〜先生と俺の日常生活シリーズ〜
「夏の君もぴかぴか★」

有利視点

2.この夏、何したい?



  

「コンラッドは学会発表以外に夏の計画はあるの?」

 暑すぎてとても宿題に集中など出来なくなってきた。
 まあ、春なら心地よくて眠くて、秋ならお腹が空いて、冬なら寒くて勉強できないわけだが、それは言わない約束だ。

 有利はタンクトップの胸元部分を摘んでぱたくたと動かし体幹部に空気を送り込むのだが、それがまたねっとりと熱く絡みついてくる。

「計画ねぇ…」

 どうやら、あまり考えていないらしい。

『コンラッドってば、真面目だよなぁ…』

 ドイツではフェンシングの選手として名が知れていたらしいが、こちらでは良い道場(?)がなかったので、新たに日本式の剣道を習っているらしい。だが、本腰を入れてしまうと仕事の支障になるからと、趣味程度にしているようだ。

 実家が半ば無理矢理お金を送ってくるので懐事情は暖かいはずなのに、非常勤講師としての仕事を実に優先させて色んな研究をしている。
 専門の教科だけでなく、有利が途方に暮れている数学なども分かりやすく教えられるように工夫してくれているから、本当に《教える》という工程が大好きなのだろう。

そんなこんなで、コンラートの生活の中心はすっかり《教育》になっている。

 今も研究学会の為の資料を纏めているが、その内容は小難しい理論やら専門的すぎる研究論ではなく、学習障害の生徒に対して、誇りを傷つけずにどうやってやる気を出させるか…という、極めて実践的な内容だ。

『コンラッドって、本当に良い先生だよなぁ…』

 小さい頃の記憶は朧気にしかないが、別れの際に自分が泣いて泣いてしょうがなかったのと、コンラートが困ったように…けれど、やはり泣きそうな顔をして抱きしめてくれたのは覚えている。

 偶然、この高校で再会したとき…懐かしくて飛びついていったのに《ここでは先生だよ》と言われたときには、《突き放された》と感じてしまい、別の意味で泣きそうになったものだ。

『でも…しょんぼり帰り道を歩いてたら…全速力で走ってきてくれたんだよな…』

 《校門を出たら、昔馴染みだろう?》…そう言って笑った顔は、昔通りの優しいお兄ちゃんだった。

『コンラッドは、やっぱり俺の兄ちゃんだ…!』

 実の兄よりも格好良くて面倒見が良くて慕わしいコンラートを、有利は大好きだ。
 学校内では少し冷たくあしらわれると分かっていても、ついつい傍に寄って様子を伺ってしまう。
 だって、帰り道を一緒に歩く時がとても楽しいし、時には夕食に誘われたりするからだ。上手く話が弾んだりすれば、週末にお泊まりなんてのもできる。

『俺、女の子じゃなくて良かったなー…』

 女子だと流石に昔馴染みとはいえ、教師の家にお泊まりなんて事になれば大問題だろう。それでなくとも生徒はおろか教員・保護者間でも絶大な人気を誇るコンラートは、迂闊に馴れ馴れしい態度をした女子を排斥する傾向にあるのだ。

 有利ですらあまりにべったり引っ付いているものだから、時折コンラートを好きすぎる女子から嫌みを喰らうくらいだ。
 男子でも、時々呆れたように忠告することがある。

 《渋谷、あのさ…そりゃコンラート先生はモテ男だし、ゲイって訳じゃないみたいだけど、変な雰囲気になったら全力で抵抗しろよ?》…なんて意味不明なことを言う。

『変な雰囲気ってなんだよなぁ?』

 こんなに真面目でやさしいコンラートが、苛々して暴力を振るう可能性を言っているのだろうか?
 有利は友人達の懸念をさっぱり理解出来ていなかった。

「シブヤ君は、彼女とどこかに出かけたりしないのかい?」
「え…?」

 何の気無しに出されたのだろう問いに、ぎゅう…っと胸が拉がれるような心地がした。

 彼女なんていない。それはちょっと寂しいけれど、それほど気にしていたわけではなかった。
 だから、彼女いない歴15年…そろそろ16年目になる記録云々が悔しいわけではない(多分)。

 苦しいのは…今このタイミングでコンラートがその話を持ち出してきたことだ。

『もしかして…コンラッド、彼女がいるのかな?』

 高校に入学してからの4ヶ月間、そんな素振りはなかったけれど…開放的な気分になる夏を前にして、周囲からのアピールが強かったのかも知れない。彼女までは行かなくとも、気になる女性とのアバンチュールなんかを予定しているのだろうか?

 そう考えたら…胸が苦しくなってきた。

『ヤバイ…泣きそう……』

 喉奥に苦いものが張り付いて、グ…っと迫り上がってくる熱い固まりに眦が濡れる。
 
 コンラートにとっては、昔馴染みであるのをいいことにベタベタとへばりついてくる子どもが邪魔だったのかも知れない。
 優しくしてくれるからって…甘えていたのかも知れない。

「コンラッド…は、彼女と…海行ったりするの?」
「彼女はいないしその予定もないけど…海かぁ…ずっと行ってないな」
「…本当?」
 
 現金なことに、ぱぁっと気分が明るくなった。

「ユーリは?」
「俺に彼女なんかいるわけないだろ?今月29日をもって、彼女いない歴16年に更新だよ?」
「そうか…誕生日も来るんだったね」
「そうだよ!あんたと同じ日!」

 にこにこしながらそう言えば、学校内なのに…コンラートも一瞬、蕩けそうなほどやさしい顔をして微笑んだ。

「そうだね。ユーリさえよければ…海に行ったり、一緒に誕生日を祝ったりしようか?」
「うん…うんっ!」

 有利に尻尾があれば、きっと千切れんばかりに振り回したに違いない。
 はうはうと喜色を露わにして顔を寄せていけば、コンラートは慌てたように普段の顔を取り戻した。

「…その為には、早く宿題を終わらせようね?ユーリは野球の練習もあるだろう?」
「はぁい」

 良い子のお返事をしてこっくりと頷く。

 夏休みが、とてもとても楽しみになった。



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* 無自覚にコンラート好き好きな有利大好きなんです…!20題やる間に告白に結びつくとは思うのですが、なるべく長い間すれ違いで行こうと思います〜。 *