〜愛しのコンラート様シリーズ〜
「魅惑のコンラート様」C














 

 ピョロ〜リ・ロ・リ〜ピョ・ロ・ロ、ピョーロリ・ロ〜…


 哀愁に満ちた笛の音が、秋の夜長を啼き通す虫の音に混ざって流れていく。
 ラダガスト家に仕えるメイド頭、シータが女主の無聊を慰める為に吹いている篠笛である。

 ちなみに、ここに有利がいたならばこのような歌詞をつけたことだろう。


《はぁ〜る・ば・るぅ〜来・た・ぜぇ、カーロリ・ア〜…》


 そう、海を渡ってラダガスト卿マリアナはカロリアの港までやってきた。
 しかし…その様子は常とは異なっている。

「どうかしら?」
「とてもお似合いです、お嬢様」
 
 カロリアの波止場に立ったマリアナは、ロンドンブーツ様の靴底を係留杭(夕陽に向かってマドロスがパイプを吹かしながら足をかけてるやつ)に乗せて微笑んでいるのだが、身に纏っているものはドレスではなく紳士物の礼服であった。
 巻き髪もきりりと項で一つに括って男性らしい留め具で纏めている。

 そう…美形青年貴族に変装して誘拐団を誘い出そうとしているのだ。

 だが、マリアナがそんなに悠長な策を講じただけで一カ所に留まっているはずもない。この格好はあくまで作戦行動の一つであり、当然…直線コースを採って女豹族が住むという山岳地帯に赴くつもりでいる。
 船旅の途上で情報通の商人から、大陸を騒がせている誘拐団の正体が女豹族であると聞いた時点で、マリアナはそう進路を定めたのである。

 フォルツラント公国に向かえばコンラートに会うことも出来るだろうが、このラダガスト卿マリアナの立派なところは《初志貫徹》が信条であることだろう。

 現在、彼女の目下の目的は《誘拐団殲滅》なのだ。

 運良くコンラートが浚われているところに出くわせば幸運ではあるが、主目的をそこに定めたのではまどろっこしい。
 そもそもの諸悪の根元を叩き潰すのが先だ。

 その意志を示すように、地図に書き込まれた進路も大変真っ直ぐである。
 表現の問題ではなく…文字通り、真っ直ぐなのだ。
 堂々たる筆跡で描かれた太々とした直線が、カロリア→山岳地帯を真一文字に結んでいるのである。

「あの…お嬢様……。お書きになられた進路によると、大陸一の大河と…政情不安定な小国を縦断しているのですが…」

 女主を追うメイド頭シータを乗せて、ひいふぅ言いながらここまでやってきた馬丁はちょっぴり涙目になりながらも、せめてもの抵抗を試みた。
 羽振りの良いラダガスト家の馬丁でいる為には、色々と乗り越えなくてはならない壁があるのは知っている。一応忠誠心みたいなものも持ち合わせてはいる。だが、世間には乗り越えられる壁とそうでない壁があるのだ…。

 しかし、女主の返答はさっくりしたものだった。

「仕方がないではないの」

 ぱこ…っと馬丁の下顎が下垂する。

「そ…そんなぁ…」
「誘拐団共の根城に最速で到達するにはその経路しかありませんもの」
「で…ですが…っ!急がば回れという言葉もありますしっ!」
「では回りなさい!うだうだ言っている暇があったら全速力で回りなさいなっ!こうしている間にもコンラート様に危険が及んでいるかも知れないのよ?コンラート様の幸福以上に我々が追求すべきものがあって?いや、ないっ!」

 マリアナはスパッと言い捨てると(しかも反語形のノリ突っ込み付き)、後は振り返ることもなく愛馬に跨り駆けだした。

 ウェラー卿コンラートへの愛に萌え…いや、燃えるマリアナを止められる者は誰もいない。
 コンラート本人ですら困難なのだから、一馬丁風情がああだこうだ言ったところで止められるはずがないのである。

 
 ちゃ〜ららーちゃら〜ららー、ちゃーらーらーらら〜
 ちゃ〜ららーちゃら〜ららーちゃ〜りらりらーりら〜


 メイド頭シータは泣きそうな顔をしている馬丁の襟首を捕まえると強引に持ち場へ着かせ、自分は馬車から半身を乗り出すと篠笛でメロディーを奏でる(見ようによってはハコ乗り…)。
 こちらの曲はれっきとした眞魔国の出征祝い歌なのだが、有利がいたとしたら《暴れん○将軍》のテーマと混合したに違いない。

 メイド頭シータの演奏曲目はなかなか多彩だ。

「はぃや…っ!はぁ……っ!」

 凛々しく馬を駆るマリアナの後ろ姿を、カロリアの娘達は感嘆の眼差しで見送った。 

「素敵…!何て華麗な男装の麗人かしら!」

 そう…マリアナは女性にとっては羨ましくてしょうがないような体型…出るとこが出て締まるところが締まった、大変立派すぎるスタイルをしていた為、少々男物の服を身につけたところで到底男には見えなかったのである。

 せいぜい、化粧が派手すぎない宝塚…といったノリだ。

 全く男装の成果が出ていないマリアナではあるが、本人は至って誘い出す気満々だ。


「さあ、何処からでもかかってらっしゃいなっ!」

 
 ホホホホホホホホホ………っっ!!


 1キロ先からでも女性と判別できる高らかな哄笑を響かせながら…マリアナは疾走していった。






* 行動の全てが直線方向なマリアナ様。たまに逆走するよマリアナ様。現代社会で車の運転とかする機会が無くて良かったですね。 *





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