第6話 番人





 肩を怒らせ…本気で激怒している様子のニーは、掴みかからんばかりの勢いで有利に向かってきたが、すんでのところで警備兵に抱き留められる。   

「お離しっ!」

「ニーニヴェル様、どうか落ち着いて下さい」

 警備兵の取りなしを更にチャスカ王が助ける。

「落ち着くのだ、ニーニヴェル…ミェレルは…我が息子は立派に迦陵頻伽様の御許で過ごしておる。婚約者たるあなたが、婚姻寸前で引き裂かれたことは吟遊詩人も悲恋として歌い上げておるが…もう、哀しまれるな」

「分かっております…分かっております、王よ…!ですが…だからこそ、姫の暴言は許せませぬ。聖なる乙女が生け贄などと…っ!!」

 ニーの白い面は怒りのあまり蒼白となり、見開いた目は憎しみを湛えて有利を睨め付けてきた。

 どうやら、迦陵頻伽に捧げられる乙女とやらは国の外から浚ってくるだけではないらしい。

 チャスカ王の息子…つまりは、王子たる身分にある者まで捧げられるとは…それだけ大きな影響力を持っているということだろう。

「迦陵頻伽様の御許に向かわれる時の、ミェレル様のお姿の美しかったこと…っ!私は自らミェレル様の衣装を縫製させていただき…麗しく化粧もさせていただいたのです…。ミェレル様は…ミェレル様は、きっといつまでも永遠に…あのときの美しいお姿のままで迦陵頻伽様の御許におられるのですわ…!だから…私は耐えられたのです。いつか、私も乙女として呼んでいただける日がくると信じているから…っ!!」

 悲痛な叫びがニーの喉から絞り出される。

 彼女は…引き裂かれた恋人を想い、彼の元に呼ばれる日を待ち続けているのだ。

 だからこそ余計に有利や、外部の乙女を浚ってくる者達に対して複雑な思いを隠せなかったのだろう。

 

 何故、こんなにもその立場を切望している自分が選ばれないのか。

 何故、わざわざ外部の者を浚ってきて愛しい方の元に送るのか。

 

 いや…選ばれる以上はその価値があるのだ。

 何故って、愛しいあの方が選ばれたのだから…乙女になるからにはそれだけの価値がなくてはならないのだ。

 私だって…必ず…必ずいつか選ばれるはず!

 

 不安と疑惑を払拭するためには、しがみつくしかなかったのだ。

 希望の日が、いつか必ず来るのだと…。

 愛しい方に会える日が、いつかは来るのだと…。

 

「ミェレル様は待っておられる…私が籠に入られる日を、いつまでも…いつまでも…っ!」

「落ち着きなさい…ニーニヴェル………」

 

『あれ…?』

 

 チャスカ王の顔色が、今まで有利に追求されていたときよりも蒼白な色合いを呈している。

 自分の息子を想って、会えない辛さに苦痛を感じているのだろうか?

 だが…それにしては……

『この王様…本当に、かりょーびんがとかいうのに捧げられるのが良い仕事だって…思ってんのかな?』

 有利は、チャスカ王の表情を掠めたある感情が気に掛かった。

 

 あの顔は…《罪悪感》を浮かべてはいなかったろうか?

 

「ミェレル様…ミェレル様……うう…う……っ」

 自分に対する呪文のように唱え続けながら、ニーは警備兵に促されていく。

 そのニーを連れ出すために、この広間の入り口にかけられていた御簾がゆっくりと開かれてきたとき…顔色を変えた兵士が飛び込んできた。

 

「侵入者です!東北ココリナ区域より、侵入してきた者がおりますっ!!外界からの侵入者ですっ!」

「…侵入者だと?」

 

 ざわりと一同がざわめいた。

 誰も彼も顔を見交わし、信じられないといった顔をしている。

 《侵入者の規模》とかいった問題ではなく、どうやら《侵入者が居る》ということ自体が彼らには認識しかねる事態らしい。

「どういった種族の者だ?侵入規模は!?結界はどうなっている!それに…《番人》は?」

 流石にチャスカ王はすぐに冷静さを取り戻し、情報を運んできた兵士に問いただした。「侵入してきた者はおそらく、白狼族と思われる巨大な狼が二頭。そして、それに騎乗した人間らしき者が二名です!宙を飛んでいるために、《番人》は機能しておりません…っ!ただ、結界には火と風の要素による攻撃が確認されていますが、現在は塞がっております!」

 

『コンラッドだ…っ!』

 

 有利は胸の布地を握りしめ、そう確信した。

 もう一名が誰なのかは分からないが、おそらくヨザックではないかと思われる。

 だが、どんなことをしてもコンラートだけは来てくれるはずだ。

 

 有利を、救うために。

 

『コンラッド…っ!』

 

 祈るように両手を組み合わせる有利の前で、チャスカ王が余裕の笑みを浮かべた。

「二名に…二頭だと?その程度の数、幾ら飛行能力があるとはいえ、常設の警備隊で打ち払えよう?この時のための鳶種ではないか」

 鳶種というのは白い翼の貴族階級に労使されている一族なのだろう。

 有利を浚ったり運んだりした連中に違いない。

「確かに二名なのですが…この連中、凄まじく腕が立つのです!二名とも人間のようで、妖術を使う訳ではないのですが、白狼族の背を起点にして跳躍し、警備兵に斬りつけてまた白狼族に着地するという具合に、飛行出来ない種族としては異様なほど空中戦に長けておりますっ!死者はまだおりませんが、翼に斬りつけられて落下していく者が多数出ておりますっ!!」

 

「……っ!」 

 有利は自慢したくてぷるぷると肩を震わせた。

 

『見ろ…見ろ!凄いだろ!俺の…俺のコンラッドだぞっ!!』

 

 翼を持たぬ事など何の不利にならぬと言いたげに、唯一度の交戦から得た知識で、的確な戦術を打ち立てたのだろう。

 しかも…おそらくは有利の為に敵の命を奪ず、戦闘力だけを失わせる余裕すらあるのだ。

「どれほど腕が立とうと二名は二名だ。疲労により自ずと限界が訪れよう。休息を与えぬように鳶種を投入せよ」

「しかし、既に東地区の50名が重傷を負って戦闘力を失っております。北・南・西地区と、王宮の守備隊の鳶種を全て集めても200名程度…。更に投入するとなると、外界から乙女をお連れする技量を持った者まで投入することに…っ!!」

「うぬ…」

 

『ばーかばーか!ざまーみろーっ!!』

 

 有利は踊りながら囃(はや)し立てたい心地だった。

 眞魔国第27代魔王としての矜恃がなければ、確実にやっていたに違いない。

 だが…そのとき、浮き立つ有利の心を凍らせるような声が響いた。

 

「侵入者を、殲滅せよ」

 

 声は…壁に掛けられた巨大な鏡の中から響いてきた。    

 妙に甲高い…神経を鉤爪でひっかくような耳障りな声。

 声…というより、鳥類の鳴き声に近いかも知れない。

 そして、いままで何も映していなかった鏡面には燃え上がるような深紅の…巨大な鳥の姿が浮かび上がったのだった。 

 

「迦陵頻伽様っ!」

「おお…迦陵頻伽様のお声が!」

「僧侶達の儀式を介さず、直接お言葉を頂けるとは…っ!!」

 

 おおおお……っ!!

 

 臣下達は平伏せんばかりに歓喜して、恭しく鏡に礼をとった。

 

「王よ、我が力を貸そう…」

「なんと…っ!」

 迦陵頻伽の声が響くや鏡は煌々と光を放ち、勢いよく迸る紅い何かが矢継ぎ早に飛び出していった……。

 

*  *  *

 

 ザン…っ!

 

 斬戟が夜空に閃くと、その度に鳶色の有翼人が絶叫をあげて落下していく。

 だが、既に相当な人数が斬りつけられているにも関わらず、戦場に血生臭さはない。

 何故なら、コンラートの持つ妖怪剣《凍鬼》と、ヨザックの持つ火の要素の本体である剣は、それぞれの特性…瞬間冷凍と焼灼により一瞬にして傷口を塞ぎ、出血を最低限に抑えているからだ。

 翼で揚力を保てなくなる限界まで付け根を切り裂き、飛行力を失わせることに攻撃を特化させているということだ。

『坊ちゃんのお心に沿うためかい?』

 ヨザックはコンラートの指示にシニカルな笑みを浮かべはしたが、逆らうことはなかった。

 この二人には、まだそうするだけの余裕があるのだから。

 

「くそ…何故だ…白狼族の力を借りているとはいえ、何故これほどに唯の人間が…!?」

 次々と戦闘力を失っていく鳶種の仲間達と、優雅なまでの跳躍を見せて剣を奮うコンラート達に、警備兵の一人はわなわなと唇を震わせた。

 ダークブラウンとオレンジの頭髪を靡かせ、二人の男達は有翼人よりも機動力豊かに宙空を行き来する。

 確かに、その足場となる白狼族が俊敏に反応を見せているせいもあるが、これは事前にコンラートが戦い方を授けていたせいだ。

 白狼族は直接戦闘に関わらず、とにかくコンラートなりヨザックなりの足場になること…二人が跳躍すると同時に、着地点を察知することのみに集中するよう頼んだのだ。

 

「うわぁぁぁ………っ!」

「アーシュっ!!」

  また一人、苦鳴の叫びをあげて花畑に向かって落ちていく有翼人を、その仲間が受け止める。

 有翼人達は翼を斬られ、苦痛以前に飛行力を失ったことで戦闘力を失い、仲間達も翼を失った者を抱えることで機動力を殆ど失いかけている。

 

 これは、侵入者であるコンラート達にとっても予想外のことであった。

 飛行力を失わせれば殺さなくとも戦闘にならなくなるとは踏んでいたのだが、彼らは一様に花畑に落下することを恐れているかのようだった。

「…ヨザ…我々も試しに着地などしなくて正解だったかも知れないな」

「あんたの勘ってのは…こういうとき空恐ろしいほど当たるねぇ…」

 ヨザックは感嘆めいた声を上げた。

 この世界に入り込んだとき、まず地上に降りて少し観察してみようと誘うヨザックに対して、コンラートは頑なに着地を拒んだのだ。

 見知らぬ土地だからというのもあるが…《この花畑は何か禍々しい気がする》というのが大きな理由だった。

 

 根拠はない。

 

 だが、コンラートのこういった勘は彼の卓越した生存本能のなせる技なのか、凄まじい確率で正鵠を射ていることが多いので、ヨザックは特に理由をただすこともなく自分の案を下げた。

「…よく見てみろ。さっき、お前が完全に切り落とした翼を…」

「…っ!」

 コンラートに言われて花畑を見下ろしたヨザックは、ぐ…っと息を飲んだ。

 

 花々が…蠢きながら翼を飲み込んでいくのだ。

 

 戦闘に集中している間は単に花弁に隠れているだけかと思われた翼は、明らかに根方に向かって引きずり込まれているのだ。

 花達は…いや、その根方にある大地か?…それらは翼をごくりと飲み込むと、嬉しそうな気配を漂わせてざわざわと揺れて見せた。

「うへ…気色悪ぃ……。食虫花ってわけか?」

「ああ…それに、どうも動きが連動しているように感じる。ひょっとすると…くっ!」

 花々に気をとられていたコンラート達は、不意に戦闘力を残していた警備兵に斬りつけられた。完全に油断していたわけではないので斬り返すことは出来たのだが、有翼人の翼を2枚とも落としてしまったことで、その男は今までよりも早く落下していった。

 その男を、既に一人の仲間を背負った男が追い…花畑に着地する直前に何とか受け止めたと思った刹那…

 

 ボコォ……っ!!

 

 大地が…盛り上がり、花々を纏う巨大な海鼠(ナマコ)のようなものが、鼻先で餌をかすめ取ろうとする男共々飲み込もうと襲いかかってきた。

 何と言うことだろう…その海鼠は、大地そのものであった。

 ずろずろと花を纏った不気味な塊は一つの共通理念…《食欲》によって結びつく、シンシチウム(機能的合胞体)として働き、鳶種の男達に襲いかかっていく。

「うわぁぁぁぁ……っ!!《番人》だっ!!」

「は…華海鼠…っ!!」

 恐怖に顔を引きつらせながらも、二人の仲間を背負った男は懸命に華海鼠の顎(あぎと)から逃れ、浮上しようと試みる。

 

  だが、これは如何に言っても負荷が重すぎた。

 

 思うようにバランスをとることさえ難しい男はなかなか高度を保つことが出来ず…寧ろ、疲労も手伝って華海鼠を避けるたびにふらつきが激しくなり、どんどん地面に近づいてしまう。

「置いていけ…逃げろ!」

「トーリョ…そうだよ……もう良い……」

 背負った二人の男達は苦しい息の中、トーリョと呼ばれた大柄な男に呼びかけるが…彼は頑として受け付けなかった。

「嫌だ…っ!」

 トーリョはがっしりと仲間を掴み直すと、翼に力を込めて一気に浮上しようと試みる。

 

 だが…そこへ、ひときわ大きく盛り上がった華海鼠がのし掛かっていく…っ!

 

「トーリョ……っ!!」

「くそぉぉぉ…………っっ!!」

 

 周りを旋回していた有翼人達も救出を試みるべく滑空してきた…が、

 

 ひときわ素早い…銀色の疾風の如き一対がトーリョ達と華海鼠の間に飛び込むと、凛然として立ちふさがった。

 

「凍鬼…っ!」

「胡蝶姐さん…っ!!」

 

 剣影一閃…っ!

 

 一対の剣から放たれた凍てつく烈波と燃え下がる焔とは、囂々(ごうごう)と唸りを上げて夜空を照らし…絡まり合うようにして突撃すると、華海鼠の中央に巨大な空洞を穿孔した。

 

 華海鼠の中空には…向こうの空が見渡せるほど明瞭な空洞がぽっかりと開いた。 

 

 華海鼠は惑うように…自分を襲った攻撃の意味を測りかねるように、よろり…よろりと揺れていたが、漸く己が運命を悟ったように大きくぐらつくと…

 

 …ドォンッッ!!………

 

 凄まじい轟音をあげて大地に倒れた。

  華海鼠の生気が失せると共に大地は妖気を失い、あれほど咲き乱れていた花々は一様に萎れて散り去っていった。

 花は全て、華海鼠が咲かせていたものなのだろう。

 

「なんという…何という力だ…っ!あの華海鼠を一撃で屠るとは…っ!!」

 トーリョは呆然としたように大地に膝を突き、二人の剣豪を呆然と眺めた。

 その体腔には敵対者とはいえ、尊敬に足る技量を持った者への賛嘆の念が押さえることの出来ぬ勢いであふれ出し、自由な立場であれば剣を構えて忠誠を尽くしたい…とでも良いたげな煌めきを瞳に湛えている。

 

 もはや、仲間を抱えてふらふらと大地に降り立ってくる有翼人達に戦闘意欲は失われていた。

 

 目の前で巨大な華海鼠を打ち倒した侵入者達の技量を見て取ることで、自分たちが手加減されていたと了解した途端…根っこのところから戦意を奪ってしまったのだ。

 しかも…彼らは華海鼠を放置して、白狼族を駆って逃げることなど容易だったにもかかわらず、敵であるトーリョ達を助けてくれた。

 

 この恩に謝意を示さずして、一己の戦士であると誰が胸を張ることが出来ようか? 

 

 鳶色の翼を持つ有翼人達は一斉に膝をつくと、戦士の礼をとって敬意を表した。

 

「助けていただき…誠に有り難く存ずる。我らは敵対すべき立場なれど、今あなた方に振るうべき剣は持たぬ。だが、我が身はこの国の護りであるゆえ、あなた方に忠誠を誓い、敵と味方とを入れ違わせることは出来ない…今は、ただこの感謝を伝えるだけで精一杯な俺を…許して頂けようか?」

 二人の仲間をやっと大地に降ろしたトーリョが我が身の事情を伝えると、コンラートは苦笑して手を振った。

「当然だ。君たちにも立場というものがあるだろう。それに…先ほどの行為は仲間を思う君の勇気に感銘を受けて、お節介を焼いただけだ。優れた戦士があんな化け物の餌になるのは忍びなかった…。ただ、それだけだ。場を替えて相まみえる時は、こちらも戦士として向き合わせていただく」

「おお…。俺も、あなたと敵対することには遺憾の念を抱きつつも、戦士として剣を交えることには興奮を禁じ得ない…っ!どうか、その折りには手加減なしでお手合わせ願いたいっ!!」

『はぁ…この男ってば…《たらし》だよねぇ…』

 崇拝しきった瞳のトーリョとそれを鷹揚に受けるコンラートのやり取りに、ヨザックは面映ゆそうに口元を歪めつつ、ぽりぽりと頬を掻いた。

 

『ルッテンベルクでもさぁ…そうだったよな』

 

 混血魔族のみで構成された部隊…ルッテンベルク師団は、師団とは名ばかりの雑兵の集まりであった。指揮系統も軍装もばらばら…様々な部隊で便利使いされてきた小部隊が数合わせに合体させられたにすぎない。

 よって、ただ上官たる立場にあるというだけでこの軍を率いることは不可能だった。

 コンラートはその才覚とカリスマ…時には手荒い《指導》によって男達の誠心を勝ち取り、彼のためならば命もいらぬという軍組織を作り上げたのだ。

 

 今…あのときの仲間達のうち、生き残っている者は両手の指で数えられるほどだ。

 だが…瞳を閉じればヨザックの瞼には全員の顔が浮かび上がってくる。

 おそらく、コンラートもそうに違いない。

 彼は、一兵卒…従卒の小僧に至るまでその名前と能力、性格を熟知していた位だから…。

 

『ひょっとして、あいつらのことを思い出したから…こいつを救ったのかも知れないな』

 

 と、ほのぼのとした感慨をヨザックが抱いていると、コンラートは素晴らしく美しい微笑みを浮かべてトーリョに話しかけた。

 特徴的な銀色の光彩が艶やかに琥珀色の瞳を彩り…満天の星の如き輝きで純朴な青年を見つめた。

「俺も同じ思いだ。なぁトーリョ…君とはいつか、清々しい思いで剣を交える事が出来ると思うよ?それに、俺は君たちの国を蹂躙しに来たわけではないんだ。俺の目的はただ一つ…君たちの仲間に浚われた少年を取り戻すことだ。彼さえ取り戻すことが出来るなら、君たちの国土には疵ひとつつけることなく帰ろう。誓っても良い。だから…昨日浚われてきた少年について、何か知っていることがあれば教えてはくれないか?」

 

 きらきらきらきら……

 

 文字通り《輝きわたっている》美貌の青年…それも、先ほど素晴らしい剣技を見せて自分を救ってくれた人物に、既に信服しかけていたトーリョが逆らえようはずもない。

 有利を浚った実行犯の仲間とは思えないほどの軽やかな口ぶりで、どこに浚われていったのか…どういう目的なのか知る限りの情報を教えてくれた。

 

『うん………あんた、やっぱ《たらし》だわ、隊長……』

 

 ヨザックはこくこくと頷くと…先程とは微妙に意味合いが異なる表現で元上官を讃えた。

「……ん?」

 ふと、ヨザックは夜空の向こうが明るくなり始めたのに気づいた。

「おんやぁ…夜明けか?……いや、何だ?」

 暢気な声が…鋭いものに変化する。

 枯れ尽くした花々に埋め尽くされた地平に、鮮やかな紅色の輝きが広がり始めた…が、それは夜明けの曙光などとは意味合いの違うものに違いない。

 その色は斑にぎらぎらと輝き、《ギャギャッ!》っと耳障りな鳴き声をあげながら天空を埋め始めたのだ。

「あれは…何だ!?」

「俺たちにも分からない…。一体、何なんだ!?」

 それは…天を埋め尽くすほどに夥しい量の、紅い怪鳥の群れだった。

 鋭い鉤爪と長い嘴(クチバシ)を不気味に振り回し、威嚇するように甲高い鳴き声を上げる禍々しい鳥…。

「おい…どうするよ隊長…流石にすげぇ数だぜ?」

 怪鳥の頭数はざっと見渡すだけでも数百羽という単位であろう…。

 剣で斬りつけるにはあまりにも多すぎる数だ。

「…あちらの方角に、ユーリがいる」

 コンラートは涼やかな眼差しで、空を見返した。

 その口元には不適な笑みが浮かび、眦には興奮を示す紅が差している。

 

 この男…勝算があるのだ。

       

 案の定、ヨザックに向かって…いや、彼の所持する剣に向かって…コンラートはある頼み事をしたのだった。





 

あとがき

 

 久し振りの「迦陵頻伽の檻」如何でしたでしょうか?

 やっとこさっとこ状況が動き始めました!

 でも、相変わらずグウェンダルは「後悔日記連載中」状態です。

 彼の後悔日記は三段活用なので、もう一段階ある予定です。

 

 とりあえず、前のシリーズの時には十分に書ききれなかった「闘うコンラッド」(コンバットコンラッド?)を、今回のシリーズでは十分に書ければ…と思っておりますので、次回のお話でうまいこと表現できればいいなー…と、希望だけは持っています。

 

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