〜愛しのコンラート様シリーズ〜
「魅惑のコンラート様」G
まとわりついてくるツェルケスの従姉妹を引きはがすと、コンラートは討伐隊の指揮を任された。眞魔国警備隊にフォルツラント軍の一部が参入する形だ。規模的には大きなものになるが、コンラートは眉を寄せて不満の意を表した。
「まずは現場検証をさせてください」
「此は異な事を…!《ルッテンベルクの獅子》とも謳われ、ユーリ陛下の懐刀たるあなたがそんなことに時間を割かれるおつもりか?女豹族に浚われたのは明確なのですぞ?神出鬼没な彼女たちをこの近隣で捕獲するのは不可能…と、なれば一刻も早く、ユーリ陛下の御身に陵辱を加えられる前に救出に向かうべきでしょう!」
「ですが、その為には情報が必要です。採るべき手段を採らずして、適切な行動は採れません」
口泡を飛ばしながらまくし立てるツェルケスに対して、コンラートは表面上立場を考えた丁寧な口利きをしていたが、あまりにも不自然な勢いでコンラートを送り出そうとする様子に、次第に声が剣呑なものに変わっていく。
「俺を討伐隊長として下さるのであれば、ユーリ陛下救出に必要な手だてはこの俺に一任して頂きたい…っ!それが出来ぬとあれば…」
コンラートの纏う気配が変わる。
熱く燃え立っているようなのに、酷く冷たい…。凍れる焔ともいうべき、殺意にも似た気配がツェルケスの回りすぎる舌を強張らせるが、意外なことに仲介してきたのは村田だった。
「ウェラー卿、ここはツェルケス大公のご意志に従うべきだよ。何しろ大公殿下は唯一の目撃者でらっしゃるし、この国の支配者でもあられる。幾ら討伐隊長を任ぜられたとは言っても、君は立場を考えるべきだね」
《しかし…っ!》…と、弾かれるように怒りを示し掛けたコンラートだったが、村田の一言にぴくりと眉を跳ねさせる。
「君の友人を信じなよ」
「……っ!」
考えた時間はものの一瞬であった。コンラートはすぐさま普段通りに感情を(表面的には)コントロールすると、非礼を詫びた上で迅速に討伐隊をトルソー山脈に送れるよう、装備や物資の調達を依頼した。
「猊下、何をお考えですか?」
「んー?」
グウェンダルが小さく村田の耳元で囁くが、この場で明確な答えを与えられることはなかった。
「君もさ、部下を信じなよ」
誰のことを言っているのかは明確なのだが…その意図するものを推測すると、グウェンダルの眉根は弟以上に深々とした皺を刻むのであった。
* * *
コンラートの率いる討伐軍が数時間後に出立したのを見送ると、ツェルケスはいそいそと自室に戻った。乱雑に荒らされていた室内は侍女達の手によって急いで片づけられ、破損した椅子などは別のものに交換されている。
ツェルケスは扉にしっかりと鍵が掛かったことを確認すると、床面の一部を撫でつけた。 フォルツラント公国の誇る芸術的な寄せ木細工はぴっちりと隙間無く幾何学的な模様を描いており、よくよく構造を理解しているツェルケス以外の者であれば唯の美しい床としか思わなかったことだろう。しかし…そこには、大公家の長子のみに受け継がれる《仕掛け》が隠されていた。
するりと床をなぞる指がぴたりと一点で止まり、そのまま《グ…っ》と押し込まれる。途端に様々な仕掛けが連動して動き始め、あっという間にヒト一人が通れるほどの入り口が現れたのであった。
そこには…ぐったりと脱力した有利の姿があった。
「おお…すまないユーリ!窮屈な思いをさせてしまったね?」
ツェルケスは急いで有利の身体を抱えてソファに横たえると、白く血の気のない頬を撫でつけた。疑いもせず眠り薬入りのお茶を飲み干した有利は、深い眠りに誘われているのである。長い睫は触れられても開かれる気配はなく、なめらかな頬に影を落としている。
「うふふ…こんな窮屈な礼服など脱いでしまおうね?もっとユーリにお似合いの、素敵なお洋服を着せてあげよう…」
喜びのあまり声を上ずらせながら、ぷち…ぷちんと細首を包む襟合わせを解くと、白いシャツの下で息づく柔らかな胸が現れた。薄い布越しに微かに伺える微乳は、ツェルケスの理想をそのまま体現したかのような可憐なものであった。
ツェルケスは歓声をあげそうになるのをすんでのところで食い止めると、今度は壁面のスイッチを押して別の扉を開ける。そこには、溢れんばかりのひらひらふわふわドレス群と化粧品の数々があった。ファンシーな縫いぐるみやアクセサリーなどの小物も充実している。全て、有利を手に入れた暁には彼に身につけて貰おうと画策していた品物ばかりだ。
きっと、有無を言わさず意識のないうちにこれらを纏わせ、媚薬でも盛って犯し続ければ有利はツェルケスのことを愛すようになるに違いない。周囲に関係を証すことは恥ずかしがるかも知れないが、そこは秘密の関係でも結構だ。こうして時折フォルツラント公国を訪問して貰ったり、こちらから眞魔国を訪問して関係を深めていけばいいのだから…。
「ふふふ…ユーリ…はぁ……はぁあ…ユーリ…。穢れなき君の純潔を奪う私を許しておくれ…その代わり、えもいえぬ芳香に満ちた官能のお花畑の中で、君の蜜壺を開花させてあげるからね?」
震える指がシャツのボタンに掛けられ…布地が左右に開かれると、涎を垂らさんばかりにのしかかるツェルケスに視姦されるかのように、清らかな素肌が大気に晒された。
浅く上下する薄付きの筋肉の上に、ぽっちりと可憐な桜粒が愛欲を誘うように乗っかっている。
危うし、有利!
どうなる有利!
早く来い、ウェラー卿の友人でフォンヴォルテール卿の部下!
* * *
一方、討伐隊を率いてフォルツラント公国の防御壁外に出ようとしたコンラートは思わぬ襲撃に晒されていた。
細い跳ね橋を渡した上をコンラートが通過した途端、凄まじい速度で駆けてきた騎馬…いや、騎豹の一群に襲われたのだ。
雪豹に跨った精悍な女達の群れは、間違いなく女豹族であった。
「頂き…っ!」
榛色の髪をした女が雪豹の背から飛び上がりざま襲いかかるが、コンラートはノーカンティーを巧みに操って身を逸らすと、すかさず剣の柄を項窩にたたき込んだ。
しかし、その動作中に回り込んできた女が懐から大量の煙玉を取り出して跳ね橋にぶつけると、もうもうと立ちこめる煙が後続の討伐隊員達を包み込んでしまう。喉と目を燻された隊員は勿論のこと、より異常に甚大な被害を被ったのが馬であった。
ヒィイイン……っ!!
コンラート旗下の兵は咄嗟に副官が指示を出して落ち着けさせたのだが、フォルツラント兵が混乱を来したあおりを喰らってしまい、煙に巻かれてコンラートの状況が読めなくなってしまう。
コンラートは、女豹族の群れの中に孤立する形になってしまった。
「ふふん…間近で見れば一層佳い男じゃないか」
「君達が女豹族か?」
「ああ、そうさ。肝の据わった様子も良いねぇ…ますます好みだよ」
頭領らしき女はうっとりとコンラートに見惚れているが、流石にその物腰には隙がない。
すらりと腰に刺した短刀を引き抜くと、30人程度の配下にも指示してコンラートを取り囲んだ。
「待て待て待てぇ〜い!」
パッパラパパパヤパー…
パッパラパパパヤパー!
その時…ラッパの音も高らかに、大音声をあげて突撃してきた一群があった。地平線の彼方からいっさんに駆け寄ってきたその騎馬隊は、一様に坊主頭に袈裟掛けいう異様な姿であった。いや、坊主という職業性から言えば特に問題はないのだが、聖職者と呼ぶにはぎらつきすぎたその形相と、妙に騎馬慣れした様子が唯の坊主とは思われない。
それもその筈…男達の顔を認めた途端に、コンラートは女豹族に囲まれた時よりもぐったりとした顔つきになってしまった。
この連中は以前、コンラートに脱衣ショーをさせる為に有利の服を脱がそうとした大罪人達ではないか。
出家することを条件に無罪放免にした筈なのだが、一体何をしに来たのだろうか?
コンラートは思ったままをつるりと口にした。
「君達…何の用だ?」
「や…そ、そんな殺生な…っ!わ、我々はコンラート様の御身を慮って仏門を離れ、強行軍を重ねてここまでやってきたのですっ!!」
「頼んでないが?」
「ああ…その侮蔑に満ちた眼差し……はぁ…っ!ゾクゾクします…っ!」
《仏門で何をしていたのか…》と、コンラートはげっそりするが、実際問題としてこの連中が奉じていたのはコンラート自身なのだから、その本性の何が変わるというものでもない。全員が瞳をキラキラ…ではなく、ギラギラさせて…涎を零さんばかりにしてコンラートの爪先から頭頂部まで、舐め上げるような視線を注いでいる。
「とっとと眞魔国に帰れ。もしくは、絶海の孤島にでも引き籠もれ」
「あ゛ーっっ!!その凍れる刃のような瞳…っ!絶頂感すら感じますっ!!」
思いっきり冷然と言い放っても、相手が悶絶して狂喜しているのでは言った甲斐がない。
「なんだいなんだい…妙な連中だねぇ…!」
「嫌がられてるのが分かんないのかい?しつこい男は嫌われるよ?」
つい、女豹族の発言に《そうだそうだ!》と乗っかりそうになるコンラートであったが、害を為しそうという意味では良い勝負なのだ。
「さー、こんな変態共は放置して、あたしらと一緒に秘密の花園に籠もろうじゃないか!」
「天国を見せてあげるよ?」
救いに来た相手にすら放置されかねない勢いの坊主達は大慌てで絶叫した。
「そうはいくか!」
「今こそ、我らの力を見せる時…っ!」
フォオオオオオオオ………っ!!
そう…彼らとて今日までの日々を無為に過ごしてきたわけではない。
ラダガスト卿マリアナの偉業(?)に完敗したあの日から、雨の日も風の日も残尿感が強い日も修行に明け暮れてきた成果を、今こそ見せるのだ!
坊主達は気合いを入れると同時にバ…っと袈裟と法衣を脱ぎ去った。
「う゛…っ!」
「え゛…っ?」
思わず、女豹族とコンラートの喉がつかえる。
あろうことか…寒さ厳しい晩秋だというのに、坊主達は半裸(深紅の紐パン一丁)になってしまったのだ。
「行くぞ…行くぞっ!」
「ヘイ…ヘイヘイヘーイ…!」
オイルでも塗っているかのようにてらてらと光る筋肉を見せつけながら(律動と左右に揺れ動く運動を反復しつつ)、マッチョメン達は互いに腕や脚を組み合わせ…見る間に《ある形》を構築した。
それは…かなり歪み気味ではあったが、てらてらと光り輝く人の顔のようなものであることが伺えた。
「見たか、我らのコンラート様への愛を…!」
鼻息も荒々しく、坊主達の顔が達成感に満ちあふれて輝く。
一体何を勘違いしているのかは不明だが…敢えて彼らの行動目的を分析するとすれば、マリアナの顕した芸術…壁面に彫り込まれたコンラート像に感動した彼らは、独自の方法でコンラートへの愛を模索したらしい。
その結果完成したのが…マッチョな肉体を駆使したコンラート像なのだろう。
分からないことはない。ない…が、正直に言わせていただけば……。
「それは、俺に対する侮辱と受け取るが…良いか?」
冷え冷えとした殺意を漂わせて、ちゃきりと鯉口を切るコンラートであった。
こんなモノを斬る為の剣ではないが、目の前にこんなモノが存在し続けること自体が耐え難い苦痛だったのである。
「えええぇぇええ…っ!?」
「そんな殺生なーっ!!」
愛の力で女豹族を圧倒する前に、筋肉坊主達はコンラートの評価によって玉砕してしまった。
「この男にとっても邪魔に連中のようだね。なら、とっとと始末してやろうか!」
「な…なにぃっ!?我らのコンラート様への愛を愚弄するつもりか!?」
嘲けるようにせせら笑う女豹族に坊主達が目を剥くが、襲いかかっていく彼らはあっさりとやられてしまう。
実際問題として、機敏で柔軟な女豹族の動きにとてものこと坊主達はついて行けず、きりきり舞させられる内に自滅し、地に伏してしまったのである。
「く…くそぅ…っ!」
坊主達は甲子園で敗退した高校球児のように涙に暮れ、大地を掴むようにして苦悶した。
「マリアナ殿…我らは間違っていたのでしょうか!?」
まー、間違いなく間違っているだろう。
それを証明するように、一陣の疾風のように現れた人物がばっさりと坊主達を斬って捨てた。
勿論、精神的に。
「まぁ…なんて見苦しい!」
「は…っ!マ、マリアナ殿…っ!!」
青年貴族っぽい衣装に身を包んだマリアナは、坊主共を目にするや身も蓋もない台詞で叩き斬ってくれた。
「あなた方、コンラート様のお目を汚すのもいい加減になさいっ!とっとと服を着るのですっ!!」
「しかし…しかし、マリアナ殿っ!我らはコンラート様への愛を証明する為に……っ!」
「独善的な愛など傍迷惑なだけですわっ!」
「ふぐ…っ!」
素晴らしい切れ味の舌鋒に、為す術もなく坊主達は心を折られて胸を掻きむしった。
大体、コンラートが嫌そうに目を顰めた段階で嫌な予感はしていたのだ…。
「おやおや…なんだってんだい、今度もまた変わった奴が出てきたもんだねぇ…」
女豹族の頭領は次から次へと現れる珍妙な敵に口角を下げていたが、その新手の背後から自分の部下達が神妙な顔をして出てくると流石に呆れてばかりもいられなかった。彼らは明らかに男装の令嬢に敬意を表しており、心なしか目をキラキラさせながら追従しているのである。
「お前達…いったい何のつもりだい!?」
「やー…それがですね、お頭!このお方、強いのなんのって…!客分としてお迎えしたくて、お頭に引き合わせたかったんですよ!」
「はぁ?このイカれたお嬢さんがかい!?」
頭領が素っ頓狂な声を上げて叫ぶと、そこに混じる侮蔑の響きにぴくりとマリアナの眉が跳ね上がった。
「今…何と仰って?」
「あーあー、おっしゃったともよ。どんな手管を使ったかは知らないが、よくもあたしのいない内に子分達を手懐けてくれたもんだねぇ…このイカれ女!」
ゴゥ…っ!…と、マリアナの纏う気配が変わる。
昼下がりの薄い青空が一瞬にして夕暮れ時を思わせる朱に変わったかと思うと、囂々と吹き上げる紅いオーラがマリアナを包んだ。
よりにもよってコンラートが見守る前で侮辱されたのである。淑やかな(?)乙女とはいえど、このような屈辱に耐える由はない。
「ウリィィィィィィィイイイイイイ……っ!!」
マリアナの背後に必殺の構えを採る紅い怪鳥が浮かび上がる。心なしか眉が太くて男前(ジョ○ョの奇妙な冒険調)だ。
「コンラート様…っ!この失礼な敵を大地に沈めてもよろしいかしら!?」
「えー…あー……はい。是非、お願いします」
反射的に、半笑いでこっくりと頷いてしまう。
コンラートの勘では、女豹族は有利を浚った犯人ではないのだが…大陸を荒らす誘拐団には違いないし、少なくともコンラートの精子狙いではあるようなので、倒して貰っても特に支障はないだろう。
「うふふ…っ!ルッテンベルクの獅子と謳われるコンラート様の前でお見せするなんて、ちょっぴりお恥ずかしいですけれど…このマリアナ、鍛錬の成果をお見せしますわね?」
《はにかむ仕草はなかなか可愛らしい》…と、思った次の瞬間には、背後で翼と嘴を広げた怪鳥に感応するようにして、マリアナは勢いよく背にしていた虎柄マントを空中に放った。
やっぱり男前だ。
纏っている気配のせいなのか、心なしか眉毛と頬の感じも男前になっている。
ファイ…っ!(プォーッ!)
ファイ…っ!(プォーッ!)
ファイ…っ!(プォーッ!)
ファイ…っ!(プォーッ!)
チャ〜ラーラ〜チャ〜ラーラーラ〜
チャ〜ラーラ〜チャーラーラーラ〜
マ・リ・ア・ナ、ボンバイェ…っ!
マ・リ・ア・ナ、ボンバイェ…っ!
ここで駆けつけたメイド頭シータのトランペットも加わり(馬車を全速力で曳いてきたらしい馬丁は、半分死にかかって口元から白いものを噴いている)、マリアナの闘志は最高潮を向かえる。
感嘆(?)に瞳を見開いているコンラートの前なのだから、乙女としては張り切って当然だろう。
「震えるぞハートっ!燃え尽きるほどヒート!!」
戦えマリアナ!
ゴーゴーマリアナ!
コンユはそっちのけだが、取りあえず向かってくる敵を倒してくれマリアナ!
→次へ
|