〜先生と俺の日常生活シリーズ〜
「夏の君もぴかぴか★」

コンラート視点

3.うちわでパタパタ

  

 ぱたぱたぱたぱたぱたぱた…
 ぱたぱたぱたぱた…

『3:2…』

 妙なところで几帳面な有利は、良く耳を澄ますと団扇をあおぐ回数がほぼ一致している。
 ちなみに、3はコンラートに、2は有利に風を送る割合だ。
 今日、初めて気付いた。

『ユーリは気付いているのかな?』

 コンラートよりも暑がりなのだから自分に向けて優先的に送ればいいようなものなのに、有利の作る風はコンラートに向かって《やや多め》の割合で送られる。

 ぱたぱたぱたぱたぱたぱた…
 ぱたぱたぱたぱた…
  
 なんだか、胸の中がくすぐったい。
 気付いた瞬間からずっとずっとそれが続いているものだから、つい手元が狂ってしまう。

 カタタン…ピー……

 またミスタッチをしてしまい、警告音がPCから鳴る。

「コンラッド、何か冷たい飲み物買ってこようか?気分転換も必要かもっ!」
「ユーリも飲む?」
「うんっ!」

 懐事情が寂しい高校生は、大きく頷きながら両手を出した。

「…………」

……もしかして、団扇の回数もここまで計算尽く…ということはなかろうか?

 ちょっぴり寂しい気持ちになりつつも、チャリン…と有利の掌に小銭を落とす。
 指先が淡く汗の滲む肌に触れるけれど、どうしてだか有利相手だと不快には感じない。

『こういう接触…大嫌いだった筈なんだけどなぁ…』

 それが意味するところは考えないようにして、ぱたくたぱくた…と、有利の上靴の音が廊下の果てに消えていくのを気にしないよう努める。

 ミーンミンミンミン… 
 ミィイーンミンミンミィーン……

 団扇がはためく音が聞こえなくなった途端、急に屋外から伝わる蝉の鳴き声が大きくなったように感じる。暑さを倍増させるような音の波に包まれていると、賑やかなのに…どうしてだか妙に寂しい。

 こんなに寂しいのはきっと、重度の病に冒されているのだ。
 日本では、《草津の湯でも治せぬ》と言われる難病だ。


*  *  *

 
 それほど待たぬ間に、また足音は近付いてきた。

 トタタタタタ……っ!

 軽やかな足音が、コンラートの頬を綻ばせていく…。

「コンラッドーっ!冷たいよぉっ!」

 その声が響いた途端、ぱぁ…っと空気が明るくなったように感じた。

 有利は嬉しそうに冷えた缶を頬に当ててから、プルトップを勢いよく引き上げて《プシュウ…っ!》という独特の音を愉しむ。
 そして、こつんとコンラートの卓上に缶を乗せると…ちょこんと椅子に座って期待感に満ちた眼差しを送った。

 それは、コンラートの好きな銘柄のスポーツドリンクだった。
 どうやら…コンラートが冷え切ったそれを飲むのを待っているらしい。

 瞳をキラキラさせて…まるで、遊んでくれるのを待っている仔犬みたいだ。
 
「喉乾いたろ?先に飲んで良いよ」
「何言ってんだよ。あんたのお金で買ったんだもん。ささ、飲んで飲んで!」

 勧められるまま口を付けたら…冷え切ったドリンクが喉を通過して、痛いくらいに粘膜を刺激する。鼻に抜けていくシテラスの香りに乗って、一時的ながら心地よい爽快感が過ぎていく…。

 こく…こく…っと喉を鳴らして飲んでから、まだ半分以上残っているのを分かった上で有利に渡す。
 
「やたっ!」

 にこーっ!…と輝くような笑顔を浮かべて、有利は缶に唇を寄せる。

 こくこくこくーっと勢いよく飲んで、ぷっはー…っと気持ちよさそうに息を吐いてからコンラートに戻した。

「全部飲んでも良いのに」
「コンラッドより多くは飲めないよ」

 律儀なのは良いが、ちょっと困る。

「じゃあ…」

 有利の唇が触れた缶を口に運んだら、何だか喉に流れ込む液体がさっきよりも甘い気がして…自分の病状が更に進んだことを自覚した。




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* 先生次男、むっつり度上昇中。 *