に振る舞い…信用させ…《生け贄になる身に私は実に優しくしてやった》と自己満足するのだ。その様子があまりに可笑しくてな…。試しに、王子を寄越せといったのさ。流石に嫌がるかと思うたが…いやはや、チャスカ王は流石は仁慈に富む王よ!《我が子だけ特別扱いは出来ぬ》と、差し出してきおったっ!」

 ぎゃぎゃぎゃ……っ!

 耳障りな哄笑が響き、得意の絶頂にある迦陵頻伽は楽しげに翼をはためかせた。

「侵入者を我が打ち砕く様を視認させて、我のありがたみを思い知らせてやろうと鏡を映し出させておったが…これでチャスカ王の権威は地に落ちる…か。まぁよいわ。あの男には数百年良い思いをさせたのだ…。この籠だけ持って、我はまた別の宿り場を見つけるとしよう。この國に張り巡らせておったまやかしも最早いらぬ…。権威づけの気取った儀式もな。その分、我の力の全てをお前達にぶつけてくれるわっ!」

 

 キシャアアア……っっ!!

 

 奇怪な高調音が辺りに木霊すると…辺りの景色がざわざわと蠢きながら変化していく。

 いや…変化と共に、この世界に入ってからずっと感じ続けていた違和感が解けていくのを感じるところから見ると、これは…

 …変化しているのではなく、元に戻っているのではないか?

 そのコンラートの直感は、正鵠を射ていた。

 

*  *  *

 

 ざぁ…と霞が払われるようにして、天羽國を構成していた風景が変化…いや、元の姿を取り戻していく。

 天羽國内に不自然なほど咲き乱れていた花々が一斉に醜悪な触手に変わり、その根方からは…異臭を放つ他種族の子どもや、鳶種の男達がぴくりともせずに触手を身体中の孔から生やしているのだった。

 みな、死んではいない。だが…生きているとは到底言えない姿である。

 その異変は王城にあってもかわることはなかった。いや、豪奢を極めた王城では、一層悲惨であったとも言える。ぼってりと厚塗りされた偽装が剥がされたとき、素顔のおぞましさに慄然とせざるを得なかったのである。

「映すな…映すなぁぁ……っっ!」

 《礼節を知る、仁慈の王》…その威光を重んじるチャスカ王は、鏡に映し出された迦陵頻伽の檻に、奇声をあげて飛びついた。

 臣下達は唯呆然として立ち竦み、鏡に取りついて叫び続ける王をどうして良いのか分からず…目を逸らしたり、刻々と変化していく辺りの様子に怯えていた。

「ミェレル…様……っ!!」

 ニーはがくりと膝を突き、放心したような眼差しで何事かぶつぶつと口の中で繰り返している。

 ニーの愛する人…いつかまた会える日を夢見て、切なく想い続けていた王子…。

 彼は、おぞましい触手に犯されて籠の中に…いや、檻の中にいた。

 しかも、その檻へと導いたのは彼の父王。

 そして、彼が身につけているものは…一針一針想いを込めてニーが縫い上げた、儀式用の礼装であった。

 清廉なミェレル王子に似合う純白の礼装…女物ではあるが、線の細い彼は驚くほどにその服が似合い、恥ずかしそうに苦笑しながらも、ニーへの感謝の気持ちを伝えてくれたというのに…。

「ミェレル様……」

 彼を想い続けた日々は…そのまま、彼にとっては汚濁に身を沈められ、恥辱と痛苦に耐え続ける拷問のような日々だったのだ。

『いつか…私も《乙女》として、迦陵頻伽様のお召しを受けたい…っ!』

 ミェレルが《乙女》に選ばれてからというものの、口癖のようにそう繰り返してきたニーのことも…思い出すことはあったのだろうか?自分と同じように恋人が檻に繋がれ…肉奴隷のように身体を蹂躙される日が来るのではないかと……。

 

 そして今、ニーは何をしたらいいのだろう?

『分からない…』

 目的も希望も見いだすことが出来ないまま…ニーは呪われたように鏡の中の思い人を見つめ続けた。

 

 

*  *  *

 

 まやかしの消えた大地に転がる無数の身体…触手に繋がれた多くの子どもと鳶種は死ぬことも許されず、何も映さぬ瞳をどんよりと濁らせて、迦陵頻伽に力を送り続けるのだった。

「こうやって力を吸って…この國を支配し続けてきたのかよ…」

「ああ…そうさ。お前の矮小な価値観では判ずることの出来ぬ成り立ちが、この國にはあるのだ」

「ワイショー…だって?」

 

 ごぅ…と、有利を取り巻く大気の色が、変わった。

 感応するように白狼族が毛並みを靡かせ…喉奥から突き上げる咆哮が大気を震わし、紅の蝶が慕わしげに弓の弦を反響させる。

 

『主(あるじ)よ…』

『我が主よ…』

『我らをお召しあれ…っ!』

 

「こんな事が…小さな事なのかよ…。子どもの犠牲の上に国を築く…そんなんで成り立つ国だっていうのかよ…っ!そーゆーのを、ゲレツって言うんだよ。何が神だ…この変態妖怪っ!!」

 

 ゴオオォォォォォオ………ッッ!!

 有利の周りで風が逆巻き…熱波が押し寄せてくる。

 この国のものではない…有利に従う要素が、主を求めて感応しているのだ。

 

「ち…っ。そうか、お前はそのなりにしては強い妖怪使いであったな…。侵入してきた要素はお前の子飼いの者か…。だが、ここは我の支配する國だ。好きに暴れさせはせぬぞ?」

 鉤爪の中の少年が予想外に大きな力を持っているらしいことを察すると…迦陵頻伽は檻の天頂部分に、ぽぅん…と有利の身体を放った。

「う…わ……っ!」

「ユーリっ!!」

 おぞましい触手の中に放り込まれようとする有利を救おうとコンラートが白狼族の鋼と共に空を駆ける。

 …が、ビィン…っと大気が弾け、コンラートは鋼ごと跳ね返されてしまう。

 迦陵頻伽が…コンラート達に対して新たな結界を張ったのだ。一面に張り巡らされているわけではないようで、距離的には呆然と佇む鳶種の男達の方が檻の近くにはいるのだが、対象者を限定して拒絶しているらしい。

「ユーリ……っっ!!」

 コンラートは凍鬼を振るって結界に斬戟を加えるが、大きな反響音を起こしながらも結界が崩れることはない。  

「くそぅ…坊ちゃんっ!!隊長!あのでかいナマコをやった技でいってみようぜっ!角度を調整すりゃあ、坊ちゃんには当たらないはずだっ!」

 ヨザックの呼びかけに応えて大技を繰り出すが、確かに結界に歪みは生じるものの…コンラート達を通すほどには間隙が大きくならない。

「く…そぉぉぉっっ!ユーリ…ユーリっ!!」

 コンラートが結界に手こずっているその眼前で…有利は今まさに蹂躙されようとしていた。

「いや…ゃ……っ!」

 じゅるじゅると濡れた触手が蠢いて有利の四肢を絡め取り、檻の頂点部分を特設ステージであるかのように演出すると、青いドレスの胸元を引き裂いて…白い素肌を露わにする。

 淡い桜色の突起を美味しそうに襞状の触手が含み込み、とろりとした…樹液のように透明な粘液でぬらぬらと有利の肌を濡らしていく。

 そして細い足首に触手が絡むと、有利の抵抗など無いに等しいのか…易々と下肢を割って薄布で作られた下着を観衆の前に晒すのだった。あまりの嫌悪感と怒りで、とても要素をコントロールする事など出来ない…。

「思い人が見ている前で痴態を晒すが良いわ…。くく…この粘液はお前の理性を奪うことはない。だが…悦楽だけは激しく感じることになるのだ。羞恥を忘れられない状況でおぞましい怪物に嬲られ…その様を思い人に見られる恥辱が、お前の減らず口をどのように変えるか見物だな。どれ…今からでも懇願してみよ…。迦陵頻伽様、お願いします…とな」

「いやぁぁああ………っ!!」

 手首を一纏めに拘束され、下肢を開かれたまま胸の突起を嬲られる内…肌から媚薬成分が吸収されてきたのだろうか?有利の薄青い下着はうっすらと濡れ…立ち上がりつつある花茎の形が見て取れるまでになってきた。

「くく…感じやすい身体をしておる。我の鏡は純潔な少年少女にのみ反応するようにしていたのだが、とんだ眼鏡違いであったか…これは相当にあの男の雄を喰ろうてきた身体だな?厭がっても身体の反応は随分と素直ではないか…。くくく…初(うぶ)な顔をして、存外やるものだ…」

「ち…くしょー…っ!」

 苦鳴を漏らす事が出来るのは、まだしも自由度が高いと言うことなのか…それすらも許さぬと言いたげに、有利の口元と…そして、今はまだ薄布によって辛うじて秘められている後宮へと、巨大な雄蕊の形をした触手がぐりり…と押しつけられる。

「ひ…っ!」

「ほほぅ…佳い声で怯えるわ。ほれほれ…もっと悲鳴を上げてみろ。あの美形の思い人が自慰に耽りたくなるくらいの嬌声を上げてみよっ!!」

「むぐ…っ!!」

 《変態!》と叫びたくても叫べない…。そんなことをすれば、口元に異様な触手をねじ込まれてしまう。

 さしもの有利も嫌悪感と恐怖に涙を浮かべ掛けたとき…

 

 …飛来してきた二つの影が、有利の痴態を愛でようと集中していた迦陵頻伽の左右の目をそれぞれ刺し貫いた。

 

 二人の有翼人が流星のように滑空し、手に持つ短刀を柄までねじ込む勢いで突き込んだのだ。迦陵頻伽の意識は有利とその救出者のみに向いており、よもやその連中…鳶種の男達が自分に逆らおうなどとは考えても見なかったらしい。

「ぎゃぁぁぁぁあああああああああ…………っ!!」

「あ…あんた……っ!」

 迦陵頻伽から離脱した男達が有利の元へと羽ばたいてくる。その内の一人は、有利を浚い…この天羽國まで連れてきた男に他ならなかった…。

 

 男はちらりと有利を見やると、その浅黒く無骨な面差しに…微かに笑みを浮かべたような気がした。

 

 だが…男はびくりと背筋を震わせると、胸を掻きむしるようにして苦鳴をあげ…落下していく。迦陵頻伽の檻に当たり、弾んだ後、大地に叩きつけられた男はぴくりとも動かなくなった。

 一方の見知らぬ男もまた苦痛に顔を歪めてはいたが、脇差しの短刀を掴むと懸命に有利の元へと降り立ち、今まさに有利の口と後宮へと侵入し掛けていた陰茎様の…そして、四肢を絡め取っていた触手を斬り落とす。だが、ごふ…っと血を吐くと、激しく胸を掻きむしった。

「お逃げ下さい…どうか……」

 男はまだ若く…澄んだ目をした男だった。

 表情には当然苦痛があったが、それでも…その瞳の中には清々しい色彩があった。

「あ…あんた一体!?」

「俺の名はトーリョ…あなたを救出に来られた方に、命を助けられた男です。どうか…あの方の元に……」

「でも…あんた…血が!なぁ…一緒に行こう!?」

「仕方がないのです…俺は鳶種…天羽國の僕(しもべ)として迦陵頻伽様に命を握られた一族です。逆らえば…体内に忍ばされた寄生生物が心臓を潰す…生まれたその時から、そのようにされているのです。死なせても貰えずに…あのような辱めを受けるとまでは…存じませんでしたが……」

「そんな…っ」

「良いんです…どのみち、あの方に救われねば、華海鼠の臓腑に取り込まれていた身…ただ、心残りはあの方のお名前も知らずに逝くことです。あの…琥珀色の瞳に銀の光彩を散らした…美しい…方の………」

 トーリョの瞳から、光が失せていく。

 くたりと力の抜けた手を取り、瞳に向けて懸命に有利は呼びかけた。

「あいつは…コンラッドだよっ!コンラッド…コンラッドだ…っ!!大丈夫…コンラッドが、絶対助けてくれる…っ!だから、諦めちゃ駄目だっ!」

「コン…ラッド……ぁあ…それは、良い…名………」

 にこ…とトーリョは微笑み…その瞼がゆっくりと閉じられようとする。

「駄目…駄目だよ…駄目だ……っ!!」 

 有利は血まみれになったトーリョの頭部を抱きしめ、露わになった白い胸に抱き寄せた。

「駄目…諦めないで……応えて…俺に……っ!!」

 有利の思念が怒りではなく…別のベクトルに働きかける。

 

 有利の持つ力の最たるもの…あらゆる要素に《呼びかける力》…。

 

 それが今、その真価を示そうとしている。

『応えて…俺に…応えて……っ!』

 救いたい…。

 自分を救ってくれた男達…そして…哀れな生け贄の子ども達を……。

『お願い……っ!』

 その為に、力を貸して……っ!

 

 リーン………

 リリィーン………  

 

 大気が殷々と震え、有利に呼応する要素達が謳いだす。

 

 視覚を奪われて苛立つ迦陵頻伽には、その変化を理解することは出来なかった。

 ただ、怒りにまかせて触手を伸ばし、自分以外の者全てを顎(あぎと)にかけようとするかのように、無秩序な攻撃を仕掛けて行くのだった。

 その攻撃は容赦なく…辺り一面を灰燼に変えようかと言うほどの勢いであった。

 

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あとがき

 

 やっと本腰を入れて書き出しました長編の続編!タイトルに難しい文字を使うもんじゃないですね!あまりタイトルで呼ばれません!!

 

 それはさておき…やっとタイトルロールの檻が登場しました。

 へ…変態檻…っ!

 大変うちのサイトらしい檻の特性に、自分でも吃驚です。

 最初はデビルマンに出てくる、カメみたいなデーモンの甲羅に喰われた人間の顔が出てくる…みたいな設定にしようと思っていたのですが、籠とか檻とかいう言葉を使っていましたので、結局この辺に落ち着きました。

 

 何とか10万打までにこのシリーズを完結させたいので、暫く拍手文以外はこの話に集中しようと思います。

 よろしければ感想など頂けますとエネルギーに変換できますのでよろしくお願いします。