「君を護り隊」−2






 村田の考えた作戦はこうだ。

 魔石とアニシナの空間移動装置によってコンラートとグリエ・ヨザックを地球に送り込み、このうちコンラートは現役男子高校生として(色々と無理を感じつつも)有利のクラスに所属させる。これはボブに頼んでかなり無茶なねじ込み方をしたのだが、どうにかなった。(恐るべし、魔族マネー)

 ヨザックはというと、村田や勝利と連携を取りながら、学校や渋谷家周辺を自由に動き回って伏兵的な役割を果たす。

 なお、この二人はアニシナが突貫工事で作り上げた装置を携帯している。
 ストライプ模様の入ったその機械は一見すると携帯電話か何かに見えるが、強い感情波を感知して眞魔国にある本体装置に飛ばす仕組みになっている。ここから有利への妄想波長を読み取り、将来的にはアニシナが《24時間、ヘンタイオトし。ホモホモゲゲゲイ、キ○チョールリング》を作り出す予定だ。

 元々、有利に殺意を抱いている者が近くに来たら感知できるように開発していったのだが、急遽、変態的かつ暴力的な性的欲望を探知すると、その対象者に幻覚を見せる仕組みに作り替えようとしている。

 ただ、その対象となる波長を複数例採取し、しかも有効範囲を広げる為には時間が掛かる為、研究をしている間は物理的に有利を護るべくコンラートが派遣されたのだ。
 純血魔族の面々は魔王不在の間、内政に影響を出さないようにと、交代制でアニシナの装置を作動させることになる。
 ヴォルフラムは自分が王子様然として有利を守護することを妄想していたようだが、村田から《適材適所だよ》とすげなく断られたのであった。

 

*  *  * 




「コンラッド…どうして?」

 コンラートは自然な動作で有利へと寄っていくと、耳元に眞魔国語でちいさく囁いた。
 《ひそ…》と囁くその仕草は秘密めいていて、見守る生徒達は内心《うひょぇえ…》と叫んだりしていたのだが、有利は気付かず、コンラートは気にしなかった。

「お聞きしましたよ…逃亡犯と直接戦闘をしてしまったんですって?」
「…っ!」

 少し咎めるような口調で囁けば、有利は息を呑んで肩を竦める。怒られることを予想しているのか、耳が後ろに寝てしまった猫みたいな顔をしている。

「し…知ってたんだ……」
「ええ…猊下に知らせていただいたときには、血の気が引きました。同時に、治安の良い日本とはいえ、不測の事態がないとは言い切れないことにぞっとしましたよ。ですから、急遽検討して俺とヨザックが地球でも護衛の任につけるよう派遣されたのです。事後承諾の形となり、申し訳ないのですが…」
「眞魔国の方はそれで大丈夫なの?」
「あなたを護ること以上に大切な事なんて、眞魔国にはありませんよ。寧ろ、これまでこちらで何事もなく済んでいたことの方が僥倖であると判じました」
「そっか…迷惑かけてゴメンな?」

 うきゅ…っと上目遣いに見上げてくるものだから、思わず口の端が上がりそうになるのを必死で食い止める。妙な妄想などして、コンラート自身がヘンタイ波長として認定されては困る。

「迷惑なんて…あなたをお守りすることは、俺の悦びですよ。あと一年と半年…少し窮屈に感じるかも知れませんが、俺に護られて頂けますか?」
「きゅーくつなんて思ってないよ?あんたとこっちでも一緒にいられるのは…マジで嬉しいし!」
「…っ!」

 はにかみながら《にこ》…なんて、素直に微笑まないで欲しい。自制心が地雷原で吹っ飛ばされそうだ。
それに、コンラートとの会話で余計に有利が目立ってしまっているような気もする。その内、我慢しきれなくなった女生徒が一人声を掛けてきた。

「し…渋谷君、転校生と知り合いなの?つか、さっきから何語喋ってるの?英語じゃないよね?ドイツ語とか?」
「え…えと…」

 まさか同い年設定で《名付け親なんだ》とは言えないし、ましてや《異世界の臣下だよ》とも言えないせいか、有利は困ったように頭を掻いているが、コンラートの方はさらりとしたものだ。

「小さい頃に、ヒズバント公国でとても仲良くして貰ってました」

 有利は《どこだそこは》と言いたげな顔をしているが、流石に突っ込んでこない。

「へぇえーっ!渋谷君って、結構ワールドワイドな生活してんのねぇ…。そういえば、渋谷君って、英語は凄いもんね」
「いやー…」

 女子生徒の言葉に複雑そうな顔をしているのは、多少《狡い》という意識があるからだろうか。以前《鏡の水底》を手に入れるためにスイスに赴く時、NASA製の装置で英語については問題なく会話出来るレベルになっているのだ。

「またよろしくお願いしますね。ユーリ」
「う…うん」

 こくこくと頷く有利を席に戻すと、コンラートは改めて自己紹介をする。
 
「皆さん、俺の名はコンラート・ウェラーと申します。特効野郎Aチームな冒険家の父と共に世界を旅していましたが、ここに来るまではアメリカのライナス校にいました。日本にはまだ不慣れですが、どうぞ宜しくお願いします」
「十分流暢な日本語を使ってるような…」
「ははは…まだまだですよ」

 きらりと白い歯を輝かせながら照れるコンラートに女子生徒達は歓声をあげたが、男子生徒の中には複雑そうな眼差しを送っている者もいる。



*  *  * 




『なに、こいつ…』

 小野瀬は憮然とした表情でコンラートの様子を伺う。

 日本語がやけに丁寧なのは学習時にそのような指導を受けたせいかも知れないが、小さい頃に幾ら親しかったからと言って、再会した男子高校生にこんなにもべったり引っ付いているだろうか?話しかける口調も、有利に対してだけはとろけるような甘い。
 
 言葉巧みにクラスメイトを誘導したコンラートは、気が付けばちゃっかり有利の隣の席もゲットしていた。
 《転校したばかりで、心細いんです》なんて…一体どの口が言うのか。相当に図太そうな男は、実に伸び伸びと授業を受けている。

 日本語の読解能力や基礎知識も相当なものらしく、一限目に行われた古文の授業でも、二三の遣り取りですっかり教師から賛嘆の眼差しを送られていた。気むずかしいことで知られる老先生が、休憩時間になってもなかなか立ち去らずに話しかけてきたくらいだ。

「凄いな…ウェラー君。一体何処で勉強したんだい?ライナス校には日本古文の過程でもあるの?」
「優れた日本文化を吸収しようと、独学で勉強致しました」
「へぇえ……っ!」

 それを端から見ている小野瀬は、嫌みなくらいの《出来すぎ君》ぶりにむかむかと不愉快な感情が込みあげてきたものだから、ちょいちょいと有利の肩を突くと、コンラートから意識を逸らせようとした。

「なあ渋谷、文化祭の写真現像したのあるけど、見る?」
「え〜っ!?嫌だよー。女装してるやつだろ?絶対見たくないっ!」 
「そう言うなって。他の奴のも凄い瞬間映っちゃってるし、可愛い子の写真もあるぜ?」
「うーん…そっか?」

 小野瀬が卓上に写真を広げると有利以外の生徒も寄ってきて、《ぎゃ〜っ!》とか、《あ、これ欲しい!》とかいった会話が賑やかに弾む。

 そうそう…この雰囲気を得たくて、ちょっとキワモノ企画ではあったが、《男の娘メイドカフェ》なんてものを企画したのだ。文化祭のクラス展示というのは文化系クラブの出し物に比べるとどうしても規模が小さくなりがちだが、お祭り好きの小野瀬としてはそれでは勿体ないと感じていた。

 何か思い出になるようなことをしたくて、強引なまでの舵取りで企画を実行したわけだが、結局一般客からの投票でも一位をとれた。噂の《豪華賞品》は100cc入りのコーラが一人一缶ずつという大変《しょぼ賞品》だってわけだが、それもまた逆に笑いの種になっていた。
 みんなで乾杯している写真などは、実に良い笑顔で撮れている。恥ずかしそうにしながらも、少し微笑んでいる有利と隣り合わせで撮った写真は、きっと一生の宝物になるだろう。 

『どうだ、転校生』

 妙に誇らかな気分になって、小野瀬は胸を張った。この日の為に奮発したカメラは見事にクラスメイト達を写しだしており、ことに、有利の写真は特段に可愛らしい。
 幾ら出来すぎ君のコンラートとはいえど、共有できていないイベント事の話には疎外感を覚えるだろう…。

 …なんて考えて、流石に《コホン》と咳払いしてしまう。

『まあ…ちょっと、姑息だけどさ』

 元来それほど陰険な気質ではないので、我ながら恥ずかしい発想をしてしまったことを少々反省する。
 ちらりとコンラートの様子を伺えば、彼は長い腕を伸ばして有利の写真を手に取ると、少し気遣わしそうな表情になった。

「これ…ネットに掲示した?」
「はあ?何言ってんだよ」

 言いがかりにむっとして凄むが、コンラートの方は表情を変えることなく真っ直ぐに小野瀬の目を見ている。琥珀色の澄んだ瞳に射竦められると、心の底まで見透かされそうで少々怯むが、それでも昂然として顔を上げていた。
 顔はともかく、気迫では負けないつもりだ。

「そりゃあ、ちょっと強引にメイド服着せたりしたよ?だけど、後々引きずるような真似するもんか!こいつは思い出を楽しもうとして撮ったんだ。誰が見るかも分かんないようなところに、載せたりするはずねーだろ!?」

 コンラートは少し安堵したように微笑んでいたが、横合いからぼそ…っと、思いがけない言葉が掛けられた。それは、パソコン同好会の草野健二だった。

「俺、渋谷の写真…ネットで見たけどな?」

 ぎょっとした小野瀬は、やはり目をぱちくりさせている有利に向かって声にならない叫びを上げそうになった。
 《違う、俺じゃない…!》そう言おうと思うのに、それが余計に誤魔化しているみたいで口をぱくぱくさせてしまう。
 正直、自分がこんなに打たれ弱いとは思わなかった。

 しかし…救いの手は、意外なところから差し伸べられた。

「いや…実は俺もネットで見たんだけど、ここにある写真じゃなかったよ。すまない、ええと…」
「あ、俺…は、小野瀬…」

 驚いた。コンラートが詫びるように会釈しながら写真を返してくれたのだ。

「オノセ君、ゴメンね?」
「いいや…」

 小野瀬への疑いをひとまず置くと、コンラートは有利の頭を撫でつけた。

「メイド服が好きな日本人って多いそうですから、そういった手合いに写されちゃったんでしょうね。でも、こうしてちゃんと学生服着ていたら、まさか同一人物だなんて分かりませんよ」
「そーだよなぁ〜!」

 ほっとしたように有利が胸を撫で下ろしていると、丁度2限目開始のチャイムが鳴った。
 しかし、小野瀬の方はそう簡単に安心することは出来なかった。

『渋谷の写真が載ってる?』
『どのくらいの写真が?』

 有利が女装を嫌がっていたことは知っていた。だけど、クラス行事を盛り上げたくて、ここ最近《やけに可愛い》と評判の有利を、何としても女装させたかった。
 それは、個人的な嗜好もあったのだけれど…絶対にみんなが喜ぶと思ったから、少々強引に勧めたのだ。そうすることで、彼に迷惑を掛けるなんて考えたこともなかった。
 これは平凡な高校の文化祭であって、その中で男子が女装するなんてごく一般的なことであるはずだったのに…。

 だが、そうだ…今回は一つだけ、《平凡》でないことがあった。

『そうか…逃走犯!』

 モデルガンしか持っていなかったとは言え、捕まりそうになって血相を変えた犯人に有利は向かっていった。最終的に拘束したのは体育教師だったし、蹴りつけた時の格好が格好だったから、有利の名前自体は公式なニュースで扱われてはいなかったけれど…それでも、回転蹴りを決めた勇姿は半端なく鮮烈な印象を与えたはずだ。

 あの一件が、有利を地域的な《可愛い子》から、《凄い子》に格上げしてしまったのではないか。何もかも、貪るほどに《知りたい》、《見たい》と思わせる背景を得てしまったのでは…。

『大丈夫…かな?』

 犯罪を起こした方ではないのだから、バッシングを受けるようにして実名や住所を載せられたりすることはないと思うけれど…でも、アイドルが出身校から家を割り出され、嫌がらせ紛いのストーカーに悩まされたりすることは幾らでもある。
 有利にも、同じ事が起こるのではないかと小野瀬は恐れた。

『どうなんだろう…』

 不安が次から次へと湧いてきて、小野瀬の顔色はどんどん青ざめていった。



*  *  * 




「草野、ちょっと良いか?」
「小野瀬…なに?」

 昼休憩に入るなりパソコン同好会の草野に声を掛けると、あからさまに嫌そうな顔をされた。あんこ体型で大食漢の彼はいち早く購買に向かいたいのだろう。しかし、小野瀬が料理好きの母が作ってくれた質量共に優良印の三段弁当を差し出すと、すぐに相好を崩して受け取った。

「なになに?くれんの?」
「全部食って良いから、ちょっと教えてくんないか?」

 屋上にのぼると、ガツガツと弁当を平らげつつも草野は質問に答えてくれた。

「ああ、渋谷の写真だろ?あれ、お前が最初にアップしたんじゃないの?」
「するかよ!なぁ…それってどういう写真だったんだ?何処に載ってたんだよ」
「えーとなぁ…。幾つもあったんだけど、お前…口、硬い方?」
「硬い硬い。…つか、なに?言いにくいようなサイトなわけ?」
「それがさ…俺、ちょっと女装少年モノとか興味あるんだけど…」

 《あくまで見るだけだぜ!?》と慌てて自己弁護していたが、尚も急き立てると話を続けてくれた。

「そういうの専門の掲示板とかあるんだよ。投稿制のやつ。そこにガーターベルトとか太腿の生肌とか見えちゃってる、渋谷の際どい写真が載っててさ…。ちょっとヤバイ感じのレスとかもあって、あれ〜?って思ってたんだよ」
「や…ヤバイ…って!どういうの!?」
「それがさ…渋谷の情報やたらと求めてて、《この格好のまま、今すぐ○○にブチ込みたい》とか、《○○○に×××くわえさせたい》とか…。なんか、俺…引いちゃってさ。ああいうのって、妄想世界で楽しむのは好きだけど、渋谷は良い奴だしさ…なんか心配になっちゃったよ。マジであいつが襲われたりしたらどうしようって…」
「嘘……っ!」

 《さぁあ…》っと血の気が引いていく。
 有利は変態野郎共に、目を付けられたのだ。

『俺のせいで…っ!』

 あんなに嫌がっていたのに…半泣きになって抵抗していたのに…。
 有利が、《クラスで頑張ろう》という言葉に、最近頓に反応が良いからといって説得しまくったから、こんな事になったのだろうか?

「あ…あ、でもさ、その書き込みとか写真、実はすぐに削除されちゃったんだよ」
「え…?」

 しゃがみ込んで青ざめている小野瀬を励まそうというのか、草野は懸命に両手を振って話し続けた。

「俺も《リアルの情報出しまくり、チョト引く》くらいな事は書いたけど、逆に叩かれちゃうような状況だったから、ネタはエスカレートする一方だったんだけど…。急に渋谷の写真だけが凄い勢いで消去されていったんだ。元データとか、ひょっとするとアップしてた奴のPC自体が壊されちゃったっぽいんだよね。同じナンバーからの書き込みが急に途絶えちゃってたから…」
「マジで!?」

 その時、何故か脳裏に浮かんだのはコンラートの姿だった。
 そういえば、コンラートは小野瀬の写真を見ながら《これ…ネットに掲示した?》と問いかけてきたではないか。

『あいつ、そういうテクを持ってるのかな?』

 もしかすると、他にも変態どもの動向を掴んでいるかも知れない。そう考えたら居ても立てもいられなくなった。
 もしも有利が困るような事態になっているのなら、恥を忍んで詫びを入れてでも、打開策に助力を請いたい。

「ありがとうな、草野!弁当食ったら、箱は袋に包んで机の上においといてくれ!」
「おーう。…って、小野瀬。お前、飯も喰わずにどこ行くんだよ?」
「ちょっと転校生に会ってくる!」

 《あいつは何かを知ってる》…そう予感して走っていく小野瀬だったが、ふと…大きな機械音が接近してくるのを感じた。そして、頭上を大きな影が横切っていく。
 《ヒュンビュンヒュンヒュン…》なんだろう?何か大きなプロペラが旋回するような音だ。

 顔を上げてみると、そこには…別にヘリポートを設置しているわけでもない高校のグラウンドに、ヘリコプターがホバリングしながら超低空飛行をしていた。



*  *  * 




「コンラッド、弁当持ってきた?」
「いえ、実は始業ぎりぎりにこの格好で地球にやってきたので、筆記用具しか持っていないんですよ。何しろ、住むところもないんです」
「えぇ…っ!?ま、マジで!?」

 昼休憩に入ってコンラートと食事を採ろうとしたら、彼の地球行が相当な突貫工事であったことを知った。よくもまあそんな状態で転校の手続きが間に合ったものである。
 コンラートが言うには、有利がこの高校に入学した時点でボブが裁量を利かせて貰えるよう、結構な額の寄付をしていたらしい。

「じゃあ、俺んちに泊まる?俺の部屋狭いけど、客用布団はあったはずだからさ」

 言った途端に、コンラートの表情がぱぁ…っと輝いた。琥珀色の瞳に散る銀の光彩も、《これでもか!》というほどキラキラとさざめいている。

「ええ、実はお願いしようと思っていたところだったんです。ショーマやミコさん、ショーリにも是非お会いしたいですしね」
「そうだよなー。1年半じゃ敷金礼金とか勿体ないし、折角だからうちにいたら良いよ!」

 コンラートは《敷金礼金の心配をする魔王って、ファンタジー世界にはいないでしょうねぇ…》なんて笑っているが、住む場所もないのに男子高校生になろうとする伝説の英雄に言われたくない。それこそ、ファンタジー世界への冒涜だろうに。

『えへへ…コンラッドと一緒の生活かぁ…っ!』

 《鏡の水底》を手に入れる際に一度日本にも立ち寄っているのだが、その時は殆どスイスで過ごしていたし、何より他の兄弟も一緒にいた。特にヴォルフラムは何度言っても《婚約者》という肩書きを強く主張していたから、コンラートとあまり近くにいるとやいのやいの煩いのである。

 でも、今度はコンラートだけが付きっきりで、共同生活をしてくれるというのだ!その現実をリアルに考えたら、ふくふくとした期待感が沸き上がってきた。

『うわぁ…何しよっかな!ずっと一緒にいてくれて、他の仕事もしなくて良いんだったら野球とかもできるよな!?』

 コンラートは眞魔国でも有利の護衛を務めているが、各方面からその知識と技量を求められている為、結構多忙だったりする。有利の方も向こうにいる間は政務だ学習だと追いまくられているから、意外と二人だけでのんびりする時間はなかったのだ。

 それが…今から1年と半年もの間、一緒に生活できるなんて!なんだか素晴らしいプレゼントを貰ったような気分だ。
 
『ヴォルフとかグウェンのことだって、そりゃあ好きだけど…やっぱ、コンラッドってなんか特別なんだよね』

 親友とか名付け親とか野球友達とか色んな繋がりがあるけれど、やはりコンラートだから特別なのではないだろうか。もしも同程度の結びつきを持つ者がいたとしても、コンラートほどに慕わしさを感じたとは思えない。
 だから、地球にいる間どうしても気になっていたのだ。自分がいない間、彼がどうしているんだろうとか、もしも《護衛の仕事が無い分、楽だなー》なんて思われていたらどうしようって。

 《あなたを護ること以上に大切な事なんて、眞魔国にはありませんよ》

 堪らなく佳い声で囁かれた殺し文句を思い出して、ぴょんっと飛び上がりたくなる。いやいや、こんなに最初から飛ばしていては、コンラートに変に思われるか。

 そういえば、コンラートは住処も決めずに飛び出してきたと言うから、もしかしてずっと食事を採っていないのではないだろうか?不安に思って聞いてみたら案の定…やっぱり、2日くらい座って食事を採っていないらしい。
 《昨日走りながら乾し肉を囓りましたよ》と言っていたが、そんなのは食事には入らないではないか。 

「まずは腹ごしらえしよう?お袋の作ってくれた弁当もあるけど、購買でパンとか買って、分けて食べようか?」
「良いですねぇ」

 屈託無く笑うと、コンラートは有利の後について歩き始めた。

 何だか変な気分だ。普段は全ての経路を把握しているコンラートに案内されたり、説明を受けたりするのに、今はちょこっと先輩ぶって校舎の説明をしたりしているなんて。
 何より、見慣れた学校風景の中にコンラートの姿があるのが、何だかくすぐったいような嬉しいような…不思議な感じがする。

 ちらちらと辺りを伺えば、やっぱり人々の視線が集まってくる。きっと、みんなコンラートに見惚れているに違いない。

『こんな格好いい人が俺の名付け親で大親友なんだぜ?』

 自慢して歩きたいような心地のせいか、気が付けば有利の足取りは軽く、口も饒舌になってしまった。

「あのさ、購買じゃあ焼きそばパンっていうのが絶品なんだ。近所のパン屋が作ってんだけど、購買に納入する直前に炒めてるから、凄く芳ばしいんだよ〜。弁当が足りなかったら、買い足して食べようと思ってたんだ」
「ほう、それは美味しそうですね。是非食べたいな」

 コンラートが感心したようにそう言ってくれるから、すっかり有利としては《焼きそばパンモード》になっていた。かなりのプチグルメではあるが、自分としては掛け値なしに美味しいと思うそのパンを、何としてもコンラートに食べさせてやりたくなった。

 けれど…どうやら今日は同じモード設定の生徒が多かったらしい。購買に到着すると他のパンはまだ余っているのに、焼きそばパンだけが完売していた。

「あぁ〜…売れちゃってる」
「良いですよユーリ、他のパンも美味しそうですし」
「うーん、そりゃそうだけど…」

 しょんぼりしていたら、横合いからス…っと差し出されたものがある。
 芳しいその匂いとふっくらとした焼き上がりは、まさしく焼きそばパンではないか!

「やぁきそばパぁン、どぅーぞ」
「え?譲ってくれんの?」

 鼻に抜けるような発音は少し聞き取りにくいが、意味は伝わった。
 吃驚して見上げると、そこにいたのはえらく美麗な顔立ちをした、欧米系の青年だった。新しいALTの講師だろうか?ただ、青年の纏ったスーツはえらく洒落たデザインで高価そうな布地を用いており、学校で着るには悪目立ち気味であった。
 よく見ると胸元のハンカチに入校証が引っかけてあるから、学校関係者ではないらしい。外国から教育交流に来た先生だろうか?
  
「ありがと!丁度食べたかったんだー」
「そほぉう、思ぅてまーした」
   
 緩やかにウェーブした亜麻色の長めの髪を掻き上げ、青年はキララララ…っと輝くような微笑みを浮かべる。
 …が、美形には慣れっこの有利には特段の効果はなかった。大体、コンラートに比べると輝き具合の味わいが乏しい(当社比)。
 勿論、コンラートにも効果があるはずもない。張り紙を見て金額を確認すると、ボブに用意して貰った財布から丁度の金を取り出した。

「焼きそばパンは160円ですね。はい、丁度お渡しします。どうもありがとうございました」
「ありがとうね〜」

 実にさらっとした態度で小銭を渡すと、二人はそのまま購買に進んでいく。腹具合から言って、もう少し買い足したいのだ。

「ノンノン…!ユーリくぅん!」

 有利がピンクのムーミ○トロールだと言いたいわけではないと思うのだが、鼻に抜けるような発音で抗議してきた青年は、有利の肩を掴もうとして…するりとコンラートに腕を捕らえられてしまう。関節をきっちりと押さえているから、少しでも動けば、肘と手首が砕けそうに痛くなるはずだ。

「必要な額はお支払いしましたが…まだ何か?」

 静かに囁きながら、じり…と角度をずらしただけで青年の顔色が変わった。

「ふぉうっ!い…たたた…っ!ちょ…おやめくだサルーっ!」
「コ…コンラッド、離してあげなよっ!」

 佳い笑顔を浮かべながらミシミシと容赦なく関節を砕こうとするコンラートに、有利の方が慌ててしまう。優秀な護衛さんは、焼きそばパンをくれた人にまで厳しかった。

 すると…頭上で《ヒュンヒュンヒュンヒュン…》とプロペラが旋回するような音と、大きな影が降りかかる。
 見上げると、ヘリコプターから上体を伸び出させている青年がいるではないか。

 滑らかな褐色の肌とアーモンド型に釣り上がった瞳を持つ青年は、ぎりぎりと眦を釣り上げ、インド映画に出てきそうなほど派手な衣装をばたつかせながら、聞き慣れない言葉でまくして立てていた。






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