〜先生と俺の日常生活シリーズ〜
「夏の君もぴかぴか★」


7.ホラー映画見に行こう

 
コンラートside


 夜店を冷やかして歩いていると、街の中央にある大きめの公園に出た。そこでは何か出し物をやっているらしく、黒くて大きな天蓋が張ってある。

 入り口には派手派手しい色彩の看板が立てられているのだが、和風洋風ごたまぜのホラーキャラクターが揃い踏みになっている。盆と正月…ではなく、盆とハロウィンが一緒にやってきたかのように無節操な絵だ。

 見てみると《夏の納涼大会・恐怖の映像集》等と掛かれており、耳を澄ますとおどろおどろしい音楽の響き、恐怖の声などが漏れ聞こえてくる。

 こういった夏祭りと言えばお化け屋敷が定番だと思うのだが、これはホラー映像を流しているだけなのだろうか?斬新なのか手抜きなのかよく分からない出し物である。

「入ってみる?」

 多分、子供だましの他愛ないものだろうなと思いつつも、これも何かの記念になるかと思って有利に誘いを掛けてみた。

「……うん」

 有利はこくっと頷いたのだけど、少しばかり間が空いたのと…ちょっぴり頬が強張ったのが気に掛かった。

「ホラー映画、苦手だっけ?」
「ううん?そんなことないよ?」

 ふるるっと首を振ると、有利は男らしく大股に天蓋へと歩んでいく。
 
 入り口で料金を払って天蓋の中に入っていくと、薄暗い布地が何枚が合わされた向こうに古びた映画館のようなセットがあり、白黒映像でホラー映画が流されている。
 記録映像を思わせる質感の画面には時折、砂嵐のようなノイズが掠め…それが少しばかりドキリとさせる。
 既に先客が何人かいたが、浴衣姿の女の子達は素なのか演技なのか分からないが、恋人の腕を握りしめてしがみついている。

「………」

 ちら…っと有利に視線を送ってみた。
 ちょこ…っと一歩半、近寄っても見た。

 有利は大したことのない映像に少し安堵しているみたいで、コンラートが思わせぶりに近寄っていることには気付かない様子だ。

『しがみついて来たりしないかな…』

 《何を期待しているのか》と自分で自分に突っ込みを入れたくなるが、何となく有利の傍で《いつでもしがみつけますよ》という位置に立ってしまう。

 半分以上有利の方に意識をやりながら…それでも画面を見るとも無しに見ていると、画面の中には仄暗い水が映し出される。
 おそらく、そこから髪の長い女性でも出てくるに違いない。

少しずつ少しずつ…どんよりとした水の底からシルエットが浮かび上がる。

 予測出来ているのに、それでも何かがゆっくりと近寄ってくる感覚に有利の肩が緊張しはじめる。

 《怖くないもん》…っ!とでも言いたげに雄々しく脚を踏ん張っているが、表情や握りしめた指の感じから、どうしてもぴるぴると耳を震わせる仔うさぎを連想させられる。

 ぞ……ろ……

 髪が長くて白いワンピースを着た女性の姿が、明瞭に視認されたその時…。


 キシャァアアアアア……っっ!!

 
 張り巡らされていた薄い布地の谷間から、一斉に映像の中とそれと同じ風体をした女性達が現れ、客達に掴みかかっていった。


「やーっっ!!」
「きゃぁあああーーーっ!」
「ぎゃあぁああ……っっ!!」


結構な本気度で天蓋の中には絶叫が響き渡り、彼女にしがみつかれてニヤニヤしていた彼氏までひっくり返らんばかりにして驚いていた。

 コンラートも驚くには驚いたのだが…武道を嗜んでいるせいか、反射神経が卓越しているのか、咄嗟に有利の身体を抱き込んで彼の安全だけは計ったので、少し安心して状況を観察出来た。

『あ、しがみついてきた』

 それが単純に嬉しかったというのもあるし。

「うーらーめーしーやぁぁ〜……」

 一瞬の驚愕が去ると、流石に驚いた客達にも冷静さが蘇ってくる。
 改めて見てみれば、薄汚れたワンピースもざんばらな髪も安っぽい作りであり、客を驚かす為の役者なのだと分かった。

「何が恨めしやだよっ!」
「あ〜……結構吃驚した!」

 あはははは…!
 
 客達は予想外に驚いたことに少々恥ずかしそうに…でも、不安の後に来る安心感を心地よく感じているのか、一様に笑い合っている。

 一方、有利はと言うと…。

 恐怖の声を上げてコンラートにしがみついていったのが恥ずかしいらしく、もごもごと口の中で何か言いながら腕の中から逃れようとしている。

「吃驚したねぇ」
「ち…ちょっとね」

 ぷぃ…っと横を向いてふて腐れたような顔をしているのは、恐怖の叫びを上げてしまったせいなのか…迷い無くコンラートの胸にしがみついたせいなのかはよく分からない。

 コンラートは離れていく熱源を寂しく思いながらも、先程感じた密着感を思い出して自分を慰めた。



有利side



 吃驚した。
 あんなに怖いなんて思わなかった。
  
 有利はもともとホラー映画の類は苦手なのだが、先程のは特に印象深く刷り込まれてしまったらしい。

 薄暗い空間に白い布地が掠めたりすると、背後から何かが飛びかかってくるような不安が過ぎって怖くなってしまう。

 コンラートはそんな有利をからかうことなく、最後に綿飴を買うと家路に就いた。

 祭りの喧噪から離れ、マンションに向かうに連れて人影は少なくなっていき、気が付くと…コンラートと二人きりになっていた。

 ちらりと視線を送れば、コンラートは右手で綿菓子を持っているが左手は空いている。ほんの少し手を伸ばせば触れられる距離にある。

『高校生にもなって、みっともないって思われるかな?』

 繋ぎたい繋ぎたい…。
 繋いだら、きっと安心出来ると思う。

 だって、さっきも役者達が飛びかかってきた瞬間にドキーンっと心臓が跳ねたのに、コンラートに抱き込まれているときには安心していられた。

 でも…恥ずかしくてすぐに離れたら、やっぱり不安になった。

『どうしよう…』

 コンラートの大きな手に縋り付きたい衝動と羞恥との間で揺れ動いていたら…コンラートの方から手を伸ばしてきて、きゅ…っと握ってきた。

「コンラッド…?」
「怖いから、手を繋いでいてくれる?」
「……っ!」

 そんなはず無い。
 コンラートはさっきも平気な顔をしていたし、今だって余裕のある笑みを浮かべている。

 でも…甘やかされているのだとしても…ここは一つ、甘えさせて貰っていいだろうか?

「俺も…怖かったから、握ってて良い?」
「じゃあ、一緒に繋いでいよう?」

 にこにこ顔でコンラートが言ってくれるから、有利も笑顔になって手を握りかえした。

 有利よりも体温の低い手は、夏の夜にはとても心地よい。だから、気持ちよくて離せない。
 体温だけの話じゃないことは知っているけど…取りあえず、そういうことにしておこう。
 


*  *  *




 マンションに帰って、歯を磨いて、順番にお風呂に入った後…二人は寝室に入った。

 コンラートのベッドの横に、昨日有利が最初だけ寝ていたソファがある。

「………」
「………」

 二人して、黙り込んだ。
 二人して、動かなくなった。

 コンラートが自分のベッドに向かい、有利がソファに横たわり、《おやすみ》と言い合えば今日という日は終わる。

 だけど……

 有利はしばらく、もじもじとしていたが…思いきって切り出してみた。

「あのさ…今日……あのお化け屋敷が怖かったから、一緒のベッドで寝ても良い?」
「勿論」

 返事は早かった。
 《…良い?》と言い終わる前に《勿論》が被るくらいの速度だった。

「……っ」
「……っ」

 二人して、声を詰めた後…。
 二人して、同じベッドに向かった。

「おやすみ」
「おやすみ」

 二人してそう挨拶し合って、ぽて…っと布団に横たわる。


 《お化け屋敷が怖かった》影響は、多分有利が帰るまで続くだろう。



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* 楽しい。読んでる方はもどかしいかも知れませんが(笑)。書いてる方はこの痒い感じがたまりません。 *