〜愛しのコンラート様シリーズ〜
「魅惑のコンラート様」A













 切り立った崖の上にそそり立つ、真新しい寺院…。
 その中で毎日読経と修行に明け暮れていた男達が今、旅立ちの時を迎えている。

『コンラート様の危機に黙っておられるか!』

 かつての《コンラート様を愛でよう会》…現在は宗教法人《ウェラー狂団》…いや、《ウェラー教団》の面々が、鍛え上げた肉体をもって誘拐団の魔の手からコンラートを救わんと発心したのである。

 三層構造の巨大な門扉…飴色の重い木の扉、透かし彫りの施された扉、そして金色に輝く薄い扉を開くと、彼らは自分たちの《ご本尊》に最後の読経を送った。

 ラダガスト卿マリアナ渾身の作、《ダンス申し込み中コンラート様像》である。

「ウェラー教団の名にかけて、コンラート様の御身には指一本触れさせぬ!」

 
 おぉぉおおおお……っ!


 教団幹部のフォーラー卿ゴンザレスが高らかに宣言すると、男達の鬨(とき)の声が響き渡る。

 頭を丸めた坊主集団が今、海を渡って使命の為に戦おうとしているのであった…。



*  *  *




 一方…有利達はカロリアの港に着き、そこから馬車に乗ってフォルツラント公国に向かうことになった。友好国であるフォルツラント公国からは護衛団が遣わされていたが、眞魔国からやってきた一個小隊も念のため伴うこととした。
 馬車も眞魔国から船に乗せて運んできたものを使用している。



「向こうさんも馬車とか用意してくれてたのに、失礼じゃないかな?」

 馬車の揺れに少し眠気を覚えながらも、有利は少し気がかりな様子だ。
 しかし、村田は《仕方ないさ》と宥めてきた。

 異国の地に赴くということで、両者ともに漆黒の装いながらも普段の制服様衣装ではなく、上着の襟元・袖口・裾に金糸銀糸の縫い取りをした見事な礼服に身を包んでいる。

「妙な噂のあるから、用心に越したことはないよ。あちらの内部に手引きする者がいて、馬車に法石でも積み込まれてたらどうする?」
「ぁう〜…そうか」
「心配しなくて良いさ、あっちにしても主張を通して君になにかあったら大事だからね。事情を話したら簡単に引き下がったろう?」

 苦笑しながら村田が言うと、有利としても引き下がらずを得ない。

 確かに、ここのところ大陸全土を揺るがしている誘拐団の存在には十分な警戒をすべきだろう。出立に際してコンラート達も非常にこのことを心配していたのだ。
 有利が乗る馬車には村田とヴォルフラム、グウェンダルが搭乗しているのだが、コンラートは愛馬ノーカンティーに跨り護衛団を指揮している。

 コンラートはフォルツラント公国からの正式な招待状を受けている身なので、有利達同様馬車で向かうのが筋なのだろうが、《万一のことがあってはいけませんから》と、笑顔の中にも鋭い緊張を忍ばせて言うものだから、有利も《一緒にいたい》と我が侭を言うことは出来なかった。

 やはりコンラートの護衛としての手腕は群を抜いており、不要な事件に巻き込まれぬ為にも彼に任せておくのが一番安全なのだ。

 尚、ヨザック達隠密部隊も随行しているらしいが、こちらは隠密だけあって姿を現すことはない。いざというとき疾風のように現れるのだろう。

「でもさぁ…美男ばっか狙われるんだったら、まずは何をおいてもコンラッドを護らなくちゃいけないんじゃないかな?」

 大いに真面目な顔で有利が問うと、村田は《はんっ》…と鼻で嗤った。

「ウェラー卿をかい?誰が?」

 この台詞は、《ウェラー卿を信頼している》ことを示しているのだろうか?

「そっか…そうだよな!コンラッドは何てったって剣聖とか言われちゃうような腕利きなんだもんな。自分の身くらい自分で護れるよな」
「それもあるけどね、彼の場合は万が一のことがあってもそれほど困らないんだよ。誘拐団の目的は子種だからね。孕まれたって、別に養育費とかを請求してくるわけじゃないし」
「………は?」

 《ホワッツ?》という顔をして有利は目を見開く。
 今、友人はいったい何と言ったのだろう?

 ……子種目的の犯行…?
 《何となくむしゃくしゃしてやった》とかではなく?

「こ…こだねって…は、はらまれ?」
「そのままの意味さ。誘拐団ってのはおそらく…女豹族だからね」
「めひょーっ!?」

 思わずバックスタイルを眺めたくなるほど魅惑的な響きだ。
 
「ああ…雪豹の耳と尻尾を剥製にして身につけてるって萌え系の容姿にもかかわらず、単騎での戦闘力も高いが、群れで襲ってくるから更に手強い。普段は切り立った山岳地帯に逼塞して暮らしているんだけど、秋の収穫期になると農作物や加工品なんかを狙って大陸中を荒らすんだ。四千年の間に滅びたのでなければ間違いない。」
「そんな強い連中が何で子種とか取りに来ちゃうの!?普段は引き籠もってんだろ?」
「おそらくは遺伝子異常の一種だと思うんだけど、彼らの中には滅多に男が生まれないんだよ。それこそ、三毛猫の雄並みにね。だから、他種族を嫌っているにも関わらず種族の保存の為に数十年に一度《雄狩り》と称して子種を奪いに来るんだ。ちなみに、彼女たちは容姿が綺麗な子が欲しいから庶民の小綺麗な男もある程度は狙うけど、キラキラした光り物を纏った貴族の方をより好む。勿論、美男のね」
「でも…それでコンラッドなら平気ってどーゆー事だよ!?めちゃめちゃ心配じゃん!」

 村田の発言を横合いから止めると不興を買うので怖いらしいが、ヴォルフラムとグウェンダルも何か言いたげに眉を顰めている。
 勿論、有利は眉を顰めるどころか端を跳ね上げて怒りを露わにしていた。

「比較の問題だよ。フォンビーレフェルト卿やフォンヴォルテール卿にしたって同じ事だ。勿論、僕だってね。渋谷…君以外なら誰が浚われてもさほど被害はないんだよ。不本意な庶子が増えるってだけさ。存在を認めないという手もあるしね」
「な…っ!」

 有利は憤りと共に、胸の奥がぐらつくような不快感を覚えて喉を震わせた。

「何だよ…それ、俺が魔王だからか!?」
「そうさ」
「そんなの…っ!」

 さらりと返されて、ますます有利は声を荒げる。
 しかし、村田は村田で怯んだような様子はない。

「君が創主を倒したことで僕や眞王は勤めを果たし、もう君を支える以外のことで眞魔国に関わるつもりはない。当然、次代の魔王を決める事もない。それは以前にも説明したよね?」
「う…うん……」
「そして君は女性と結婚するつもりもない…そうだろう?つまり、君は跡継ぎを作るつもりもないって事だ」
 
 有利は唇をきゅ…っと引き結んで沈黙してしまった。

 ヴォルフラムは蒼白な顔をして同様に沈黙している。形良い指が、尻に敷いたクッションの房を引きちぎらんばかりに鷲掴んだまま震えていた。
 昔のように、《当たり前だ!僕という婚約者がいるのだからな!》…などと、高らかに告げる気配はない。

 ヴォルフラムは有利が地球から帰還した後、次代の魔王選定に関わる揉め事から有利との婚約を破棄した。
 しかし、深く有利を愛する心に変わりはなく…未だに何かにつけ《再び婚約したい》と迫っているのだが…。

 有利は拒絶し続けている。

『ゴメンな…ヴォルフ。お前のことは友達として凄く大事に思ってる。だけど…婚約して結婚して…そういう関係になりたいとは思えないんだよ』

 ヴォルフラムは拒絶を受けるたびに激怒し、理由を詰問したけれど…有利が答えることは出来なかった。
ヴォルフラムとて気付いていないわけではないと思うのだが、もしかすると故意に目を逸らしているのかも知れない現実を、直視させるのが忍びなかったためである。

 有利が、兄であるウェラー卿コンラートと深く愛し合う仲であることを…。

「君に後継者が全く生まれないのであれば問題はない。有能な指導者を育成して代替わりすれば良いんだからね。だが…君が略奪され、輪姦され…女豹族の間に生まれた子供がもしも双黒であったらどうする?強い魔力と君に似た性質を併せ持っていたらどうなる?民は必ず期待するよ。《ユーリ陛下の御子を跡継ぎに》…とね」
「でも…絶対双黒になるかどうかは分かんないじゃん!」
「可能性の問題だよ。大体、相手は一人じゃないんだ。何日か…彼女たちに気に入られれば、それこそ何週間にも渡って絞られ続けるんだから、その中の一人くらいは双黒を産んでもおかしくない。たとえ双黒でないとしても、君の子というだけでも大きな影響力を持つさ。しかもそれが複数になってご覧?相当な揉め事が起こるよ」
「………」
「僕に…君の子を殺させるような真似はさせないでくれ」
「……っ!…」

 有利は俯いたまま硬く目を閉じた。

 この件について、村田の発言を覆すような反論は不可能と悟ったのである。

『でも…っ!』

 浚われて女達の欲望のままに嬲られ、不本意な乱交に付き合わされる…そんな危険がもしもコンラートに及ぶとしたら耐えられない…!

 有利は突き上げるような不安を感じながら馬車の窓に縋り付いた。



 有利達の為に厳重な警備体制を敷いているだろう、愛しい男の姿を求めて…。




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* ボンバイエ祭から一転して、ちょっとシリアス(?)馬鹿馬鹿しい中にも陰謀の渦巻く怪しいシリーズです。 *