「夢幻軌道」
第2話








『コンラートに、友人と呼ばれている人間だと?』

 それも、こんなに嬉しそうに微笑まれると、何というか…毒気が抜けてしまう。

「それにしても、グウェンダル閣下…やはり様子がおかしいですね。もしや、熱でもおありですか?」
「いや、そのような事はないが」
「まさかとは思いますが…私がコンラート閣下に懸想しているなどとお疑いな訳ではないですよね?誓って申し上げますが、私はコンラート閣下は勿論の事、ユーリ陛下にも厚い友誼と恩義を感じておりますよ!?」

 真剣な表情で誓うオードイルに、またしてもグウェンダルは不審げな表情を浮かべる。《ユーリ陛下》なる人物がコンラートと懇意だというのか?いや、《懸想していること》に対して疑いを晴らしたいのだとすれば…《ユーリ陛下》とコンラートが恋仲だと言いたいのか?

 もう、何が何だか分からなすぎて途方に暮れてしまう。こうなったら、ある程度正直な心情を証してしまおうか?

「すまない…実は、私自身どうしてここにいるのか分からないのだ。気が付いたら馬車の客車だけが放置されていて、御者も馬もおらず、途方にくれている。君が話してくれる内容も、実のところ私を混乱させるばかりだ」
「なんですって?それは…一体どういうことなのでしょう?」
「こちらが聞きたいところだ」

 がくりと項垂れたグウェンダルに、オードイルは気遣わしげな眼差しを送った。

「不思議な事ですが、眞魔国では時折とても不思議な事態が起こると聞いております。ユーリ陛下も眞王陛下に導かれて、随分と遠い国から来られたそうですし、もしや閣下もそのような事象に巻き込まれたのでは?眞魔国から大陸に飛ばされてしまったのでしょうか」
「眞王陛下…」

 人間に言われて気付くのも妙な感じだが、成る程それならば可能性はある。
 そういえば眞王は時折、気まぐれに魔族をからかう事があるという。突然辺鄙な片田舎に飛ばしてみたり、酷いときには身ぐるみ剥いで異世界に飛ばす事もあるのだと。
 先程からオードイルが口にしている《ユーリ陛下》とやらも、遠い国からやってきたと言うし…。

 はた、とグウェンダルの動きが止まる。何やら妙な予感がしたのだ。

「すまない、ユーリ陛下というのはどの国の王なのだろうか?」
「………グウェンダル閣下…もしや、飛ばされた衝撃で記憶も飛んでしまわれたのですか?」

 オードイルの方も《一体何処から説明すればいいのだろうか》という顔をして途方に暮れてしまう。彼にとっては、グウェンダルが《知らないはずがない》事象であるらしい。

「まさか…」
「ええ、シブヤ・ユーリ陛下は眞魔国の魔王陛下です。それに…秋には閣下の弟君、フォンウェラー卿コンラート閣下の妻となられる方でもあります」

 《魔王陛下が妻》《フォンを名乗れる身分》…グウェンダルはまたしても天を仰いだ。あの幸薄い弟に祝福を与えたいと願ってはいたが、ここまで行くと妄想の域に入っているような気がする。

 未だ馬車の中で不安定な夢を見ているとしか思われなかった。
 
 だが、その一方であまりにも突飛すぎる展開が、オードイルの言葉に真実味を与えているようでもあった。正直、嘘だとすればあまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、これほどの技量を持つ騎士が弄するとは思えない策なのだ。信じ込ませて一体どうするのかという疑問もある。

『ひとまず、様子を見るか…』

 深い溜息を漏らすと、グウェンダルはオードイルを頼ってみることにした。



*  *  * 

  


『まだですか、兄上…!』

 ひりつくような焦燥感に炙られながら、ヴォルフラムはじりじりと兄の行動を待っている。数分前に剣が打ち合わされるような音が響き、馬の嘶きが聞こえたのだが、それからはぱたりと大きな物音が途絶えている。あの兄に限って、そう簡単に斬り殺されたり、虜囚の憂き目を見たりするはずはないのだが…。

『こんな時、コンラートがいてくれたら…』

 浮かんできた次兄の姿に、ぷるるっと頭を振る。ヴォルフラムがこっそりと訪れた野戦病院で、彼は全身に重傷を負って倒れていたではないか。それに、五体満足だったとしても、今更ヴォルフラムを助けてくれるはずがない。

『僕なら絶対助けたりしない。あんなに誇りを傷つけられて、許せるような男がいる筈がない』

 それでも、相手が母なら…忠誠の対象たるツェツィーリエであれば、死力を尽くして戦うかも知れないが、そんな彼を見るのも辛いだろう。

『僕は何処まで、コンラートを貪れば気が済むというのだ…』

 ヴォルフラムらしくもない自嘲の笑みが口角を掠めていく。既に彼は、国に忠誠を示す為の生け贄のようにして、アルノルドの地で戦ったではないか。奇跡的にとりとめた命を、再びこんなところで酷使させようと言うのか?

『僕が、戦う。母上を…陛下を御守りするのは、今は僕の役目だ』

 剣の柄に手を遣って、今か今かとふるう時節を測る。命を賭す覚悟で決然と見据えていた眼前に、この時…信じがたい映像が飛び込んできた。

「…っ!?」

 グウェンダルが…あの誇り高い兄が、人間を導いている。それも、あの白装束に茨の紋章は、悪名高き聖騎士団ではないか。

『まさか…あの兄上がおめおめと虜囚の身に!?』

 しかも、それほど激しい抵抗をしているようでもない。腰には剣を帯びたまま、馬を連れた人間達を伴っている。

『もしや、洗脳!?』

 噂には聞いていたが、人間達は法力による洗脳技術を完成させていたのか?絶望で目の前が眩む。しかし、背後に庇っていた母の方はと言うと、脳天気に楽しげな声を上げている。

「まあ…グウェンったら、素敵な殿方を連れてこられたわねぇ」
「何を言っているのですか母上!?」
「だって、見てご覧なさいな。とても礼儀正しくて、物柔らかな物腰よ?人間にしては、とーっても美形だし」

 言いたいのは一番最後なのではないかと疑ってしまうが、確かにヴォルフラムの考える人間像とは随分と違っていた。清廉な面差しをした青年は、ヴォルフラムやツェツィーリエの姿を認めると、恭しく騎士の礼をとった。それも、最大の敬意を示すやり方でだ。

「まあ…やっぱり素敵な方!お名前はなんと仰るの?」

 ツェツィーリエがはしゃぎ気味に尋ねると、男は困ったように小首を傾げた。

「ふむ…これは、やはり不思議な事ですね。もしや、グウェンダル閣下のみならず、上王陛下やヴォルフラム閣下までが記憶障害を来しておられるのでしょうか?」
「無礼者!僕たちが記憶障害だと!?」

 カッと頭に血が上ったヴォルフラムが剣を抜くと、グウェンダルの一喝が飛んだ。

「止めろ、ヴォルフラム…っ!」
「しかし、兄上…このように馬鹿にされて、黙ってはいられませんっ!」
「オードイル殿は馬鹿にしているわけではない。私にも状況は掴めぬが、少なくともこの方は敵ではない」
「な…っ!」

 やはり洗脳なのか?
 しかし、そうだとすればグウェンダルの瞳には力がありすぎる。催眠暗示なのだとしても、これほど短期間に違和感なく洗脳できるとは考えにくかった。

「ともかく、情報が欲しい。オードイル殿が懇意にしておられるという、この地方の領主館にお世話になろう」
「兄上が、そう仰るのであれば…」

 ひとまずヴォルフラムが引いたのを確認すると、先程の男と二人の部下が改めて名乗った。上官らしき男はソアラ・オードイルといい、やはり教会の聖騎士団である事は間違いないという。しかし、彼らは魔族に対して一切敵意が無いのだと。

『信じられるものか…!』

 ヴォルフラムはぐらぐらと沸き立つ苛立ちを感じながら、油断無くオードイルを睨み続けていた。グウェンダルの方も流石にオードイルを信じ切っているわけではないようで、ツェツィーリエに近寄る素振りを見せると油断無く間に身を挟ませていた。

 オードイルは聡い性質であるらしく、グウェンダル達にまだ警戒されているらしいと見ると、腰に帯びていた剣を渡そうとした。

「これは、一時お預けしましょう」
「オードイル殿…」
「お気になさらないで下さい、グウェンダル閣下。昔…コンラート閣下に示して頂いた誠意を、幾ばくが真似ているに過ぎません」

 《コンラートだと!?》…オードイルがあまりに親しげに、憧憬の念を込めてその名を呼ぶものだから、ヴォルフラムは状況も忘れて掴みかかりそうになった。この男、コンラートと一体どういう関係にあるというのだろう?まさか彼の奸計だというのだろうか?いや、しかしそうであるのなら、わざわざ名を出したりはしないだろう。それではコンラートの名を騙る輩なのか…。

 ああ、もう…裏も表も一緒くたになって、頭の中が大混乱を来している。なるほど、グウェンダルが匙を投げて、ともかくも情報を求めたくなるわけだ。

 結局、二人の部下が御者として馬車を牽き、オードイルは丸腰で馬車に同乗する事になった。



*  *  * 




「記憶障害…と形容すると、またヴォルフラム閣下のお怒りを買いそうなのですが…」
「当たり前だ!」

 一息ついたところでオードイルが口を開くと、またしてもヴォルフラムが食ってかかろうとするから、これ以上ややこしい展開にしたくなくて、グウェンダルが目線で制する。

「続けてくれ、オードイル殿」
「はい。閣下や陛下の記憶に問題がないのだとしても、少なくとも、私の記憶と皆さんの記憶には、大きく食い違いがあります。まずは、皆様に関わる私の記憶を語ってもよろしいでしょうか?」
「うむ、頼む」

 こくんと頷くと、オードイルは《何から話したものかな》と迷うようではあったが、まずは大前提となる事項について語った。

「皆さんは私に、今日ここでお会いするのが初めてだと思っておられるようですが、私は既に数回、皆様にお会いしております。最初の出会いは、眞魔国歴で言えば4002年に開催された万国博覧会…」
「今、何と…?何年だと言われた?」

 ぎょっとしたようにグウェンダルが問うと、まさかそんな段階で引っかかってくるとは思わなかったのか、オードイルも驚いたように年数を繰り返した。

「は…?4002年…で、間違いなかったと思いますが」

 きょん…と目を見開くオードイルに対して、熱くなりやすいヴォルフラムが罵声を投げかけた。

「この大嘘つきめ!今は眞魔国歴3979年ではないか!」
「………はぁ!?」

 オードイルはグウェンダルやツェツィーリエもまた驚愕に口元を覆っているのを目にすると、少なくとも、ヴォルフラム達にとってはその年数こそが正しいと認識しているのは分かったようだ。

「これは…なんていう事でしょう!即刻白鳩便を…いや、赤鳩新型彗星便にて血盟城にお知らせしましょう。どうやら、私の手には余る事態のようです」
「時代を越えている…そう言いたいのか、君は」
「そうとしか考えられません。眞魔国歴3979年といえば、シマロンと眞魔国の間に勃発した大規模な戦役が、終戦を迎えた年。まだ私が少年だった時期です。今年は眞魔国歴4005年ですから、およそ26年前という計算になりましょうか」

 毎回オードイルの発言に驚かされすぎて、もはや確認し直す気にもならない。26年…それほどの年数が、グウェンダル達を追い越して過ぎ去ったというのか。

「…話の腰を折って済まなかった。続けてくれ」
「兄上、しかし…!」
「ヴォルフラム。とにかく話を聞くのだ。騙す目的で話しているとは考えにくい」
「そんな、馬鹿馬鹿しい…!」
「馬鹿馬鹿しいからこそだ。嘘を付くなら、もっとマシな嘘をつくだろう」

 全くもって、そう考えるほか無かった。時間を越えてしまうなど、およそ常人の考えつくところではない。

「話の腰を折ってすまなかった。続けてくれ、オードイル殿」
「は…はい。では、4002年の万国博覧会ですが、この催しでは同時に武闘会も開催されましたので、私は聖都からの代表選手して招かれ、歓迎の宴にも参列させて頂きました。そこで、皆様にもご挨拶させて頂いたのです。しかし、皆様の記憶が26年前のものである以上、更に遡って説明すべきでしょうか?」
「ああ、頼む」
「それでは…ざっくりと国際的な事件を中心にご説明します。まず、眞魔国歴3979年にはシマロンと眞魔国の間に終戦協定が結ばれた。ここまでは宜しいですか?」
「まだ結んではいないが…まあ、そうなる流れにはなっているな」
「そして、3年後の3982年には、シマロンは分裂して大・小シマロンとなりました。ただし、小シマロンは完全な独立と言うよりは、大シマロンを宗主国として、上納金を納めるという立場となりました」
「ふむ…」

 シマロン内部では常に有力な貴族集団が下克上を狙っている。ウェラー王朝を転覆させたベラール王朝の成り立ちからしてそうなのだから、歴史的にそのような土壌があるのだろう。大戦によって疲弊したシマロンであれば、数年後にそのような分裂があったとしてもおかしくはない。

「そして、眞魔国の中では3997年、数々の戦功を挙げたコンラート閣下が独立した軍団を指揮できるようにと、これまで国政・軍事の枢軸を担ってきた十貴族に加え、新たに十一貴族という仕組みを設定することになりました」
「…っ!コンラートが…?」
「ええ、ですが…この年には、結局十一貴族が制定される事はありませんでした。まさにそうなるという任命式の日、コンラート閣下には、恐るべき託宣が下されたのです」

 その時のコンラートの心情を思いやるのか、オードイルは右手で左の二の腕を強く掴んだ。

「眞王廟から祝福の為に使わされたアルザス・フェスタリアという巫女が告げた託宣…それは、《ウェラー卿コンラートは異世界からやってくる《双黒》を導き、創主を蘇らせるだろう》…そういうものであったと聞きます」

 しん…と、馬車の中が静まりかえった。

 長い苦労の日々を越えて、誉れある大貴族の仲間入りを果たし、中将以上の階位につく事も可能になると言う晴れの日に、コンラートは地獄の底に突き落とされたというのか?アルザス・フェスタリアの噂はグウェンダルも知っている。百発百中の精度で予言を下すという天才的な巫女がそのような託宣をすれば、何の証拠もなくとも人々は信じてしまう事だろう。

『何という…!』

 ヴォルフラムでさえ、蒼白になって唇を戦慄(わなな)かせている。流石の彼も、《そんな馬鹿な》と突っ込む気にはなれないのだろう。それほど、オードイルの語る《歴史》には信憑性があり、事実なのだと感じさせた。

「それで、コンラートは…どうなったのだ!?」

 喘ぐようにしてヴォルフラムが問うと、オードイルは沈思な表情で頷いた。

「摂政シュトッフェルの指示で、任命式は急遽取りやめとなりました」

 心なしか、オードイルの語調には唾棄するような色合いがある。彼には《閣下》の敬称を付けないところから見ても、シュトッフェルに対して言いしれない反感を抱いているのだろう。

「グウェンダル閣下、フォンクライスト卿ギュンター閣下、フォンウィンコット卿オーディル閣下は烈火の如き怒りを示してシュトッフェルの判断を糾弾し、再び任命式を設定するように詰め寄りました。ですが…巫女の託宣は、予想以上の反響を世界にもたらしたのです。各国で、次々に力在る占星術師が同様の託宣を下し始めると、大陸では《シマロン王家の血を継ぐコンラートは、ウェラー王朝を再興しようとしている》との噂が流言の火の如く広まっていきました」

 そのような噂は、以前からまことしやかに眞魔国王宮内では囁きかわされていた。それが最も熱を持ったのは、ここ半年の事だ。グリーセラ卿ゲーゲンヒューバーが主軸となって、《混血が眞魔国への忠誠を示すためには、命を賭けねばならぬ》と、ルッテンベルク師団…別命、《玉砕師団》を結成させたのだ。

 それが、大戦後にも再燃したというのか。
 混血蔑視の根の深さに、グウェンダルは根震いするような怒りを感じると同時に、やはりその時にも、十分にコンラートを庇う事は出来ないのかと、狂おしいような想いが込みあげてくる。

「そして、3999年…十貴族会議は決議を下しました。《異世界からやってくる双黒を捕らえるか殺すかするまで、ウェラー卿コンラートは北の塔にて厳重な監視下に置く》…と」
「まあ…」
 
 さしも脳天気なツェツィーリエも、顔色を白くして口元を覆った。
 《北の塔》とは身分の高い者を長期間拘束するための施設であり、罪人のように鎖に繋がれたりすることはなく、一定の豊かな生活が保障される。
 だが、この決定はすなわち《異世界からやってくる双黒を捕らえるか殺すか》できなければ、死ぬまでコンラートを飼い殺しにすることをも意味していた。

「そのような決議に、私は…賛同したというの?」
「摂政であり、兄でもあるシュトッフェルに押し切られる形で、最終的な承認をされた…と、聞いております」

 震えながら問うツェツィーリエに、オードイルは言いにくそうに肯定した。

「では、コンラートは…今でも北の塔に!?」
「いいえ、違います。今では、何もかもが変わっているのですよ」

 ぱぁ…っとオードイルの頬が血の気を取り戻し、爽やかな微笑みが唇に満ちる。グウェンダルは《焦らすな》と言いたくなったが、そこまでの深淵からどうやってコンラートが這い上がったのかを示すには、まだまだ多くの説明を必要とするのだろう。

「この時、状況を大きく変える要因となったのが、グウェンダル閣下です」
「私…が?」

 思いがけない言葉に、今までとは異なった意味でグウェンダルが目を見開く。それが良い方向での変化であることを期待しながら、ドキドキと騒がしい鼓動を感じていた。

「閣下は自ら名乗りを上げ、コンラート閣下に議会決定を伝える任に就かれました。しかし、議会の決定通りにには動かれなかった…。コンラート閣下に一つの命を与えると、グウェンダル閣下は自ら北の塔に入り、虜囚生活を送られるようになったのです」
「兄上が北の塔に!?」
「ええ、コンラート閣下に下された命は、《異世界からやってくる双黒を探し出し、これを確実に殺して頭部を眞魔国に持ち帰れ》というものでした。グウェンダル閣下は自らを虜囚とする事で、コンラート閣下に未来を与えられたのです」

 ヴォルフラムが驚きに満ちた眼差しで見つめているのが、頬に伝わる熱気で分かる。含まれているのは反感ではなかったが、どこか戸惑うような色合いがあった。

『私が、コンラートに…。あの子が、本当に苦渋しているときに…そのような決断が、出来たのか…?』

 信じられなかった。
 どれほど不服であっても、基本的にグウェンダルは正式な議会決定を個人的な判断によって覆す事などできる性格ではない。
 それが、一体どのような心情によって、行動を起こす事が出来のだろうか?

「私は…一体何故、そのような判断をしたのだろうか?」
「それは、私には分かりかねますが…」

 それはそうだろう。過去(?)の存在とはいえ、グウェンダル自身にも想像がつかぬものが、他国人であるオードイルに分かるはずがない。
 だが、オードイルはグウェンダルの決断に感動を覚えているのか、熱い口調で語り続けた。

「グウェンダル閣下に、私が直接伺った事はありませんので、その時の心情もご説明する事は出来ません。ですが…コンラート閣下は、共に酒を酌み交わすときには、幾度もこの事を話してくださいました。それはそれは嬉しそうに…《兄上は、不審がる周囲にこう言って下さったのだそうだ。[ウェラー卿の忠心に、疑う余地はない]…と。その言葉だけで、俺は今すぐに死んでも良いと思えたのだ》…ああ、あの時の笑顔を、閣下に見せて差し上げたいですよ!」
「…っ!」

 熱いものが、込みあげてくる。
 目と喉を灼く、迸るような情動にグウェンダルは困惑し、大きな掌で顔を覆うことで表情を隠した。そうでもしないと、人目も憚らずに泣いてしまいそうだったのだ。

『それほどに、喜んでくれたのか…!』

 これは真実、未来に起こる出来事なのか、それとも、グウェンダルの渇望なのかは夢幻であるのかは分からない。それでもオードイルの語る兄弟の絆に、グウェンダルは喉を震わせて涙を堪えた。





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