「遊園地への道」

 

 

「遊園地?」

「うん、今度の日曜日に行ってみる?」

 ある日、鬼の子有利がいつものようにコンラートのマンションを訪ねると、部屋の主はにっこり笑顔で鮮やかな印刷が施された紙をくれた。

 日本最大級の規模を誇る夢と娯楽の街…その紙に描出された世界ではみんなが笑顔で、カラフルな色合いの衣装に身を纏った不思議な生き物が人間達の間を行きかっている。

 そこは、種族が違っても誰も気にとめず…にこにこ笑顔でいられる素晴らしい街らしい。

「うわぁぁ…っ!すごい、すごいね…っ!ここはにこにこ街だねっ!!」

「行きたい!」

「うん…っ!」

 けれど、有利は最近ヨザックの影響であることを気にするようになっていたものだから、紙…パンフレットというものに書かれたある数字を見て取ると、一瞬ぎょっとして目を見開いた。

「どうかしたの?」

「う…ううん…何でもないっ!!」

 有利はふるふると頚を振ると、パンフレットを握りしめた。

「あのね…これ、持って帰って良い?」

「うん、勿論。日曜日までにしっかり見ておいて、どれに乗りたいか決めておいで?身長120p以下の子どもは乗れない乗り物なんかもあるから、そこもみておかないとね」 「う…うん!」

 こっくりと頷くと、有利は黒雲に乗って天高く舞い上がった。

 

*  *  *

 

「…へ?金が欲しい?」

「うん…お店のお手伝いをさせて?んで…お金ちょうだい?」

 ヨザックは店先を訪れた鬼っ子に素っ頓狂な声を出した。

 有利は流石にTPOを弁えるようになっており、現在身に纏っているのはごく一般的な小学生児童の服装に準じたシャツにベスト、ジーンズといった出で立ちである。

 だが、神妙な顔をして彼が言い出したのは開口一番《ここで働かせて欲しい》というもので、ヨザックをかなりの度合いで戸惑わせた。

「なんだってまた…」

「あのね…俺、コンラッドに《ゆうえんち》に行こうって誘われたの」

「はぁ…ああ、こりゃ……」

 有利が大切そうにリュックから出してきたのは某有名遊園地のパンフレットで、その賑やかな画面は如何にも子供心を擽りそうな娯楽性に満ちていた。

「でもね?ヨザック…前に言ってたでしょ?コンラッドに甘えてフトコロから吸い上げすぎるなって…」

「………言った…ねぇ……」

 何週間か前…コンラートのマンションを訪れたヨザックは、そこで綺麗な革製のグローブを手にして満面に笑みを浮かべた有利に会った。

 その時の心情としては老婆心というか倹約精神というか…とにかく、諸々の感情がそのグローブを《分不相応な高価な品物》として捉えたのだった。

 それでなくともコンラートは有利に甘く、少しでも有利が興味を示せば次の日には買い与えるという蕩けぶりであったので、少々心配になってこう言ったのだ。

『なぁユーリ…もう貰っちまったもんはしょうがない。大切にしな?でもな…これだけは覚えとくんだ。お前さん…コンラッドを食い物にしちゃなんないぞ』

『…?食べたりはしないよ?』

『そーゆー意味じゃないって。あいつはあの通りお前さんに甘い。だが、その行為を当たり前と思うようになっちゃいけないって言ってるんだ。そのグローブだって、お前さんが稼ぎ出そうとしたらなまなかなことじゃ手に入らない代物だぞ?』

 そして、有利はコンラッドに買って貰った主だったものについてヨザックからその金銭価値を説明され、真っ青になったのだった。

「でね、ここに入る為のお金の所を見たら、一日ここにいるだけですごい値段だって分かったんだ。でも…俺……どうしてもこの《ゆうえんち》にコンラッドと一緒に行きたいんだ!だから、行きたくないなんて言えなかった。オゴってくれるのわかってるけど…ちょっとでも自分のお金足したいんだよ。せめてさ、ご飯代くらい俺が払うとか」

「………そう…か」

 ヨザックはうっかりほろりときそうになった目元を拭う。

『俺的には、ユーリが図々しくなって、コンラッドの親切を当たり前に思うようになったら厭だと思っただけだったんだけどな…』

 コンラートへの想いと同時に、ヨザックにはこのちいさな鬼の子を得難い存在として感じ始めている節がある。その彼が、溢れる愛情によって歪んでしまいやしないかと不安になったわけだが…どうやら全て杞憂であったらしい。

 思った以上に律儀な彼は、ヨザックの指導を必要以上に強く感じ取ってしまったようだ。

「よし、分かった。お前さんは俺の親戚の子どもってことにして、明日一日仕事を手伝って貰おうか」

「今日でもいいよ?」

「いや、こっちにも準備ってものがあるからな」

「ふぅん?」

 きょとんとしながらも、有利は言われるままにその日は帰った。

 

 

 次の日、有利がヨザックの店を訪ねると…店主は満面に笑みを湛えてぴらりと《制服》を差し出して見せた。

「じゃじゃーん。友達から借りて来ちゃったよ!」

「あのぅ…ヨザック…これって………女物、じゃないの?」

「ほーら、似合うぞー。これ着て客寄せしな」

 有利は口を三角形に開いて問いかけるが、ヨザックは聞いてくれない…。

 有利に見合った大きさの制服は、どこからどう見ても…ちいさなメイド服であった。

 黒い膝丈のドレスにひらひらの真っ白なエプロン…ご丁寧にヘッドキャップと白いレースの靴下まで用意している…。

 ヨザックとしては有利の誠意には応えたい。

 だが、調理については破滅的な才能を持つ有利を自分の聖域である厨房には立たせたくない…。

 そんな利害の狭間から生み出された選択肢が、《客寄せ》であった。

 店先でチラシを配ったり、ばら売りクッキーの籠に新しい商品を並べたり…。そういった作業をさせるために小さな作業着を捜したのだが、手に入ったのは何故かこういう代物だったのである。

 個人的に女装癖のあるヨザックとしても断る手はなく、嬉々として借りてきてしまったのだ…。

「ほらほら、小さいこと気にしてると大きくなれないぞ?金を稼ぎたいんだろ?」

 後半はどう聞いても悪い大人の発言でしかなかったが、ヨザックを信用しきっている有利には抵抗できなかった。

 

 

 そして十数分後…ほんのりと唇に紅まで差して貰って出来上がったちいさなメイドさんに、店員もお客さんも声を裏返して感嘆の声を上げた。

「か…可愛いーっっ!!」

「有利ちゃん!写真撮らせて!」

「やーん、抱っこさせてぇ…っ!」

 きゃいきゃいと歓声をあげられ、有利は頬を真っ赤に染めてしまった。

「でも…恥ずかしいよぅ…。脚のあいだがすぅすぅするよ?」

 涙目で上目づかいに言われると女性店員や老齢のご婦人方までもがきゅうんとイケナイ方向に胸をときめかせてしまう。

 ヨザックとしては、《虎のパンツのほうがよっぽどすーすーしそうだけどな…》等と思うわけだが。

「大丈夫よ!すぐに慣れちゃうからっ!」

「そうよぉ、それに、有利ちゃんがお手伝いしてくれると、きっとお客様も笑顔になってくれるわ。だから、可愛い笑顔をお客様に見せて差し上げて?」

「そ…そうかな?」

「うん、試しに笑ってごらんなさい?そうねぇ…有利ちゃんが一番大好きな人の笑顔を思い浮かべると、きっと素敵な笑顔になるわよ?」

「…うん」

 こくっと頷いて有利が浮かべた笑顔は…ふわぁ…っと白い蕾が綻ぶような愛らしさで、見ていた店員や客は《きゃおぉぅ…》と、先程とはまた違った声で歓声を上げていた。

「う…わ、ヤバイ…ヤバイよ有利ちゃん、その微笑み…」

「店長!有利ちゃんは絶対店内から出しちゃ駄目ですよ!歩道とかでチラシ配り何かさせたら一発で浚われますよ!」

「はいはい…」

 すっかり周りの人々を魅了してしまった有利を見やりながら、ヨザックは思うのだった…。

 

『うーん…この可愛らしさを商売にしちゃうと、コンラッドを養えるくらいの金になっちゃうかも…』

 

 イケナイ大人の発想は、決してコンラートには聞かせられないものであった。

 

* 有利の愛らしさは商品価値にして一億は下らないと思います。 * 

 

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