〜愛しのコンラート様シリーズ〜
「魅惑のコンラート様」B
フォルツラント公国へと向かう陸路は開けた平原になっている。
秋の深まりを告げるように枯れ草の多く見られる平原にはススキによく似た植物が生い茂り、少し寂しげに風に揺られている。しかし、概して背の低い植物が多いので見晴らしが良いのがありがたい。
もっと早く着く為には峡谷を抜けていく道もあったのだが、今回は事情が事情だけにより安全な平原ルートを採った。
ウェラー卿コンラートは自分の腕を過信することはない。
大切な有利の身を守る為には、可能な限りの安全策を採りたいのだ。
『少し、離れているのが寂しいですけどね?』
周囲への警戒を怠りなく行っているのだが、ふとした瞬間に少し寂しさも過ぎる。
そのせいか、馬車の窓から有利の姿を垣間見ると、無意識の微笑みを浮かべ…次の瞬間には口角を引き締めるという行程を繰り返してしまった。
コンラートにとって有利は昔から…生命を受けたその瞬間から宝物になったくらい大切な存在だが、その彼と《恋人》として接するようになったのはごく最近のことであり、身体をも重ねるようになったのは更に至近の話である。
まだ慣れない身体への愛撫は、餓えたコンラートの欲を満たすには足りないものであったけれど…それでも、有利が心地よさそうに果てるだけで十分と思えた。よって、有利自身もこういった行為についての知識がないせいか追求してこないので、常に閨ではコンラートが達することはない。
気を失うまで愛撫を施したら、そのまま浴室で身を清めてから自分の方の始末をするのである。
可憐な容姿にもかかわらず、実に男らしい性格の有利を閨で啼かせるだけでも自尊心を傷つけやしまいかと心配なのだから、それ以上を望むべくもない。
当然、コンラートは有利の婚約者だの夫だのといった立場を求めようとも思わない。
それを公然と言い放つことは有利が閨で《その様な扱い》を受けているのだと満天下に知らしめることであるし、第一…やはりコンラートにとって大切な存在である。ヴォルフラムを酷く傷つけてしまうことに恐れを抱いていた。
『あの子は成長した…。ユーリの幸福を願い、あれほど言い張っていた婚約を自ら解消するほどに…』
けれど、問題が解決した今…弟は以前にも増して激しく有利に婚約を迫っている。
もう、そんなもどかしい行程はすっ飛ばして結婚しようとまで詰め寄っていたことさえある…。
流石にそんな結びつきを容認することは出来ないし、有利が二股を掛けるような器用さを持ち合わせているとは思えないけれど、そんな弟を退けて自らが婚約者として名乗り出ることは憚られた。
『グウェンはどう考えているんだろう?』
多分、朴念仁ながら弟想いの彼が気付いていないはずはない。
二人の弟が共に一人の少年を愛していること…それが、よりにもよって最強の魔王陛下であることに、さぞかし頭の痛いことだろう。
『すまない…グウェン』
心で詫びつつ、コンラートの視線は再び油断なく平原の果てに注がれる。
女豹族の活動期という、《よりにもよって》な時期に大陸を訪れる危険は、物思いを一時中断させる。
弟に奪われること以上に、彼女たちに奪われることの方が実害は大きいのだ。
コンラートの心情に及ぼす影響以上に、国家の威信や後継者問題にも絡む話なのだから…。
「閣下、斥候隊からの定期報告でも異常はありません」
「了解した。引き続き警戒を怠るな…」
素早く部下の声に応えたものの、急に有利がしょんぼりした顔をしてこちらを見るから…ついつい語尾が泳いでしまう。
「閣下?」
「ああ…すまない」
苦笑して目礼すると、古参の部下であるイザーク・オーヴァルトは事情を了承したようにやはり目礼を返してきた。
「魔王陛下の御身は、何としてもお守りします」
「ああ…何をおいても護るべき、尊い御身だ」
愛おしげに眼差しを細めるコンラートを、イザークは幾らか心配げに見詰めた。
「ですが…閣下ご自身もどうぞ、ご自分の保身には留意して下さい。見るからに精強で美麗な男性は狙われやすいと聞きます」
「美麗という意味で言えば、グウェンやヴォルフの方が心配だろう?服装も俺は地味にしてるよ?」
《何を言ってるんだ》と言いたげに苦笑したのだが、イザークは何か古い酢漬けでも喰わされたみたいに珍妙な表情をした。
* * *
『全く…魔王陛下も相当なものだが、うちの閣下の無自覚さにも驚かされるよ…』
確かにビカビカとした派手さはないかも知れないが、コンラートという男の持つ凛とした佇まいは、女心…いや、一部の男心をも疼かせずにはおられない魅力を持っている。
夫を持つ身でありながらコンラートに恋い焦がれて枕を涙で濡らしている貴婦人や、妻を持つ身でありながらコンラートに恋い焦がれて股間を濡らしている紳士をイザークでも幾人かは知っている。
しかし、コンラートという男はその辺を気付いていない…というよりも、認めたくない様子なのだ。
どうやら、昔から偏執的なタイプに好かれやすいので辟易している節がある。
『あいつ自身の警護にも気を使ってやってくれよ』
ぼすっとイザークの胸に裏拳をかましながら頼んできたのは、隠密隊を率いているグリエ・ヨザックだ。彼自身の、自分の上司から頼まれているのだとも聞く。
『グウェンダル閣下もご心配だろうな…』
おそらく、彼は有利が同行するのでなければコンラートには馬車の中で過ごすように厳命してきた筈だ。口下手で不器用な性質の宰相閣下は、内心ではこの弟を溺愛しているのだから…。
イザークは晴れ渡る秋の空を見上げながら思う。
華々しい博覧会も良いが…彼にとって大切な者が誰一人傷つくことのないよう、全てが終わると良いのだが…と。
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