〜先生と俺の日常生活シリーズ〜
「夏の君もぴかぴか★」

有利視点


8.アイスを舐める姿に×××

  

 素朴な味わいの棒状アイスクリンは最初の内は硬くて難儀するが、次第に柔らかくなってきた頃合いに、口の中で《くしゅ…ほろり》っといった食感で崩れてくれた時が最高に美味しい。

「美味しそうに食べるなぁ…」
「美味しいもん」

 夕食後のデザートとして渡されたアイスに舌鼓を打っていたら、こちらは冷たい珈琲を飲んでいるコンラートが感心したように囁く。
有利はにこにこ顔でアイスを舐め続けると、感心されたのが嬉しかったせいか、ちょっと子どもっぽくアピールなどしてしまう。

「見てみて!滑らかカーブっ!」

 口の中に大きく含んで、硬口蓋に宛うようにして舌を押しつけると、口腔内から抜き出したアイスは滑らかなカーブを描いていた。

「……凄いねぇ」

 どうしてだろう?こころなしかコンラートは頬を赤らめて目を逸らしている。
 
『子どもっぽすぎて呆れちゃったのかな?』

 急に焦ってきて手早く食べようと思うのだが、遊び食いをしていたせいでアイスは勢いよく溶け出してきた。

「あ…ぁ……」

 折角のアイスが液状化して滴ってくるものだから、アイスの外周で液体の膜のように変化してきた部分を懸命に舐め取り、勿体なくて手首に滴ってくるしずくにも舌を這わせる。
 けれど、一度溶け出した夏のアイスというのはなかなか手強い代物で、欠片が分裂してほろりと胸元に零れてしまう。

「あ…っ!」

 冷たい。
 一瞬、痛みを感じるくらいに冷感が刺激されて悲鳴を上げてしまうが、本当に悲鳴を上げるべきだったのは次の瞬間だったのかも知れない。


 ぺろ…


 熱い舌が、有利の第2肋骨上際に引っかかったアイス片に添えられたかと思うと、つるりと舐め上げてきたのだ。

「…………っ!」

 人間、吃驚しすぎると声が出ないものらしい。
 有利は口を戦慄かせながらも否定的な言葉を紡ぐことはなく…結果的に言えば、従順ともいえる無抵抗ぶりでコンラートの舌を受け続けてた。

 普通…他人にこんな行為をされたら飛び上がって悲鳴を上げるだろうな…と、何処か遠くで客観的な自分が疑問を抱いている。
 他人どころか、肉親だって抵抗がある。兄がやろうとした日には、殴ってでも止めるだろう。

 なら…どうして今、有利は抵抗しないのだろう。

『吃驚してるんだよ、きっと』

 けれど、コンラートの舌が首筋を伝ったアイス液を辿ったり、溶けきったアイスですっかり濡れそぼってしまった手を舐め、指をゆっくりと開かせて爪の先まで綺麗に舐めている間に数分が流れていたにもかかわらず、なおも有利は抵抗しようとはしなかった。

 どきどきばくばくと胸の鼓動は煩いけれど…コンラートを止めることはなかった。

 一つには、怖かったのかも知れない。

 コンラート自身の行為が怖いのではなく、その意味を問いただしたときにどんな答えが返ってくるか分からなくて怖かった。
 もしかしたら、有利が考えているのとは全然違う答えかも知れないから、確認するのが怖いのだ。

 更にもう一つには…この行為が、どうしてだかとても…気持ちよかったからだ。

 くすぐったいし、ちょっと不思議な感じはするのだけれど…初めて自分の肌に感じる粘膜の感触は、予想外に心地よくて吃驚してしまう。

『どうして…こんなことするんだろう?』

 知りたいような…怖いような…。
 そんな心地でコンラートの動向を待ち続けること数分間。とうとうアイスにも終わりの時はきた。

 《ふぅ…》と、満足したようにも疲れたようにも聞こえる息を短く吐いてから、コンラートは有利へと視線を合わせた。
 綺麗な琥珀色の瞳の中にはキラキラと瞬く星のような銀色があり、それが一心に自分を見詰めてくるのだという事実だけで心臓がどうにかなりそうになる。

「コン…ラッ……ド……」

 ようよう出した声を吸い取るようにして、キスされた。


 《ちゅ…》…と、ちいさく音を立てて…一瞬で去ったのだけれど、それは間違いなくコンラートの唇が、有利に触れた瞬間だった。


「こ…っ!」
「………あんまり、誘惑しないで?」

 甘い吐息と共に告げられたその言葉は、あまりといえばあまりな台詞で…、《その言葉、そっくりあんたに返すよっ!》と叫びたくなってしまう。

『俺達…これから、どうしたら良いんだろ!?』



 窓の外でやかましく泣き叫ぶ蝉の音を遠く感じてしまうくらい…有利は動揺しまくっていたのだった。





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* やっとこさ、ターニングポイント前で艶っぽい展開になってきました。 *