〜先生と俺の日常生活シリーズ〜
「夏の君もぴかぴか★」
有利視点
9.汗の匂いにまで興奮します
日中は激しく、木立に止まった蝉が鳴き立てていたのだが、夕刻になると草むらへと陣地が変わり、ジュカカ…と密やかな鳴き声が聞こえてくる。
沈黙が起こるまで、そんな音など気にならなかったのだけど…。
今は酷くその音だけが耳に付いた。
『えらい事をしてしまった…』
後悔先に立たずと言うが、有利の甘い唇…アイスクリン味のそれを味わった今となっては、これを後悔と呼んで良いのかすら分からない。
とても、気持ちよかった。
罪だと分かっていても、離せなくなるくらいに。
「ユーリ…」
呼びかけると、華奢な肩がぴくんと揺れる。
怯えているのかと思ったが、逃げる素振りは見せない。
戸惑うように瞳を揺らす癖に、淡く開かれた唇は…まだコンラートに拒絶の言葉を紡いだりはしない。
どういうつもりなのだろう?…そう思って、キスをしておきながら自分自身の気持ちを明かしていないのに気付く。
『悪戯でキスをするのと、本気で告白するのと…どちらがより罪だろうか?』
学校のPCの共有掲示板には毎日のように不審者情報が入り、数ヶ月に一度くらいは不祥事で捕まった教員の報告書が出てくる。大抵は女子生徒に手出しをしたというものだが、時として男性教諭が男子生徒に手出しをしたというのも散見される。
『汗の匂い…』
帰ってから一度シャワーを浴びたけれど、冷房が嫌いな有利の為に空調を効かせていないから、互いの身体からは淡く汗の匂いが立ち上る。
それが、淫靡なかおりを漂わせる媚香よりもにおやかで、また唇を重ねてしまう。
今度は、言い訳しようのないほどの深さで。
「ん…」
やはり有利は抵抗はしなくて、どうしてなのかと思いながらも口腔内の感触を楽しんでしまう。
アイスで冷えて甘い口の中にするりと舌を差し入れれば、怯えたように舌が逃げるからそれは敢えて追わず、歯肉や口腔内の粘膜をくすぐっていく。
ゆっくりと唇を離していくと、有利は赤ん坊みたいにあどけない表情でコンラートを見ていた。
口にした言葉はコンラートを責めるものではなく、問いかけるものだった。
「どうして…キス、するの?」
「…っ!」
その瞬間…純粋な漆黒の瞳に射すくめられたように、動きを止めると。コンラートは自分の打算を唾棄した。
『どらが罪になるとか…そういう問題じゃないだろう?』
大切な子にキスをした。
ずっとずっと護りたい大好きな子にキスをしたのだ。
なら…コンラートがまず考えなくてはならないのは有利の気持ちではないか。
「好きだからだよ」
繕わない言葉に、有利の目がこれ以上ないと言うほど開かれる。
そんなに吃驚するのかと頭の何処かで考えながら、有利の唇に人差し指を這わせる。
「せめて、高校を卒業するまでは秘密にしようと思ってたんだけどな…。ゴメンね?堪えきれなかった」
「や…やや…っ…」
「嫌?もう…家に帰るかい?」
「やだ!」
あわあわと言葉に詰まっていたくせに、《帰る》という選択肢への拒絶は明瞭だった。
「でも、このまま俺と居るとどこまで我慢してあげられるか分からないよ?」
《食べちゃうかも》…そんな風に囁きかけるのに、有利はふるる…っと首を振ると《帰らない》と繰り返す。
「またキスをしても良いの?」
「良いよ…」
「どうして…?」
「あ…あんたと一緒…」
《多分》…と口の中でもごもごさせながら言うのは、本当に分かって言ってるのだろうか?
「俺は、キスだけで止められないかも知れないよ?」
「え…っ!?」
キス以上というのは流石に想定外だったのか、有利の声が跳ねる。
「以上って…ど、どういうことするの?」
「教えてあげない」
「なんで?」
「口にしたら、今すぐやってしまいそうだから」
「え〜っ?」
「多分…ユーリはまだ、分かってなんだよ。俺がどういう風に君を好きなのか…。だから、一緒なんて言っちゃ駄目だ。自分で分かるまで、お預けだよ」
「狡い…」
「どっちが?」
かしりと鼻先を囓って開放してやった。
「お風呂、先にお入り」
「良いの?」
「ああ、そんなに誘惑するような匂いを纏っていたら、今度は押し倒してしまうかもしれないからね」
有利はぴょこたんと起きあがると、慌てて浴室に駆けていった。
そのことにほっとしたのか残念に思っているのか…コンラートは溜息をついて顔を掌で撫でつけた。
《押し倒して》と言われていたら、流石に我慢できなかったろう。
『ユーリがいない間に…息を殺して抜いておくか』
高ぶりを示し始めた素直すぎる自分の股間をぺちりと叩き、コンラートはトイレに向かった。
あの警戒心に乏しい…魅力的な少年相手に、どこまで我慢できるのだろうかと自問自答しながら…。
* 久し振り過ぎて、前の話を読み返さないとどういう関係だったが忘れてしまいそうでした…。この調子だともどかしいまま20話に到達しそうですね(汗) *
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