3 茶うさぎは思わず、抱えていたにんじんを全て取り落としてしまいました。 「…その……ユーリはまだちいさいし………」 茶うさぎは顔を真っ赤にして、しどろもどろになってしまいました。 そんな茶うさぎに黒うさぎは訊ねました。 「じゃあ、俺が大きくなったら食べてくれる?でも…それじゃあ、俺が大きくなるまでコンラッドは痛いままだよ?」 どうも話がかみ合いません。 黒うさぎはいったい何のことを言っているのでしょうか? 「ユーリ…食べるというのは…まさか本当にあなたを、むしゃしゃ食べろということですか?」 「そうだよ?他にどうやって食べるって言うんだよ」 その辺は大人の事情で、こんなちいさなうさぎに説明することなど出来ません。 「俺…ヨザックに聞いたんだ。俺は…食べるとどんな怪我でも治るっていう、幻の《ニホンノクロウサギ》なんだろ?」 黒うさぎの言葉に、茶うさぎの顔色がさっと変わりました。 「ユーリ!その事を俺たち以外の誰かに話しましたか!?」 「ううん、誰にも言ってないよ。だってコンラッド以外の奴に食べられたら大変だもの」 茶うさぎが心配していたのもまさにその点でした。 ニホンノクロウサギが真っ黒だということはあまり知られていませんが、不老不死をもたらす伝説は広く知られているのです。 「ずっと黙っていてすみません…ですが、あなたが大きくなるまでは、このことは知らない方が良いと思ったのです」 「俺、大きくなったよ。もう、何を知っても大丈夫だよ」 黒うさぎが十分に成長しているかどうか茶うさぎには自信が持てませんでしたが、確かに今日はその事を説明する機会かもしれません。このまま茶うさぎが黙っていたら、黒うさぎはもっと落ち着かなくなるでしょう。 「あなたはその力のために人間に浚われるところを、俺がお救いしたのです」 あれは3年前のことでした。 茶うさぎは当て所ない旅路の途上で、檻に閉じこめられた黒うさぎが人間達に運ばれていくのを見つけ、助け出したのです。 酒盛りをして油断していた人間達が話していたことから、黒うさぎが何者なのかも知りました。 ただ、茶うさぎには《チキュー》と言う森がどこにあるのかまでは分かりませんでした。 黒うさぎも強いショックのせいでしょうか、すっかり以前の記憶を失っていました。名前もすっかり忘れてしまった黒うさぎに、茶うさぎは《ユーリ》という名前をつけてあげました。 茶うさぎは暫くの間黒うさぎと色んな国々を旅をしましたが、色々と考えて故郷のシンマコク森に帰ってきました。 最初は誰か家庭持ちの友人にでも世話を頼もうと考えていたのですが、黒うさぎは茶うさぎにしがみついて離れませんでしたし、茶うさぎもそんな黒うさぎを愛おしく感じたものですから、結局、二羽は一緒に暮らすことになったのです。 二羽の生活は笑いと歓びに満ちたものになりました。 気がつけば茶うさぎは旅のことなどすっかり忘れ、故郷の森に腰を落ち着けていました。 けれど、茶うさぎはいつか黒うさぎに彼の出自を告げなければならないことを忘れた日はありませんでした。 「あなたは俺に食べられることなどありません。そして勿論、他の何者にも食べさせたりしませんよ。あなたは大きくなったら…成兎したら、旅をして仲間のいる森に行き、そこで幸せに暮らすんですよ」 「でも…それじゃ駄目だよ!そしたらあんたはずっと痛いままじゃないか」 「先程から言っておられますが…。俺はどこも痛くなんかありませんよ?」 「だってあんた、時々寝てる時に魘されているじゃないか。あれは戦争の時の傷が痛むんだろ?」 黒うさぎの言葉に、茶うさぎは目を見開きました。 ちいさな子どもだと思っていた黒うさぎは、驚くほどたくさんのことを知っているようでした。 「戦争のこともヨザックに聞いたんですか?」 「ヨザックにも聞いたけど…他のうさぎにも聞いたよ?グウェンダルにも、ヴォルフラムにも聞いたんだ…」 |