「人魚王子」−1
昔々、どこかの世界のお話。 渡る風が芳ばしい潮の香りを運び、燦々と降り注ぐ陽光がきらきらと水面を輝かせる…そんな海辺を持つ大国、眞魔国がありました。 美しいツェツィーリエという女性が王様をしておりますが、この方は《君臨》はしても《統治》するということはありませんでした。 だって、人には向き不向きというものがあるのです。 ツェツィーリエは外交で殿方の心を動かすのは得意でしたが、こと、難しい国の内情を統治管轄することは端(はな)から諦めておりました。 それはそれで上手くいっているなら良いんですけどね、この国の場合はちょっと…いいえ、結構問題がありました。ツェツィーリエの代わりに摂政として統治しているお兄さん、シュトッフェルという人が威張り散らすわりに能力が低く、大事な役職に就けるかどうかは家柄や賄賂によって決まっておりましたから、あまり人材に恵まれない国だったのです。 それでもどうにか大国としての面目を保てているのは、シュトッフェルによって閑職に回されている人たちがどうにか手を回しているおかげなのです。ことに、第2王子であるウェラー卿コンラートの活躍はめざましいものがありました。どんな国が企み、襲ってこようとも、眞魔国の守護神と謳われるコンラートさえいれば難攻不落であると、民は安心しきっておりました。 でも…コンラートに対する宮廷内の扱いは、とてもその実績に報いるものではありませんでした。 何しろコンラートの父親は出所不明の旅の剣士でしたから、家名第一の連中が要職を占めているこの国では、どうしたって不遇の扱いとなってしまうのです。 今宵船上で行われた盛大な宴でも、コンラートは不愉快な目に遭いました。 大嫌いなシュトッフェルが酔っぱらってコンラートに絡み、父のことを侮蔑したのです。 コンラートはぎろりとシュトッフェルを睨み付けましたが、手出しすることはありませんでした。そんなことをすればコンラートはともかく、彼の配下であるルッテンベルク師団の面々がまた補給線も途絶えがちな前線に送られることを知っていたからです。 戦を恐れるコンラートではありませんでしたが、後方からの悪意が敵兵よりも兵を疲弊させ、心を折るものであるかは熟知しておりました。 でも…知っていることや耐えられることと、平気でいられることは違います。 『…くそ…っ!』 コンラートは朗らかな笑顔を浮かべつつも、内心で舌打ちしながら…するすると人の波を縫って船縁まで行きました。 ザザ…ザザザ…と響く心地よい潮騒と新鮮な風とに包まれると、コンラートは漸く一息つくことが出来ました。同じ甲板の上だというのに、どうしてだか宴の卓周囲にはどんよりとした汚泥のような空気が立ち込めていたように思います。 ほっと息をついてコンラートが船縁にもたれ掛かかりますと、胸元に提げていた首飾りが揺れました。洋燈の光りを浴びた蒼い魔石は、亡くなった友人からの贈り物です。 とても大切なものですから、当然コンラートは大切にしてきましたけれど、彼女が身につけていたときと同じ鎖であるせいでしょうか?近頃は金具が弱っているように感じました。過酷な戦場を乗り越えて行くには、少し華奢な造りであったのでしょう。 『そろそろ直さないとな…』 指先で鎖の中の特に弱っている部分をひょいと摘んでいると、コンラートの視界にはちら…っと光るものが入ってきました。どうやら、水面で何かが光ったようです。 『なんだ…?』 目を凝らしてみましたが、何も見えません。きっと強く寄せてきた波の飛沫が、月光を浴びて光ったか、元気な魚がぴょうんと飛んだのでしょう。そう言えば、キラキラとした青い鱗が見えた気がします。 『気のせいか…』 捜すことを諦めたコンラートが身を引くと…何ということでしょう!船縁の装飾に引っかかった鎖が呆気なく千切れ、魔石は受け止める間もなくみるみるうちに水面へと落下していったのです。 「……しまっ!!」 何という失態でしょう! 普段の用心深いコンラートからは考えられないような事でした。 真っ青になって目を凝らしますが、ここは岸辺からかなり離れた洋上です。幾ら泳ぎが達者なコンラートとはいえ、潜ってあの小さな魔石を見つけ出すことは無理でしょう。例え腕利きの海女がここにいてくれたとしても、探し出すのは不可能であるように思われます。 「何てことだ…!」 すっかり落ち込み、両手で顔を覆ったコンラートでしたが、不意に…彼を呼ぶ声に気付きました。少し甘い響きを持つ、男の子の声です。 「おーいおーい、王子ーっ!この石を落としたろ?」 「……っ!?」 コンラートが声のする方に目をやりますと、なんと水面から少年が顔を覗かせています。 洋燈と月光だけでは十分に造作の詳細を見て取ることは出来ませんが、随分と深い色合いをした髪と瞳の持ち主のようです。 一体どうしてこんなところで泳いでいるのでしょうか? 「ねーってばーっ!これ、いらないの?」 少年が焦れたように腕を振りかざすと、その人差し指と親指の間には…あの魔石があるではありませんか! 「拾ってくれたのかい?ありがとう…っ!」 「えっへぇ…」 少年は照れたように鼻を掻くと、腕を振りかぶって魔石を投げようとします。 船腹に当たって落っこちたらどうするつもりでしょうか? 「ちょ…っ!?ま、待ってくれ…っ!小舟を降ろしてすぐに取りに行くからっ!」 「えー?それはちょっと困る…」 コンラートが血相を変えて止めると、どうしてでしょう?少年は少し怯んだようにもじもじしています。こんな洋上に現れる不思議な少年ですから、ひょっとすると人間ではないのかも知れません。 少年が困ったように眉根を寄せているように思えて、コンラートは声を和らげました。彼を困らせるつもりはないのです。 「では、その石を大切に持っていてくれないか?」 「え…いらないの?」 《大事な物かと思ったのに…》と少年が首を傾げますから、コンラートは微笑みながらこう言いました。 「とても大切なものだよ。だけど、海の底に消えてしまう運命だったのなら、君に持っていて貰った方が良い。船腹に当たって砕けるのも困るけど、俺が降りていくのは君が困るんだろう?」 「そう…?」 「ああ、大切にしてくれるかい?」 「うん…っ!」 少年は元気よく頷くと、月光に照らすように魔石を頭上に掲げました。すると薄い雲に覆われていた月が晴れ間に出てきたのか、水面は明るい光りに包まれました。 『わ…』 やっぱり、少年はとても綺麗な顔をしています。一糸纏わぬ上体は白くてすべやかで、青い魔石を掲げた腕はすらりとした若木のようです。 コンラートと視線の合った少年がにこりと微笑めば、心に沁み渡るような輝きを放ちました。 『直接近くで会えないのは残念だなぁ…』 何とかして、また会えないでしょうか? そう思って何か声を掛けようとしたのですが、丁度酔客がどかどかと船縁に集まってきたものですから、少年はぱしゃんと水音を立てて沈んでしまいました。 コンラートはとてもがっかりして、暫くの間…水面から視線を逸らすことが出来ませんでした。 * * * 「村田、村田…!俺、コンラッド王子とお喋りしちゃったよ!落っことした石を拾ってあげたら、凄く優しそうに話してくれたんだよ?」 にこにこ顔の友人に、村田と呼ばれた少年は実に嫌そうな顔をしました。矢継ぎ早に《真っ白な正装軍服が物凄く似合っててさぁ〜》とか、《前に見たときよりお洒落に上げてる前髪とかも格好良くて》…なんて惚気られている台詞も、鼓膜伝導の段階でシャットアウトします。 さて、ここは深い深い海の底…ですが、ちっとも真っ暗なんかではありません。色とりどりの貝殻がそれぞれに豊かな色合いを湛えて発光しておりますから、友人である有利の可愛らしい顔は、上気した様なんかがとっても素敵です。 それなのに村田が不機嫌そうなのには理由がありました。 「渋谷、君ねぇ…水上は危ないって、僕は何回言ったっけねぇ…?」 ふんぎぎぎ…っと頬肉を掴まれた有利は《うみーっ!》と啼きました。 別に洒落たわけではありませんよ? 「それに、いい加減上に何か着る癖をつけてはどうだい?」 「だってマッパが一番なんだもん〜。村田こそ、その長ったらしい長衣邪魔じゃねぇ?」 「僕には丁度良いんだよ」 村田は漆黒の長衣の裾が何本かに別れた衣服を纏っており、少し動くとゆらゆらと揺れる裾野は優雅な海草のようで、確かに彼には似合っています。 一方、渋谷有利はと言うと、《マッパ》…つまりは真っ裸ですので、社会通念的に言えば多少問題のある姿でした。 ただ、有利も別に《フルチン》…つまりはふるふるチ○ポ(言い換えになっていませんね)なわけではありません。すべやかな上体こそ何も身につけてはいませんが、下半身は蒼く美しい鱗に覆われていたのです。ですから、見られて恥ずかしいものは別に無いと思っているのでしょう(胸のちいさな桜粒は、根本が膨らんでいないので彼的には露出OKのようです)。 そう、渋谷有利は人魚なのです! 勿論友人の村田もそうですよ?薄い水色の、やっぱり綺麗な鱗に覆われた長い尾を持っています。 元々は《日本》と呼ばれる東洋の国に住んでいた人魚族は、《不老不死の妙薬》として狩られるようになってから、彼らの存在を知らない世界に逃げ延びてきたのです。そして現在ではここいらの海中に根城を張り、のんびり楽しく過ごしているのでした。 それでも彼らは警戒を忘れたわけではありません。 何しろこの辺には彼らを知る者がいないとはいえ、水上はここ近年で随分と物流が盛んになったと聞きますから、いつなんどき人魚達の効能が伝播してくるか分かりません。 人魚達が自分で試したわけではありませんが、人魚の血は全ての傷病を癒し、人魚の肉は不老不死すら招くと言われております。実際に食べた者が不老不死になったという話は聞きませんが、少なくとも寿命は随分と延びたと言いますし、何しろ老化が止まってしまうのは確かに大きな事でしょう。 ですから、人魚の誰かがそんな効能を持っていると知られたら、きっと恐ろしい狩りが再び行われると思われます。 人間達が直接海の底に潜ることは出来ませんが、彼らには恐るべき武器があります。 爆薬…これを仕掛けた箱を水底深くに鎮めて爆破されると、近辺にいた人魚も魚も蒼白い腹をぷか…っと浮かべて水面に浮いていきます。 勿論、命を失って…。 村田はぶるりと背筋を震わせると、無鉄砲な友人を強く抱きしめました。 村田は古(いにしえ)から引き継がれる《大賢者》の記憶を持っていますので、大量に水面を埋めた無惨な死骸の映像を脳裏に思い浮かべてしまうのでした。 その中に、友人の姿をどうしても重ねてしまうのです。 「お願いだよ、渋谷…人魚であることを、決して人間に知られたりしないでね?ましてや、血肉の効能を知られてしまうなんて決してしないでよ?」 「当たり前だよ〜。幾ら俺だって、人間に食べられるようなことしたりしないよ?」 有利はにぱりと笑いますが、安心できません。 人の良すぎる彼は、以前大怪我をした亀に指先を囓って血を分けてやったことがあったのです。その亀は純朴で恩義に厚い雄でしたから、決してその秘密を他の亀に漏らすことはありませんでしたが、人間はそうはいかないはずです。 更には、有利がけろっとした顔をしてとんでもないことを言いだしたものですから、村田の眉間の皺は益々深くなってしまいました。 「でさ…そこでお願いなんだけど、村田…俺を人間にしてくれない?」 「君の脳は雲丹(ウニ)でできているのかな?」 ズゴ…! 勢いよく村田の空手チョップが有利の頭蓋を殴打します。 大変正確に大脳縦列に沿った打撃に、有利はくらくらと眩暈を起こしてよろけました。 「き…効いた…っ!」 「当たり前だ。効くようにしたんだからね!君ねぇ…一体僕の話をどこのどの耳で聞いてんのさっ!!」 貝殻みたいな耳朶を荒々しく掴むと、村田は何度も何度も説教を喰らわせました。ですが…どうしたものか、有利はしつこくお願いを続けるのです。 「ウェラー卿コンラートをどれほど好きか知らないけど、一方的な片思いじゃないか」 有利は以前、海岸縁で《野球》と呼ばれる競技に励むコンラートを覗き見して以来、その素晴らしい投球ホームに惚れ込んでいるのです。水面で他の人魚と貝殻を投げっこして遊ぶのとは一線を画にする見事な筋肉の動きと、鋭い球筋…それはうっとりと見惚れてしまうほど見事なものだったのです。 今宵、有利が他の人魚達に気付かれぬよう船舶に近寄っていったのも、何とかしてコンラートの姿を目に留めようと思ったからでした。 図星を指されて、有利は真っ赤に頬を染めます。 「そりゃ…俺が勝手に好きなだけだけどさ…。でも、一度で良いからコンラッド王子と球の投げっこをしたいんだ!」 「名前すら明瞭に発音できないのに?」 「う…っ!」 少し舌っ足らずな有利は、痛いところを突かれて唇を噛みました。大好きなのに、コンラートの名前を正しく発音することが出来ないのです。 「とにかく、駄目だよ」 「そんなぁ…」 有利はすっかりしょげかえって家路に就きました。 * * * ウェラー卿コンラートは船舶が陸地に戻ると、港から外れた砂地の海辺を暫くのあいだ彷徨っておりました。 あの少年がいるはずないと分かっていても、潮の香りを嗅いでいると昨夜のことが慕わしく思い出されてならないのです。 ミィィ… ミィーー…… 海猫が啼きながら旋回していく朝ぼらけの空は、淡い蜜柑色と薄青とに染まっております。きらきらと輝く水面に目を凝らしますが、やはりそこに少年の姿はありませんでした。 ですが…。 「王子、王子…」 囁く声がします。 これはコンラートの想いが聞かせる幻聴でしょうか? そう思って歩き去っていこうとすると、また声がします。 「ねーってば、コンラッド王子〜っ!」 ちょっと舌っ足らずな声が焦れたような呼びかけると、コンラートは慌てて踵を返しました。これは幻聴などではありません! 「君…っ!」 見れば、大波除けの岩場の間だからちょこんと上体を覗かせて、あの少年がこちらに手を振っているではありませんか。 声を交わした地点からここまでは随分と距離がありますのに、どうやって来たのでしょう? そんなことより、明るい陽射しの中で目にする少年の美しさと愛らしさにコンラートは心を躍らせましたし、少年の髪と瞳が眞魔国では貴色とされる双黒だったのにも驚きました。 あげた魔石も新しい鎖で繋いで、ちゃんと胸に掛けられています。 「ああ…会えて良かった!是非もう一度会いたいと…」 普段は心からの感情を表すことのないコンラートが、珍しくも喜色を前面に押し出して駆けていきますが、少年は大慌てで手を振りました。 「あ…あ…っ!ち、近くに寄ったら駄目っ!」 「どうして?」 「だ…駄目ったら駄目なの!」 「じゃあ、どうして今日は来てくれたの?」 「それは…」 少年はもじもじしていましたが頬を上気させると、上目づかいに…恥ずかしそうに呟きました。 「どうしても…俺も、もう一度会いたかったんだ…」 ズキュウン…っ!! コンラートは心室中隔を矢状軸方向に、恋の矢によって串刺しされるのを感じました。 具現化した矢なら即死です。 幸い、矢は空想上のものでしたが、それでもコンラートの精神を恋愛の甘い泉に沈めるには十分でした。 つまり、恋の溺死です。 「名前を…教えて貰えないだろうか?」 「あのね、有利っていうんだ」 「ユーリ…素敵な名前だね。7月を意味する名だ。初夏の新緑のような君にはぴったりだね」 他の人が言えば腐敗臭がするような台詞も、コンラートの美声が紡ぐと煌めくような恋のときめきに満たされます。案の定、有利はぽぅ…っと頬を染め、瞳を潤ませて見上げてきました。 「一度と言わず、何度でも会いたいんだけど…君の傍に寄ることは出来ないのかな?」 「う…うん。ゴメンね?」 うるりと濡れた瞳から、彼が本当に困っていて…でも、コンラートといたいのもやはり本当のことなのだと知れます。 狂おしいような焦らしプレイに、コンラートは身を捩るような想いでした。わざとやっているのなら大したテクニックです。 「そんでね…俺、あんたとどうしても一緒に野球をしたいんだよ。ボール持ってきたから、投げっこしてくれる?」 「ああ、いいとも」 わくわくした顔をしておねだりされれば、断ることなど出来ません。 有利がぽぅんと放ったボールを受け止めると、絶妙な角度で放物線を描かせて投げ返します。 「良い球!」 きゃっきゃと声を上げて笑うと、有利はまた球を投げてきます。 幾度かそれを繰り返したところで…コンラートはふと悪戯心を浮かべました。 そして、意図的に少し軌道をずらして球を投げると、見事に有利が引っかかります。 「あ…っ!」 一生懸命球を追おうとした有利が身を翻すと、岩場に隠れていた下半身がバシャァン…っと水音を上げて飛び上がり、砂地に乗り上げてしまいました。 その下半身が蒼い鱗で覆われた魚であることに、コンラートは吃驚仰天します。 「な…っ!」 「や…っっ!!」 有利は真っ青になると、じたばたと身を捩らせて海中に戻ろうとしますが…思いっきり砂地に乗り上げてしまったせいで転がるようにしか動けません。 「ユーリ…」 コンラートは素早く駆け寄ると、優しく有利の身体を抱え上げて優しく海の中に戻してやりました。 有利は吃驚したように、涙に濡れた瞳をコンラートに向けました。 「に…逃がしてくれるの?」 「砂地に乗り上げてしまった恩人を、見殺しにできるような男だと思った?」 問われたこと自体が寂しくて、少し皮肉な言い回しになってしまいましたが、有利はふるふると首を振ると、潤んだ瞳からぽろぽろと涙を零して謝りました。 「ゴメンね…。仲間から、絶対人間に姿を見せちゃ駄目だって言われてたから…」 無理もありません。 こんな種族のことは聞いたことがありませんが、好事家の連中に知られれば、捕らえられて観賞用の水槽に入れられてしまうでしょう。自由に大海原を泳ぐ有利にとって、とてつもなく屈辱的で悲痛なことに違いありません。 でも…コンラートのことだけは、どうしても信じて欲しいのです。 「俺は決して君のことを人に言ったりはしないよ。お願い…信じて?」 「うん…うん…っ!」 こくこくと頷くと、有利は嬉しそうに微笑みました。 「信じるよ。あんたは絶対、そんなコトしない人だって…!」 「良かった…」 嬉しさのあまりコンラートが《ちゅ…》っと音を立てて唇にキスをすると、有利はそのまま真っ赤になって…ふなふなと海中に沈んでしまいました。 逃げたのかと思いましたが、暫くすると《ちゅぱん…》と水面から顔を覗かせます。 「い…今の、ナニ?」 「ええと…愛情表現だよ?」 「愛情?」 「好きってこと」 「ふぉ…っ!?」 有利は更に真っ赤になると、そのままぐるぐると海の中で旋回しました。 子どもがお風呂で使う玩具のようです。 「コンラッドは俺のこと好き!?」 「好きだよ。ユーリは?」 上半身はどうみても人間な有利でしたが、この時ばかりは池の鯉に良く似ていました。 ぱくぱくと口を開閉していたかと思うと、両手で顔を包んで《ふきゅうぅ〜…》と声にならない呻きを上げたのです。 そしてチョイチョイと指でコンラートを招き寄せると、上体を屈ませて…おずおずと不器用なキスをしました。 「俺も、好きだよ?」 言った後、有利は茹でた甲殻類のように真っ赤になっておりました。 こうして想いを確かめ合った二人は、また人目を忍んで会う約束をしたのです。 |