〜先生と俺の日常生活シリーズ〜
「夏の君もぴかぴか★」


19.やり残したこと【微エロ】

  

 渋谷家の両親が、明日自宅に帰還してくる。
 電話口での会話では少し疲れているようだったけど、やっと自宅に帰り着くことが出来るとあって声は弾んでいた。
 
 一方…息子の方は調子を合わせつつも、どこか沈みがちである。

『いや…無事に帰ってきてくれることは嬉しいんだけどね?』

 事故に遭ったりしなくて本当に良かったと思う反面…急な事情で夏休みの終わりまで期間延長になっても良かったのに、等と親が聞いたら泣きそうなことを思ってしまう。

『コンラッドとの時間は、あと1日…』

 両親は、有利の誕生日当日に帰り着けることを喜んでいるようだったが、これも有利にとっては微妙であった。
 どちらかというと…いや、かなり積極的に…家族よりは出来たての恋人に二人きりのでって欲しかった。

『そりゃあ…誕生日になる瞬間にはコンラッドといられるんだけどさ』

 きっと、コンラートは有利の誕生日なんて忘れているだろう。
 それを《今日は俺の誕生日なんだ》などと自分から言うのはかなりイタい。

 それでなくとも我慢強いコンラートが《誘惑しないでくれ》と頼んでいるのに、恋人らしくしたいからと言って我が儘いっぱいに抱っこやキスをねだっているのだから、誕生日などと言ったらもっと気を使われそうだ。

『いや…でも、誕生日だからこそ特権発動とか出来るかな?』

 高校を卒業したら具体的に何をすることになるのか、《キス以上のこと》の内訳を教えて貰えないだろうか?
 そうしたら、それを目標に我慢できると思うのだが…。

『でも、それを聞くためには誕生日だって言わなくちゃいけないんだよね?』

 どうしようかと迷っている内に時間は経過し、あっという間に夕食をとると後はお休みタイムになってしまった。

   

*  *  *




 また有利が挙動不審になっている。

 物言いたげに上目づかいに見ていたかと思うと、水を向けても《なんでもない》と繰り返す。
 今度は何が引っかかっているのだろうか?

『何か特別に欲しいものでもあるのかな?』

 有利は基本的に物欲が薄いから、プレゼントを贈る側としては困るくらいだ。
 だからかなり気合いを入れてリサーチして、有利の大好きな野球選手が現役自体に着用していたユニフォーム(サイン付き)を用意しているのだが…これを上回る希望があったのだろうか?

『でも、聞くとサプライズパーティーにならないしな…』

 今日は有利の好きそうな映画のDVDを買って、夜更かしをさせる気満々だ。
 お昼寝も十分させたし、夕食も目が醒めやすいように香辛料を増やしたメニューにしたから、有利は全く眠そうではない。

『一番欲しいものにはならないかも知れないけど…思い出にはなるんじゃないかな?』

 そうと信じたいところだ。

 さり気なくDVDを見せると、これは素直に喜んだ。
 メジャーリーグを舞台にした痛快コメディで、少し涙するようなシーンもありなので有利の好みをジャストミートしたらしい。
 カウチに座っている間、おつまみのポテトチップスやコーラには見向きもせずに熱中していた。

 そして丁度見終わった頃、計算通り十二時になった。
 映画の余韻で気分を高揚させている有利の前でクラッカーを鳴らし、ケーキとプレゼントを差し出すと、目をまん丸にして面白いくらいはしゃいで喜んでくれた。

「凄い…凄ーいっ!コンラッド、こんなのどうやって手に入れたの?」
「以前、こういう物を扱っている業者と知り合いになったんだよ。ユーリが好きだって聞いてたから、折角なんで誕生日にあげようと思ったんだ」
「ありがとう!嬉しい…すっごい嬉しい〜っ!」

 ぎゅう…っとユニフォームを抱きしめて最高の笑顔を浮かべるから、憧れの選手とやらに少々妬いてしまいそうだ。
 
「喜んで貰えて良かった…。今日が、最後の夜だしね…心残りがないように、しっかり楽しもうね?」

 見た感じがシャンパンに似ている白葡萄の炭酸ジュースをフルートグラスに入れると、カチンと音を立てて乾杯する。
 
「心残りかぁ…いっぱいあるけどな」
「夏休みの宿題が終わってないこと?」
「あ、あんたと一緒にいたからいつもよりは進んだもん!」
「じゃあ、…ッチなこと?」
「そーだよ」

 からかうように囁いたのに、こちらが慌てるくらい素直な恋人はストレートに撃ち返してくる。
 ピッチャー強襲のセンター返しだ。

「あんたと、もっとエッチなことしたかった」
「……………駄目だよ?」
「じゃあ、卒業したらどんなことするのか教えて?」

 仔犬みたいに純粋な瞳をきらきらと輝かせておねだりしてくるとは…後ろ暗さがないからこその直球勝負なのだろう。

 男同士の恋やセックスなんて、どう修飾しても後ろ暗さを漂わせるものなのに、有利は驚くほどに真っ直ぐな《好き》をぶつけてきて、自分の気持ちに疚(やま)しさを感じないようだった。

 特に、コンラートと同じように想いあっていると保証されてからは、すっかり羞恥心というものがなくなったらしい。

「じゃあ、服を全部脱いで?」
「うん」

 怯むか受けて立つか、一種の賭として口にしてみたのだが…結果はコンラートの大負けであった。
 有利は少々頬を上気させながらも、するするっと服を脱ぎ去って生まれたままの姿で仁王立ちになった。

『………雄々しすぎるよ……』

 腰に手を当て、胸を反らして…口を真一文字に引き結んだ姿はあまりにも潔い。

「じゃあ…教えてあげる」
「うん!」

 もにょもにょもにょ…。

 触れると引き返せなくなりそうだったから、基本的には指さし確認と口頭説明で《キス以上のこと》の詳細を教えてあげた。

 すると…目覚ましい成果(?)が上がったようだ。

 有利は次第に顔を真っ赤にすると、《服…もう着ても良い?》と聞いてから、もそもそと身に纏い始めた。
 どうやら、事の詳細を知ったら羞恥が蘇ってきたらしい。

 ちょっと大人の階段を上ったようだ。

『嬉しいような残念なような…』

 服を着込んでもじもじしている有利の顎をとり、キスをねだれば…恥ずかしそうにしつつも笑顔で受け止めてくれた。
 
『俺も、早く《キス以上のこと》がしたいよ…』

 《心残りがないように》…なんて、無理なのは分かってる。
 満足できる筈がないし、離れる寂しさに胸を締め付けられないはずもない。

 でも今は離してあげる。
 家族と過ごし、普通の高校生として健やかに成長して欲しいから…。

『卒業して、タガが外れたら色々とさせて貰うからね?』

「…っん!」

 強く舌を絡めれば、弾かれたように有利の背が跳ねる。
 意図が無駄に強く伝わってしまったらしい。

 《ゴメンね》…というようにぺろりと唇を舐めてから、もう一度囁いた。

「お誕生日おめでとう…生まれてきてくれて、ありがとう」
「えへへ…。ありがと!」

『ミコさん、ショーマ…大切な息子さんをいったんお返しするよ』

 でも、必ず卒業後に花束を抱えて迎えに行く。

 《お宅の息子さんを俺に下さい》と言ったとき、二人がどんな顔をするか…今から想像すると苦笑が湧いてくるのだった。    




* 書き始めたときは誕生日に書き終われるような気がしていたみたいです、私。
己を過信しすぎてはいけませんね *



→次へ