「君を護り隊」−1







 きっかけは、文化祭だった。

 
 渋谷有利が高校2年生となった年の秋、文化祭に於いて何故だか女装する羽目に陥った。
 それも、よりにもよってなミニスカ猫耳メイドさんだ。《視覚の暴力以外のなにものでもないだろう》と思うのに、否応なしに事態は進んでいった。

 思い返せば…元々、兄はともかくとして周囲に有利を《そういう立ち位置》で見ている者などいなかったはずなのだが、どうしてだかその時には妙な気運が高まっていた。

『女の子が着飾ったメイドカフェなんて、今時ありきたり過ぎだ』

 クラスメイトの小野瀬隆史が熱く語った主張にも、そこまでは納得できた。兄の性癖もあって、有利だって大変食傷気味だったからだ。
 しかし…続く小野瀬の台詞に有利の頬は引き釣った。

『今や時代は男の娘(こ)…《こんな可愛い娘が、女の子の筈がない》が流行最前線をひた走ってるぜ…っ!』

 そんな流行、追いたくない。
 追うならお前だけが追ってくれ。

 強く主張した有利であったが、クラスメイトから歓呼の叫びを受けた小野瀬は調子に乗って両手を翳し、有利の反論を容易く押さえ込んでしまったのである。

 小野瀬の弁舌もまた、無駄に巧みだった。

『俺もやるよ?勿論!だって、クラスの為だもんなっ!出し物投票で一般クラス部門一位になったら、豪華景品が出るんだぜ!』

 バツンと景気よくウインクして見せた小野瀬は、バスケで鍛えた肉体をふんぬと際だたせながらポージングを決めて見せた。
 《一人はみんなの為に、みんなは一人の為に》…何処かで聞いたような気のするキャッチフレーズを高らかに叫んだ彼は、力強く円陣を組んでシュプレヒコールを掛け出した。

『7組ファイ…っ!』
『ゴー、7組…っ!!』

 気が付いたらその円陣に組み込まれ、一緒になって叫んでいた有利は無駄にノリの良すぎる自分を後で呪ったものだ。

 メイドカフェとくれば、本来なら主役になるはずの女子から不満が出るものと踏んでいたけれど、7組にはたまたま裏方仕事好きで大人しめの子が多かったせいか、嬉々として衣装や料理造りに励んでいたり、何人かの男前体育会系女子などは率先して執事服を纏うことにしており、特に苦情などは出なかったようだ。

 結局のところ有利はくじ引きにも負け、羞恥に噎び泣きながらも女装を余儀なくされた。約束通り他の男子9名も身を挺して女装していたから、当日になって今更抵抗など出来なかったのである。

 しかし…いっそ大笑いしてくれればまだ救われるものを、どうしたものか有利を目にする生徒達は男女を問わず瞳を歓喜に輝かせ、歓声をあげて写真を撮ろうとした。最初の内は《一生の恥を記録映像に残さないでーっ!》と涙目になっていた有利も、《その顔がまたそそるっ!》等と本気顔で迫られては如何ともしがたい。
 他の女装連中に対しては大笑いしているくせに、何故有利に対してだけそういう反応が返ってくるのかも理解できなかった。

 更には保護者や地域住民までが手に手を取り合って、《あの子はどこのアイドル!?》《モデルさんかしら?これって撮影!?》等と辺りにカメラを探す始末だ。

 世の中、どうかしているとしか思えない。

 それでも、文化祭が無事に何事もなく終わっていれば、こんな騒ぎも一時の恥で済んだかも知れない。当日、文化祭に参加した人々の手元には映像資料が残ったかも知れないが、個人情報ゆえにそれほど多くの領域にまで広がったとは思えない。

 しかし…この日、有利を更なる悲劇が襲った。

 なんと、コンビニ強盗をやらかして逃走中の犯人が学校に立てこもるという、昔の漫画かドラマみたいな展開が訪れたのだ。しかも…有利は《護衛》の指導によってやたらと護身術の腕を磨いていた。持ち前の正義感も手伝って、気が付けば身につけている衣服のことも忘れて駆け出していた。

『はぁ…っ!!』

 女生徒に襲いかかって人質を取ろうとする犯人に向かって、ひらりと飛んだ有利は見事な回転蹴りを喰らわせてしまった。


 その瞬間、有利の地球生活は《えらいこっちゃ》な事態に巻き込まれていくのである。



*  *  * 




 血盟城の大会議室を、揺らめく洋燈の明かりが照らす。壁に掛けられた重厚なタペストリーや彫刻の数々が、この場で国の行く末を決める大きな決議が行われてきたのだろう事を物語っていた。
 集った面子の表情は様々であったが、深刻な色合いを湛えているという点では共通項を持つ。

 円卓に集った人々の内、今回の主幹を為しているのは双黒の大賢者村田健。その両脇には、彼に招集されたウェラー卿コンラート、フォンヴォルテール卿グウェンダルとグリエ・ヨザック(本来は階級上、このような席に名を連ねることは出来ないのだが、上官たるグウェンダルの指名で列席している)、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム、フォンクライスト卿ギュンターとギーゼラ(こちらもヨザックと同様の扱い)、フォンカーベルニコフ卿アニシナという顔ぶれが揃っている。
 このうち、村田については実体がここにあるわけではなく、上座の席にアニシナ製の映像機が置かれ、そこに姿を映し出している。本体は地球にいるのだ。
 ただ、眞魔国を支える重鎮が多く揃っているにも関わらず、この場に魔王有利の姿はないし、意識体の方も参加はしていない。そもそも、こんな会合が行われる目事自体、彼は知らないでいる。文化祭直後の代休を眞魔国で過ごしてる彼は、今は自宅でぐっすりと眠っているはずだ。

 それは決して彼らが魔王を軽んじているからではなかった。
 《ある事情》から、有利には語ることが出来ない話題を扱わねばならないのである。

「これが、ネット上に出回っていた写真だよ」
「……っ!」

 村田が画面の中で提示させた写真に一同は息を呑んだ。そこに映し出されたものが不快だったからではない。

 翻るメイドスカートと猫尻尾。そこからすらりと伸びる脚を彩る、魅惑的なガーターベルトと白いストッキング…愛らしさを際だたせる、エナメルのかぽっとした靴。何より、鮮やかな勇ましさも感じさせる斜め45度の可憐な貌と、旋回する勢いによって螺旋状に流れる漆黒の髪と、ぴこんとした猫耳。

 それは有無を言わさず抱きしめたくなるような愛らしさを湛える…双黒の魔王陛下の猫耳メイド姿であった。

 ギュンターは反射的に手を鼻に寄せていたが、アニシナによって鼻中隔キーゼルバッハ部位にレーザー手術を受けた彼は、以前のように大出血を起こすことはなかった。
 瞳が濡れたようにギラギラとしているのは相変わらずだが…。

 これらは全て、文化祭直後にネット上を席巻した写真だ。素人ながら高性能機材を携えたカメラ小僧が何人か入り込んでいたらしく、事件直後からブログなどに掲示していったのである。《メイド服姿で大活劇》という話題性も手伝ってアクセス数は鰻登りに上昇し、凄まじい勢いで有利の映像は世界へと広まっていた。

「…対処は如何為されましたか?」
「僕と勝利さん、ボブの組織にも援助を依頼してデータ消去を進めていったけど、数刻の間に随分と広まってしまったみたいだね。発信元のサイトを全て徹底的にウイルス汚染させてやったのに、他のサイトに同じ写真が掲載されていた。短時間に、気に入った閲覧者がコピーしていったみたいだ」
「何と恐ろしい…ネット社会とは、そこまで迅速に個人の情報が伝播してしまうものなのですか!?」
「ああ…」

 掲示から消去までのタイムラグも、実は仕方のないことではあった。何しろ、女装したことを身内に知られたくなかった有利は一切学校での出し物について語っておらず、村田も家族も、文化祭の日程すら把握していなかった。
 ネット中毒気味の勝利がたまたま開いたホームページに掲載されていなければ、発見はもっと遅れていたかも知れない。

「この状況は《今の渋谷》から考えると…かなり危険だ。既に何人かがおぞましい妄想を滾らせ、掲示板に襲撃予告ともとれる文章を掲載している」

 グウェンダルの問いかけに淡々と答えながらも、村田の表情は苦い。
 地球で有利と最も密接に関わっている彼にとって、自分の不手際だという意識が強いのだろう。

「襲撃ですと…っ!?」
「ああ…登下校の際に暗がりに引きずり込み、猥褻行為を働くだの…いやらしい写真を撮ろうだの、腹立たしいことこの上ない言葉が書き連ねてあったよ。渋谷には…決して知られたくない」
「く…っ!」

 グウェンダルの眉間に、人生最深とも思われる明瞭な皺が刻み込まれた。
 年頃のストレートな少年が、自分を邪な性の対象にされることがどれほど屈辱的か慮っているのだろう。

「眞王陛下は何とお考えなのでしょうか?」
「《物理的に、何とも出来ぬ》と軽くあしらいやがった。あの馬鹿は、もうすっかり隠居モードに入っているらしいね」

 《そうはいくもんか》…舌打ちする村田は、不遜に過ぎる口ぶりで伝説の魔王を罵倒した。 
 
「女装したり、犯人に飛びかかっていった迂闊さは自己責任かもしれないけど、それでも渋谷はあいつにとって恩義ある人物であるはずだ。このまま放置なんて絶対にさせない。みんなにも、手伝って貰うよ?」
「我らに出来ることであれば、何なりとお申し付け下さい」

 コンラートはいつものように微笑んでいたけれど、その瞳の奥にある決意は熱く、強い。
 見た目ほど冷静ではいられないのだろう。

「しかし、今更そこまで地球に拘ることもないだろうに…。良い機会だ。本格的に生活基盤を眞魔国に設定すればいいのだ」
「そういう問題じゃないんだよ、フォンビーレフェルト卿…」

 村田は深い溜息を漏らす。
 元々有利の地球に対する思い入れが理解できていないヴォルフラムは、いっそこの機会に、眞魔国への完全移行を前倒しさせたい気持ちが強いのだろう。

 そんな弟を、コンラートが苦笑しながら窘めた。
 
「うん、ヴォルフ…今回は引いてくれ。ユーリにとって、地球での暮らしはやはり特別なんだよ?ユーリの中で本当の意味での《踏ん切り》がつくのは、やはり円満に高校を卒業することだと思う。その日まで…ごく普通の男子高校生として生活して頂きたい」
「む…」

 反射的に頬を膨らませてしまったのを子どもっぽいと感じたのか、ヴォルフラムは誤魔化すように頬へと手を当てた。こういったところは、堂々と表に出さなくなっただけ成長したということだろうか。

「あと1年と半年、無事に…ユーリにとって掛け替えのない時間を過ごして貰いたいんだ」

 とろけるように優しい声がどんな気持ちから出ているのか…村田にはよくよく分かっていた。無私の想いで有利を愛しているコンラートは、全ての行動指針を有利唯一人に注いでいる。

『自分だって、渋谷と離れている時間を寂しいと感じているんだろうけどねぇ…』

 だからこそ、コンラートは自分の喜びよりも、本当の意味で有利の幸せを追求しようとするのだろう。
 そんな彼だから…《あのような選択》もしたのだ。

『正直、この男があそこまで考えているとは思わなかったな』

 村田の言う《あのような選択》が為されたのは、少し前のことである。



*  *  *



 
 四つの《禁忌の箱》が開かれた時、有利は乗っ取られかけながらもすんでの所で魔剣モルギフを操り、創主を完全昇華することに成功した。同時に砕けてしまうと思われた眞王を救うというおまけ付きでだ。

 …が、長い封印生活の中で半ば創主と解け合っていた眞王は、本来の精神を取り戻しはしたが、もはや往年の力は失っていた。
 この為、《眞魔国と地球を繋ぐ時空門を開放できるのは、これで最後だ。どちらの世界を選ぶか、今すぐ決めろ》と、有利と村田、そして同行していた勝利に告げた。

 村田は選択を有利に委ねた。彼がどちらを選んでも、共に在るつもりでいたのである。
 勝利はすぐに地球へ戻ることを決意したが、意外なことに、弟には地球に戻ることを強制はしなかった。眞魔国での生活を通して、彼なりに弟が何を担っているのか理解していたのだろう。

 有利の選んだ道は、魔王として眞魔国に残ることだった。

『だって俺は、魔王になるって決めたんだもん』

 有利の決断にヴォルフラムは狂喜し、《すぐに祝言をあげよう!》等と呼びかけていたし、グウェンダルやギュンターもそれぞれの表現で喜びを示していた。有利も故郷を捨てたとは思えないくらいにサバサバした態度でいた。

 おそらくはこの時…コンラートだけが有利の本当の思いに気付いていたのだろう。
 きっと、有利本人よりも明確に…。

 確かに有利は眞魔国を選んだ。
 魔王としてこの国を治め、様々な差別や戦争を解消していくのだと決意したことが、大きく選択に関わっていたのだろう。

 だが…それでも、やはり有利は地球の高校生でもあるのだ。
 草野球チームや、卒業することなく姿を消してしまった学校との離別に、有利はひっそりと苦悩を続けていたようだが、それを表には出さずにいた。
 
 あの日…コンラートが静かに語りかけるまで、その苦しみに気付いた者は誰もいなかった。

『ユーリ、地球に戻って高校を卒業して下さい』
『コンラッド?』

 そう言ってコンラートが差し出したのは、夥しい量の魔石とアニシナ製空間制御装置だった。彼は持ちうる人脈(魔族脈?)を駆使し、私財の全てを擲って眞魔国中から魔石を集めていたのだ。

『眞王陛下にもお願いしてありますから、時空門の制御は大丈夫です。頻繁に…とはいかずとも、確実に数回は地球と眞魔国を行き来できますよ。ですから…心おきなく充実した高校生活を送り、卒業の節目を迎えて下さい』
『……っ!』

 《何を言い出すのか》とヴォルラム等は憤っていたが、有利の瞳から…ぽろぽろと涙が零れだした。
 その涙は雄弁に、ここ暫くの有利がどれほど心を偽っていたかを知らせていた。
 
『どう…して……分かったんだ?俺が…地球を捨て切れてないって…』
『捨てたりして良い場所ではないでしょう?少なくとも、あなたの中で節目を迎えていなければ、何時までも悔いが残ります。ね、ユーリ…』

 《陛下》ではなく、《ユーリ》と呼んで、コンラートはほわりと微笑みかけた。

『地球も眞魔国も…両方、あなたにとって大切な場所であって、良いんですよ?』
『コンラッド…っ!』

 逞しい腕に包まれ、すっぽりと抱き竦められた有利はもう涙を堪えることなど出来なかった。わんわん泣いて鼻を啜りながら、魔王としてやっていくためには地球への未練を口にすべきではないと、自分を追い込んでいたこと…けれど、日に日に寂しさとやるせなさが込み上げてきて、中途で断ち切れてしまった高校生活への思慕が募っていたことを告白した。

 そうなって初めて、コンラート以外の面々にも分かったのだ。
 彼らにとってはどんなにちっぽけなものに見えたとしても、有利はごく平凡な高校生として過ごす日々を大切に想っていたのだと。

『渋谷の心を、護りたい』

 そう心に誓ったのは、村田だけではないはずだ。

 結局、空間移動をしてみると有利の力だけで十分転移が可能であると分かった。地上最強の魔王となった有利にはその力が備わっていたのだが、コンラートに背中を押されるまでは《無理だ》と決めつけていたらしい。

 ここでもまた、有利は瞳を潤ませて《やっぱ、コンラッドは俺の力を全部引き出してくれるんだよね?》と語ったものだった。

 そんなこんなでコンラートが用意した魔石は余ることとなり、今回のように有利には内密に連絡を取り合う為の動力として、グウェンダル達からの魔力供出と併用されるようになった。
 そして、万が一の場合には緊急に地球へと人材を派遣することも検討されていた。



*  *  *




「それにしても、何故これほど急激に地球の民はユーリへの評価を変えたのだ?確か、あいつは地球では極々平凡な容姿なのだと言っていたが…」
「ええ、本当に不思議です。そもそも、あれほど可憐なお姿が平凡とされていた事自体、何とも奇妙だと思っていたのですが…」

 グウェンダルとギュンターが首を傾げていると、村田は困ったように眉根を寄せた。

「…その件については、眞王の奴が一枚噛んでいたみたいだ。それも、僕にも内緒でね」
「なんですと?」
「渋谷が生まれたとき、その愛らしさに眞王は不安を抱いたんだ。平和な世界で16歳までは無事に成長させるために地球へと送ったってのに、可愛すぎたんじゃあ、誘拐やら強姦だの、渋谷の肉体や精神を傷つけるような事態が起こりかねない。それを防ぐために、一種のフィルターとなる仕組みを渋谷の肉体に組み込んだんだよ。だから、最初から渋谷を見知っていた家族以外には平凡に見えていたのさ。僕にさえ、彼を深く知るまでは平凡な容姿に見えていたくらいだからね。徹底したものさ」

 だからこそ勝利は《どうしてうちのゆーちゃんの可愛さを、凡百の連中は理解せんのか!》とこっそり息巻いていたわけだ。生まれたときから弟を溺愛していた勝利には、昔から有利の愛らしさが伝わっていたから、世間との感覚のギャップに納得がいかなかったらしい。
 おかげで、今回の件では漸く得心がいったようだ。

「ですが…それでは何故、我々の目には最初から可憐に映っていたのですか?」
「こっちは人間世界であっても、地球に比べると要素の祝福が強いからね。特に水の要素に愛されてる渋谷は、どうしたってうるうるキラキラオーラを纏っちゃってたんだよ。これがフィルターを無効化させていた」
「なるほど…」
「ところが渋谷は創主を打ち倒し、今や地上最強の魔王になってしまった。これじゃあ幾ら要素の薄い地球でも、キラキラオーラを纏わざるをえなくなる。丁度眞王が力を失ったことでフィルターも消失していたから、さぞかし周囲の連中は驚いたろうね。全く以前と同じ容姿なのに、急に可憐に見え始めたんだから。ただ…以前は注目されていなかった分、急には周囲の態度も変わらなかった。個々人で《何で最近可愛く見えるんだろう?》とか、疑問に思いはしてもね」
「そこに、今回の事件が起こってしまったと」
「ああ…そうさ」

 村田は頭を抱えてしまう。

 有利自身は何も変わっていないのに、突然容姿が美麗に見えるようになったなんて、なんと説明すればいいのだろう?魂を操作して創主を倒す武器として作り上げただけでも大した人権侵害だというのに、この上、幼少の頃から地味に見える魔法を掛けられていたのだ。
 それが急に解けたことで周囲の対応が変わったりしたら、人間不信に陥るのではないだろうか?
 しかも、ただ《モテる》とかいうレベルであればともかく、男から肉欲の対象にされてしまう危険性さえ示唆されるのだ。

「なるべく、渋谷には気付かせたくない。全く…というわけには行かないにせよ、《メイド萌え》的なオプションで騒がれているだけなんだと思っていて欲しいんだよ。特に、クラスメイトやチームメイトの友情が、彼の見かけを愛するゆえの欲望から出ているなんて思われるのは拙い」

 勿論、あの男前な気質ゆえに、本心から有利に対して友情を感じている者も大勢いる。しかし、急激に周囲が《可愛い可愛い》と大騒ぎしたりすれば、その感情も歪んでしまうおそれがあった。

「ええ、それで…猊下、どのような計画を立てておられるのでしょうか?」

 コンラートの問いかけに、村田は重々しく頷いた。

「ああ…ウェラー卿、今から説明するよ。集って貰った君達と、一部この場にはいない連中にも参加して貰って、渋谷の平穏な高校生活を何としても守り抜く守備陣形を作る。…良いかい?」
「御意…!」 

 鍔を鳴らして決意を示すコンラートに、村田はまず視線を送った。彼の働きが、今回の作戦では重要になってくるからだ。
 最終的にはアニシナの技術力と純血魔族連中から供出される魔力を使うことになるのだが、それらが力を発揮する前に有利が傷つけられたりしたらどうしようもない。

「ウェラー卿、君の使命は…」

 村田の指示に、ヴォルフラムは火を噴くようにして反対したのだが…勿論、双黒の大賢者に抵抗出来るものではなかった。



*  *  *




『なんか、変だなぁ…』

 代休明けの火曜日、教室の中が普段と違う雰囲気を纏っているような気がして有利は小首を傾げていた。
 これは文化祭というそれでなくとも大きなイベントが、逃走犯の確保という派手な展開を見せたせいだろうか?

 有利は散々家族から《無茶をするな》と怒られ、自分でも魔王として生きて行かなくてはならないのに、軽率すぎたろうか…と反省してもいる。
 それでも、年頃の少年としてはやはり《ちょっと後輩から憧れの目で見られたりするかな?》なんて思っていたのだが、それにしたってクラスメイトの眼差しや、廊下から眺めている視線が熱すぎるような気がする。

 しかし、その違和感も(有利的には)すぐに解けた。
 どうやら季節はずれの転校生がこのクラスにやってくるらしい。しかもその人物が海外からの留学生とあっては、どうしたってクラスを越えて注目が集まるだろう。

『どんな奴が来るのかな〜』

 《可愛い女の子》という選択肢もちらりと脳裏を掠めるが、それはあっという間に脳裏に消えてしまう。どうせなら、気が合って野球好きで、でも学校の野球部には入れない事情を抱えた奴だと良いなとか思う。出来れば、強肩のピッチャーか外野手が欲しいのだが…。

『そう上手くはいかないよな』

 苦笑しながら待っていると、妙に浮き立った足取りの担任教師、大橋先生が入ってきた。30代後半の女教師で、なかなかに気っぷの良い先生なのだが…今日はどうしたものか、表情がふわふわしている。心なしか、目元が乙女のようだ。

「みんな、転校生を紹介するよ!」

 高らかに告げた大橋先生が大きな動作で促すと、学ラン姿の長身男子が入ってきた。すぐに女子生徒達が《ふぁ…っ!》と息を呑んだのが分かる。どうやら、まず顔から確認していったらしい。

 一方、野球選手の基本である下半身から確認していった有利は、予想外に逞しそうな体躯にわくわくとした期待感を弾ませ、胸筋や上肢も確認しようとして視線を上げたところで…。


 …絶句した。


「はぅ…あ……?」

 ふるふると小刻みに揺れる指を突きつけた先には、えらく見覚えのある顔があった。

「やぁ…ユーリ、お世話になります」

 語尾に照れが滲むものの、伸びやかで美しい声音に女子生徒達の興奮が最高潮に達した。

「ひわぁあああ……っ!」
「ほわららららぁ……っ!」

 《うちの女子が壊れた》…何処かで男子生徒の囁く声が聞こえるが、それもどこか呆然としている。嫉妬するには桁外れの美貌だったからだろうか?

 ああ…そこにいたのは誰あろう、《ルッテンベルクの獅子》…ウェラー卿コンラート閣下であった。美形揃いの眞魔国に於いてすらモッテモテ街道まっしぐらであった彼が、ごく普通の高校生の中に混じって、人々を魅了しないわけがない。

 どういうわけだか学ランを着込んだ彼は、はにかむように微笑みながら有利に手を振っていた。
 《せめてブレザーなら、まだしも違和感なかったのに…》という感慨は、見当違いなものだろうか?

「ユーリ、これからクラスメイトですね。どうぞよろしくお願いします」

 語尾にハートマークをくっつけた言葉に、有利は暫くの間…呆然自失となっていた。
 

 
 



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