〜愛しのコンラート様シリーズ〜
「魅惑のコンラート様」@













「ああ…コンラート様、コンラート様…!あなたはどうしてコンラート様なの?」

 《親がそう名付けたからです》…そう突っ込める者は誰もいない。

 いたとすれば、その無粋さを周囲から咎められたであろうし、女主人からは火を噴く一蹴りをお見舞いされたことであろう。
 彼女の場合《火を噴くような》という比喩にとどまらず、実際に《火を噴く》蹴りを放つ為、そのような事態が発生した場合は鎮火作業が大変だ。
 なので、誰も突っ込もうとはしなかった。

 眞魔国が誇る最強の武闘家…もとい、舞踏家であるラダガスト卿マリアナは妙齢の美しい女性であり、その年頃に似合いの乙女心を持ち合わせている。
 今宵もたおやかな容姿を飾るネグリジェを着込むと、寝室に鎮座まします《コンラート様像》を見つめた。

 この《コンラート様像》は美術館に飾ってあってもおかしくないような出来映えであるが、これがマリアナ嬢の蹴り技によって壁面に直接彫り込まれたものだと知ると誰もが感嘆する。
 冷や汗を流しながらだが。

「ああ…コンラート様の涼やかなお姿を、マリアナは毎夜夢に見ておりますわ…。また、コンラート様に手を取って頂き、舞踏する機会が巡っては来ないかしら…」

 頬を染めて身を捩る姿は年相応の貴婦人らしいはにかみに満ちており、大変愛らしい。
 
「思い出しますわ…。舞踏大会で踊って頂いたあの日のことを…っ!」

 さ…っと立ち上がって一回転したマリアナは…光速を越える動きでネグリジェの裾を一閃させたばっかりに、先日買い換えたばかりの壁付け鏡を破壊してしまった。
 砕いたのではない。斜めに一閃したことで切断してしまったのである。

「ま…私としたことが!」

 彼女の場合、わりとその《私としたことが》は頻繁に出現する。
 侍女の方も慣れたもので、素早く切断された鏡を片づけてしまった。

「そういえば…お嬢様、近々フォルツラント公国で開催される《万国博覧会》の噂はお聞きになりまして?」

 部屋の中が片づくと、メイド頭であるシータが耳打ちしてきた。

 万国博覧会とは眞魔国を中心とする同盟国の文化博覧と友好を主眼とする催しであり、前年には眞魔国王都に於いて第一回目の博覧会が盛大に執り行われた。
 フォンカーベルニコフ卿アニシナの発明を始め、眞魔国の優れた文物は同盟国の度肝を抜き、国家間の技術交流も以前に増して盛んになったと聞く。

 今年は新興国であるフォルツラント公国で開催されることから、国の沽券をかけた盛大な博覧会が行われるだろうともっぱらの評判になっている。

「ええ、勿論知っていてよ?魔王陛下は側近の方々と共に旅立たれたそうね…」

 その側近の中には当然、コンラートも含まれているだろう。
 勿論、その程度の動向はマリアナとて把握している。もしかすると、歓迎行事などで舞踏をする機会もあるかも知れない。博覧会会場を見て回りながら、珍しい出し物に感心するコンラートの姿はとても素敵だろう…。

 分かっている…ああ、分かっている…!

 だが、どれほど心惹かれようとも…貴族の淑女たる彼女が、正当な理由無しにコンラートをつけ回すような慎みのない行動は出来ないのだ。彼女はフォルツラント公国からの招待を受けていないのだから…。

恋する乙女としては、コンラートから侮蔑を受けるような事態は厳として避けたい。

「実は、その魔王陛下と側近のお歴々を狙った誘拐団が現れるのではないかと懸念されているのです」
「……なんですって!?どういうことなの!」
「近年、大陸では美形男性貴族を狙った誘拐事件が多発しているそうです。浚われた貴族は特に身代金等を要求されることもなく、数日から数週間後に開放はされるそうですが、その…申し上げにくい事ながら、必ず性的な辱めを受けるのだと…」 



「馬を牽けーいっ!」



 ラダガスト卿マリアナの決断は早い。
 恐るべき注進を受けるや、間髪入れずに結論が出た。

 マリアナは華麗なドレスを衣装棚から取り出すと、《とう…っ!》と一声叫んで空中に放り出し、自らも見事な跳躍を見せると、身に纏っていたネグリジェを脱ぎつつドレスを着込んで着地を決めた。

 普通に着脱すればいいようなものだが、こうすると勢いが違うのである。

 メイド頭の方も慣れたもので、女主人が着替えるとみるや素早く取り出したトランペットでテーマ曲を奏でた。

 
 ファイッ…ファイッ…
 ファイッ…ファイッ…

 チャ〜、ラ〜ラー、
 チャ〜ラー、ラ〜ラー
 チャ〜、ラ〜ラー、
 チャ〜ラー、ラ〜ラー

 マ・リ・ア・ナ、ボンバイェッ!
 マ・リ・ア・ナ、ボンバイェッ!
 

 これはラダガスト家に伝わる伝統的な《応援歌》である。
 おそらく、有利が耳にすれば《猪○》のテーマに激似であることに衝撃を受けたに違いない。


「コンラート様の危地にラダガスト卿マリアナ有りと、満天下に知らしめてやるわ…っ!」


 高らかに宣言するマリアナは、《ホホホホホっ!》…という特有の笑い声と共に駆けだした。
 馬車を用立てないところを見ると、愛馬に跨り直接港を目指すらしい。

「お嬢様を追うのです!」

 メイド頭の方も準備は早い。
 大体、コンラートネタを振る段階でこうなることは想定していたのだろう。素早く荷物を纏めると馬車を曳かせた。

 どのような敵が現れても怯む女主人ではないが、旅先で汗を流すことと清潔で美麗な着替えを用意することはメイド頭の至上命題なのである。

 《この主にしてこの侍女頭あり》…他の使用人達が冷や汗を垂らしながら見守る中、メイド頭は足早に馬車へと乗り込んでいった。
 





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* 深く考えずにズガガっと書けそうなシリーズ再び…。楽しくポンポコポンと腹鼓を打ちながら書いていこうと思います。 *