鬼っ子シリーズN「さよならを言う前に T」





 

※鬼っ子ユーリとリーマン次男の織りなすほのぼの切ない系パラレルです。これ以前のお話は「漫画短編置き場」でご覧下さい。NはJ〜Mと特に繋がっています。

 

 〜前回までのあらすじ〜

 鬼っ子有利がヨザックの店でバイト中に、コンラッドの兄がやって来て迷惑な客から有利をまもってくれた。

  有利は、グウェンダルとコンラッドに家族仲を修復して貰い、シュトッフェルによって踏みにじられた仕事を軌道修正するために、ドイツに帰るよう勧めることを決心した。

 

 

「君…馬鹿だねぇ…」

「そう?」

 空の上にある鬼の世界…そこで、泣きはらしたために目がうさぎの様に真っ赤になってしまった友人に、村田は呆れたような声を掛けた。

 友人は鬼の世界にいるため、子ども状態に留めるリングは外しており、15才の少年の身体で細い手足を布団の上に投げ出している。

 帰ってくるなり食事もせず、部屋に籠もってしまった有利を家族も心配していたが、友人は心配を通り越して怒りさえ覚えながら強引に部屋の中へと突入してきた。

「あの男自体は、兄とやらに勧められても日本に残ると言ってるんだろう?そんなに泣くくらいなら、《行っちゃ嫌》くらい言ってやりなよ。あの男のことだ…鼻の下を伸ばして日本に残ってくれるさ」

「でも…コンラッド…時々ね、寂しそうな顔をすることあるんだ」

 はぁ…と溜息をつき、紅色に染まった眦を眇めると…有利には普段の無邪気な表情とは違う、妖しいまでの色香が漂う。

 恋を知り、その痛みを知った者独特の…匂い立つような香りであった。

「僕には、あいつは君といる限り幸せ一杯ほいさっさ状態に見えるよ?むかつくほど」

「うん、大体笑ってくれてるけど…仲の良さそうな家族連れとか見ると、ちょっとだけ…寂しそうな顔するんだ。きっとね…自分の家族のことを思い出してるんだよ。だったら…コンラッドはやっぱりドイツに行った方が良いんだ。家族の人が傷つけたなら、治してあげられるのも家族の人だもん」

「じゃあ…どうしてそんなに泣いているのさ」

「だって…寂しいのは寂しいもん…っ!」

 ぶぁ…っと涙が再び溢れ出し、また枕を濡らしてしまう。

  恋しい人を離したくない…けれど、恋しい人の幸せを誰よりも願ってしまう。

 二律背反した想いが、幼い胸を引き裂いた。

「コンラッドのためになることをしてあげたい…だけど、俺自身は無茶苦茶寂しいんだ…っ!二度と会えなくなる訳じゃないんだから、ちゃんと待っていようと思うのに…寂しくて寂しくてたまらない…っ!」

 有利の住む鬼の世界は、コンラート達が住まう地球と行き来できる。だが、それはどこにでも行けるというわけではない。

 鬼の世界と地球を繋ぐ門は日本や中国などのアジア圏にはあるのだが、コンラートの祖国であるドイツには繋がっていないのだ。

 鬼が地球上で国を行き来するためには、やはり人間同様の交通手段をとるしかない。

 だが…国籍すらない有利にパスポートなど取れるわけがない。

 つまり、強引にコンラートについていったりすれば大きな迷惑を掛けてしまうのだ。

 有利にはコンラートが帰ってくる日まで、じっと我慢の子でいるしかない。

「やれやれ…帰ってくるなんておめでたいこと考えてるんだ?」

「え…?」

「ドイツに行ったら、今度は流石に兄とやらも全力でバックアップするつもりなんだろ?プロジェクトに成功すれば、ルッテンベルク支社の連中は今度こそあの男を手放そうとはしないだろうし、若き英雄…それも美形のあの男に、女が群がらないわけないじゃないか。向こうで良い相手でも見つかればそのまま結婚…ていう流れも彼の年から考えればちっともおかしな事じゃない。彼が日本に戻ってくる可能性は極めて小さいと思っておいた方が良いんじゃない?」

「やだ…そんなの…やだよぅ……っ!」

 有利の指が布団を握りしめ、今度は寂しさよりも強い妬心が胸を灼いた。

「コンラッドにお嫁さんが来たら…俺、もう前みたいに可愛がって貰えないよな…!?」

 お膝に抱っこされたり、ぎゅーっと抱きしめられたり、お手々を繋いで歩いたり…そんなめくるめく楽しい付き合いを、二人きりでやるのはもう無理だろう。

「少なくとも嫁は絶対に嫌がるね。自分より可愛い子鬼たんが旦那に猫っかわいがりされてるなんて気分のいいものではないだろうし、そもそも、君みたいな鬼の子を何の衒いもなく受け入れてくれる人間自体が希有だしね。それに…君だって、あの男が嫁さんとくんずほぐれつやってる喘ぎ声なんて聞きたくはないだろう?」

「あえぎ声って……?」

 きょと…と小首を傾げる有利に、村田が眉間に皺を寄せて補足説明を行う。

「………セックスするときに気持ちよくてあげる声のことさ」

 さすがに《セックス》という用語は知っていたのだろうか。有利はかぁぁ…っ!と頬を真っ赤に染めていたが、暫くすると自分の知る限りの知識でコンラッドと《嫁》とが絡み合い、あえやかな嬌声をあげる様を想像したようで、今度は明らかな妬心を滲ませる眼差しを浮かべて…枕を恋敵のように引き絞った。 

「やだよ…俺、コンラッドにお嫁さんがくるのなんかやだ…」

「だから、引き留めろって言ってるんだよ」

「……できないよ……コンラッドは家族との仲を修復しなくちゃ、いつまでも傷ついたままだよ。それに、ルッテンベルクの人達だって…みんな、コンラッドを待ってる…」

「じゃあ、諦めろよ」

「……う……っ」

 《うん》…とは言えなくて、有利は朱に染まった唇を噛みしめた。

 恋に煩悶するその姿は、ちょっとでもそのケのある男が見れば放ってはおかないほど濡れた艶を持っていた。

 これほど愛らしい少年に、自分がこんなにも愛されているのだと知れば…布団の上にしどけなく投げ出された四肢を掴み、組み敷き、涙に濡れた頬に唇を寄せ…何とかその哀しみを癒そうと愛撫の限りを尽くすことだろう…。

「……色仕掛け、してみたら?」

 つるっとそういう台詞を吐くと、村田は如何にも嫌そうに眉根を寄せた。

 何だって自分はこんな提案をしているのだろう?人間なんて気にくわない種族と縁が切れそうなら、放っておけばいいものを…。

『放っておけるわけ…ないか』

 結局、村田はこの渋谷有利という友人に弱いのだ。

 彼に涙を流させるくらいなら、村田のポリシーや好悪の感情など枉(ま)げるほかあるまい。 

「色…て」

「遊園地に行くんだろ?きっと、ナイトパレードとやらをみるために夜までいるはずだ」「う…うん、そう言ってた。イルミなんとかが綺麗だから、ちょっと夜更かししようねって…」

「暗くなったらトイレか何かでちょっと色っぽい服に着替えるんだ。勿論…子どもサイズじゃなくて、今くらいの大きさになってね。それで、宿屋に連れ込むんだよ。あの男はまぁ…それなりに遊んでるみたいだけど、君みたいな純朴タイプを手玉にとって笑うタイプじゃあない。一度寝れば、君に対して何らかの責任は感じるだろうさ」

「村田…でも俺、コンラッドとは一緒に寝たりしてたけど、別に責任がどうこう言われたことナイよ?」

 がく…と、村田の膝が崩れる。

 有利には…コンラートへの恋慕であれほどの艶を発しながら、自分がコンラートと《セックス》するという発想はないのだろうか?

 そういえば、この友人は男同士の恋愛など存在することも知らない節がある。

 だが、彼がコンラートに向けている情は綺麗なばかりではない…明らかに性的なものを含んでおり、仮想《嫁》に対する嫉妬も恋敵に対する感情だ。

 《友情》や《親愛》なら、彼は共有できる。

 ヨザックと仲良くできているのもその為だろう。

 だが、性的な欲望が絡むからこんなにも仮想《嫁》を敵視するのだ。

 本能的に、そいつとコンラートを共有することなど不可能だと知っているのだ。

 だが…有利は自分のその感情がどういう意味を持つか理解していない。 

『……今までも、何だか会話が噛み合わないことがあるなぁとは思ってたけど…』

 まさかここまでとか…。

「あのねぇ、君があの男と寝るっていうのは…」

「言うのは?」

 ちょこりと正座をして、瞳を輝かせて聞いてくる様子が何とも可愛らしく…。

 村田はなにやら幼気(いたいけ)な子どもに猥談を聞かせるイケナイ大人のような心地がして、ぐぬ…と声を詰まらせてしまった。

「…………とにかく、服は用意してあげるから、それを着て潤んだ目でじっとあの男を見るんだ。そして、《キスして》…くらい言えば向こうの方で了解してくれるさ。それで脈無しならあの男が日本に残ったとしても、君に恋の勝算はない。大人しく諦めるしかないね」

「き…キスってキスって…唇を、ちゅっとするやつ!?」

 真っ赤になってどもっている有利に、村田は呆れ果てたように嘆息した。

「君…一体どういう育ち方をしたらそんな純粋培養になるんだい?」

  渋谷家の面々に入念に保護されて育った有利は、筋金入りの箱入り息子だった。

 この調子でよくぞコンラートに恋などしたものである…。

『男同士のなんたるかも知らないような渋谷をここまでメロメロにするとなると、あの男…やっぱり魔性の男だ』

 村田のコンラートに対する評価は、彼の与り知らぬ所で一層悪化するのだった。

 

*  *  *

 

 リュックサックに村田の用意してくれた服と靴を詰め込み、ヨザックに貰ったバイト代入りの(思いの外ヨザックは奮発してくれた)蝦蟇口財布も入れ、コンラートに買って貰ったお出かけの服を着込むと、鬼っ子有利はきちんとリングを角に填めて準備を整えた。

 今日は夜までエネルギーを温存しておかなくてはならない。

『色仕掛けをするときに子どもの姿のままでは誘えないからね。僕が考えていたほどにはあの男、幼児嗜好の変態というわけではなさそうだし』

 またしても専門用語が多すぎて有利には半分くらいしか理解できなかったのだが、自分が心がけなくてはならないことは分かる。

 とにかく、夜になったら15才の少年の姿でコンラートに近寄り、ムードが良くなったとき(具体的にどういうのが《ムードが良い》のかは不明だが)、《キスして…》と囁くのだ。

『き…キス…キっっ!!』

 今から凄い勢いで噛みそうなのだが…村田曰(いわ)く、濡れたような瞳で切なげに囁かなくてはならないらしい。うまく出来るのだろうか…?

 

 いや…待てよ?

 大切なことを忘れていないか?

 

 有利ははた…と、我に返った。

『そーだよ……それだけじゃなくて、俺…コンラッドに、《ドイツに行きなよ》…って言わなくちゃなんないんだ』

 考えても見れば、そもそもそれが本題なのだ。

『うわ…ハズカシー…俺、昨日一睡もせずに自分のことばっか考えてた……』

 頬を染めて猛省する。

 人一倍家族思いなのに、先立たれたり、思いが通じなかったりと、辛い思いばかりしているコンラートに、幸せな家庭を取り戻すために言わなくてはならないことがあるではないか。

「そーだよ…まずは、そっちだよな」

 きゅ…っと唇を噛みしめて、有利は黒雲に乗っかった。

 

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* コンラッドにメロメロ有利…。コンラッドとの恋愛模様は果たして…? *