〜愛しのコンラート様シリーズ〜
「魅惑のコンラート様」E













「はぁ…素晴らしい宴であった……」

 誰かに対して語りかけるわけでもなく、今宵何度目になるか本人にも自覚のない囁きで夜気を揺らす。
 フォルツラント公国のツェルケス大公は、若々しい顔をうっとりと耽溺の蜜の中でとろかしなから微笑んでいた。
 もう少し噛み砕いて言えば、にやけていた。

「ああ…ユーリ…私のユーリ……。早く君を閨で啼かせてあげたい…っ!」

 早く…早く、あの愛くるしい有利の華奢な肉体を蹂躙したい…!
 初(うぶ)な少年のことだ、きっと閨での体験など初めてだろう。
 《ツェルケス殿下…俺、怖い…》などと不安に涙ぐむかもしれない!
 そこはひとつ大人の余裕を見せて、手取り足取り腰取り誘導しながらあんあん啼かせてやろう。
 
 ツェルケスは勝手に妄想の中で有利を呼び捨てにすると、文学青年らしからぬ怪しい動きで腰をカクカクさせた。

「ユーリ…私の天使!あああぁああ…君はまさに私の理想の少女だ!」

 ツェルケスは昔から強度の幼女趣味であった。
 有利には申し訳ないことだが…決して少年趣味ではない。あくまで幼女趣味だ。
 
 それがどうしてまた有利に惚れ込んでしまったかというと、きっかけは昨年行われた眞魔国主催の万国博覧会に於ける余興であった。漆黒の布地で作られた膝丈ドレスは珍しいデザインであったが、そのふりふり加減と真っ赤になって恥ずかしがっている有利の愛らしさはツェルケスの度肝と股間を打ち貫いた。まさに、フォルツラント公国の挨拶《バキューン★》を連発したいくらいの可憐さだったのである。

 ツェルケスは幼女趣味とはいえ、実際の幼女に手出しするほど倫理感に欠けた男ではなかった。性対象として閨に引き入れる為には未成年は不適格だ。だが、どうしたものかこの一帯の国々では女性の発育が良すぎ、結婚可能な16歳を迎えると大抵の女性が豊満な胸と張りのある腰つきに成熟してしまうのである。
 顔が童顔でも脱ぐと凄い…という手合いも多く、あるかなきかという微乳好きのツェルケスはいつも夢破れて山河有りな悲哀を味わっていた。

 そんな彼にとって、有利は理想的な永遠の少女と映ったわけである。
 ヴォルフラムも美少年には違いないが、彼はああいうツンケンした性質よりも、大らかで優しげな雰囲気を好んだ。

 世慣れしていないふんわりとした有利を、更に自分好みに調教する…それがツェルケスの見果てぬ夢である。

 こちらは小さな公国の大公に過ぎず、あちらは堂々たる大国眞魔国の王ではあるが、愛の前に国境はない。種族の壁も性別の壁もぶち破り、ついでに有利のちっちゃな秘部(ツェルケス予想)にブチ込みたいという、甚だ傍迷惑な夢に駆られているツェルケスであった。

「く…しかし今は無理か。あの男…少しも隙を見せぬ」

 今すぐにでも蛙跳びで(ジャンプと共に脱衣しながら)寝台へとのし掛かりに行きたいくらいだが、有利の寝室には剣豪として名高いウェラー卿コンラートが不寝番として立っている。先程偵察をやったが、どうやら上手に身体を休めながらも全く油断していないらしく、足音を消して近づいた密偵に向かって笑顔で《今晩は》等と抜かしていたようなのだから…。

 城の女達は(男達ですら)このウェラー卿コンラートに色目を使っているようだったが、ツェルケスにはあんな筋骨逞しい男の何処が良いのか全く分からない。彼にしてみれば、胡散臭いくらいの爽やかさに《ぺぺぺぺっ!》とでも唾を吐きたい位なのだ。
 しかも、ツェルケスの愛する有利までがコンラートと目が合った瞬間、ほわ…っと華が綻ぶように微笑むのが腹立たしくてしょうがない。

「清廉そうな顔をして、あのような男…きっと腹の中と陰茎は真っ黒に違いない!」

 腹はともかくとして、いい年した男のチンコがあんまり綺麗なピンクなのも如何なものかと思うのだが…ツェルケスにとってはこれも誹謗中傷用語になるらしい。

「くぅう…どうにかユーリの滞在中に、あの男を引き離せないものか…!」
 
 ツェルケスは悶々として思案を巡らすのであった。



*  *  *




「コンラッド…。なあ、友好国のお城の中なんだから、そこまで警戒してなくて良いんじゃない?ね…もう見張り番は交代して寝たら?」
「いえ、休み休みやっておりますから…。それより陛下、夜着のままでは身体が冷えてしまいますよ?秋口とはいえ、この辺りは冷え込みが強い…」
「陛下って言うなよ…」

 昔のように、《名付け親のくせに…》と言いかけて、少しはにかむように口籠もる。
 すべらかな頬は、淡く上気しているようだ。
 くぐもった最後の言葉は《恋人なのに…》と言いかけたようだ。

「ゴメンね…ユーリ」

 ちら…と周囲を確認してから、コンラートはしなやかな動作で有利の手を掬い上げると、そぅ…っと唇を寄せた。

「消毒…しても良いですか?」

 伺う目線は悪戯めかせていながら…宵闇のせいか、何処か真剣味を帯びて有利背筋に甘い感覚を呼び起こさせる。コンラート以外の者に触れられた事を詫びる気持ちと、独占欲を示される事への悦びが綯い交ぜになっているらしい。

「コンラッド…」

 有利は《えへへぇ…》と照れ笑いを浮かべると、擽ったそうに…けれど、幸せそうに微笑んで見せた。
 ツェルケスのことは嫌いではないが、やはりコンラート以外の者にやたらと肌に触れられるのは生理的に受け付けないのだ。その痕跡を全てコンラートの感触で塗り替えてくれるのであればありがたい。

「あのさ、明日は博覧会で色んなもの一緒に見ような?俺…何とかしてツェルケスを捲くからさ」
「おやおや…慎重な行動をグウェンに肯定されたばかりだというのに、途端にそれですか?」
「うぅう…そ、それまでにちゃんと外交のこともするから!だから…」

 《ちょっとは一緒にいたいよ…》我が侭と分かっていてもそう呟いてしまって、少し反省する。
 そんな有利の全てを分かっているように、コンラートは綺麗な笑みを浮かべると唇の向かう先を変えた。

「ん…」
「今は…ここまで、ね」

 重ねられたと思ったらすぐに離れていく…その唇の感触を追うように一歩踏み出した有利だったが、旅先であることを思い出して自重した。
 
「お休みなさい」
「うん…」

 目に見えてしょんぼりとした有利(へて…と下がった尻尾が見える)が背を向けると、その耳元に最後の言葉が囁きかけられた。

「明日…楽しみだね」

 その意味を汲み取る前に扉は閉められてしまったけれど、声が孕んでいた優しさと悦びは、絶対に有利の期待通りのものだと思う。

「へへぇ〜っ!」

 有利は一度だけぴょんっと跳ね飛ぶと…ふくふくと沸き上がる勢いそのままに、寝台へと特攻を駆けたのであった。



*  *  *




 翌日、博覧会は大々的に開催された。
 会場に点在する展示物と、その間隙を埋め尽くすかのような人の波に圧倒されそうだ。
 
 眞魔国からは(安全性を身をもって確認の上)フォンカーベルニコフ卿アニシナが開発した風力発電機が展示され、その動力で作動するキモ可愛い編みぐるみ達に子ども達の歓声が飛ぶ。
 主催国であるフォルツラント公国はというと、お家芸である硝子工芸や繊細な寄せ木細工の建築物が陽光に映えて御婦人方の目を楽しませていた。

「コンラッド、見てみて!あれ凄ぇーよ!」
「ああ…陛下、走っては危ないですよ?」

 苦労して各国の要人との外交を終わらせ、お役御免になった有利は少々はしゃぎ気味にコンラートを引っ張っていった。
 そのあどけない様子を、物陰から胡散臭い動きでツェルケスが見守っているとも知らずに…。

 いや、有利は確かに気付いていないが、コンラートが気付いていないはずはない。時折ツェルケスの方を見やると、困ったように苦笑しているのだ。

『くきぃ〜…っ!ちっくしょう〜っ!余裕だと言いたいのか!?』

 コンラートの視線には警戒と言うより呆れに近い感情が垣間見えるものだから、ツェルケスはご自慢の硝子細工に爪を立てて《キキィ〜…》と不快な音を立てさせた。

『ああ…ユーリ……どうしてそんな胡散臭い青年に、誰にも見せないような素敵な微笑みを投げかけるのだ?』

 自分のハイパー胡散臭さを棚に上げてよく言ったものである。

『それは、確かに世の女達がしなだれかかりたくなるような容姿であることは認めるが、《聖★幼女》なユーリならば、その辺は見透かして欲しいものですな!』

 ツェルケスは《やぁやぁやぁ》と親しげに駆け寄って、二人の間を裂こうと思ったのだが…ふと、聞くとも無しに聞いていた噂話に耳を峙てた。

「すると、この近くに女豹族は張ってるってのかい?」
「ああ、そうみたいだぜ?ただ、あいつらどうも目標を定めてるらしいな。農作物を幾らか奪って行きやがったがらしいが、わんさか各国公使達が集まってくるってのに手出しをしてこねぇそうだ」
「まあ、子種って一言に言っても、単に手に入ればいいってもんじゃないだろうしな。どうせなら、ちょっとでも良いのを手に入れようって腹かも知れないな」

 そんな話を聞くうち、ツェルケスも女豹族の噂を思い出した。
 彼女たちは普段は単なる盗賊の一団なのだが、今期は丁度《種狩り》に当たるらしく、盛んに男達を奪っては種を吸い上げているらしい。
 
 勿論、高貴で美しい男性が狙われるとあって各国でも征伐活動は行われているのだが、彼女たちは精強な上に雪豹を駆って迅速に移動してしまうし、広大な山岳地帯全域を根城として固定の家屋というものを持たないせいか、殲滅作戦が成功した試しがない。つまり犠牲者が帰されるのは女豹族が飽きた後のことで、一度も根城から救い出されたことはないのだ。

 犠牲者自体も男の矜持に引っかかりはするものの、そう酷い目に遭うわけでもないから討伐に真剣味が無いのかも知れない。

『ふむ…』

 ツェルケスの脳裏で、女豹族と有利、コンラートという因子がチカチカと瞬き始めた…。 

 

*  *  *  
 




 博覧会も初日の式典が終わると、各国の要人達は三々五々帰国の途につくことになる。
 有利達も、もう一泊したら明日には帰国するのだが…ツェルケスは泣かんばかりにして引き留めてきた。

「せめて後一日…どうぞ私と共に博覧会を巡っては頂けませんか?」
「でも…後の日程もあるし…」
「では、今宵眠りに就くまでの一時を私と共に過ごして頂けませんか?あなたのその麗しき双弁を、どうか私の胸に焼き付ける時間をください!」
「それなら、まぁ…」

 ツェルケスに押し切られる形で有利は了承してしまった。
 傍らでは黙然として眞魔国の重鎮達が不愉快そうな表情を浮かべていたものの、ツェルケスはお構いなしだ。なまじ礼儀正しいものだから始末に終えない…。
 
「おお…ありがたき幸せ!では、皆様方…大切な陛下の御身をお預かり致します」

 にこにこ顔で有利を連れ去るツェルケスに、コンラートの拳が固く握りしめられる。
 その爪は…掌に食い込まんばかりであった。

「おお、そうだ…ウェラー卿、実は申し訳ないのだが…我が従姉妹殿も是非あなたと御歓談したく望んでおりましてな?短時間で結構ですので、どうかお付き合い頂けませぬか?」
「ユーリ陛下の警護がありますので、ご遠慮願いたい」

 コンラートは丁寧な物腰ながらきっぱりと断ったのだが、ツェルケスは言葉巧みに《我が兵を信頼して頂けぬのは心外だ》《従姉妹殿は狂おしいほどにウェラー卿に恋い焦がれているのです》等と涙ながらに掻き口説くものだから、結局有利の方が折れて、《俺のことは良いから、行ってきて?》と勧めてしまったのであった…。

 

*  *  *




 ガタン…っ
 ガ…ターン……っ!


「出会え!賊だ…賊だーっ!!」

 
 有利と部屋に籠もってから1時間の後…突然物騒な物音と、ツェルケスの切羽詰まったような叫びが木霊した。

「何…っ!?」

 近くの部屋に詰めていたグウェンダル、ヴォルフラム、村田の三人は跳ねるような動きで部屋を飛び出すと、衛兵を掻き分けるようにして室内に雪崩れ込む。

 だが、室内に有利は居なかった。
 そこにあったのはひっくり返った椅子と床面にばらまかれた菓子類、飛び散った茶器…そして、破壊され打ち開かれた窓であった。

「め…女豹族だ!女豹族が突然侵入してあの方を浚っていってしまわれたのだ…っ!くそうっ!フォルツラント公国の誇りにかけて、我が身命に変えてもお救い申し…」

 皆まで言うことは出来なかった。
 駆け寄ってきたヴォルフラムが、ツェルケスの回りすぎる下顎を力一杯掴んだのである。

「貴様…何故自らは傷すら負うことなくユーリを賊に渡したのだ…っ!衛兵も、何一つ出来なかったというのか!?貴様…貴様ぁああ…っ!その程度の覚悟で、何故コンラートを退けた…っ!」
「よさんか、ヴォルフラム!」
「殺してやる…っ!ユーリに何かあったら、必ず…必ず殺してやる…っ!」

 激昂するヴォルフラムを片腕で押し止めるものの、グウェンダルもまた射殺しそうな眼差しをツェルケスに叩きつけている。

「討伐隊の指揮はウェラー卿コンラートが執る。依存はないか」
「は…はぃ……」

 不服はあるのかも知れないが、蒼白になったツェルケスはその場に縮こもってしまい、とても反論など出来なかった。

「……」

 村田はその騒ぎには加わらなかった。
 その代わり、静かに…食い入るようにして現場の観察を行ったのであった。





* あう。明日はマリアナ嬢で勢いよくいきたいところです。 *






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