「今日から主役!」−2
孤立感を極めていたこの状況下で、優しく日本語で話しかけられると泣きそうなくらい嬉しかった。しかも彼は、有利を叩こうとしたヴォルフラムの手首を捕らえていたのだ。
『庇ってくれたんだ…!』
彼はヴォルフラムを諭すように何か言っていたけれど、あちらは全く反省した素振りも見せない。それどころか、勢い任せにコンラートの手を振り解くと、柄の悪いことにコンラートの臑を蹴ろうとした。
尤も…予想通り俊敏なコンラートはひらりと避けてしまい、勢い余ったヴォルフラムは転びそうになったところを抱き留められて、一層怒ることになったんだけど。
『あのポメラニアンもちゃんと受け止めてあげるんだ。この人、本当に優しいんだな…』
どうしよう。心細いときに守って貰ったせいか、コンラートの行動全てが輝いて見える。
ぎゃあぎゃあと叫んで顔を真っ赤にしたヴォルフラムは、グウェンダルの腕を取ってその場を立ち去ろうとした。しかし、その前に鮮やかな紅い髪をした若い女性が立ちはだかると、素早くヴォルフラムに足払いを掛けた。
《あ…》っと言う間もなく、今度は距離的にコンラートが抱き留めることも出来ずに、ヴォルフラムは絨毯にしたたか激突することになる。その割に、ヴォルフラムは立ち上がってもアニシナに食ってかかったりはしなかった。何か弱みでも握られているのだろうか?
アニシナが腰に手を当てて大上段から叱りつけると、渋々…というようにグウェンダルも足を止める。こちらもやはりこの女性には弱いらしい。
すると、アニシナは大きなジェラルミンケースの中から沢山のヘッドホンを取りだして、キャスト達に渡し始めた。これは一体何なんだろうか?
「渋谷、どうやらこれが秘密兵器のようだよ?」
「へぇ?」
「これを使って一晩寝ると、なんとこの映画の共通語である《眞魔国語》マスターになれるんだよ!」
「ナニその怪しいグッズ…」
《眠ってるだけでスイスイ英語が覚えられる!》との謳い文句で宣伝されている教材はたくさんあるが、実際にそれでスイスイ喋れるようになった人物など身近で見たことはない。しかも、《シンマコクゴ》というのはアニシナの作り出した全く新しい言語だと言うではないか。
確か昔見た映画の中でも部分的に《エルフ語》というのを使っていたが、まさか…全編眞魔国語で押し通すとか言うのだろうか?
「とにかく、僕たちが使い物になるかどうかは明日証明しようよ。全てはこの機械次第だ」
「う…うん……」
グウェンダル達もその辺りを落とし処としているらしい。
ぎろりと去り際に睨み付けていた様子から見て、明日使い物にならなければ、有利が降ろされるか、彼らが違約金を払ってでも降板するだろう。
『大丈夫、なのかな…?』
手にしたヘッドホンの感触はあまりにも心細くて泣きそうになるが、その手をそっと一回り大きな手が包んでくれた。
「ユーリ…初めまして。自己紹介が遅れてゴメンね。俺は君の忠実な騎士、ウェラー卿コンラート役のコンラート・ウェラーだよ」
そういえば、役名はそのままキャストの本名になっているようだ。
有利や村田はそのまんまだし、外国人キャストについてはナントカ卿というのが姓につく。結構お手軽なような…。
「あれ?でも、他の人にはフォンってのがついてたような…」
「フォンはドイツ語圏の国で貴族の称号として使われていたんだけど、今回は貴族の中でも《十貴族》と呼ばれる上位の家系のみがフォンを付けているみたいだね。こいつがまた、リアルな家門の格をそのまま反映してるんだよ…。なんというか、こんなに身内風味を効かせていて良いのかなぁ?と思うんだけど」
「確かにそうですよね。僕たちとしては少し疎外感を感じちゃうな…」
村田も幾分憮然としながら参入してきた。
「身内って、どういうこと?」
「キャストの資料を見たときに、もしかしたら…って思ったんだけど、本当にそうみたいだね。まずは魔王に仕える重要な三兄弟は、リアル世界でも異父兄弟って噂があるんだよ。ねえ、ウェラーさん。本当のところどうなんです?」
「ああ、本当だよ。別に母も否定してないし」
「やっぱそうなのか…」
「えー?年の離れた兄弟だねぇ」
グウェンダルは三十代後半くらいだったから、ヴォルフラムとは十数年の年の差があるはずだ。
「しかも母親は、伝説のセクシー女優ツェツィーリエ・シュトッフェルだよ?出番は少ないけど、彼女も幾つかのシーンで登場するみたいだね」
「えーっ!?」
ツェツィーリエと言えば有利だって知っている女優さんである。
元貴族階級の家系で大富豪の彼女は若い頃、恋人の映画監督に是非にと請われて映画出演をしたんだけど、ほぼドキュメンタリーに近いようなその映画は、劇場ではさほどヒットしなかったものの、彼女の崇拝者達が挙って高画質な映像を求め、色んなバージョンでビデオやDVDが発売されていた。確か、今度ブルーレイ版も出るはずだ。
有利は映画の方は見ていないが、幼稚園の頃にCMで見た。マリリン・モンローのようにスカートが捲れ上がり、《こんなに軽〜い!》と甘い声で叫ぶという薄焼きポテトチップのCMだ。当時は野球カードがおまけについていたので良く買っていたから覚えている。
最近になってリバイバルCMが流され、おまけとして今度は彼女のカードをつけたら、これがまた海外も含めたネットオークションで凄まじい高値が付いたらしく話題になっていた。
機上でも最近撮ったという資料写真を見たのだが…ヴォルフラムはギリギリセーフとしても、グウェンダルの母親であるとはとても信じられない。
「おまけにギュンター・クライストはシュトッフェル家で家庭教師をしていた経歴があるし、遠縁の親戚でもある。カーベルニコフ監督自身も親戚だしね。グリエ・ヨザックだけは主要メンバーの中では血縁関係にないけど、シュトッフェル家に仕えている執事の家系だから、やっぱり幼馴染みなんだろうね」
「ナニその家族映画みたいなノリ…」
三部作の大作と言うよりは、お盆や正月に身内で愉しむビデオ大会みたいだ。
「カーベルニコフ監督は、今回その血縁関係のツテを全力で使ったらしいね。資金繰りなんかも相当キャスト内から捻出しているらしいし」
「えー…余計に肩身が狭いな!」
家族ぐるみの映画なら主役だってその中から選べばいいものを、何だって島国から黄色い猿を呼んだりしたのか。
「ウッキッキーって、泣きたくなっちゃうよ…」
「落ち込まないで?ユーリはちっとも猿なんかに見えない。とっても可愛いよ?」
しょんぼりと肩を落としていたら、コンラートの手が伸びて両の掌で頬を包み込まれる。至近距離でにっこり微笑むのは止めて頂きたい。無駄にドキドキするではないか。
「こ…こここ…コンラァッドさん、近いっ!近すぎるっ!!」
焦っているせいか上手く《コンラート》と発音できなかったのだけれど、彼は気にせず《言いやすかったらコンラッドと呼んで?》と言ってくれた。つくづくフレンドリーな人だ。
「ウェラーさんはどうして僕たちに好意的なんですか?」
村田が尤もな質問をすると、コンラートは《よくぞ聞いてくれました!》と言いたげに大仰な騎士の礼をとる。
「俺はね、ムラケンズの大ファンなんだよ!だからこちらに飛行機で来るときにキャスト一覧を見たときには、小躍りして喜んでしまったんだ!」
「えぇええ…っ!?な、何でハリウッド俳優さんが日本の新人お笑いスキー!?」
「だって俺、元々お笑い志望だったんだよ?なのに、子どもの頃オーディションに出たらそちらは一回戦で敗退してしまってね…落ち込んで帰ろうとしたら、映画のキャストとして出てみないかって誘われたのがデビューの切っ掛けなんだ。実はまだお笑いの方も諦めきれてないんだけど…」
しょんぼりしている姿は、とてもハリウッドで成功している俳優さんとは思えない。
でも、有利も《サッカー選手としては才能がある》と言われても微妙な気分になりそうだから、そういうものなのかもしれない。
「ねえ、ユーリ…プロのお笑い芸人として、俺の芸を見てくれないかい?」
「う、うん…」
コホン…っと咳払いをしてから、コンラートは優雅に腕を左右に振り上げると、物凄く響きの良い美声でこう言った。
「ヘイ、ボブ。昨日マイクが俺の尻を見て言ったのさ。《ズボンが破けてるぜ》ってね!その時俺は何て言ったと思う?《そんな筈がアラスカ…!》」
ひゅるぅおぉう…。
アラスカのツンドラから運ばれてきたのではないかと思われる冷気が、夏真っ盛りのニュジーランドを吹き抜けた。
何だろう…これは、有利たちに芸人としての自信を蘇らせる為に、身を挺して寒いアメリカンジョークを披露してくれてるんだろうか?
うん、多分そうだ。
「こ、コンラッドさん…ありがとうね!」
「ああ…良いよコンラッドで。役柄上も呼び捨てだしね」
「じゃあ…コンラッド、どうもありがとう」
「さっきのは面白かった?もう一つ行こうか?」
まだやる気か…!これは受けないと何度もやって、その都度滑り具合が大きくなっていく《雪崩芸人》というヤツではなかろうか?
もう一つ聞いたら精神的ダメージが大きすぎる気がする。
「じゃあ、今度は俺たちがネタやってみるね?」
かなり必死に提案すると、予想外にコンラートは大喜びしてくれた。
「本当に?やった…っ!!じゃあ、《夜もはっちゃけ》でデビュー当時にやってた、《野球好きのコンビニ店員と客》をやってくれる?」
「え…?」
何ということだろう。
てっきり《ファンだ》というのは有利たちを励ます為の社交辞令だとばかり思っていたのに、物凄くコアなネタ振りをしてくれた。
「マジで覚えてんの?あれって、野球ファンには物凄く受けるんだけど、ネタがあんまりディープすぎて一般の人には笑い処が分かんないからって、お蔵入りしてたのに…」
「メジャーになってからのネタも好きだけど、俺もレッドソックスの熱烈なファンだし、基本的に野球ネタは好きなんだよ。特にあのネタが大好きで、ネットで落とした映像を保存して何回も見てるんだ。元々大学で専攻していたから日本語の素養はあったんだけど、あれから君たちのネタをしっかり理解したくて、かなり勉強したんだよ?」
「本当に…」
嬉しくて泣き出しそうになったが、お笑い芸人が涙を見せたりしてはいけない。
ぐいっと袖口で目元を拭くと、村田と一緒に懐かしいネタをやった。
ホテルラウンジでやるのは迷惑かなと思ったけれど、目線を遣った従業員の人は《良いですよ》という風に微笑みながら頷いてくれた。ショービズ界の人たちが長逗留することが多いホテルだから、こういうところも鷹揚なのかも知れない。
観客達は、言葉はともかくとして有利たちの身振り手振りがおかしかったのか、気が付くと大勢集まってきた。オチの部分でコンラートが腹を抱えて大爆笑をすると、どっと観客も沸き立った。
観客には旅行中らしい日本の老夫婦もいて、相好を崩して拍手をしてくれていた。
「懐かしいねえ…。そうそう、大井戸のプレイってそうなんだよ」
「優勝決定戦の時のスライディングは、伝説ですもんねぇ…!」
くすくすと楽しそうに笑っている老夫婦を見ていると、有利は初心を思いだして胸が温かくなった。
そうだ…お笑いをやろうと誘ってくれたのは村田だけど、切っ掛けは二人で行った老人ホームでの出来事だったのだ。
野球観戦に行く前に村田の祖父がいるという老人ホームに行ったら、何かの拍子に村田と話が盛り上がって、こういう野球ツッコミのネタみたいになったのだ。村田の祖父や同室の人たちも野球が大好きだったのか、目に涙まで浮かべて大笑いしてくれた。
そして、お菓子を沢山有利たちに持たせてこう言ってくれたのだ。
『とっても楽しかったよ。この頃はテレビで漫才をしてるのを見てると、誰かを馬鹿にしたり傷つけたりする話題が多くて、嫌になって消しちゃったりするんだけどねぇ…あんた達のは、とっても楽しかった。渋谷君は本当に《野球が大好き!》って感じだし、健の懐かしい話題も面白かったよ。久しぶりに大笑いさせて貰った!』
きっと…村田が昭和ネタに拘るのは、大好きなこの祖父の影響なのだと思う。
忙しくてなかなか構ってくれない両親の代わりに、小さいときには遊園地やデパートに連れて行ってくれたのだという祖父を、たくさん笑わせてあげたい…それが、村田がお笑いを始めようとした切っ掛けだったのだと思う。
有利も、自分がお笑いに向いているかどうかなんて分からなかったけれど、誘われたときには《営業で老人ホームに行ったりするかも》と思って頷いたのだ。実際、ムラケンズの地方ドサ周りは高齢者施設が多かった。
メジャーになり始めてからも、深夜帯よりはお昼時のトーク番組を選んでいたのは、お爺ちゃんお婆ちゃんにほのぼのとした笑いを提供したかったからだ。
『映画でも、喜ばせることができるかな…?』
この映画もファンタジーという体裁こそとっているが、根底にあるのは相容れないと思われていた大貴族達と魔王がうち解け、数千年にわたって戦ってきた魔族と人間が信頼関係を結んでいくという心温まるお話だ。
かつて《ベン・ハー》のような活劇に胸をときめかせたというお年寄りだって、きっと喜んでくれるのではないだろうか?
「コンラッド、俺…映画でも、こんなにウケたりできるかな?」
「勿論だよ!君は俺の仕えるべき唯一人の魔王陛下だよ?世界を平和にする稀代の魔王なんて、君にしかできないよ」
大袈裟だとは思うのだけど、この人が佳い声で請け負ってくれると、それだけで妙に自信が湧いてくる。
『よぉし、頑張ろう…!』
意気をあげた有利は、力強さを取り戻した足取りで宛われた部屋へと歩いていく。手に取ったヘッドホンは相変わらず頼りない感触だったけれど、これがちゃんと機能しないのなら、全力で勉強してみよう。きっと、撮影との自転車操業になるかも知れないけど…もう一度、自分を信じてやってみよう。
一歩踏み出さなければ、何も変わりはしないのだから。
* * *
翌朝目覚めた時、恐る恐る…という感じで村田に話しかけてみた。
覚えているはずの、眞魔国語でだ。
「村田…いま俺が喋ってるのって、眞魔国語?」
「ああ…完璧だよ渋谷。多分ね」
ベッドの上で飛び上がって、二人して両手をパァンと打ち合わせた。勢いが強すぎて、抱き合うみたいな形で転げ回ってしまったけれど構うもんか。
「凄ぇっ!カーベルニコフ監督ってば、これで特許取れるんじゃない!?」
「確かにっ!凄いよお〜っ!3D映画にするって言ってたけど、更に字幕無しで複数言語を理解させる仕様にするのかもしれないね?」
確かに、2時間映画くらいならその情報だけを入れたヘッドホンを配布しても十分行けるのではないだろうか?内容的につまらなければ勿論コケてはしまうだろうけど、この新基軸は実に話題性が強そうだ。字幕無しで言語を理解できるのなら、多くの観客にとって楽しみが増えるだろう。
また、眞魔国語というのは少しドイツ語に語感が似ているが、更に響きが良くて耳に心地よい。きっと、観客も興味を持ってこの言語を習得したいと願うのではないだろうか?
「やった…ともかくこれで、俺たちも一歩踏み出せたよな?」
「ああ、そうさ。渋谷、やってやろうじゃないか!早速、僕たちムラケンズの実力をあの失礼な連中に見せつけてやろうよ!」
「うお。急に大きく出たな、村田」
「なーに。このくらいの勢いで行かなきゃ、あの強面君や小犬ちゃんには太刀打ちできないよ?取りあえず渋谷、こういう状況でネタをやってみないかい?」
そういうと、村田は素早く鉛筆を走らせてネタを展開して見せた。
これを早速キャスト達に披露しようと言うのだ。
勿論、全編眞魔国語で。
* * *
『これが、あの猿どもの演技だと…?』
グウェンダルは表情にこそ出さないものの、内心舌を巻きながらムラケンズを見やっていた。
各自の部屋で朝食を摂った後、ミーティングの為にホテルの一室に集まったキャスト達の前で、開口一番有利と村田は挙手をして立ち上がり、《魔王と大賢者の日常シリーズ…っ!》と叫ぶと、おもむろにコントを始めたのである。
しかもこれが、実に面白い。
一般的なイメージに於ける《魔王と大賢者》のイメージからは大きく逸脱しているが、それだけに、今回の映画の設定を上手く活かしている。ごく平凡な男子高校生ながら、突然魔王になってしまった少年と、一見同じように見えるが、実は四千年分の歴史を持つ腹黒い少年が、互いに重複しあいながらボケと突っ込みを折り重ねていく。
そこにはグウェンダルが勝手にイメージしていたような下品な笑いはなく、見ていて素直に楽しい気持ちにさせられる笑いがあった。仲の良い男子高校生の会話に、そっと寄り添っているような心地だ。
『なるほど、これが《当たり役》というものか…』
グウェンダルはアニシナが彼らを選んだ理由に、少し得心がいった。
彼らは今、演技していると言うよりは素のままで会話しているのに近い。確かに日常会話よりもマイクに乗るように幾分語調はあげているが、全く不自然さを感じさせずに《魔王と大賢者》になりきっている。
これは、彼らの演技力の問題というよりは、とにかく役柄がピタリと合っているのだろう。ファンタジー世界や貴族的権威を何処か斜めに見ながらも、その中で自分らしく在ろうとする不貞不貞しさ、力強さ…そんな息吹を感じさせる。観客の多く、特に十代、二十代の若者は、彼らの目を通してリアルに《今日から〜》の世界を見ることになるだろう。
ところで《当たり役》というのは、役者として何時か得たいと憧れるのと同時に、填ってしまった後には下手をすると生涯悩まされる役でもある。最悪の場合、そこで役者生命を経たれてしまうこともあるのだ。
何故かと言えば、強烈に役柄と役者の個性が合致してしまい、それが大ヒットした場合には、もはや観客はその役柄でしか役者を見なくなる。どれほど次の作品で好演したとしても、よほどのインパクトを与えない限りは《あの作品の方が良かったよね》とみなされたり、二番煎じのようなつまらない作品では似たような役柄ばかりが来るかと思えば、少し似たところのあるやり甲斐のある役柄では、《イメージが被るから》と、手垢がついていることを忌避される。
だが、この二人にはそんな心配はないのだ。何しろ、元々が役者などではないのだから!
伸び伸びと役柄に填ってしまっても、何の問題もないのである。
『それに、あのムラタという少年は確かに遣り手だな。今朝方眞魔国語をマスターしたばかりだというのに、それを巧みに活用して世界観を作り出した。これで、シブヤとやらも空気感を掴み、スムーズに役へと入っていけるはずだ』
《村田におんぶに抱っこ》…グウェンダルはこの時、二人の関係をそう判じて、ともかく村田の方には一目置くことにした。
ぱちぱちぱち…!
「良かったよ!」
「素晴らしい!とても面白かったですっ!」
「なかなかやるねぇ…坊ちゃん達」
拍手をしているのは最初から居たコンラートの他、昨夜遅くホテルに到着したギュンターとヨザックだ。ヘッドホンによる眞魔国語入力は間に合ったらしく、賞賛の言葉にも早速覚え立ての言語を用いている。
特にギュンターは昨日のコンラートを思わせる勢いで、二人に接近していった。
「初めましてユーリ、ケン!お会いできるのを楽しみにしておりましたよ?」
固い握手を交わしながら熱心に話しかけているところから見て、彼もムラケンズファンだったのだろうか?
「あの…クライストさん、ひょっとしてムラケンズのネタとか見てくれたことあるんですか?」
有利もそう思ったのかわくわく顔で問いかけていたのだが、それには申し訳なさそうに詫びていた。
「ああ…すみません。私は日本語は分からないので、日本でのコントは拝見したことがないのです。ですが、それでもお二人の大ファンであるのは間違いないんですよ?ほら!今日もこうしてブロマイドを持ってきましたっ!」
「へ?」
ギュンターの差し出したA4サイズのプリントを見るや、有利は《かぁああ…》っと頬を真っ赤に染めてしまった。
「ななな…な、なんでコレっ!?」
「おい、ギュンター…一体どんないかがわしい写真を…」
パパラッチの隠し撮り写真でもあったのかと、少々心配になってグウェンダルが覗き込むと…そこには不気味なオカマ達の直中にあって、二輪の華のように愛らしく映る村田と有利の姿があった。
周囲はけばけばしい化粧とどぎつい色合いのチャイナ服やドレスを着こんでいるのだが、有利たちはセーラー服というのだろうか?ごく地味な制服を着て、すっぴんでちょこんと椅子に座っている。それが逆に初々しくて目立つのだ。
『か、可愛いではないか…っ!』
実は可愛いものに目のないグウェンダルは、口元を掌で覆って写真に見入ってしまった。
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