〜先生と俺の日常生活シリーズ〜
「夏の君もぴかぴか★」
13.二人で花火もオツなもの
「ユーリ、まだ怒ってる?」
「別に怒ってない」
そうは言いながらも、有利の口ぶりや表情は思いっきり拗ねた子どものそれだ。
心なしか頬が膨らみ、唇を尖らせている。
それでも、ひとしきり朝ご飯を食べるとお腹が満たされたためか、有利も気分が変わったらしく口を開いた。
ただし、それは怒りを収めて機嫌を直したわけではなく、《黙りこむ》から《直接尋ねる》に対策を変更した…というものであったらしい。
「……コンラッド、俺にキス以上のこともしたいとか言ってたの…あれ、嘘だろ?全力でからかったんだろ?」
「ホントだよ」
何を言い出すかと思えば…コンラートの真意を疑っていたわけだ。
《嘘》ということで有利が安心するのならそれでもいいが、この場合は拙いだろう。有利はジト目でコンラートを睨み付けており、《もう誤魔化されないぞ》という顔をしている。下手に誤魔化そうとすれば、愛想を尽かされてしまいそうだ。
「だって、ホントにキス以上のことしたかったら、相手がすっぽんぽんに近い状態でいたらほっとかないだろ?」
「ほっとかないと拙いからだよ。ユーリにキス以上のことをしたら、俺は絶対に縛ってしまうからね」
「……っ!?」
有利の目は豆鉄砲を喰らったみたいに開かれた。
「…ししし…縛っちゃうの?そっか…それは確かに…ちょっと俺にはハードル高いかも……」
変な形で納得してしまったらしい有利は、もう怒っていない代わりに激しく戸惑っているらしい。
「ちょっと待ってユーリ、何か誤解してないか?俺が言ってるのは緊縛プレイじゃないから!」
「き…亀甲縛りとかしない?」
「しないからっ!」
ぶぶぶんと勢いよく頚を否定の形に振ると、コンラートはとつとつと説明を始めた。
「あのね…?俺は多分…ユーリとキス以上のことをしてしまったら、ユーリがどう思おうと自分達を恋人同士だと定義してしまうよ?」
「それでいいのに…」
だから、頬を染めながら唇を尖らせるのは止めて欲しい。
可愛すぎて押し倒したくなる。
「駄目だよ。ユーリはまだ、俺に対する気持ちが親愛の情から出てるのか、俺の気持ちに引きずられて性的な関係まで踏み込んでも良いと思っているのか判然としていないだろう?」
「でも…。す、好きだもん」
「うん…そう思って貰えることはとっても嬉しいんだよ?嬉しいだけに…肉体関係だけ結んでしまった後で、ユーリに《あれ?違うな》と思われるのが怖いんだよ」
そう…それが一番怖いのだ。
コンラートは口調に苦いものを滲ませながら瞳を眇めた。
「そうなっても、君の身体を知ってしまったら俺はもう止められない…。そうなった時、ユーリに疎まれるのが怖いんだ。ユーリと気まずくなるくらいなら、これ以上多くを望んでいけない気がする」
「そんなの…やってみなくちゃ分かんないじゃん!」
「分かってからでは手遅れなこともあるんだよ?」
有利の中で、コンラートの存在が傷跡になるのだけは嫌だ。
絶対に…嫌だ。
それくらいなら、友人・師弟以上恋人未満の微妙な均衡を保っていたい。
今のままなら…例えいつか有利が普通の恋愛に目覚めて彼女を作ったりしても、何とか気持ちを切り替えることが出来ると思う。
「それに…俺は非常勤とはいえ教師だし、ユーリはまだ未成年だろう?例え仄かな恋愛感情があったとしても、君を俺が抱くことは…未成年に対する淫行になってしまうんだよ?そんな後ろ暗い恋愛は…ユーリにはさせたくない」
「そりゃあ…そうだけど……」
「好きだよ…ユーリ。だからこそ、大切にしたいんだ。だから…頼むから、不用意に俺を誘惑したりしないで?」
「………」
有利はまた黙り込んでしまった。
その後のコンラートは久しぶりに論文に集中していたけれど、それは意図的に有利のことを思考から遠ざけようとしていたせいだった。
* * *
「コンラッド、花火しない?」
「買ってきたの?」
夕食後、有利が差し出してきたのは花火のお徳用パックだった。
夏の初めだから値引きもなくて高かったろうに、万年金欠の彼がよく買う気になったものである。
「ね…しよ?」
「うん、良いよ。公園に行ってやろうか?」
有利なりに、ぎくしゃくしてしまった二人の関係を修復したいのかも知れない。
幼い頃のように自然な形に…。
『それが良いのかもしれない…』
つい、有利の愛らしさに自制心を失って唇を奪ってしまったけれど、今ならまだ戻れるだろう。
きっと…痛みを伴うだろうけれど…。
* * *
二人でつっかけを穿いて夜道を歩いて公園に向かうと、小さな街灯がひとつだけついたそこは、丁度良い具合に薄暗かった。
最初に地面設置型の派手な花火を2、3個続けざまに点火すると、勢いよく噴き上げていく火花はやはり華麗で、二人して歓声をあげた。
続いて手持ち花火へと次々に点火していくと、闇に生える色とりどりの光彩があでやかに夏の夜を演出する。
「きれーいっ!」
「ああ…とても綺麗だ!」
少し駆けてコンラートから離れると、有利は手に持った花火をクルクルと回して光の軌跡を作り出す。丸形、八の字型…螺旋…鮮やかな光のラインと、それを手にした有利の笑顔がまぶして、コンラートは久しぶりに屈託のない笑顔を浮かべた。
『ああ…やっぱり大好きだ』
無邪気で可愛い、大切なユーリ。
君が好きで好きで堪らない。
だからこそ…こうして、君とは笑っていたい。
「あーあ、後はこいつだけか…」
有利が手にしていたのは一束の線香花火だった。
昔、一度だけやったことがあるが、派手な手持ち花火が多い中で何とも地味な光を放っていたと思う。
でも、どういう訳だか日本人は、それを華々しかった花火会の締めとして設定するのだそうだ。
不思議に思っていたのだが…有利と共に点火して、ぱちぱちと爆ぜるその火を見ていたら何となく納得した。
静かに爆ぜるその光は地味だけれど…闇の中に散っていくその流線の群れは一つとして同じものがなく、じっと見詰めていると何ともいえない美しさがある。
何より…じっと見詰めている相手の様子がよく分かるのだ。
「きれい…」
「うん…」
有利の声も、先程のはしゃぐようなものではなくて、沁み入るようにしっとりと薄闇の中に響く。
ぱぱ……
ぱちぱちぱち…
最後の線香花火を互いに摘みながら、ちいさな光を二人で見詰めた。
ゆっくり…ゆっくり、ちいさな火を精一杯に散らしながら爆ぜていく健気な花火に、じぃ…っと見入る有利。
彼の唇が、ちいさく囁きかけた。
「コンラッド…俺ね、確かにあんたをどう思ってるのか…ちゃんと分かってないかも知れない」
「…ユーリ?」
「でもね…本当にね、大好きなんだよ」
「うん…嬉しいよ」
嫌みでなく、本当にそう思う。
例え漠然とした感情であっても、少なくとも…《キス以上》しても良いのではないかと思うくらいには、有利はコンラートを好きでいてくれる。それは、とても得難い気持ちであるはずだ。
「軽はずみな誘惑とか…気をつけるから、俺があんたを好きだって事だけはちゃんと覚えていてね?」
「ああ…」
しっかりと頷いたら、有利はにっこりと微笑んだ。
その表情は、これまでよりも少し大人びたようにも見えた。
ぱちんっ
じゅうぅ…
オレンジ色の光が赤黒く変化し、やがて滲むように消えていくのを見届けてから、バケツに汲んだ水の中に花火の残骸を漬け込んで、二人はマンションに帰っていった。
そっと…互いの手を握り合いながら。
* 懲戒処分のお知らせに「男性教諭が15歳少年に対して繰り返し、衣服の上から陰部に触れる等の行為に及んだ」というのがありました。いやいや〜…BLってこの辺の犯罪性に良心が疼くところですね。その分、理性のあるコンラートだと我慢大会みたいな展開になります。 *
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