「君と暮らすこの素晴らしき日々」
6.記念日は一緒に






 ぴゅう…っ!

「はぅう…」

 コート越しにも堪える寒気に身を震わせるが、それにも負けずに足取りは軽い。
 だって、すぐ横ににこやかな恋人が居るのだから。

「ユーリ、重くない?」
「ううん。全然」

 心配性のコンラートは自分の方が二倍くらい買い物袋を抱えているくせに、有利が提げている袋を狙っている。油断すると、もう一つくらい持とうとしてしまうのだ。

『俺だって、ちょっとは持ちたいもん!』

 一緒にお買い物。それがポイントなのだから。

 忙しいコンラートも《クリスマスは絶対一緒にいたい!》と強く主張して、仕事も前倒しして完全に年内の業務を終了させてしまった。おかげで、今夜からは年始までずっと一緒にいられるのだ。
 ドイツの家族からは《絶対ユーリを連れて帰れ!》と厳命されたそうだが、初めての長期休暇は二人でゆっくり過ごしたいと主張を通してしまった。

『すっごい楽しみ〜』

 わふわふと買い物袋を抱きしめて、有利は期待感を弾ませていた。



*  *  * 




「さあ、準備出来たよ〜」
「凄い、美味しそうー!」

 ジュ〜…
 パチパチッ!

 コンラート特製の丸焼き地鶏は、丸鶏のお腹を開けて米や野菜が詰め込まれており、オーブンでじっくり焼いたそれはジューシーな肉汁を溢れさせながら、ぱちぱちと芳ばしそうな皮が爆ぜる音を立てている。見ているだけで唾液が溢れ出してきそうだ。

 有利が作ったポテトサラダはちょっと柔らかくなりすぎた感はあるが、コンラートは《とっても美味しそうだ。このくらいが俺の好みだよ》と力説してくれた。

 その他にも色々とコンラートがお洒落な前菜やおかずを作ってくれたので、二人ではとても食べきれないくらいだ。二人用にちいさく焼いたクリスマスケーキも、ちんまりと中央に鎮座して出番を待っている。

「じゃあ、いっただっきまーす!」

 両手を合わせていきなり食べようとしてしまう二人は、平均的な日本人と同じようにキリストのお誕生日自体はどうでもいいらしい。

 その祟りだったのかどうかは分からないが…突然、《テルルルっテルルルっ》と電話が鳴り出した。

「はい、ウェラーですが。え…?なに。白瀬…どうした?」

 電話口に出て暫くすると、コンラートの表情が変わってしまった。
 どうやらコンラートの会社で不測の事態が起こったらしく、本来の業務ではないのだが、コンラートの人脈を活かして危機を脱却して欲しいらしい。

「しかし…」
「コンラッド、行って?会社の大事な用なんだろ?」
「ユーリ…」

 こういうところは欧米人と日本人の感覚の違いなのかも知れないが、やはり本来の業務ではないとはいえ、コンラートの助けでどうにかなることなら行って欲しい。会社の誰か知らない人が助かるというのもあるが、それ以上に…周囲の人に《やっぱりコンラートさんは素晴らしい》と思って欲しい。

「大急ぎで皮のぱりぱりした所とかお腹に詰め込んで、急いで行って?全部終わったら一緒にゆっくりしようね」
「すまない…」

 コンラートは頭を下げると、大きく口を開いて勢い良く食事を詰め込むと、有利の作ったポテトサラダはくるんとスプーンで半分ほどを取って、小型のタッパーに詰めて鞄に入れた。

「すぐに帰ってくるから…!」
「事故に気を付けてね?そんで、仕事頑張って…!」
「ああ!」

 額にキスを送ってから、コンラートは全速力で駆け出した。

 

*  *  * 




 カチ…
 カチ……

 好みの番組もなくてテレビを消したら、やけに時計の音がやけに大きく聞こえてしまい、寂しくなるので慌ててもう一度スイッチを入れた。

 テレビの中では《クリスマス》が連発されて、幸せそうな笑顔がみちているが、中には一人きりで過ごすクリスマスを面白おかしく演出している番組もある。

『待ってたら必ず帰ってきてくれる人がいるだけ、幸せだよな?』

 そう自分に言い聞かせるが、番組の合間のニュース画面にドキン…と胸が拍動した。帰路を急いだ車が激しく横転して、運転手の男性が死亡したというニュースだった。男性の特徴からいってコンラートでないのはすぐに分かったけれど、同じ目に彼が遭わないとどうして言えるだろう?

 《すぐに帰ってくるから…!》ああ…優しいあの人のことだから、一人待つ有利を思って急ぎすぎたりはしないだろうか?
 どうしてあの時、《良いから行って》なんて格好を付けたのだろう?

『そうだ、電話…』

 無事がどうかだけでも確認してみようか?いや…急いでいるときに電話やメールをしたら、それこそ事故の元かも知れない。  

『駄目だ…駄目ダメ!』

 ぶるる…っと首を振ると、携帯を握り締めたままその場にしゃがみ込んだ。
 運転中でないとしても、仕事中に気が散るような事をしてはいけないだろう。

『でも…怖いよコンラッド…!』

 泣いたりしたらダメだと思うのに、目元にはじわりと涙が込みあげてくる。一体、いつの間にこんなに弱くなってしまったのだろう?ちいさな子どもが《お母さんが死んじゃったらどうしよう?》と、起こってもいないことで泣くのと一緒だ。

 ガチャ…

「ただいま、ユーリ」
「…っ!」

 扉が開いてコンラートが帰ってきたのを確認すると、有利は我を忘れて走り出していた。

「コンラッド…っ!」
「ユーリ?」
「良かった。お仕事、おつかれ…無事…」
「良いから、落ち着いて?どうしたの?」
「ゴメ…」

 疲れて帰ってきたろうコンラートに言いたいことが沢山あるのに、どれもこれもちゃんとした形にはならなくて酷くもどかしい。それでもコンラートは急かしたりはしなくて、背中や髪を撫でつけながら落ち着くまで待ってくれた。



*  *  *

 


「そうか…心配掛けちゃったね」
「ゴメンね?疲れて帰ってきたのにドタバタしちゃって…」
「ううん…嬉しいよ」

 だって、それは失うかも知れないという想像だけで恐怖してしまうという、愛情の形なのだから。
 有利がやっと落ち着いてくると、コンラートは涙の滲む目元に降り注ぐようなキスを与えてた。本心から言えばこのまま深いキスに移行したいところだけど、こんなに感情が高ぶっているところにディープキスなどした日には、ストッパーが掛けられなくなってしまうだろう。

『今日は、お預け』

 時計を見れば、あと少しで日付が変わろうとしている。

「ユーリ、ケーキを食べようか?夜遅くだけど…お腹空いちゃった」
「うん!」

 フルーツをたくさん載せた彩り豊かなケーキを切り分け、ぱくりと口に含めば上質な生クリームが程よい甘みを伝えてくれる。

「美味しい…」
「美味しいねぇ」

 二人で食べるから、きっと最高に美味しいのだ。

 来年も、その又来年もずっとずっと…事故なんかには決して遭わずに、暮らしていこう。 改めてそう思うコンラートであった。 
  



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