5年前、シンマコク森では大きな戦争がありました。

 恐ろしい大イタチの群れが攻めてきて、この森を支配しようとしたのです。

 この時、これまで差別されてきた雑種のうさぎ…《ルッテンベルク》と呼ばれる一群が背水の陣を敷いて戦いました。

 その旗印となって戦ったのが、誰あろう茶うさぎのコンラッドだったのです。

 うさぎとは思えないほどの果断で鮮烈な戦いぶりによって、茶うさぎは《ルッテンベルクの獅子》の異名をとるまでになりました。

 そしてシンマコク森は平和を取り戻したのです。

 けれど…その為に失ったものはあまりにも大きかったのです。ルッテンベルクの仲間達で生き残ったうさぎは、コンラッドとヨザックの他には両手の指で数えられるほどしかいなかったのです。

 守りたかったうさぎ達を死なせてしまったことで、コンラッドは生きていくことに迷いを覚えました。

『俺はこれから、なんのために生きていけば良いんだろう?』

 そうしてコンラッドは旅に出て…黒うさぎのユーリに出会ったのです。



「ユーリ、俺が魘されるのは身体が痛いからではありません。ですから、あなたを食べても治ったりはしないんですよ」

「そうなの?俺…やっとコンラッドの役に立てると思ったのに…」

「役に…ですか?」

「そうだよ!だってコンラッドはモテるのに、結婚もせずにたまたま拾った俺なんか育ててさ、俺…俺……何の役にも立てないし……っ」

 言っている内に黒うさぎはとても悲しくなって、まっくろな瞳からぽろぽろと涙を零しました。

 茶うさぎは黒うさぎを優しく抱き寄せると、そのちいさな身体をすっぽりと腕の中に包み込んで、あやすように身体を揺らしてやりました。

「ユーリはいろんな事をびっくりするほど知っているのに、一番大事なことを知らないんだね」

「俺…まだ、知らないこと…ある……の?」

 ひっくひっくと泣きじゃっくりが止まらなくて、黒うさぎはうまく喋ることが出来ません。

「そうだよ。ユーリは、どれだけあなたがいてくれることが俺の救いになっているか…俺を幸せにしてくれるか知らないんだね」

 茶うさぎは黒うさぎの額や鼻の頭に優しくキスをしました。
 どれだけ茶うさぎにとって黒うさぎが大切か、少しでも伝われば良いと祈りながら。 





 俺…コンラッドを救ってる?コンラッドを幸せに出来てる?」

 コンラッドの柔らかな声に、泣きべそをかいていたユーリの顔がぱぁっと明るくなりました。

「そうだよ。俺は確かに寝ているとき魘されることがあるけれど、それは昔の戦争の…辛かった時の夢を見て、とても悲しい気持ちになるからなんだよ。…でも、朝起きてユーリの姿を見た途端、その苦しみはぱぁっと消え失せてしまうんだ」

「ぱぁっと?煙みたいに?湯気みたいに?キレイさっぱり?」

「ああ!それはそれは綺麗さっぱり。ユーリがいると、俺はあなたのために何かしてあげたいという、わくわくするような気持ちで一杯になるんだもの」

「本当?」

「本当ですとも。その証拠に、俺はユーリといるときにはいつも笑顔でいるでしょう?」

「そっかぁ…そうだよね!」

 すっかり元気を取り戻したユーリは、お腹一杯にんじんを食べ、お風呂でしっかり暖まってから寝床につきました。



*  *  *





「ユーリ…」

 くぅ…くぅ…と、健やかな寝息を立てる黒うさぎを見つめながら、茶うさぎは呟きました。

 何故か…その表情は暗く沈み込み、耳は力無く垂れています。

「俺は…今日、あなたに嘘をつきました」





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