「君を護り隊」−7







「あなたは、ユーリのことをとてもお好きなんですね」
「え?」

 狭いオフィスに付属したトイレに有利が入ると、不意にコンラートが加瀬に耳打ちしてきた。ドキ…っと弾む心地を感じつつも、加瀬は《他意は無かろう》と意識し過ぎな自分を恥じる。

「そうなんだよ。本当に良い子でねぇ…大好きなんだ」
「性的な意味でも?」
「……大人をからかっちゃ、駄目だよ」

 苦笑するが、どうしてだか琥珀色の瞳から目を離せずに、ヒヤリとしたものが背筋を伝う。心を暴き出そうとするような不躾なものではないのだけれど、澄んだその色は静かな湖面のように加瀬の心を映し出すかのようだった。
 だが、敢えて目を背けることなく加瀬は言葉を連ねた。

「…もしも、そういう気持ちがあったとしても…。僕は渋谷君を傷つけるような真似はしないよ」
「《大好き》だから?」

 その《好き》の意味を問うように、コンラートはアクセントをおいて問うてくる。どうしてだか、やはり誤魔化す気にはなれなかった。

「ああ、そうだよ。大好きなんだ。出版社の命運を賭けたくなるくらいにね」
「勝算はおありで?」
「さあ…どうだろう?」

 肩を竦めると、加瀬は飄々として笑う。そんなことが確実に分かるようなら、きっと我が社の出版物はもっと売れていただろう。

「保証は全く無いんだよ。でもねぇ…これが最後だと思うから、僕はどうしても宝物のように感じている子を、世に紹介したいんだよ」
「そう…ですか」

 そうだ。
 性的嗜好が少年に向かっている加瀬は、実のところ草野球チームに入った当初は有利狙いだったのである。気前よく食事を奢ったり、チームの備品を買ってやれば油断して、キスくらいは冗談でさせてくれるのでいか。意外と素養があれば、背伸びをして酒を呑んだ時にでも寝てくれるのではないか…。

 今となっては、恥ずかしいくらいに浅ましい欲望を抱いていたこともあった。

 それが消えてしまったのは…いや、消えてはいないのだけれど、それが有利自身に比べたらとても優先できるようなものでなくなったのは、一体何時のことだったろうか?

『真っ直ぐな…本当に、一本気で可愛い子だったから…傷つけたくなくなってしまった』

 加瀬を信頼してくれているからこそ無邪気な笑顔を向けてくれるのに、一時の過ちのような形で性的な悪戯に巻き込んだらどんなに傷つくだろう?いや、真面目に考える子だから、加瀬を何とかして愛そうとして、そうできないことに更に傷つくかも知れない。
そう考えたら、とてもとても怖くなった。

 きっと、そう思ったあの頃に…加瀬は有利に心底惚れ込んでいたのだと思う。

「これでコケても、後悔はしない」
「では、俺も出来る限りご協力しましょう」
「心強いな」

 高校生とはとても思えないように落ち着きを見せて頷かれると、本気で《心強い》なんて思ってしまうのだから不思議だ。



*  *  * 




『この男はユーリに懸想しながらも、その感情を昇華させようとしている』

 愛される可能性がないと悟った時にはさぞかし落胆したろうに、無理矢理引き裂くようにして肉体を奪うよりも、育むようにして愛おしさの花を護る加瀬に、好感を覚えずにはいられなかった。

 きっと、加瀬が昨日までの自分に重なって見えるからかも知れない。

 そのせいか、《折角だから屋外撮影しよう》と言われた時にも快く了解してしまった。



*  *  * 




 加瀬のワゴン車に機材を積んで、眺めの良い高台にある自然公園までやってくると、そこには先客がいた。
 山と密接したこの公園は少し外縁に行くと木々が込み入っていて影になっているので、ぱっと見には外部から何をしているのかが分かりにくくなっているのだが、どうやら加瀬達よりも立派な道具と人数を揃えた連中が撮影をしていたようだ。

 中には外国人青年とみられる、鮮やかなオレンジ髪の男も居た。随分と屈強そうで、とても出版関係とは思えない風体だ。もしかして、非常事態用の護衛なのかも知れない。

「おやおや…カセちゃんじゃないの」
「金原…」

 加瀬達が来たのを見ると、四十がらみのねっちりとした男性がニヤニヤ笑いながら迎えてくれた。そして何故か、モデルになっていた猫目の少年がぱっと上着を羽織る。心なしか頬が紅くなっているのを気に留めて視線を送ると、少年らしい素朴なパーカーの下からフリルが覗いている。少し細すぎのきらいはあるが、なかなか綺麗な脚には黒いニーハイも身につけていた。

「…女装写真か?」
「そぅそ。カセちゃんも大好きなアレだよ。お…オッズもいるじゃん。ナニ?今日はあんたらも撮影?ここって確かに穴場なんだね〜」

 金原はオルト企画という会社で企画部長をしている男だ。出版よりもイベント企画の主催が多い会社で、かなり金回りか良いという噂だが…それ以上に悪い噂も絶えない。
 確かに加瀬も女装させた少年を愛でるのは好きだが、金原のやり口には慄然とさせられることが多かった。

『あの子も、何か後ろ暗いやり口で取り込んだんじゃないのかな?』

 猫目の少年に心配そうな眼差しを送るが、彼の方は全ての視線から逃れるようにパーカーのフードを目深に被ってしまった。

『渋谷君達をこいつに近づけさせない方が良いな』

 慌てて反転しようとしたのだが、一足遅かった。律儀に機材を運び出した有利たちが、加瀬の方に歩み寄ってしまったのだ。

「あれ?なんか先客いるみたいですね。こんにちはー」
「お?」

 金原の瞳が怪しく光ると、加瀬が制止をかける前にコンラートの身体が動いた。馴れ馴れしく有利へと伸ばされた指が、逞しい体躯に阻まれる。

「何か御用ですか?」
「あ…いやいや。い…やぁ…こりゃまた綺麗な顔した外人さんだな」

 しまった。金原の瞳は落ち着くどころか益々色めき立ってきた。彼は華奢な美少年も好きだが、それ以上に端正な美青年に恥辱的な姿をさせて悦にいるのが大好きなのだ。おそらく、下卑た分厚い舌で唇を舐めながら、コンラートのあられもない姿を思い浮かべているに違いない。

「…カセさん、先客もいるようですし、ここはお暇(いとま)しましょうか」
「そうだね」

 コンラートの方でも敏感に金原の意図を察したのか、淡々とした顔をしつつもどこか不快感を滲ませて踵を返そうとした。加瀬としても全く同意であったのだが、金原にとっては許容しがたいの申し出であったらしい。

「おやおや…!気にすることはないよ。是非、一緒に撮影をやらないかい?秋山君と渋谷君は年頃も一緒だろう?友達になれるといいなぁ」
「あれ?なんで俺の名前…」
「君、すっかり有名人なんだよ?ほら、ネットに…」

 言いかけた金原の口元を掠めるようにして、コンラートの持っていた三脚が回旋する。

「失礼…。馴れないもので、操作を誤ったようです」
「いや、はは…」

 鋭い眼光を叩き込まれて金原は多少鼻白んだようだが、それでもこの手の男は押しが強い。ねっちりと絡みつくようにしてコンラートに寄っていった。

「ああ…ちょっと吃驚してしまったな。今、三脚が目を掠めたのかも知れない…」
「気のせいですよ。ちゃんと最短距離でも1.2pは隔絶していましたから」
「いーや。被害を被り掛けた僕自身が言ってるんだから間違いない。今、角膜にぴりっとした痛みが走った」

 コンラートに言いがかりを付け始めた金原に、加瀬は見かねて間に入った。

「お…おい…!大人げないぞ?ちょっと掠めただけじゃないか」
「そうさ。だからちょっとした詫びを入れてくれるだけで良いんだよ。なぁ…カセちゃん、そのすらっとした外人さん、俺たちに撮らしてよ」
「そういうわけには…」
「ほらほら、うちの助手が手伝うからさ。ヨザック君、こっちの学生さん達に衣装着せてあげて!」
「あらーん、俺がそこまで手伝っちゃって良いの?」

 先程見かけた屈強そうな男は、シニカルな笑みを湛えて面白そうに状況を見守っている。加瀬の方は《あいつが暴力を使ったりしたら止められないかも…》と、ヒヤリとしたのだが、どうやら金原の思ったようには動かないらしい。

「おい…っ!さっきの売り込みはどうしたよっ!!その筋肉は見せかけか?」
「あらあら、失礼ねぇ。ちゃあーんと、やるときにはやりますよぅ?」

 そうは言うが、いっかなヨザックは有利とコンラートを女装させようとはしなかった。

 ババババ……っ!!

 膠着状態になっていたところに、突如として激しいモーター音が響く。そう言えば先程から空の何処かで鳴っているなとは思っていたのだが、今はやけに近く感じる。見上げてみればそこには、ホバリングで信じられないくらいの低空飛行をしているヘリコプターがいた。

「はははははーっ!待たせたなユーリ…っ!!」

 ヘリコプターの扉を開けて高笑いしているのはアラブ系の青年だ。その横では、ぶるぶる震えがら涙目になった白人青年が座席シートにしがみついている。
 アラブ系青年は《待たせたな》と叫びつつウインクしているが、ぽかんと口を開けて見上げている有利の様子から見て、多分待っていたわけではなさそうだ。

「ラシードっ!飛行中に扉を開けないでーっ!僕、高所恐怖症なんだよーっ!!」
「煩いっ!そんなに嫌なら勝手に降りろ」
「ひーっ!そんな雪舟なっ!」

 金色夜叉を彷彿とさせたりさせなかったりする体勢で二人の青年はつかみ合い、結局コロンとヘリコプターから転げ落ちてしまった。

「おわーっっ!!」
「ラシードっ!オーギュ…っ!!」

 有利の悲鳴が上がると、コンラートが迅速に動いた。撮影用のシートをひっ掴むと、実はサイ○ーグ戦士なのではないかと疑ってしまいそうなほどの加速を見せて(思わず奥歯を噛みしめていないか確認してしまった)ひた走り、シートを空中で二人に巻き付けるようにしてから牽引したのだ。
 まるで投網漁のに望む海人(うみんちゅ)のように勇壮な姿だ。
 
「とぉ…りゃ…っ!」

 《どっせい!》とばかりに引き寄せた青年達は、勢いは殺して貰ったもののやはり無衝撃とはいかず、シートが解れた勢いでゴロゴロリンと大地を転がった。
 ピンが置いてあればストライクが取れそうな勢いだ。

「だ…大丈夫?」

 有利が慌てて駆け寄ると、オーギュは頭にたんこぶを作って涙目になっていたものの、ラシードの方はけろりとした顔をして有利の手を取っている。なかなか打たれ強い男だ。

「なに…ユーリの危機に駆けつける為ならば、この程度の危険など屁の突っ張りはいらんですよ」

 お前はどこの筋肉超人だ。

「屁のカッパってこと?…つか、危機にあったのは寧ろあんたの方だろうよ…」
「いやいや、今まさにユーリの身に危機が…」

 キキィーっっ!!

 擬音的に見て、確かに《危機》っぽい音を立ててドリフト気味に広場へと疾走してきたのは、真紅のフェラーリ・テスタロッサだ。ギュアン…っと日本では迷惑にしかならないガルウィングのドアが開かれると、ド派手な青紫のスーツに身を包んだ男が降りてくる。特に根拠はないが、《イタリア人だ》と直感してしまった。(←イタリアの人、ゴメンなさい)
 スーツの色のまではともかくとして、シャツが鮮やかな黄色と緑のペイズリー柄なのは、どう考えてもイギリス人とかドイツ人ではない。少なくともラテンの血が騒ぎそうな国出身であろう。

「チャオ、ユーリ」
「はぁ…」

 バツンとウインクをしてきた青年は、睫がばしばしと長く、ついでに他の色んな毛も濃いめだ。オリーブ色をした肌は滑らかだが、その反面…全体的に脂っこい感じがする。
 多分、プールに漬け込んだら虹色の膜が水面に浮かぶのではないだろうか?

「アラン…貴様っ!今度は何をしに来たんだっ!」
「ハハン、ラシード。君ってばまた空回りしているのかなぁ?」

 二人の会話はいずれも英語であったが、どちらも母国語というわけではないのか独特のイントネーションがある。そして互いに顔見知り…というか、色々と確執がありそうだ。



*  *  * 




「ラシード…どうも君と私の好みは近いみたいだねぇ。ああ、そこで転がってるオーギュもそうか。だけど、今回も全く譲る気はないよ?」
「お前が一回だって譲る素振りを見せたことがあるか!」
「そうさ。だから《今回も》って言ってるだろ?」

 新手の青年に両脇には、これ見よがしに屈強そうな黒スーツ・サングラスの男達が立っている。しかも、広場の周辺には何台か黒塗りの車が停車しており、似たような風体の男達が詰めているのだと伺える。やはり、相当に富裕なお坊っちゃま君であるらしい。しかもラシードが引くくらいに強引なやり口の…。

『また面倒な奴が出てきたな…』

 コンラートは小さく溜息をつくと、アランだけでなく周囲の動向に気を配った。

 それを知ってか知らずか、アランはつかつかとエナメル靴を鳴らして(素足で直に穿いているのはセックスアピールなのだろうか…)有利の元へとやってくると、大仰な動作で一礼して見せた。

「やあ、はじめましてユーリ!」
「はあ、はじめまして。どちら様でしょうか?」
「私の名はアラン・ディアボロ・ミッシリーニ。これから君の飼い主になる男だよ」
「はあ…っ!?」

 有利がぎょっとして身を引くと、その分の間合いを詰めるようにしてアランが身を寄せていく。

「家族を路頭に迷わせたくなければ、大人しく私に服従してくれないかな?」
「その巫山戯た口、早々に閉じねば俺が2倍に引き裂いてやろう」

 顔色を青くしてわなわなと唇を震わせている有利の前に、コンラートは我が身を置いて壁とする。深い怒りを眼底に沸き立たせてはいるが、一見して感情の動きは分かるまい。怒り過ぎると、逆に冷静そのものという顔になるのだ。

 すぐ横ではキーキーと両手を振り上げてラシードが怒り狂っている。オーギュはそれに比べれば大人しいものの、やはり怒りを湛えた眼差しで頬を朱に染めていた。

「ふぅん?君が噂の護衛君かい?ふふ…君のまた色んな好事家に狙われそうな容姿をしているな。ま…私の好みではないけどね」
「変態連中がどう動こうと、好きなようにはさせない」
「はっは!君がどう思おうと勝手だけどね。幾ら個人の腕が立ったとしても…《ヴァラオークション》が動いてはどうにもならないよ。今から私がどんな行為をしようとも、彼らは確実に隠蔽工作を行ってくれる」
「…っ!」

 その名はボブからも聞いていた。マフィア絡みのその組織は不定期に様々なもりを対象としたオークションを開く。時としてそれは、まだ彼らが手に入れていない物や人であることもある。それでも好事家達が大枚をはたく理由は一つ…ヴァラオークションが対象とした《商品》を、確実に入手してさせてくれるからだった。
 その過程で幾ら悲劇が起ころうとも、競り落とした《買い手》には決して疵が付かないのも魅力であるらしい。

 おそらく有利を脅す為に、勝馬の勤め先や勝利の大学に何らかの手を回すつもりでいるのだろう。

「貴様がユーリを《競り落とした》と言うことか?」
「ご名答。私としては、ユーリが手に入ればそれで後はどうなろうと構わないんだが…。以前同じような事をした時には、商品がすっかり弱ってしまってねぇ。しまいには精神を病んでしまったので、とても面倒な事になってしまったんだよ。やはり、納得づくで奉仕をしてくれた方が私としても気分が良い」
「外道め…!」

 病んでいるのはこの男の方だ。
 隠すこともなくへらへらとこんな事を口にするのは、例えこの現場を押さえられても逮捕や告訴を受けることはないと高を括っているのか。下劣なこの男が、勝手な競売の中で有利に対する《権利》を手に入れたというだけで、それが架空のものであるのだとしても慄然としてしまう。

「ねぇ、ユーリ?家族に悲惨な思いをさせたくなければ、私の従順なペットに…」
「…あんたは、一体何に飢えているの?」

 コンラートが隠し持った剣を掴むのを制して、有利はよく通る声でアランに告げた。
 激しい怒りを感じているのだろうが、泰然とした態度には自然な威厳が漂っている。
 
「…私が、飢えている?全てに恵まれたこの私が?」
「恵まれていても、一度も満足したことはないんだろ?」
「…はは!おかしな事を言うねっ!私の人生を覗き見たみたいに…」
「今この時、見てたら分かる。あんたは何も…誰も大切にしようと思ってない。かけがえのないものが何もない奴が、満たされることなんか無いんだよ?」
「…っ!」
「一度で良い。ホントに好きだと思ったものを、心を込めて大事にしてみなよ。そしたら…きっと、次々に色んなモノなんか欲しくなくなるから」

 有利の指摘はアランの心を刺し貫いたのだろうか?努めて余裕のある顔を維持しようとするのだが、厚ぼったい唇の端はぴくぴくと震えていた。
 まるで、己のさもしさを直視することに怯えているかのようだ。

「あんたはラシードやオーギュを馬鹿にしたね?いつだって、欲しい物はあんたが手に入れてたって。でも…あんたなんかよりも、この人達の方がずっとイイよ。何が何でも手に入れる為に、手段を選ばなかったあんたよりも、ずっとずっとイイ人たちだ」
「ゆ、ユーリぃい…っっ!!」

 ラシードとオーギュはきらきらと瞳を輝かせると、乙女のように両手を組み合わせて有利を見つめた。

「そ…それは、俺を愛してくれたと言うことだな?」
「ラシード、あんたのその素っ頓狂な発想だけは頂けないよ…。もっとも、アランを見た今となっちゃあ…何か微笑ましいけどさ」

 苦笑しながら有利が言うと、ラシードはどう受け止めたものか力強く拳を握って天に突き上げた。

「《微笑ましい!》そう、その感情から愛は生まれるのだっ!俺の愛読書、ボジョヌール愛羅先生の書かれた『トンデモ独裁者の愛らしい癖』や『傲慢皇帝閣下の迂闊な午睡』にもそのような記述がある…っ!独善的で大嫌いだった相手が小犬のように可愛い仕草を見せた途端に、きゅんっと受けがときめくのだっ!」

 ボジョヌール愛羅先生は一晩で100頁は書けるというBL界の重鎮作家だ。基本的に展開はいつも一緒だが、固定ファンに支えられて確実な収益を上げてくれるという。こうして海外層にまで普及しているのだから、その魅力は大したものなのだろう。

「いやいや、ラシード…」

 オーギュはふるふると手を振ると、チラリとコンラートを見やって苦笑した。

「そういうの、確かに全くナイって事はないかも知れないけどさぁ…全部、フラグ次第なんだよ?同じ事をしてもさ、反応する相手としない相手がいるものなのさぁ…」

 彼には、有利の思いがどちらに向かっているか分かっているのだろうか?コンラートとしては少しむず痒い心地になる。

「ぬ…このBLゲーマーめ!専門用語を使って誤魔化す気か?」
「いやいや…そうじゃなくてさぁ。…ま、いっか」

 オーギュは胸元から薄型の携帯を取り出すと、ボタンを一つだけ押した。緊急事態を知らせる警報なのかも知れない。

「フラグが立とうが立つまいが、僕にとってもうユーリは《かけがえのない》存在さぁ。だったら…せめてデフォルトカップルに助力する、気の良いキャラとして立ちたいよぅ」

 普段はおどおどとしているオーギュの瞳に、初めて見るような決意が漲っていた。
 ズビシィ…っと勢いよく人差し指をアランに向かって突きつける。

「アラン…今回ばかりは、絶対君に屈したりはしないよぉ?」
「そうともっ!貴様にだけは、決してユーリは渡さんっ!!」

 ラシードも叫ぶと、やはり携帯電話をとりだしてボタンを押す。そして、《落下傘部隊、出動!》と、何だか色々と心配な号令を掛けていた。この男、広場を戦場にするつもりだろうか?

「オタクと勘違い君が偉そうな口を叩くものだな!」

 アランが高く腕を上げてバチンと指を鳴らすと、広場の脇に停められていた黒塗りの車から勢い良く武装した男達が突撃してきた。

「な…なな、なんだぁっ!?」

 訳が分からないのは事情を知らないオルト企画や加瀬達だ。特に金原は男達がドッと詰め寄せてきたせいで、木陰に隠していた《道具》をひっくり返されてしまい、大慌てしていた。大型のケースから飛び出してきたのは、数々の性的な道具達だったのである。それだけでなく、試し撮りなのか…あるいは脅しの為の道具なのか、あられもない女装姿で痴態を撮影された少年達の写真があった。
 しかも、ヨザックはそれを目にするとすかさずカメラを持った小津を引っ張ってきたのである。

「これって、動かぬ証拠…ってやつじゃない?」
「確かにねぇ…。でも、雇われ人なのにイイの?」
「あー、イイのイイの」

 ぱたくたと気楽に手を振るヨザックは、そりゃあ構わないだろう。
 だが、雇い主の方はそうも行かない。

「ヨザックーっ!あんた、役に立たない上にナニやってくれてんだよぅっ!!」
「てへ。ゴメンなさーい。元々こういう目的で近づきましたー」

 可愛く肩を竦めても、盛り上がる三角筋が金原にはさぞかし苛立たしく映ることだろう。

「なぁにぃ〜っ!?」

 《やっちまったなーっ!》と合いの手を入れてあげたいところだ。

「これであんたの会社に対する保険にはなるかなー?。アキヤマ君や陛…いや、ユーリにおかしなことをしようと思ってんなら…止めておいた方が良いよ?」

 一体どうなることかと固唾を呑んで眺めていた猫目の少年は、ヨザックの言葉を聞いて更に目を開大させていた。

「アキヤマ君、そんなわけですぐに帰んなよ。後は何とかするから」
「…っ!」

 猫目の少年は涙を目元に滲ませると、ぺこりと頭を下げてから踵を返して駆け出した。
 その様子はまるで、蜘蛛の巣から解放された蝶のようであった。

 さてもう一方の悪党連中はと言うと、こちらも驚愕によって表情を一変させていた。黒服連中を従えて悦に入っていたアランだったが、なんと…一拍遅れて更に外周から別の集団が押し寄せてきたのである。
 紅いスカーフを首に巻いた白スーツの男達は、黒服達の2倍はいるかと思われる。

 それだけではなく、頭上でババババ…っとモーター音が聞こえたかと思うと、順次アーミースーツを身に纏った男達が落下してきたのである。

「今回は本気で行くぞアラン…っ!ファティマータ家・ヌスラト家連合軍の武力、しかと見るが良い!」

 しかし、連合軍の出る幕はさほどあるとは思えなかった。
 実のところ、30人程度いた黒服の男達は見る間にコンラートとヨザックの手で打ち倒されていたのである。

『このような手合い相手に、剣を使う必要もない!』

 二人は撮影用の機材の中から反射板を吊すための頑丈な棒を手に取ると、息のあった棒術を駆使して見る間に黒服達の鳩尾や項窩を突いて動きを止めていった。
 感心しきりのファティマータ家・ヌスラト家連合軍は、戦闘員と言うよりは荷作り要員のように、指示を受けて黒服達を縛り上げていた。

「ふぬぬ…く、くそ…っ!これで私が引き下がると思うなよ…っ!?今回は少々簡単に考えて直接やってきたが、略取もヴァラオークションに依頼すれば貴様らなど…っ!」

 捨て台詞を残しつつ、フェラーリに乗って逃走を図ろうとしたアランであったが、ガルウィングの中へ飛び込もうとする身体は、ヨザックとコンラートがバッテン型に交差させた棒によって阻止される。
 無様に地面へとスライディングしたアランの前に、何時の間にやってきたのか…村田健が佇んでいた。

「いやあ…ホントにね?君が軽率な男で助かったよ」
「な…なんだ、貴様…」
「渋谷有利を守護する者さ。君のことも既にチェック済みだったんだけど、こうして直接出てきてくれて、本当に助かったよ。これで色々と面倒が省ける」
「な…何を、する気だ…?」

 底知れぬ威迫を湛えたこの少年が、見てくれ通りの存在ではないことを見抜いたのだろうか?アランは今までしてきた所行が、今度は我が身に降りかかるのではないかと予測するように慄然としていた。

「ふふ…《する》のは僕ではないよ。さあ…おいでませ、紅い悪…いや、世紀の大魔道士、フォンカーベルニコフ卿…っ!!」


 ドドドドドド………っ!!


 広場の中央に設置された噴水が、突然栓が壊れたかのように大噴出を始めたかと思うと、その中から鮮やかな真紅の髪をした女性が出てくる。
 フォンカーベルニコフ卿アニシナ。
 紅い悪魔として知られる彼女は、依頼されていた《仕事》を成し遂げたらしい。

 《待ってました》という顔の村田や、ぽかんと呆けている有利を目にすると、楽しげにニヤリと微笑んだ。

「どうやら、間に合ったようですね」
「ジャストタイミングだよ、フォンカーベルニコフ卿」

 アニシナの手には、小さな黒い鈴が載せられている。
 これが…今回の事態の鍵となるのだろう。 

 

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